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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第二章 楽士の奮闘、ここに極まる

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44.楽士というもの・1

 スカーフを二等分しても認証は有効であるのか。


 身体を張ったその実験は、なんと結果が出る前に中断された。なぜかというと電光石火ですっ飛んできたカスミレアズに保護されたからである。

 能動探知というやつは反則レベルですごい性能だった。

 どうやらあのスカーフには防犯ブザー的な機能が備わっていたらしく、スカーフに異変が起こると――布そのものが毀損されたり、持ち主である真澄から一定範囲以上離れたりすると――カスミレアズに警報が届く仕組みだったという。警報を受けた近衛騎士長は「すわ何事か」と能動探知を宮廷全域にかけて真澄の位置を把握、救急隊も真っ青なタイムで現場に駆け付けたのだ。頭に真新しい包帯を巻いたままで。


 そして、現在。

 道案内を見知らぬ銀の乙女に頼らずに済んだのも束の間、真澄はアークの執務室で近衛騎士長から大目玉をくらっていた。

「言いたいことは色々ある。ありすぎて、どれから言えばいいか分からん」

 頭に包帯を巻いているにもかかわらず腕を組んで仁王立ちのカスミレアズ、目を逸らしながら応接のソファに正座の真澄。

 ちら、と真澄は横を見る。ものすごく苦笑しているアークが執務椅子にかけたまま、その隣に座る銀の乙女に治癒術をかけてやっているところだ。横にはしっかりとおもてなし用のお茶も出されている。


 この扱いの差。


 人助けをしたので気分は悪くないのだが、真澄としてはいまいち納得がいかない。が、そんな真澄の心境とは裏腹に近衛騎士長直々の説教は続く。

「破いただと? 破くか普通? 認証に必要と言われているものを? は? なんで、……なんで破いた?」

 意外だ。

 あまりに怒りすぎて、カスミレアズの言葉遣いが雑になっている。

「はあ……それはですね、複製できるのは団長しかいないと聞いていたからですね、いちいち呼んでお願いするのは手間がかかるなあと思った次第で」

「なぜ複製できないか教えなかったか」

「もちろん聞きましたし覚えてますよ、合鍵が沢山あったら困るからでしょ」

「……破いても認証が有効なら、誰もがそうしているだろうが」

「冷静に考えればおっしゃるとおりで」

 カスミレアズがぐぐい、と苦虫を噛み潰した顔で黙り込んだ。

「いや、まあ、いけるかなとか淡い期待を」

「持つなそんなもの!」

「そんな怒んなくても!」

「怒るわ!! 私が行かなかったら間違いなく拘束術が起動していたぞ!? 総司令官の専属楽士がうっかりスカーフ破いて認証術に引っかかるだと!? 前代未聞だ! アーク様も私もお前も歴史に名が刻まれるわ、残念な方向にな! 第四騎士団末代までの恥だ!」

「ごめんなさいもうしません!」

 怒髪天かつ口角泡を飛ばす、そんな勢いのカスミレアズにはとうとう逆らえなかった。

 ほぼ土下座の態で真澄は謝り倒す。

 今カスミレアズの頭にやかんを乗せたら一瞬で沸騰するだろう。既に何本か血管が切れていそうだが、大丈夫だろうか。傷が開いて包帯に血が滲むんじゃないのか。内心で真澄が現実逃避がてら心配していると、横から笑い声が届いてきた。

「くっ……はっは、傑作だな」

 頭を抱えるようにしながらアークが執務机に寄りかかっている。横に客がいるのもお構いなし、完全に脱力している様子だ。

「ここまでカスミレアズを切れさせるか。相変わらず斬新すぎる発想だよなあ」

「アーク様、笑いごとではありません」

 阿修羅と化したカスミレアズが、ぎ、とアークを見据えた。

「発想が斬新なのは結構ですが、行動力まで伴うのがいけません」

「退屈しなくていいじゃねえか」

「またそういう」

「今回は説明を省いた俺が悪かった。そろそろ許してやってくれ」

 目上からとりなされて尚、怒り続けられる人間は早々いない。カスミレアズも例にもれなかったようで、深呼吸に近いため息とともに、吊り上がっていたまなじりが緩められた。

 上目遣いでうかがっていた真澄は、お許しが出たことを悟ってようやく足を崩す。

「うへぇ……」

 大概しびれている。

 そのまま四人掛けの広いソファに身体を投げ出し、真澄は伸びをした。カスミレアズの目が眇められたがそこは黙殺する。

「それで、何がどうしてこうなった?」

 執務机に頬杖をついて、アークが半目になった。その視線はこの場で最も身を縮こまらせている乙女に注がれている。

「宮廷楽士だと聞いたが」

「は、はい。グレイス=ガウディと申します。この度は第四騎士団総司令官殿、近衛騎士長殿、それに碧空の楽士様に大変なご迷惑をおかけしまして、申し訳もございません」

 忙しなく椅子から立ち上がり、銀の乙女――グレイスは床にひざまずいて礼を取った。

 下げられた頭は微動だにしない。

 そんなグレイスを見て、アークは面食らったように瞬きを繰り返す。困惑の視線をカスミレアズに投げた時、近衛騎士長は「もしかして」と何かを思いついた顔になった。

「ガウディ家といえば、歴史と伝統ある血筋とお見受けします」

 カスミレアズの丁寧な口調に、グレイスの肩が揺れた。だが彼女の視線は床に縫い止められたままだ。構わずカスミレアズが二の句を継いだ。

「もしや第一騎士団のリシャール=ガウディ神聖騎士と血縁ですか?」

「……兄です」

 丁寧なカスミレアズの問いに、ゆっくりとグレイスが顔を上げた。


 だから扱いの差。


 真澄は力いっぱい抗議したくなったが、深刻そうなグレイスを前にそれは流石に憚られた。 

 一瞬口ごもりかけたグレイスは、それでも遠慮がちに口を開く。

「近衛騎士長殿は、その……兄をご存じでいらっしゃいますか」

「ええ、まあ。年が近い神聖騎士ですから」

 その時、グレイスが何とも言い難い表情になった。

 小さく微笑んでいる。高い空への憧れのような、けれどもきっとこの手は届かないと諦めているような。影に思うところがあり、真澄は割り込んだ。

「ねえ、グレイスさん?」

「っ、はい」

「とりあえずとって食ったりしないから、こっち座ってゆっくり話しましょう」

 横着だとは百も承知ながら、真澄自身は足が痺れて動けないので手招きする。床にひざまずいたままのグレイスはぽかんと口を開けるばかりで動こうとしなかったが、そこは男前な近衛騎士長が手を取りエスコートした。

 広い応接、真澄とグレイスが低いテーブルを挟んで向かい合う。

 部屋の主は自分専用の執務椅子から動くつもりはないらしく、かといって執務に戻る様子でもなく、耳だけ参戦するつもりのようだ。あるいは自分が近くに同席すると、グレイスが萎縮して話づらかろうと慮ってのことかもしれないが。

 カスミレアズは少しの思案の後、一人掛けのソファにかけた。

 審判というか進行役というか、丁度、真澄とグレイスから九十度になる位置取りである。そして彼は座るやいなや、右手で青い鳥をぽん、と出した。

「なに? どうするの、それ」

 まさか尋問するわけでもあるまいし。そんな疑問が真澄の首を傾げさせた。

 生まれた鳥は鳩サイズで、アークが出した「碧空の鷲」に比べたらひよこもひよこ、雛鳥さながらだ。身軽そうな鳩は逃げる素振りもなく、カスミレアズの人差し指にちょんと止まっている。

「宮廷楽士長に連絡を入れる」

 説明しながらも、カスミレアズの視線はグレイスに向けられていた。

「間違ってもガウディ殿の不利益にならぬよう、私の――第四騎士団近衛騎士長の署名で出します。構いませんね?」

「ありがとうございます。ですが、要らぬご迷惑をおかけするのは本意ではございません」

 儚い雰囲気をまといながら、存外に強い口調でグレイスが言い切った。

「いずれにせよ認証を紛失した件で責めは免れません。であれば、勤めを欠いても同じことです」

「認証の件はそれこそ弁明が許されるのでは?」

 腕組みをしつつ、カスミレアズがとある一点――踏みにじられたグレイスの手――を、指差す。動きに合わせて鳩が肩へと飛び移った。

 どうやらカスミレアズは彼女の兄も知っているらしいし、明らかに訳ありだと嗅ぎ取っているようである。

「幸いながらここに証人がいます。百歩譲って争いの理由が私闘であったのだとしても、追求を逃れられるのはその手の怪我だけであって、他人の認証に手をかけていい理由にはなりません。毀損した上に持ち去った人間は然るべき処断を受けねばなりませんし、楽士長は事実関係を把握した上で宮廷騎士団長に認証の再発行を願い出る必要があります」

「……いけません。第四騎士団そのものにご迷惑が」

「お気になさらず。我が団はこのとおり総司令官の専属楽士を得ましたので今後宮廷楽士の世話になるつもりは一切ありませんし、もとより他の団との連携などあってないようなものだ。既に遠巻きにされている我が団がどのような苦情や言いがかりをつけられようとも、総司令官が『それがどうした』と突っぱねて終わりです。……ね?」

 カスミレアズが斜め後ろに視線を投げた。

 俎上に載ったアークは「おう勝手にしろ」と片手を挙げて適当に応える始末だ。尚も申し訳ないと首を横に振るグレイスに、「実は」とカスミレアズが追い打ちをかけた。

「リシャール殿には色々と融通を利かせてもらった恩がありますから」

 であるから、その妹君となれば放ってはおけないのだ。

 そこまでカスミレアズが言って、文字通り伝書鳩はぱたぱたと飛んでいき、ようやくグレイスは重い口をぽつりぽつりと開いてくれたのだった。


*     *     *     *


 語られたのは良くある話だったが、良くあるがゆえに残酷さが際立っていた。


 グレイスは楽士を輩出する名門貴族本家の長女として生まれた。

 六歳上に兄のリシャールがいるが、生母の身体が弱かったこともあり、大貴族にしては珍しくたった二人だけの兄妹である。

 年の離れた妹をリシャールは大層可愛がった。どこへ行くにも連れて歩くし、グレイスが泣きべそをかいていようものならすっ飛んできた。

 当然、ヴィラードも一緒に習った。

 同じように分け隔てなく一族から教えてもらったが、しかしリシャールの性には合わなかったようで、兄は早々に楽士から騎士の道へと鞍替えした。楽士の名門とはいえ、一族の全員がそうなることを義務付けられることはない。適性というものがあるし、そういう意味でガウディ家でいえば生まれた男子のうち三割、女子が七割程度の楽士就業率だった。

 完全に見極められるのは十歳の頃である。

 その年までに「楽士適性なし」とされれば、男子は騎士もしくは魔術士に、女子は良い縁談を見つけるために教育されていく。楽士に関する一切から隔離されると言ってもいい。

 そんな一族の中にあって、グレイスは順当に楽士の才を認められた。

 が、リシャールは十歳を超えてすぐ、騎士団見習いとして宮廷に上がった。

 見習いになってから実家に帰ってこれるのは年に一、二回だったがそれでもリシャールはグレイスを忘れておらず、いつもなにくれとなく土産をくれたし、騎士団の話を聞かせてくれた。

 そして、リシャールからのお土産――綺麗な髪飾りや、美しいペンダントなど――が、一抱えほどもある箱いっぱいにあふれんばかりになった年。

 リシャールは成人し、晴れて第一騎士団から叙任を受け騎士となった。

 叙任式で見た美しい緑光をグレイスは忘れられなかった。強く焼き付いたその光は生命の躍動そのもののようであり、騎士団の高潔な在り方を象徴しているようでもあった。晴れ舞台に響き渡る壮麗な曲を奏でるのが総司令官の専属楽士と知り、騎士と共に立てるその姿に憧れが募った。

 叙任式後、グレイスは強く想う。

 宮廷楽士となって兄の、第一騎士団の力になりたいと。それから六年後、グレイスも十五になり成人を迎えたその年に、念願叶って楽士として宮廷に上がることが許された。


 希望を胸に始まった新生活。

 しかしそれは粉々に打ち砕かれることとなる。


 契約を交わさない限り、楽士は誰かの専属になれない。

 宮廷楽士は人数が少ないゆえ団こそ形成していないが、宮廷楽士長を頂点に置いていて、騎士団や魔術士団への派遣や専属契約など楽士に関する一切は楽士長を介して行われている。

 新入り楽士はそもそも顧客――騎士団と魔術士団――とのコネクションを何一つ持っていない。

 すなわち、実力が未知数の楽士をいきなり「専属に」という騎士や魔術士はおらず、彼らへのお披露目を兼ねて各団から受けた仕事を采配するのが楽士長なのである。

 この仕組みが裏目に出た。

 たまたまながら最初の仕事で赴いたのが宮廷魔術士団で、これが悪かった。名門の名に恥じない実力を持ったグレイスを、魔術士団が手放さなかったのである。

 宮廷楽士になって今年で七年目。

 その間グレイスがどれほど第一騎士団との仕事を希望しても、それは一度として叶えられることはなかった。


 悪いことはさらに続く。

 宮廷に上がってから一年も経つ頃には魔術士団の何人か、それも下っ端どころか大魔術士や古参魔術士から「ぜひ専属に」という申し込みがちらほら出るようになった。

 グレイスとしては到底受けられない話だ。

 一度頷いてしまえば、二度と第一騎士団への力添えができなくなってしまう。若輩の自分に過分な申し出だと恐縮しながらも、グレイスはその全てを丁重に断り続けた。

 それが古参楽士の不興を買った。

 騎士団と魔術士団、どちらの専属になるのが楽士として出世するかといえば、後者であるというのがアルバリークでは常識だった。そんな中でグレイスが断り続ける本当の理由など知らないままに、彼らは「分不相応に選り好みする生意気な楽士」としてグレイスを扱った。無視や暴言はまだ良かった。最もグレイスが堪えるのは、客泥棒として今日のように糾弾されることだった。

 専属にはならずとも、回復相性の良さから指名を受ける楽士も一定数いる。

 だが騎士団や魔術士団は、たとえば十名の楽士派遣を要請したとしてその全員を指定するわけではない。神聖騎士や大魔術士などを優先に数人は指名も混じっているだろうが、騎士団や魔術士団側も常に全員の希望を叶えてもいられないからだ。そんな手間を毎度かけるくらいならば全員と専属契約を結んだ方が早い。ただしその荒業は楽士の絶対数が少ないためにできていないのが現実でもあるが。

 ともあれそのような条件下では、指名持ち楽士の常連が混ざっていることもある。

 そしてその相手をグレイスがすることも多々ある。当たり前だ。楽士は少ないのだから必然一人頭で担当する騎士や魔術士は増える。結果として、偶然というよりはほぼ必然に近い成り行きを責められるのだ。

 これを事故と呼ばずしてなんというのだろう。

 グレイスにとっては理不尽以外の何ものでもないのだが、古参楽士にしてみればやはり面白くないらしい。そうして日々目上からの当たりは厳しくなり、同年代や後輩からは「危うきに近寄らず」とばかり遠巻きにされているのがグレイスの現状だった。


 今となっては帰省の時期もずれてしまい、兄のリシャールとは一年以上顔を合わせていない。

 かといって職場で会いに行こうにも周囲の目が厳しすぎて抜け出すことさえ叶わない。そもそも自分の認証では、第一騎士団の敷地まで辿り着けないのだ。


 そう言って、悲しそうにグレイスは俯いた。


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