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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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34.結婚談義


 実験初日からその後三日間、真澄は魔力と音楽の相関を色々と試していた。

 同時進行で騎馬試合も進められていたので、日によって実験台――という名の騎士たち――の顔ぶれは変わったが、実験そのものに特に支障はなかった。騎士のレベルを選ぶほど、仔細な差を調べるまで至らなかった、ともいう。


 缶詰だったと誇っていいその実験で、分かったことは大きく三つ。


 まず、最大の懸念だった複数人に対する同時回復は、なんとびっくり普通に出来た。

 一人を相手にする時と遜色ない結果で、騎士たちが腰を抜かすほど驚いていた。「嘘だろできんのかよ専属契約なしで?」というその驚きっぷりたるや、まさに驚天動地といって差し支えなかった。

 真澄にしてみれば予想の範疇だったので、「いやそこまで驚かんでも」と逆に驚いた次第だ。

 互いに驚き合うという良く分からん状態に陥ったのは余談である。

 ただし、人数は関係なくても距離は重要だった。一定の範囲から外れると途端に回復できなくなる。これは一人を相手にしても同じだったので、音量か音圧か、そのあたりが関係しているのだろう。

 実に興味深い結果だった。

 次いで、同じ曲であっても人によって回復量にばらつきがあった。

 これは良く分からない。距離に干渉を受けているわけでもなさそうで、受け手の感覚に左右される部分が大きいように感じた。

 その曲を「好ましい」と思う方が、おまけのように回復量が気持ち増える、という現象だ。

 面白くはあるが同時に難しさも孕む特徴である。

 強いていうのならば、「基準のラをどのヘルツに合わせるか」と根本は一緒なのかもしれない。好きな音、心地よい旋律は千差万別、本当に人それぞれだからだ。

 この事実は逆説的に、楽士が絶大な力を握る一因ともとれる。

 同じ音、同じ曲しか奏でられない機械では駄目なのだ。それが許されるのなら、アークたちはこんなに苦労してはこなかった。

 最後に、演奏に色を添えるヴィヴラート以上に音程を外すと、途端に回復量は落ちる。

 目算、半分以下。

 かなり厳しい判定であると言わざるを得ない。明らかに絶対音感を前提にしたシビアさに思えるからだ。

 真澄は首を捻った。

 先に見つけた二つのメリットより、この正確な音程を取れない場合のデメリットが大きすぎる。これを回避するには正しい音感を身に着け、正確無比の技術を手に入れねばならない。にもかかわらず、平凡の域を出ない楽士はおそらく沢山いる。アークの楽士が何人も交代したのは、回復量が捗々しくない――つまり、音感が悪いか技術が拙い――ことが理由だったはずだ。


 なぜだ。


 回復量を増やす為に、他に何か条件があるのか。

 そう思ってあれこれと試してはみたが、これだと思えるような手がかりもなく、時間切れを迎えてしまった。

 ここまで紐解くのに三日かかった、ともいう。

 つい熱中してしまい、この間に行われた団体戦とクアッドリジスを完全に見逃す羽目になってしまった。ついでに言うと夜の宴もそっちのけで、気付いたこと全てを書き残すのに没頭してしまった。

 後悔はしていない。

 なんせほとんど楽士に縁のなかった騎士団だ。帝都にいる時は、単発で宮廷楽士と契約して最低限凌いでいたらしいが、任務のたびに変わるパートナーと深い関係を築けようはずもない。なればこそ、自分達はもう少し丁寧に分かり合うべきであって、その為に労力を惜しもうとは思わない。

 複数の同時回復ができる事実にひたすら目から鱗を落としていた騎士たちは、真澄がなぜそこまでこだわるのか理解し難いようだった。最高位の楽士と遜色ない実力があるのだから、それでいいのでは、と。不思議そうにしながらも、真澄の実験にこころよく付き合ってくれる彼らは、誠実以外の何ものでもなかった。


 そしてあっという間に日は過ぎ去る。


 六日目の夜、真澄はメリノ家の大広間で一人考えごとをしていた。

 騎士たちは誰も残っていない。試合ではなく競技のクアッドリジスが催された今日、夜の宴は婚活会場になるとあって、若い彼らは色めき立って繰りだしていった。

 酒も入って、今頃は随分と盛り上がっていることだろう。

 ほほえましく思いつつ、真澄はテーブルに頬杖をついた。ああでもない、こうでもないと書き散らかした紙に視線を落とす。コピー用紙ほど洗練されてはいないが、和紙のようにしなやかで温かみのある紙だ。ある一枚には騎士の階級や魔術がどうのといった雑学が、また別の一枚には騎士たちの名前や年齢、特徴などが書き込まれている。

 慣れない羽ペンに悪戦苦闘しつつの力作だ。

 ただでさえ画数の多い漢字混じり、うっかりインクをつけ忘れて何度文字を掠れさせたことか。新鮮な体験であった。

 明日で一週間続いた騎馬試合は終わる。

 その翌日には第四騎士団は帝都に戻るという。儀仗兵として叙任式のためにヴェストーファに来たのはほんの一部で、実のところ第四騎士団は二百名あまりの騎士を抱える大所帯であるらしい。その大勢を相手に、真澄は楽士として補給線を担うこととなるのだ。

 少なくとも、焼け石に水かもしれないという不安はない。

 三日間の実験のお陰だ。付き合ってくれた騎士たちには感謝している。どんな生活になるだろうか。考えていると、時間はあっという間に過ぎていった。


*     *     *     *


 どれくらいそうしていたか、不意に大広間の扉が開けられる音がした。

 誰か忘れ物でもしたのか。戻ってくるには早すぎる時間を訝しんで真澄が目線を上げると、扉の向こうからひょこりと顔を覗かせているのはカスミレアズだった。

「ここにいたか」

 言うが早いか、近衛騎士長は背中を振り返った。

「こちらでしたよ」

 そして同じような内容を口にする。彼が丁寧な口調になる相手は決まっている。雁首揃えて何事か、真澄が目を瞬いていると扉が大きく開いた。

 最初に大きな紙袋を二つ抱えたカスミレアズが入ってきて、次に小ぶりの樽を担いでいるアークが続く。結構な物量に、真澄の目は知らず丸くなった。

「ちょっとそれどうしたの」

「酒だ」

「でしょうね、明らかにワイン樽っぽいし……って、そうじゃなくて」

「どうせ何も食べてないんだろう」

 さも当たり前のように、アークがテーブルの上にドン、と樽を置いた。

 真澄は慌てて散らかしていた紙をかき集める。広げっぱなしにしておくと、カスミレアズがいつまでたっても紙袋を下ろせない。紙をまとめ、インク壺を端に寄せ、羽ペンをどかし。酒盛りが始まりそうな気配にこれ以上の思索を諦め、ヴァイオリンも片付けた。

 広くなったテーブルの上に、カスミレアズが取り出した食事が並ぶ。

 ふわりと鼻腔をかすめたのは香ばしいパンの匂いだった。手のひらより一回り大きいくらいの、小さなピザ生地のような白いパンが次から次へと重ねられる。十枚一組のタワーが三つできた。

 紙袋一つがパンとかすごい。

 まさか二つ目の袋もパンとか言わないよな。

 若干の不安を覚えつつ注視していたが、カスミレアズの手は無事におかずを取り出してくれた。良かった、口の中パッサパサにならなくて。

 と思ったのも束の間、次の光景に真澄は目をこすった。それはもうごしごしと。


 なんで、小――いや、中豚の丸焼き一頭。


 確かに美味しそうだ。それは認める。焦げ目のついたパリパリの皮目、したたる甘い脂の香り。ひょっとしたら豚じゃなくて別の獣かもしれないが、食欲をそそられるのは間違いない。でもそれにしたって一頭はちょっと豪快すぎやしないか。どう見ても軽く十キロはありそうだ。

 お役御免になった紙袋二枚の上に、丸焼きが鎮座まします。

 カスミレアズが短剣を握る。「どこから出したのそれ」と口を挟む隙もなく、近衛騎士長は華麗な手さばきで丸焼きを切り分け始めた。

 その横で、どこに隠してきたのかアークは三つの銀杯に樽酒を注いでいる。

 気付けば手元に丸パンが三枚並べられ、そのうちの一枚に切り分けられた肉が乗せられていた。食べやすい大きさになっている親切仕様で。やたら多いなと思ったパンは、どうやら皿替わりらしい。

 横には透明な薄紅色の液体が満たされた銀杯もある。

 あれよあれよという間に整えられた食卓に面食らいつつも、まずは乾杯と相成った。



「二人とも、まだ早いのにこんなとこにいていいの?」

 喉を潤してすぐ、真澄は尋ねた。

 甘酸っぱい風味が鼻腔を抜けていく。口当たりの良さに二度三度と杯を傾ける。度数はあまり高くなさそうだが、油断すると危なそうな酒だ。

 アークとカスミレアズは辛口が好きそうだったのだが、この選択をしたのが意外である。

 もくもくと肉を頬張るアークの横で、カスミレアズが行儀よく手を止めて答えた。

「知れたことだ。六日目の夜だけ、アーク様と私は退出するのが恒例になっている」

「騒ぎになるからでしょ? それは前に聞いたけど、二人は結婚相手見つけなくていいわけ」

 肉に手を伸ばしつつ、何の気なしに尋ねる。

「それとも相手がもういるとか?」

 と、男二人が意味深に顔を見合わせた。カスミレアズが慎重に口を開く。

「いや、そういうわけでは」

「あっそう。まあ引く手数多っぽいから、がっつく必要もないか」

「いや、そういうわけでも」

「ふうん。なに、選り好みしてるの? 貴族のご令嬢じゃないと駄目とか」

「いや、貴族というよりが」

「おい」

 間髪入れずに叱責が割り込んだ。咎めるようなアークの声音に、カスミレアズが口を噤んだ。

 かなりばつが悪そうだ。

 パンを千切りながら、真澄は小首を傾げた。ただの話題に何をそんなに神経質になることがあるだろう。

「そんな警戒しなくても、別に結婚してくれとか言うつもりはないのよ?」

 皿替わりにしたパンは肉汁を吸って旨みが増している。

 豚の丸焼きかと想像した肉は食べてみると存外にあっさりしていて、味は鳥に近かった。淡白ながらも繊細で、繊維に沿って擦りこまれている香辛料がぴりりと辛く、良い仕事をしている。

 簡素ながらも充実の食事だ。

 真澄が舌鼓したづつみを打っていると、塊を飲み下したアークが手の甲で口を拭った。

「お前こそ伴侶を見つけるつもりはないのか」

「や、なんでそこで矛先こっちに向けるかなあ」

 三人とも二十代後半、良い年だ。いわゆる適齢期というやつである。

 分かっているからこそ、真澄はつい渋い顔になる。

「それだけの腕だ、専属……いや、申し込みはさぞ多かろう」

「ヴァイオリン弾けるだけで相手見つかるなら苦労しないっつの」

「冗談はよせ。それで駄目なら他に何ができればいいんだ」

「見事に条件重視の発言ねー。何でもできる超人だって、それだけじゃ結婚できないでしょうよ」

「なぜ」

「そりゃ大前提として互いの合意ってもんがいるでしょうよ」

 見合いであったとしても、最低限互いを好ましく思っていなければ話にならない。何を当たり前のことをわざわざ聞くのか。真澄は呆れたが、アークは釈然としない様子でいる。


 これは多分あれだ。

 言い寄られることに慣れ過ぎて、普通の手順を知らないとかそういう贅沢なやつだ。


 まあ分からんでもない。客観的に見て、アークのスペックはかなり高い。騎士団の総司令官という高い地位、高い身長に恵まれた体格、顔は鋭い側だが間違いなく整っている。

 一ミリの苦労もなく、さぞかし華やかな女性遍歴を誇っただろう。「もげろ」と言ってやりたい。あるいは「爆発しろ」でもいい。

 ちなみに顔面偏差値の方向性は違うとはいえ、アークとほぼ同スペックを誇るカスミレアズもまた、きょとん、としている。こちらは身持ちが堅そうなので、そもそも男女間の機微に疎いと推察する。

 自然、真澄の呆れ顔はアークにのみ向けられた。

「ったく、これだから手当たり次第に女引っ掛けるやつは」

「人聞きの悪いことを言うな」

「来るもの拒まず去る者追わずでもいいけどね。まあいい人がいればとは思うけど、正直どうかな、あんまり興味ないや」

 隠すようなことでもないので、本音を出す。

 面倒くさいのだ。

 人の心の機微を斟酌するのは。そしてそこまでの手間をかけて尚誰かと一緒にいたいのかと問われれば、答えは「否」である。自分のことで手一杯。他人を支えるなど到底できっこない。

「結婚相手とヴァイオリンどっちかって言われたら、私はヴァイオリンを選ぶ残念な人間よ」

「……残念というよりもったいない部類だな」

 アークの口調が「心底惜しい」と言いたげで、真澄は眉を上げた。

「婚活会場から逃げてくる人に言われてもねえ」

 説得力ゼロだ。

 どうやら彼らには積極的に相手を探せない理由があるらしいが、結果として残念さは三人とも横並び一線である。互いに痛み分けであるのは分かっているので、三者三様に無言で酒を酌み交わすこととなった。


 そういうわけで、晩餐会は自然と他愛ない話ばかりの飲み会に変わる。

 興が乗りすぎて一抱えほどもある樽酒はいつしか空になっていた。正直やりすぎたと後悔したのは、翌朝になってからだった。



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