33.騎士団クイズ大会~回答編、雑学を交えつつ~
神聖騎士というものは。
何かに想いを馳せるように遠くを見ながら、アークが口を開いた。
「年次に一人出るかどうか、いない年もざらにある。各騎士団の全体を見ても一割前後しかいない」
「てことは、第四騎士団としてはざっと二十人くらい、かあ」
予想以上の狭き門だった。
真澄は驚きつつも計算結果を口に出したが、アークからは肯定の返事は来なかった。
「いや。九人しかいない」
「少なっ! えっ、なんで?」
いきなり説明と矛盾している。
一割にも到達していないではないか、どういうこと? と真澄が首を傾げると、アークはもう一つ「いや、」と否定を重ねた。
「他の騎士団の人員は揃っている」
「じゃあなんで第四騎士団だけ」
「騎士団として若い。今年でようやく十五年目、他の騎士団とは倍以上違う」
そうだった。
アークの手によって再興を果たしたが、第四騎士団は一度解散の憂き目を見ている。
「それでも十五年で九人なら恵まれている方だぞ。旧第四騎士団から残ってくれた十人がいたからな」
最初の数年は十人の神聖騎士が牽引役となり、ひよこに等しい従騎士と準騎士の面倒をみてくれた。それから今日に至る十五年の間に七人が現役を退いたが、それでも彼らは指南役として第四騎士団に残ってくれているそうだ。
そういう意味で、新しい第四騎士団から生まれた神聖騎士はまだ六名しかいない。
言葉のとおりだ。
第四騎士団は、若い。
若いとはすなわち、人がいなければ実績もない。最高位の神聖騎士が十人残ってくれたのは僥倖だっただろうが、一から出直しを余儀なくされては、騎士団の態を為すだけの頭数を揃えるのにまず必死だっただろう。
人が育つには時間がかかる。
まして組織となれば、一朝一夕には築き上げられないものだ。
「本来であれば、式典には神聖騎士を何人か出すのが儀礼として正しいんだがな。第四騎士団は人繰りが火の車だから、ヴェストーファには一人しか連れてきていない」
他の八人は留守を預かりながら総司令官の代行を務め、騎士団の運営も任されているらしい。総司令官が不在であっても、騎士団への任務は当たり前のように連日課されているからだ。
二百人を有意に動かすとなれば、組織的にはぎりぎりの人数である。
「足りないのは楽士だけじゃないってわけ」
「まあな」
「でもまあ、ね。こればっかりは時間のいることだから、焦っても仕方ないわよね」
「……そう思うか?」
アークが意外そうな声を出す。
「言い方悪いけど、組織なんてそんなもんでしょ? 逆に組織じゃなきゃできないこともあるわけだし」
全ての年代に粒揃いの人材がいるなど、夢のまた夢。
現実は、足りなさに苦しみながらも今あるもの、いる人間で頑張るしかない。そんなもんだ。恨めしく思おうと嘆こうと、それだけでは何も変わらない。
「ところで神聖騎士の魔珠って白金に光るんでしょ? 見せてもらえたり、します?」
右端に佇む騎士に、真澄は期待の眼差しを向けた。
が、彼は困ったように笑って、首を横に振った。
「申し訳ありません。私も便宜上ここに立っているだけの人間でして、階級は正騎士ですから、残念ながらご期待には添えないのです」
「え? あ、ごめんなさい、つい」
慌てて真澄は頭を下げた。
間違うまいと肝に銘じた矢先、うっかりしていた。気分を害しただろうかと窺うと、その正騎士は「お気になさらず」と笑ってくれた。
後を引き取ったのはアークだ。
「カスミレアズが戻ってきたら頼めばいい」
「なにを?」
「神聖騎士の魔珠、見たいんだろう」
「えっ、カスミちゃんって神聖騎士なの?」
驚きのままに真澄は疑問を口にしたのだが、受けたアークが怪訝な顔になる。
「神聖騎士じゃなければ何だと思ってたんだ」
「近衛騎士長様かと」
「それは役職だ。階級はあくまでも神聖騎士の括りに入る」
「う、うーん?」
今度は真澄が首を捻る番だ。
実のところ、役職と階級はほぼ同じものだという認識で、両者が明確に異なるものだとは考えていなかった。ところがアークはそれらを完全に別物として捉えている。
「お前の国、本気で軍人がまったくいなかったのか」
「や、えーと……いたような、いなかったような」
大日本帝国軍は紛うことなき軍隊だったと胸を張って良いとは思うが、現代日本の自衛隊はどうなのだろう。一般人の真澄には区別がつきかねる。
多分軍隊なんだけど、専守防衛とかいう信条でかつ平和憲法というものがありまして。
そんな奥歯にものの挟まったような説明をしたところで、彼らには絶対に理解してもらえないだろう。自信がある。戦うのか戦わないのかどっちだ、と詰め寄られて終わりな気がする。
揶揄するつもりはまったくなく、自国民である真澄自身でさえ、単純にその位置付けが良く分からない集団だ。
「ごめん、よく分かんない。とりあえず戦争中とかじゃなかったけど」
「……なんとも暢気というか、平和だな」
呆れたようにアークの目が細められる。
「まあいい。役職はその人間がどの職務を司っているのかを示すものだ」
「はあ」
「そういう意味で、近衛騎士長は総司令官の補佐という立場を指すものであって、極論、神聖騎士である必要はない」
「えっそうなの?」
「任命権は総司令官にあるから、総司令官自身が納得していればそれでいい。ただ現実には総司令官代行を務めることも多いから、指揮系統の混乱を防ぐために、総司令官に次ぐ実力者が選ばれるのが普通だがな。そうなると、必然的に近衛騎士長は神聖騎士から選ばれる、ということになる」
そろそろ紙とペンが欲しくなってきた。
そして、「総司令官」と「近衛騎士長」という単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうでもある。
ただでさえ騎士の五階級を覚えるだけで精一杯だったのに、突然始まったこの講義。アークたちにとっては至極当たり前の概念かもしれないが、真澄にとっては未知の領域だ。
魔力の残量を見極めるクイズ大会のはずが、どうしてこうなった。
煙が出そうな頭を抱えつつ、真澄は「役職は分かった、じゃあ階級ってのはつまり?」と話の先を促した。
「指揮系統を守るために階級がある」
それはどんな職務に当たるのかではなく、序列なのだという。
「階級はただの上下関係じゃない。指揮系統の格付けであって、任務に当たっては必ず上意下達が徹底される。逆はあり得ない。逸脱も許されない。十人いれば十段階に序列が定められる。それは五十人、百人であろうと同じだ。最上位の人間が行動を決定して、それより下はその命令に必ず従う」
階級とはそのためにある、そうアークは重ねた。
「でも、一番上の人にもし何かあったらどうするの?」
「序列二位に指揮権が移る。第四騎士団なら、俺が死ねばカスミレアズが騎士団全体の責任を持つことになる。それは近衛騎士長だからではなくて、単純にあれが第四騎士団の二番手だからだ。カスミレアズも駄目になったとしたら、次は第三位の神聖騎士に。神聖騎士が全ていなくなれば真騎士、それも潰えたら正騎士。同じ階級が残ったとしても、先任後任の序列があるから混乱はない。全ての騎士がいなくなるまで指揮系統は必ず生きるものだ。騎士団が騎士団で在り続けるために」
まるで昼ご飯に何を食べるか話すように。
本当に他愛もなさそうにアークはすらすらと喋るが、真澄はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
自分の代わりはいくらでもいる。
当たり前のように言い放つその覚悟に、真澄自身の覚悟を試されているような気がした。
自分たちはこれほどに違う。
そして違いはこれから先も顕著になるだろう。一つずつ認識する互いの距離が、やがて自分たちに何をもたらすのか、今は想像もつかなかった。
* * * *
「話が随分と横道に逸れたな」
何も重大な話などしていない、そんな風情でアークが頬を緩めた。
「答え合わせだ。お前たち、並び直せ。そう、余力がある方が右に」
そうだった、そもそも議題は「誰の魔力が最も残っているか」だった。魔珠を浮かべている三人が、アークの指示に従って並びを変える。
一番右に、まだ名を知らない正騎士。およそ半分ほどの光を湛える、テニスボール大の青い魔珠だ。
その隣に真騎士ネストリ。金色の輪郭に輝く魔珠、ただし底に二割ほどの光しか残っていない。
左端に来たのは準騎士のリク。魔珠は全体に青く輝いているが、先の二人に比べると珠そのものが二回りほど小さい。
「うそー? 満タンのリクさんより、半分以下のネストリさんの方がまだ余力あり?」
半信半疑で真澄の疑問が漏れた。
「二階級違えば当たり前にこうなる。そうだな、……」
僅かに目を眇め、アークが騎士たちに目を凝らす。
「準騎士になりたての魔力を一とするなら、真騎士は最低七倍の魔力を持っている。今の二人を比べると大体八倍差くらいはあるな」
「えーと、八倍の二割ってことは……あー、それでも一以上あるのね」
1対1.6ならば、見かけ上がどうあれ後者に軍配が上がる。
納得の計算結果だ。
「その階級の何年次かにも若干左右されるが、基本的に階級が上に行くほど魔力保有量が多いから、見かけ以上に残量があると考えていい」
「瞬時に見分けるのはちょっと、さすがに修行がいるかなー……数字で分かれば簡単なのになあ」
「それは個人情報だから開示はできんぞ」
「ちょっと待って。むしろ数値化できるんですか」
「帝都に戻ればな。魔術研究機関に、精度の高い可視化に長けた職員がいる」
ただし、厳密に数値化された魔力というものは機微情報であるため、本人と、本人の許可を得た人間――特に専属楽士や、所属する騎士団長、魔術士団長――のみに限定されるのだという。しかも、可視化された情報はあくまでも提示に限られ、書物などのデータベースで蓄積されることはなく、その場限りで消えてしまうらしい。
確かに数字が流出したら、どれくらいでガス欠を起こすか丸分かりだ。
そんな危ないもの、便利だからという理由でそう易々と普及される方が困る。慎重に慎重を期してもらって正解だ。
「あれ、でも」
真澄は先ほどのアークの仕草を思い出す。
目を凝らして、二人の騎士を見比べていた。あの様子は、部下たちの魔力量を思い出していたというよりは、その場で読み取っていたように見受けられる。
「アークも数字、読み取れるんじゃないの? さっき八倍って」
「できるが精度は高くない」
精々どれくらいの差があるか、その程度。さらりと言って肩を竦める。
「そもそもその手はあまり得意じゃない」
「確か治癒とかいうやつも同じこと言ってたわよね。何が得意なの?」
「攻撃全般」
「うん、なんかそんな気がしてた」
血の気が多いとはこのことだ。
魔術で何ができるのか詳しい内容は不明ながら、会話の流れに「攻撃」と「防御」という接頭語がついていた。そこから想像するに、治癒だとか相手を見極めるのは後者に分類されるのだろう。
では目の前にいる総司令官、属性がどちらかと問われれば、
人を癒すとか全っ然似合わない。
でかい火球をぶっ放しているのが様になる。
菩薩より、鬼神や魔神といった称号の方が確実にしっくりくる相手だ。聞くだけ無駄だったとまで言わないが、微妙な気持ちになったのは不可抗力である。
「第四騎士団で他にいないの? そういうのが得意な人」
「むしろいると思うか、全員俺の叙任を受けてるってのに」
力を分け与える「熾火」の属性を「種火」が強く受け継ぐのは当たり前の事。その前提で、師匠というか親分があまりできないものを、弟子や子分が躍進できるか。
アークの言わんとするところはそこらしい。
えーそうなのー、と騎士たちを見渡してみる。視線を受けた真騎士のネストリが困ったように笑った。
「騎士長ならばできるかもしれませんが、それでもかなり格下相手に限られるでしょうね。正騎士以上は難しいと思います」
「そんなに難しいの? アークなんてただ見てただけっぽいのに」
「おいコラ」
横からの突っ込みを、真澄は舌を出して流した。
「相手を視るというのはいわゆる探知の一種、中でも最上級に位置づけられる術です。探知は能動的か受動的かで、難易度が格段に変わる術でして、」
たとえばヴェストーファ駐屯地に張り巡らされている侵入者探知の術。あれは受動探知の最も一般的な形であって、魔力の多寡によって範囲は変動するものの、正騎士以上であれば大抵は使える。
一方で、能動探知。
獲物がかかるのを待つのではなく積極的に存在を探す術は、正確無比に魔力を操らねばならず、完全に得手不得手が分かれる領域なのである。
「当然、軍人は能力を簡単には暴かれないように鍵をかけていますから、開錠するには最低三倍の力をかける必要があります」
「三対一の法則、だったっけ。へえ、そういうことなんだ」
「はい。ただですね、不得手なものを無理に扱おうとすると効率が落ちるので、魔力が余計にかかります。魔力量の読み取りは能動探知ですから術そのものが難しいことに加えて、不得手ゆえに四倍、五倍の魔力をかけるとなると、あっという間に魔力は尽きてしまいますね」
であるから、普通はよほど得意でなければ使わない術だそうだ。
良く分かる解説だった。
「ありがとう。……本当に私、何も知らないのね」
真澄は騎士たちから目を逸らし、窓に目を向けた。朝の光が眩しく差し込んでいる。何の変哲もない朝、ただ綺麗だ。
時間の概念もあって朝も夜もくる、それなのに自分は知らない世界にいる。
彼らの当たり前が何一つ通じない。
不思議だった。
まるで間違いのように紛れ込んだ自分が、ここに生を許されていることが。
「……マスミ?」
「なんでもない。とりあえず試したいこと色々あるから、始めましょうか」
真澄はヴァイオリンを構え直す。
怖くはない。どんな世界であろうと、自分一人で生きていくことに変わりはない。母であり師であり人生そのものであるヴァイオリンさえあれば、それだけでいい。
何も望まない。
自分の人生に期待するのはもうやめたのだ。




