32.騎士団クイズ大会~基礎編~
真澄の懸念は杞憂に終わった。
というよりむしろ、前途多難に見えた先行きは、事ここに至って見当違いの方向に走っている。
盛大な実験場と化したメリノ家の大庭園は、無数に浮かぶ光球と乱立する光の大盾、「俺も俺も」と騒ぐ騎士たちで混沌の様相を極めていた。
きゃっきゃうふふと大の男たちは楽し気だ。
しかし背後に炸裂する効果音は「ドゴォオォン」だの「ガキィィン」だの物騒極まりない。彼らは全力で己の持てる魔力をぶっ放している、その残量をゼロにするために。
魔力が底をついたと見るや、喜々として彼らは真澄の傍に走り寄ってくる。そしてとてつもなく爽やかに言い放つのだ。
「回復お願いします!」
と。
途中経過はなんだかなーと思いつつ、実験なので真澄はひたすらヴァイオリンを奏でて彼らの願いを叶えてやる。彼らは見る間に元通りになる魔力に心底驚き、「すげえ!」と目を輝かせ、「もう一回!」とわざわざ魔術の無駄撃ちをやってまで並ぶのだ。
ここはタイムセール中のスーパーか。
あんたら主婦か。
さながらお一人様一つまで縛りのある玉子やトイレットペーパーを、何度も並び直すことで幾つも手に入れる猛者のごとき勢いだ。もはや誰も手が付けられない。
実験場はメリノ家庭園だが、それらに傷がつかないようアークお手製の防爆壁が張られているので、まあ現実問題として被害があるわけではない。
が、メリノ家の人々からの視線が痛い。
そうだろう、そんな目にもなるだろうと真澄はひっそり同意する。礼儀正しかったはずの騎士たちが、やたらとはしゃいで青い火だの大盾だの繰り出していれば、そりゃあ引くに決まっている。
メイドの女性陣は腰を抜かさんばかり。年配の執事頭から料理長、厩番に果ては庭師に至る男衆は、荒事に顔を引き攣らせながらも食い入るように見入っている。やはり同性同士、何かしら感じ入る光景なのかもしれない。
その中にあって、最も悲壮な雰囲気をまとっていたのは庭師だった。
芝生にへたり込んでお姉さん座りになっている。
繰り返す、派手な爆発など起こっているものの実害はないのだが、丹精込めて手入れした庭木や花壇が本当に大丈夫なのかと心配のあまり肝を潰している状態だ。
色々な意味で可哀想である。
結局その盛大すぎた一連の実験は、日が落ちるまで続いた。
決勝戦出場組と一緒に戻ってきたカスミレアズが、庭の一角で繰り広げられる光景に戸惑っていた。それからアークの説明を聞いて、追加で度胆を抜かれていたのは余談である。
* * * *
メリノ家を騒がせたその実験は、実に些細な切っ掛けから始まった。
真澄の知りたかったこと――例えば複数名を同時に回復できるのかとか、同じ曲でも人によって回復量にばらつきがあるのかとか――を調べるには、大前提として「可視化された魔力状態」が必須だった。
某漫画の某スカウターほどの精度を要求しているのではない。
別に数値で見えずとも、せめて大・中・小くらい大雑把でいいから、保有している魔力量の差分が分かればそれで良かった。でなければ、そもそも誰を優先して回復すれば良いのかも分からないし、どのくらいで満タンになるのか見当もつかない。
そんなローテクなわけあるか。
端から真澄は疑ってかかっていた。あれほど力説された補給線が雰囲気だなんて、まさかそんなこと。絶対に、その魔力の残量を把握する手段があるはず、と。
そして真澄の確信に近い予想は見事に的中した。
真澄が何を目的としているのかを噛み砕いて説明すると、最初にアークが「魔珠のことか」とひらめきの声を上げた。呼応するように、騎士たちも合点のいった顔を見せる。
何だそれ、と真澄が疑問を呈す間もなく、見た方が早いとアークは三人の騎士たちを呼んだ。
どういう意図で指名されたのか既に理解しているらしく、彼らは手のひらを上に向けて、一様に短く何かを呟く。次の瞬間、それぞれの手のひらの上に小さな珠がふわりと浮かんだ。
綺麗だ。
ピンポン球くらいの大きさながら宝石のように深く青く輝いていて、まさに珠と呼ぶに相応しい。
見惚れている真澄の横に来たアークが言う。
「魔珠はその時にそれぞれが持つ魔力を結晶化したもので、いわば騎士の分身だ。珠の中に光が満ちていれば存分に戦える。逆に光が底に尽きかけていれば、ほぼ魔力は枯渇している状態だ」
並んだ三人の騎士、誰が最も余力を残しているか分かるか。
アークの問いに真澄は三人が浮かべる珠を見比べた。左は珠の底が薄く青いだけ。真ん中は珠のほぼ全てが青く輝き、右は半分ほどだろうか。
「真ん中の人、かな」
ね、リクさん? 真澄が呼びかけると、真ん中の若い騎士は、またしても頬を赤く染めた。
そんな部下を気に留めることなく、総司令官は「そうだ」と頷いた。なぜ真澄が彼の名前を知っているのかなどは、特に興味がないらしい。
まあここで問い詰められても面倒なだけなので、どうこう言うつもりはないが。
「では枯渇しているのは誰だ」
試すようにアークが続ける。真澄はもう一度三人を慎重に見比べた。
「……左ね?」
「ああ。つまりマスミが知りたかったのはこのことだろう」
「うん、分かりやすかった。これで大丈夫、見分けつきそう」
求めていたのはまさにこれだ。
まさか気合で感じ取れとか雰囲気だとか言われたらどうしようかと思っていたところだ。数字ほどの精度はなくとも、この分であれば優先順位をつけられる。
真澄が胸を撫で下ろしたのも束の間、しかしアークから「待て」がかかった。
「光の満ち欠けが基準になるのは、あくまでも同じ階級の騎士に限った話だ」
言いながら、真ん中の騎士――リクを残しつつ、アークは左右の騎士を下げた。そして集団を見渡して、途中で目を留めた二人を呼び寄せる。
下がった二人よりも年上だ。
というより一人はネストリという名の、あの大柄な騎士である。
突如始まったクイズ大会を楽しんでいるのか、呼ばれた二人は面白そうに頬を緩めて互いに目配せをしている。ちょっとした悪戯を思いついたような、そんな雰囲気だ。
そして暇潰しを楽しむように、アークも口の端を上げている。
「さて、次の問題だ」
パチン。
アークが指を鳴らしたのを合図に、新しい二人の騎士が手のひらの上に魔珠を浮かべた。下打ち合わせもなしに見事な連携、阿吽の呼吸だ。
宙にゆらりと浮かんだ三人の珠に視線を走らせる。見比べて、その違いに真澄は目を瞬いた。
「さっきと同じ質問だ。余力が最も多いのは?」
「うーん……ちょっと待って」
すぐに答えが浮かばないくらい、目の前に浮かぶ珠は三者三様に違っていた。
左にいる名前をまだ知らない騎士は少し大きめ、テニスボールくらい。色味は先ほどの三人と同じ深い青で、光は半分くらい満ちているだろうか。
真ん中にいるリクは、当然先ほどと変わっていない。ピンポン球くらいの珠だが、全体に光があふれている。
最後の一人、右側に並んだ騎士――ネストリが異彩を放っている。
珠そのものはやはりテニスボールくらいの大きさだが、その輪郭が淡く金色に輝いている。珠の内部、青の光は二割か三割程度だが、金の煌めきの存在感が圧倒的だ。
光の満ち欠けは、あくまでも同じ階級の騎士に限った基準だと聞いた。
今、目の前に並ぶ彼らはそれぞれ階級が違うらしい。つまり魔力の多寡を比べるのに、目に見える光の量は意味を為さないか、もしくは副次的な基準になるのだろうか。
単純な気持ちだけで決めるなら、綺麗な方、大きな順に並べたくなる。
金色に光る珠、光らないがそれと同じ大きさの珠、そして小さな珠、という風に。
だが光の満ち欠けも気にならないといえば嘘になる。いくら輪郭が金色に輝いていようとも、同じ大きさであれば底に近いより半分は満ちている方が安心感がある。
悩んだ末に真澄が出した結論は。
「右の人」
「ネストリか。何故だ?」
「金色に光ってて他の二人と違うから、階級が上なのかなって」
「なるほど。では次に多いのはどちらだと思う」
「左の人かな。半分は半分だけど、そもそも珠が大きいし」
リクと比べると器である珠の大きさが違うために、光の総量で見れば両者はほとんど変わらない。であれば大きな方が位は上のように思うのだ。
真ん中に立っていたリクが頭をかいて苦笑した。慰めるように、若いその背をネストリがぽん、と叩く。
「階級の見極めはそのとおりだ」
「見極め『は』? 正解じゃないってこと?」
「俺が訊いたのは『最も余力を残しているのは誰か』、だ。その意味でマスミの答えは間違っている。……どうやって説明したもんかな」
ふむ、とアークが思案顔を見せる。
「分かりやすく騎士の階級から教えてやる」
言いながら、アークは騎士たちの前に立った。
散々田舎者だなんだと公言し、騎士たちに真澄の面倒を見るよう命じていた割に、アーク自身が講師をしてくれる気満々だ。この総司令官、やっぱ暇だよなと再認識した瞬間だ。
アークの指示で、魔珠を出している三人が並びを変えつつ、その両端に追加で一人ずつ騎士が立つ。
五人の騎士が並んだ。
真澄から見て左端の騎士に向かってアークが歩み寄る。
「叙任前の見習い期間はまあ別にするとして、公的な騎士階級は五つに分けられている。下から順に説明する」
アークが左端の騎士の肩に手を置いた。
「叙任を受けてから最初の一年は『従騎士』と呼ばれる。いわゆる新米というやつだ。魔力に関して言えば、そもそも叙任を受けてからの最初の一年は、これを出せるようになることが鍛錬の全てと言っていい」
これ――指差された先にあるのは、真ん中の騎士三人が未だ浮かべている魔珠だった。
「そんなに難しい話なの?」
ここにいる全員がアークに命令されてすぐに魔珠を出していたので、造作もないことだと思っていた。
しかしどうやらそうではないらしい。
従騎士と言われた騎士の一人が苦笑した。
「そうですね。豊富な魔力の源泉をお持ちの総司令官には簡単なことでしょうが、我々のような凡人は最初から形にできるほど魔力を出せるわけではないのです」
故に叙任というシステムがあるといっても過言ではないのだ、と。
叙任を受けてから最初の一年間は、小さな球の形を取れるほどに魔力を錬成すること、操ることができるようにならねばならない。これができて、ようやく次の階級に上がれるのだ。
一年と区切りはつけられているが、日数経過だけで自動的に階級が上がるわけでは勿論ない。
それはあくまでも目安であって、最初の昇級条件は『魔珠を出せること』以外に認められない。よって、これより早く上がる者もいれば、不得手な者はもう少し時間がかかることもある。
だからこの階級は『従』と名付けられた。
魔力の錬成もままならない剣技のみの半人前、他の騎士に従わねば、一人では騎士としての役目を果たせない階級である。
「ちなみに今回は従騎士は連れてきていない。便宜上ここに立たせたが、これも立派な『準騎士』だ」
すまなかったとでも言いたげに、アークは左端の騎士の肩をぽんぽん、と叩いた。
受けた騎士は恐縮しきりながらも誇らしげだ。やはり騎士の階級とはそれだけ重要な意味を持っているらしい。
これは、……間違えたら事だ。
真澄の背に冷や汗が伝う。
サラリーマンで言うところの役職に相当すると考えれば分かる。部長を課長と呼んだら明らかに失礼であるし、平社員を係長と間違えても嫌味だ。一見平和な会社生活においても、地雷はそこかしこに点在しているのである。
うん十人、あるいはうん百人いるであろう第四騎士団全員の氏名、階級を覚えるにはしばらくかかるだろう。
後で、魔珠以外に個人情報を見極める技がないか、カスミレアズあたりに相談してみよう。そっと心に決めて、真澄はうむ、と力強く頷いた。
細かい部分はさておき、真澄の理解を確認したアークが「次に」と続けた。
「魔力が一定の出力を越えれば、魔珠は出せるようになる。そうすれば階級は『準騎士』に上がる。騎士としては若手に数えられる時代だな」
アークは少し歩を進め、二人目――リクの前に立った。
「準騎士に求められるのは、初級から中級までの防御魔術を使いこなすこと。守ることが第一義の騎士団として、最も大切な力を研鑽する時でもある」
そんな準騎士の魔珠が、リクの浮かべているピンポン球大のそれである。
なるほど。
やはり真澄の思い描いたとおり、名前は似ているが『従』と『準』の間には明確な区切りがある。
ふむふむ、と頷きながら真澄は耳を傾ける。しっかり話についてきていることを確認し、アークはまた少し歩を進めた。三人目、真ん中だ。
「次が『正騎士』、本当の意味で騎士として一人前になったと対外的にも名乗れる階級だ」
「一人前ってどういう基準?」
「全ての防御魔術に精通すること。つまり、上級の防御魔術を習得し、自在に操れることが条件だ」
その為にはある程度の魔力量が必要で、これも一定値を超えると、魔珠がその大きさを増すことでおおよそ分かるらしい。総量が増えたことを示すように、ピンポン球がテニスボール大に成長するのだ。
ただし魔力量があるだけでは意味がない。
よって正騎士になるには試験を受けて見事突破せねばならないらしい。名前に『正』と付くだけのことはあるようだ。
「ねえ、試験ってどんなことするの?」
興味が湧いて、真澄は尋ねた。
「一つ上の階級――『真騎士』との実戦だ」
「筆記試験とかは?」
「やるだけ無駄だ。術式を暗記したところで、いざという時に発動できなければ意味がない」
上級防御を使えない正騎士など、まがい物。
騎士の階級は、その実力に対応する形で明確に区切られている。言い放つ厳しさの中には、彼らの矜持が滲んでいた。
そしてアークの歩みが進む。
四人目、金色の輪郭を持つ魔珠を浮かべるネストリの前だ。
「同期が十人いたとする。その中で真騎士になれるのは、二人か三人くらいだ」
大多数は正騎士のまま退役を迎えるのが現実で、それは与えられた「種火」を元に研鑽に励めば、遅かれ早かれ誰しもが到達できる場所である。
だが『真騎士』から上はその限りではない。努力では越えられない壁、相応の才能が要求される階級だという。
彼らが大多数の騎士と一線を画すのは、攻撃魔術の使用を解禁されることにある。
逆に通常の騎士たちは、防御そのものに特化している。
両者の違いは攻撃と防御の基本原則に端を発する。通称「三対一の法則」と呼ばれるそれは、戦闘における防衛側の優位を示す言葉として有名である。
その考えは実に分かりやすい。
敵方の防御力を一とした時、その制圧には三倍の攻撃力が必要とされる歴史の教訓だ。
あるいはその例に漏れた戦闘もあるだろうが、しかし通常の盾と剣による戦闘のみならず、魔術を使用した大規模戦闘においても同じく有効とされるその法則が、アルバリーク帝国での騎士団と魔術士団の役割を分けた。
大火力を支える豊富な魔力量がなくとも、守りに特化することで絶大な効果を発揮する。
その分業が大前提である中で、矛を手にするのは異端とも言えた。
しかし無意味に生まれた階級ではない。必要に迫られて『真騎士』はその地位を確立した。
「騎士団そのものを守るために『真騎士』はいる。中級までという制約はあるが、それでも攻撃魔術は騎士団に降りかかる火の粉を払い除ける」
「……それって」
「いつでも都合良く魔術士団がいるわけじゃない。魔術士団には必ず騎士団という護衛がつくが、騎士団単独の任務はいくらでもある」
それは野盗狩り、魔獣掃討、災害救助と多岐に渡る。名目上は分業であったとしても、その建前を馬鹿正直に守って騎士団に増えたのは、結果として制約と負担だけだった。
静かにアークは語る。
やがてその足は、右端にいる最後の騎士の前で止まった。
「さて、最後だ。昇りつめればここ、『神聖騎士』の称号が与えられる」
真騎士の中でも選りすぐりの人間だけに許される到達点。
その魔珠は真騎士より大きく、さらに輪郭はまばゆい白金に彩られる。神々しいその光は「神聖」という名の由来にもなった。
輝きの源泉は、けた違いの豊富な魔力量。
騎士でありながら上級の攻撃魔術を操る彼らの戦闘力は、他の追随を許さないほど傑出している。神聖騎士を一人擁していれば、局所戦線の安定化が図れるほどに。
そんな説明の後、さらなる問いがアークから投げかけられた。
「第四騎士団は二百人あまりの騎士を抱えている。うち何人が神聖騎士だと思う?」
真澄は唸った。
簡単そうで、難しい問いだ。
一つ手前の真騎士は、二から三割程度いると聞いた。まさか全員が神聖騎士に上がれるとはとても思えず、より厳しい査定を受けるであろうことは想像に難くない。
「真騎士の半分くらい、かな」
それなりに厳しめに見積もったつもりだが、どうだろうか。
「理由を訊こう」
「一つ前の真騎士になるって段階で、選りすぐりだって思ったわ。そこから半分に絞ったら、かなり良い率かなって」
「……ほう」
解を示す前に、興味深そうにアークが顎に手をかけた。




