31.改めまして、どうぞ宜しく。初っ端から伝わってないけど。
真澄の前に並ぶ三十人の騎士たちは、揃って目を瞬いた。
完全に分かっていない。鳩が豆鉄砲をくらったような、とも言う。ここはウォルヴズ掃討戦の後で手当を受けたメリノ家の大広間。時間は朝、三日目の騎馬試合が始まる前の話である。
今日は個人戦の最終日、古参騎士たちによる決勝戦が行われる。
当然、目の前にいる騎士たちの中にも出場者はいる。彼らは既に鎧や長剣などの装備を整えていて、まさに出発しようとしていたところだった。それを呼び止めたのが近衛騎士長のカスミレアズ。上司からの「整列」という命令に素直に従った部下たちは、次の瞬間に傍目に分かるほど呆けた。
彼らに対峙したカスミレアズは、眉一つ動かさずに同じ台詞を繰り返す。
「決勝に出る者以外はここに残るように。明日からの団体戦に備えて魔力を回復する」
「騎士長。失礼ながらおっしゃる意味を理解しかねるのですが……」
困惑を隠さないのは、三十人の中で誰よりも大柄な騎士だった。
真澄の足首を掴んでまで「専属に」とひたすら低姿勢だったのだが、その後カスミレアズによりアイアンクローという名の肉体言語による説教を受けたあの彼だ。
下っ端だとばかり思っていたが、意外にそうでもないらしい。
質問の口火を切るあたり、あるいは隊長格なのかもしれない。カスミレアズの横に立ちながら、真澄はそんなことを考えた。
そうしている間にも、他の騎士からはちらちらと視線が飛んでくる。彼らは一様にカスミレアズを見て目を瞬き、真澄を見て小首を傾げ、また視線を戻しては眉を寄せている。
混乱しすぎだ。
あまりにも純情すぎる戸惑いっぷりに「大丈夫か、そんなんで国を守れるのか」と突っ込みたくなるも、そこはぐっと堪える。
これから長い付き合い――に、なるかどうかは分からないが、仕事として関係する相手だ。真澄は一人一人の顔をゆっくりと眺めていく。年の頃は十代後半から三十くらいまでだろうか。精悍で軒並み若い、という印象を受ける。
共通するのは女性慣れしていなさそうだ、という点である。
微かに見覚えのある十代後半の騎士に目を留める。名前は確かリク、と呼ばれていたか。少し待つと目が合った。その瞬間、ぼふ、と音が聞こえそうなほど相手の顔が真っ赤になった。
真澄の目が若干遠くなる。
そういえば露天風呂でおっさんの如く寛いでいたところを目撃された上、一目散に逃げられたのは、ほんの二日前のことだ。慌てる若く純情な騎士と、泰然と構える三十路手前の楽士。明らかに女子っぽいのは前者という事実が泣き所でもある。
そわそわ、おろおろ。
どうしよう、どうする? どうなってんのこれ?
部下たちの間でそんな焦りの視線が交錯する中、上司が「順を追って説明する」と丁寧になだめた。
「ここにいるマスミ=トードー殿は当初は叙任式のみの単発契約だったが、総司令官との専属契約を交わされた」
一瞬の静寂、後、低いどよめきが起こる。今度は盗み見ではなく、全員から驚愕の視線が真っ直ぐに向けられた。
純情なのか単純なのかどっちだ。
素直すぎる動きにやっぱり突っ込みたくなりつつも、真澄は軽くワンピースの裾を摘まんで礼を取った。カスミレアズが注目を集めてくれたお陰で、わざわざ大きな声で自己紹介をせずに済んだ。楽である。
「総司令官――アークレスターヴ様の御手による第四騎士団再興から十五年、最後の専属が辞めて十二年。長らく雌伏の時を過ごしてきたが、ようやくアークレスターヴ様に相応しい楽士が名乗りを上げてくれた。叙任式で既に理解したことと思うが、彼女の実力は疑うべくもなく歴代随一だ。我らが第四騎士団は彼女の加護を受け、これより更なる飛躍を遂げることとなるだろう」
その演説、ちょっと格好良すぎじゃないか。
持ち上げられすぎの感は否めないが、真澄が戸惑っているうちに歓声と拍手が沸き上がった。慣れているらしいカスミレアズは、うむ、と男ぶり良く頷いている。
興奮がひとしきり収まった頃合いで、再び近衛騎士長が口を開いた。
「さて、ここからが本題だ。トードー殿はあくまでも総司令官専属という立場が最優先されるが、手の空いている時には我ら第四騎士団の人間全員にご助力を頂けることになった」
「……は?」
漏れた声は誰のものだったか。
出所は不明ながら、先ほどの喝采と比べて嘘のように全員がぽかんとしている。リアクションまで統率が取れているあたり、体育会系とはそういうものなのか。
「我が第四騎士団の惨状……いや、窮状をみて、トードー殿自ら申し出てくれたことだ。前代未聞であるが、個々人ではなく第四騎士団全体の補給を担って頂けることと相成った」
「それは……ですが、しかし……総司令官は」
「最初に伝えたはずだ。彼女はあくまでも総司令官専属であることに変わりはない。今回の措置は彼女が申し出てくれたというのも無論あるが、何よりアークレスターヴ様の寛大な御心によるものだ。これを忘れないように」
「は……」
「もう一度言う。前例のない特殊な状況ではあるが、勘違いするな。トードー殿の楽士契約に関する一切の直接交渉は禁ずる。禁を破れば厳罰に処す。この件に関して全権を委任されているのはこの私だ、意味は分かるな?」
近衛騎士長の眼光一閃、騎士たちが顔を青くして一斉にこくこくこく、と頷いた。
壊れた人形もかくや、の動きである。あの修羅のごときアイアンクローからの宙吊りが目蓋に浮かんだのは、きっと真澄だけではないはずだ。
五寸釘なみの太い釘を刺されつつも、ようやく騎士たちは上司の言わんとするところを飲み込んだらしい。
決勝戦に出場する五人の騎士は羨ましそうな顔をしつつもカスミレアズと共に競技場へと出発し、残った二十五人は期待に満ちた目で真澄を窺っていた。
* * * *
騎馬試合の統括官である近衛騎士長と入れ替わりで大広間に入ってきたのは、他でもないアークだった。
急にお目見えした総司令官に、騎士たちの背筋がぴしりと伸びる。アークは最敬礼を鷹揚に片手を挙げて受け、「それで首尾はどうだ」と真澄に向き直った。
「まだ何も。紹介してもらっただけ」
魔力の回復に音楽が有効。
未だに半信半疑のその原理、聞きかじりはしたが、具体的なやり方はまったく考えていなかった。
「とりあえず弾いてみようかとも思うんだけど。全員一気に回復とかできるのかなーなんて」
考えを口に出しつつ、真澄は美しい石造りのテーブルにヴァイオリンケースを置いた。
専属という制度が大前提らしいことを鑑みるに、楽士と騎士は一対一で対応するのが基本のように思えるが、実際どうだろう。正直、彼らの反応を見ているとそもそも一対多という関係はあり得ないようだが、それは能力の限界というよりはむしろ、彼らの文化や思想に基づく考え方のような気がするのだ。
単なる勘ではない。
魔力の回復量は音符数と音程に左右されると昨夜聞いた。音を受け取る人数は条件に入っていなかったはずで、そこに一考の余地があると踏んでいる。
同じ空間、等距離にいれば、音は等しく耳に届く。
であれば本来一人であるところが三人や五人になっても、同じ回復量になるのではないか。そういうわけで、「多数相手の回復」を実験する価値は大いにあると真澄は思っている。
ヴァイオリンケースを開き、弓を張る。
次いでヴァイオリンを取り出して肩当をつけ、鎖骨と顎の間に挟む。そのままAの音を鳴らしつつ調弦をしていると、騎士たちは興味津々で真澄に注目してきた。
「珍しいだろう」
そんな騎士たちにアークが声をかける。彼らは一様に頷いた。
「折角の機会だ。近くで見せてやりたいが、いいか」
「どうぞ? 弓が当たらなければ、どれだけ近くで見てもらっても構わないわ」
邪魔にならないかどうか配慮を見せてくれたアークに、真澄もまた寛容に返した。
「これが当たり前になるんだから、いっつもそんなに緊張されてるとこっちも緊張するし。もっと気楽にいきましょ」
「だ、そうだ。整列解除、好きに見ていいぞ」
言いながら、アークはテーブルに合わせて設えられている布張りの椅子に腰を下ろした。そのまま大理石模様のテーブルに頬杖をつき、当面は静観の構えをとる。
許可が出た騎士たちはというと、一気に殺到するような行儀の悪さは微塵も見せなかった。
三人から四人で固まって、順番を守り、真澄を驚かせないようとても礼儀正しくゆっくりと近づいてくる。そして調弦をしている真澄の弓を持つ右手、ペグを回す左手、ヴァイオリン本体などを食い入るように見つめ、感嘆のため息をもらす。
やればできるんじゃん。
真澄は意外な気持ちで彼らの紳士的な振舞いを横目で見ていた。お里が知れるという言葉が表すとおり、日頃から意識していなければこんな動きはできないだろう。
今なら分かる。
騎士たちは常に理性の切れた野獣属性ではなく、あの時たまたま理性が飛んだだけらしい。言われれば「待て」ができる割りに、最初に理性が飛んだ理由に思い当たる節はない。
そのあたりはつくづく異文化だ。
さて、全員に順番が回る前に調弦は終わったが、指慣らしを兼ねて音階練習に移る。
実際の演奏に近い動きをする左手に、見学後半組は信じられないものを見るような、純粋な驚きを隠さなかった。
「そのヴィラードは不思議な色をしていますね」
見学最後の組、そのうちの一人が言った。あの大柄な騎士だ。
ん? と真澄が視線を投げると、周りも皆うんうんと頷いている。
「ヴァイオリンは大抵この色だけどねー」
「ヴァイ……? それはヴィラードではないのですか?」
しまった、言葉を間違えた。
思わず真澄は舌を出した。ヴァイオリンそのものは彼らの楽士が使っているヴィラードとやらに酷似しているらしいが、名前の違いからも分かるとおり似て非なるものなので、会話は当然噛み合わない。
が、これはアーク相手に散々やった。
見るとやはり覚えがあるのか、アークもまた頬杖をついたままで苦笑している。
新しく会う度に説明を一からしなければならないのだったら、紹介冊子の一つも作ってもらいたいところである。まあ現実的ではないので、とりあえず真澄は無難に回答することにした。
「私の国ではそう呼ばれてたってだけ。擦弦楽器属であることには変わりないから、まあほぼ同じものだと思ってくれればいいんじゃないかな」
「トードー殿は異国のご出身でしたか」
「ええ、アルバリーク人じゃないの」
それどころか多分、おそらくきっと、別次元とか別世界レベルでの異国出身だろうけどね。
若干やけくそ気味に真澄は胸の内で宣言してみた。
ここにきて三回目の朝を迎えたばかりだが、音で回復する魔力なるものが存在すると認識した時点で、少なくともここは真澄の知っている地球上のどこかではないということが確定している。
わめいたところで状況は好転しないだろう。
絶叫でどうにかなるのなら、叙任式当日に帰還を果たせているはずだ。
我ながら冷静だとは思う。これがどこぞの雪山に放り出されたとかならもっと慌てていただろうが、幸いなことに言葉の通じる相手がいて、衣食住を保証してくれて、かつ仕事にも就くことができたゆえ、社会人にとって何より忌憚すべき「食い詰める」という心配は当面ないのである。
そりゃあ冷静にもなる。
悟りに到達しそうな真澄の心境など知る由もない騎士は、ふむう、と顎に手をかけている。大柄なのに、動きの一つ一つが丁寧だ。
「なるほど、異国であればヴィラードになる木材も違うのでしょうね」
「むしろ普通のヴィラードって何色なの」
「白です」
「へえー、珍しい」
思わず真澄の目は丸くなった。
塗りのニスが完全に違う素材なのだろうか、是非お目にかかってみたい。自然と興味が湧いてくるが、それは逆もまた然りだったらしく、騎士の目も驚きに見開かれていた。
「私どもからしますと、その深い焦げ色に見事な艶が不思議です」
そのような木材のある異国は遥か彼方なのでしょうか。
憧れとも羨望ともつかない純粋な視線を受けて、真澄は妙に面映ゆくなった。
「当然だろう。いいかネストリ、魔獣も貴族もいない秘境出身だぞ」
と、からかい混じりの声が横から割り込んできた。
「ちょっと」
抗議の意を込めて、真澄はアークを睨む。
明らかに今のは褒めてなかった。しかし変わらず頬杖をついているアークは、さも楽し気にくっく、と笑いをこらえている。
ネストリと呼ばれた大柄の騎士は、交互に真澄とアークを見比べている。不思議そうな顔だ。
「秘境でも辺境でも魔境でもないって言ってんでしょ。人口一億越えの立派な島国出身なんだから」
「島国で一億? また随分大きく出たもんだ。子供でももう少し謙虚な数字を言うぞ」
伝説のラダ大陸でさえ、最盛期で一五〇〇万人。アルバリーク帝国の十倍の人口を誇った栄華の国、歴史はそれが最高点だと伝えている。
アークはすらすらと言うが、分からなさすぎて真澄の手が止まった。
「なにそのラダ大陸って」
「やはりお前は辺境出身だと胸を張っていい」
「確かに極東とは呼ばれてたけど、って……まあいいや」
続けたところでこの論争に終わりはないので、真澄は早々に切り上げた。
頑張って食い下がったところで、真澄が日本という経済大国出身であることを証明のしようがない。ヴァイオリン以外の身の回り品を持ち合わせていない迷子というステータスは、残念ながらそのとおりだ。
というより、言葉遊びをしている暇はない。
仕事としてやると同意した。やるならやらねば。
今の目的は騎士たちの魔力を回復させることであって、一体どれくらいの時間と労力が要るのか、手探り状態である。色々と訊きたいし、試したい。
指の慣らしも頃合いになった。
一度手を止め、真澄は騎士たちに向き直る。
「えーと。軽く自己紹介しましたけど、あまりこう……騎士や魔術士みたいな職業の方と接する機会もなかったので」
言葉を区切り、何と説明したものか頭を捻る。
が。
「聞いてのとおり、辺境出身だからアルバリークの常識が通じない。が、こればかりはやむを得ない。そういうわけで、マスミが妙なことを訊いても驚いたり呆れたりせず、一から懇切丁寧に教えてやってくれ」
「もうちょっと言葉選んでも罰は当たらないと思うんだけど皆どう思う?」
がっくり項垂れつつ、真澄は騎士たちに同意を求める羽目になった。
説明したかったことは過不足なくアークの台詞に盛り込まれていたが、それにしても理由の全てが「辺境≒ど田舎出身だから」で片付けられるのもどうか。
予防線を張られているのだろうなあ、とは薄っすら分かる。
まだ晴れていないスパイ容疑の隠れ蓑とも言おうか。不自然な言動や行動も、最初にそれが基本仕様だと周知しておけば、怪しまれずに済むからだろう。
大変素直かつ明確な上下関係に生きる騎士たちは苦笑するに留め、総司令官と楽士どちらか一方に肩入れすることはなかった。
真澄は潔く諦めて、その場でぺこりとお辞儀をする。
「これから根掘り葉掘りお伺いするので、どうぞ宜しくお願いします。それで、早速ですけど」
そこで最も気になっていた疑問を真澄は騎士たちにぶつけた。
誰がどれくらい消耗しているのか、逆にどれくらい回復すべきなのか、目に見える指標はないのか、と。
そして三十人の騎士たちはまたしても目を瞬いた。
どう贔屓目にみても、まったく伝わっていない。大広間に困惑の沈黙が広がる。多分騎士たちは「何言ってんだろうこの楽士」と焦っている。
同時に真澄も悩む、「発想が斬新すぎて――知らないがゆえに彼らの常識からかけ離れすぎてて――言いたいことが理解されていないのか、それとも単純に自分の説明が下手くそすぎて伝わらないのか」、一体どっちだ。
どちらにせよ、先が思いやられるのには違いなかった。




