表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/158

28.窮状の本質・前


 苛立ちは所作の全てに滲み出た。


 見覚えのある大邸宅の正面玄関を、真澄は肩から体当たりで開けた。

 扉がでかすぎて腕の力だけでは時間がかかるのだ。虫の居所が悪いのは自覚しているので、八つ当たり半分でもあるが。

 夜半を過ぎているためか、玄関広間には誰も控えていない。二階へと繋がる大階段の中心部、そこに立つブロンズ像の裸婦だけが無言で出迎えてくれた。

 少しだけ落とされた照明の中を真澄はずんずんと歩き、目的の部屋へと急いだ。


 拉致監禁された街外れの家からこのメリノ家邸宅へ戻る間、真澄はカスミレアズに抱きかかえられていた。

 帰還して正門で下ろされてすぐ、真澄は脇目もふらず歩き出した。エスコートをしようとしていたらしいカスミレアズは焦った様子でついてきた。正面玄関までの道のり、真正面を見据えながら「アークはどこ?」と問うと、「部屋にお戻りのはずだ」という簡素な答えが返ってくる。

 先ほど大立ち回りを演じたカスミレアズであっても、真澄の鬼気迫る様子にそれ以上は話しかけられないようだった。 

 程なくして目的の部屋に到着する。カスミレアズが何かを言いかけたが、それを待たず真澄はノックと同時に扉を開けた。

 寝室というにはいささか広すぎる部屋をぐるりと見渡す。

 照明は煌々と明るく、右手にある寝台は一つも寝乱れていない。左手にある長椅子の応接にも誰一人座っていなかったが、目的の人物は部屋の最奥、窓際に佇んでいた。

 騎士服の長身が振り返る。

「ご苦労だった。早かったな」

「血管が切れる前に、という仰せでしたから」

 音を立てないように、丁寧にカスミレアズが扉を閉める。

 振り返ったアークは頬を緩めていたが、真澄と目が合った瞬間に眉根を寄せた。

「また随分と物騒な顔だな。どうし」

「どうしたもこうしたもないわよ散々ディスられたんだけど一体全体どうなってんのよ」

 帰ってくるなり烈火のごとく憤慨する真澄に、アークが目を瞬いた。


*     *     *     *


「大体なんなのよあいつ、こっちの事情も知らないで勝手なことばっか言って!」

 テーブルに握り拳を叩きつける。

 高価であろう石造りのテーブルはびくともしない。真澄の手だけがダメージを受けたが、今はそれさえ気にならない。

 紅茶でも飲んでいればカップがさぞ耳障りな音を立てただろうが、夜中なので生憎飲み物は一つも置かれておらず、騒音については杞憂に終わる。

 真澄の剣幕に、反対側に座ったアークとカスミレアズが顎を引いて仰け反った。


 黒装束と交わした舌戦、思い出すだけで腹が立つ。


 冷静だったのは冒頭だけだった。事の顛末を詳しく話すほどに怒りが込み上げ、口調は荒くなる一方だ。

 そして真澄は今、色々と言われた不名誉な内容を、全身全霊で二人にぶちまけていた。

「役立たずとか悪名高いとか余計な世話すぎるのよ! 失礼にも程があるわ! 誰が好き好んで楽士なしでいるってのよ馬っ鹿じゃないの!? つーか文句あんならお前がやれって話よあの口だけ野郎ヴァイオリンも弾けないくせに!」

「おい、落ち着け、な?」

 アークがなだめようと両手を彷徨わせるが、そんなことで真澄の怒りは到底収まらない。

 逆に事なかれ主義とも取れるその姿勢に、より一層頭に血が昇る。ばあん。真澄はテーブルに平手をつき立ち上がった。

 男二人がさらに仰け反る。

「あんた自分とこの騎士団馬鹿にされて悔しくないの!?」

「悔しいとか悔しくないとかそれ以前の問題でだな、」

「なに日和ひよってんのよあんた総司令官でしょうが!」

 勢いで真澄はアークの襟首を引っ掴んだ。

 そして揺さぶる、がっくんがっくんと。体格差がありすぎて実際のところはびくともしないのだが、それでもアークは困惑の表情をしつつ真澄の為すに任せている。

「どうして俺が説教されてるんだ……?」

「とりあえず今は逆らわない方が良いかと思われますが」

 男二人が目配せしつつ、ぼそぼそと言葉を交わす。

 どれだけ揺さぶってもまったく動じないアークに疲れ、真澄は肩で息をしつつもソファに座り直した。まだ言いたいことは山ほどあるのだが、続ける体力がないのが口惜しい。

 息を整える最中にも、真澄の顔は憮然としたものになる。

 ようやく口を挟める好機とみたか、アークが一つため息を吐いた。

「何を言われたのかは大体分かった。それで、なぜお前がそこまで憤慨する」

「なんでってなんでよ」

「お前自身が貶められたわけじゃないだろう。俺たち第四騎士団の実情を言われただけであって、別に間違った内容というわけでもない。まあ、……正直ここまで悪名高くなっていたとは思っていなかったが」

 アークが肩を竦めて、は、と諦めたように小さく笑った。隣に座るカスミレアズは複雑な色を滲ませつつも、何も喋らない。どちらも弁明する気は毛頭ないようだ。

 潔すぎるその姿勢に、真澄は唇を噛む。

「俺たちにしてみれば何年も……それこそ十年近く言われ続けてきた事実だ」

「事実ならなにを言われてもいいわけ?」

「むしろ今更すぎるとしか思わんな」

「……騎士の宣誓って、そんなに軽んじられていいものなの」

 頬が強張り、一息には言えなかった。


 守られるということの意味が重すぎて、うまく言葉が出てこない。


 その身体を張る、誰かの為に汗をかく。必要とされるからその立場がある。そんな誰かが必ず請け負わねばならないことに対して、その不完全さを盾に、そこまで辛辣な言葉を投げつけて良いのか。

 自分たちは安全な場所にいて、その手を汚さないというのに。

「その程度の仕事なの? 嘘でしょう、命を懸けてるのに。それとも釣り合わないって思う私がおかしいの? 甘い? でも私は、人を攫って文句しか並べないような奴に、あなた達の生き方をどうこう言われたくなかった」

 それほどにあの叙任式での宣誓に感銘を受けた。真澄自身が平和な国で生きてきたから、あの誓いを立てられる人が眩しかった。

 立てた誓いを貫き通すのは難しい。

 強さがいる。初心を抱え、謙虚に、真摯に、辛くとも挫けず、逆境にあっても諦めず、もう面倒だと投げ出さない。その努力は途方もない。できない人間の方がきっと多い。

 真澄は自分で自分に見切りをつけた。

 同族嫌悪だったのかもしれない。真澄も黒装束も、当事者になり得ないという点で立場は同じだ。

「ごめん。あの男に全然言い返せなかったから、今になって悔しくて八つ当たりしたわ」

「……いや、悪かった」

 言葉少なにアークが真澄を見つめてきた。

 悪かった、が意味するところは読み取れなかった。ただ、問い直すほどの気力は残っていなくて、真澄は深呼吸を繰り返した。

「ねえ、教えて。どうしてそんなに楽士が交代したのか」

 気持ちを切り替えて、真澄はアークを窺った。

 黒装束は大前提すぎて端折ったのだろうが、そもそも数多の楽士が逃げ出すに至った理由が分からない。

「そうだな。お前には知る権利がある」

 どこか遠い目をしながらアークが呟く。後を引き継いだのは、カスミレアズだった。



 総司令官の右腕から弁明された第四騎士団の境遇は、確かに苛烈極まりなかった。

 使い潰される。

 その意はアークの保有する魔力量があまりにも多すぎるが為、使う魔術が最上級かつ連発できることに起因するのだという。一呼吸のうちに――例えばウォルヴズの群れを消し飛ばした火球一つで――平均的な正騎士三人分の魔力を消費する。それはアークにとっては造作もないことだが、補給する側の楽士にとっては一人で五人十人と騎士の面倒を見ている状態に等しい。

 それだけならば楽士の頭数を揃えれば良さそうなものだが、厄介な足かせがある。


 魔力の回復量というのは、音の数と音程に大きく左右されるらしい。


 単位時間あたりで比較した時、音が多ければ多いほど、また音程が正確であればあるほど、魔力は呼応してみなぎるのだとか。

 つまり大容量を回復したければ、難易度の高い曲を長時間ずっと弾き続けねばならない。無論、正確な音程を取れるという大前提のもと。

 奏者にとってこの要求は過酷である。

 弦楽器、特にフレット――決められた音律に基づいて指板を等間隔で区切り、決められた音律での音程を必ず正しく導く帯――のない属において、難しい曲はそれだけ音を外しやすい。

 これはもう、楽器の形による宿命だ。


 そもそも「正確な音程」を定義するのが難しい。

 音の高さを相対的に決めるルールを、音律と呼ぶ。基準の音の高さを一つ定めて、そこから音律に従って他の音を決めていくのがいわゆる調律と呼ばれるものなのだが、その高さの区切りは一つではないのだ。

 名前だけを羅列しても、純正律、ピタゴラス音律、中全音律、不等分律、平均律などがある。

 これら音律と音程の関係を考えた時、特に弦楽器のフレットには長所短所が出てくる。

 当然に正しい調律が為されているという前提で、フレットがあれば、絶対音感がなくとも誰でも正しい音程を取ることができる。しかしそれは引き換えに音律が固定されてしまい、曲の転調ができなくなるという致命的な欠点をもたらす。

 一方でフレットがなければ音律は恣意的に変えることができ、その観点から転調は自在であって、それはすなわち音感さえあれば全ての音程を正しく取れる、ということだ。

 ただしこの自由さが楽器そのものの演奏難易度を上げる、それもまた事実である。


 両者を比べて、ヴィラードという弦楽器は後者の利を取っているはずだ。


 話から察するにある程度の成熟した音楽文化が存在しているであろうし、そうであれば単一の調だけを使って作曲され続けるとは到底考えづらい。

 豊かな音楽は、あらゆる組み合わせを模索していくものだ。


 いずれにせよ技巧的であればあるほど演奏技術の確かさが要求されるのだが、一朝一夕に身に付くものではない。何度弾いても同じように音程を外すことなく均質の演奏ができる人間というだけで、候補は限られてくるだろう。

 かといって、下手な楽士を何人も揃えたところで焼け石に水。

 技巧に劣るからといって簡単な曲を繰り返し弾いたところで、単位時間の回復量はたかが知れている。まして音程が正確でなければ倍率ドンで使い物にならず、結局アークの魔力はいつまで立っても満タンにならない為、誰彼構わずその役目に据えるというわけにもいかない。

 ゆえに、ひっきりなしの補給に生気を吸い取られるも同然で、楽士が悲鳴を上げる。

 結果、真っ先にアークの専属楽士が脱落し、他の楽士もそれに続いたという寸法らしい。


 長時間労働に交代要員なし。


 分かりやすくブラックだ。

 どこぞの高速バス会社を彷彿とさせる内容である。まあ経費削減の為ではなくて、実態はそもそもなり手がいない為なので若干違うかもしれないが。

 高度経済成長期の「二十四時間働けますか」のフレーズがよぎる。

 企業戦士といえば聞こえはいいが、命を削るのは本末転倒以外の何ものでもない。寿命一年を消費して成果二倍とか言われても、嬉しい人間がどれくらいいるだろう。

 残念だ。

 人間どこに行っても大差ない。

 金髪碧眼だから人生イージーモードになるわけでもなく、彫りが深くて美形であっても職場が天国とは限らない。居た堪れなさに絶句しそうになりながらも、真澄は続きを促した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ