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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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27.決着、したけど問題の芽があちらこちらに


 張り詰めた空気は、突然の轟音に遮られた。


 このまま永遠に続くかと思われた真澄と黒装束の睨み合いも、たまらず中断する。

 爆発にも似た音と同時、床が揺れる。ソファにつけていたはずの真澄の尻と背中は、その瞬間確かに浮いた。すわ地震か、慌てて真澄が周囲に目を走らせると、この一瞬で黒装束は真澄から離れていた。

 彼はとある一点を注視している。

「……これはこれは」

 黒装束が口笛を吹く。次いで、ゆっくりとした拍手が室内にこだました。

 視線の先を辿ると扉が消えていた。

 まさかと思って目を擦るも、やはりこのリビングに繋がっていた大きめの扉がぶち破られているのは間違いない。はめ込まれていた飾り硝子は無残にも全て打ち砕け、辺り一面の床に散乱し、周囲にはもうもうと埃が立ち込めている。

 霞む視界にどうにか目を凝らすと、そこにいたのはカスミレアズだった。

 まさに仁王立ち。

 長剣は腰に下げたままなので、扉は殴り飛ばしたのか蹴り破ったのか、いずれにせよ溢れ出る怒気は凄まじい。

「さすがは近衛騎士長サマ。強化扉も関係なし、と」

 人を食ったような言葉遣いだが、黒装束の表情は強張っていた。

「どうした? 随分と驚いているようだが、私が出てくるのは想定外だったか?」

 慎重な構えを見せる黒装束とは対照的に、カスミレアズは堂々と室内に一歩踏み込んできた。

 丁度真澄からは右手にカスミレアズ、左手に黒装束を見る位置取りだ。黒装束と対峙しながらも、カスミレアズがちらりと視線を投げてくる。拘束されてはいるが真澄自身に目立った外傷はない。一瞥でそれを確認したらしいカスミレアズは、すぐに黒装束へと意識を戻した。

 じり、と黒装束が腰溜めの姿勢で一歩下がる。

 その背後にあるのは大きく取られた窓だ。真澄を攫った時の身のこなしを考えれば、一息のうちに逃げ出してもおかしくはない。

「なるほど、総司令官殿は随分とご執心らしい」

「時間稼ぎは無駄だ。交渉にも一切応じない。返してもらおう、我が第四騎士団総司令官アークレスターヴ=アルバアルセ=カノーヴァ殿下の専属楽士だ」

 ここで問答無用にカスミレアズが距離を詰めた。

 いつの間に抜いたのか、長剣が空を切り裂く。今まで黒装束が立っていた場所に銀色の残像が走った。

 初撃はしかしかわされる。床を蹴った黒装束の身体は、それまでカスミレアズが立っていた入口側の壁際に移っていた。どうやら逃げるという選択肢はないらしく、ばら色の光が黒い手の中に膨らんだ。

 が、青い稲妻が走り、ばら色を打ち消す。

 二色の光はぶつかり合い四散した。

 室内であるにも関わらず二人は激しく剣戟を交わし、時折魔の光が閃いた。だが終始優勢に攻めているのはカスミレアズのようで、巧みな剣さばきで黒装束を追い詰めていく。

 首に迫った一撃を黒装束が身を引いてかわすと、計算されたようにその背が壁際についた。


 ドガッ!


 間髪入れず長剣が黒装束の右頬を掠め、壁に突き刺さった。

 木ではなく塗りの壁だ。それなり強度はあるはずだが白壁は無残にも大きな亀裂が入った。突き刺さった衝撃が強烈すぎて、長剣の刀身はびいん、と震えている。

 黒装束は瞳だけで長剣を見る。

 その喉元には短剣が当てられていた。

 二人の力の差は歴然としていて、成り行きを見守るしかできない真澄の背が震えた。捕えられたあの日、カスミレアズは真澄に対してはまったく本気ではなかったのだ。

 この黒装束に対しても、どこまで力を出しているのかは分からない。

 黒装束が肩で息をしているのに対し、カスミレアズは表情一つ変わっていないのだ。確か結構な量の酒を入れてもいたはずで、それでこの運動量とは底が知れない。

 生殺与奪の権を完全に掌握した近衛騎士長は、低い声で言った。

「浅はかにも我が総司令官の楽士に手を出したこと、冥府で悔いるがいい」

 容赦の欠片もない。

 カスミレアズの腕に力が篭もり、黒装束にとっては絶体絶命とも思われた瞬間だった。

「盗人猛々しい。本来であれば彼女の所有権は我がレイテアにある」

「……何?」

 二人の間で強烈な光がほとばしった。弾け出たばら色の獅子がカスミレアズに襲い掛かる。

「っ!」

 間一髪、カスミレアズは一歩仰け反りながら、顔を背けて攻撃をかわした。若い騎士ならば真正面から食らっていただろう。

 ばら色の鮮やかな牙が空を切る。

 獅子はすぐに床を蹴ってその身を翻し、鋭い爪がカスミレアズの背に迫った。

 片膝をつきながらも、カスミレアズは獅子と真っ向から対峙した。その右手が突き出される。生まれ出でたのは青い鳥、盾さながらに大きな翼を広げ、獅子の前に立ちはだかった。

 長い尾羽に優雅に伸びる風切羽。

 姿形はさながら孔雀のようで、けれどその鳥は見た目とは正反対の獰猛さで、倍の大きさほどもある獅子を真っ二つに切り裂いた。


 息をする間もなかった。


 急に目の前で繰り広げられた荒事に、真澄は呆然としていた。だがそんな茫洋とした意識を現実に引き戻したのは、パキリ、という乾いた音だった。

 はっとしてその出所を探す。

 退路を断たれていたはずの黒装束が、いつの間にか窓に足を掛けていた。肝心の窓は蹴破られていて、夜風がそよりと吹き込んでいる。

「あなたを諦めるわけにはいかない。武楽会でお会いしましょう」

 月光を背に浴びながら黒装束が真澄を見た。

 待てと制止する間もなく、その姿は夜の闇に溶けて消えた。


*     *     *     *


 カスミレアズが身体を起こすと同時、床がぎしりと軋んだ。

 割られた窓とその向こうに佇む大きな白い月。目を奪われていた真澄は、そこでようやく我に返った。

 油断なくカスミレアズが周囲の気配を探る。どうやら仲間が潜んでいるようなこともなさそうで、一つ息を吐いてから彼は真澄の傍に歩み寄ってきた。

「すまない、遅くなった」

 詫びつつも、手早く真澄の拘束を解いていく。

 ようやく自由になった手足に安堵しつつ、真澄は首を横に振った。手元に時計がないから正確には分からないが、攫われてから三時間と経っていないだろう。途中にかなり私情が入った話を聞き、互いに無駄口を叩いたというのもあるが、それでも不安になるほど長い時間ではなかった。

 むしろ、どことも知れぬ場所に連れ去られた真澄を、よくもこの短時間で捜し当てたものだ。

 おそらくはカスミレアズが仕事のできる人間であるからこそだろうが、アークの支援も少なからずあったと見える。ちょっとした誘拐事件をたった数時間でスピード解決。人間離れしているこの所業、きっと規格外の二人がいてこその賜物だ。

 アークの顔を思い出し、真澄の眉間には皺が寄った。


 そう、あれは私怨だ。


 ぶちまけられた第四騎士団の過去。使い潰されたという楽士は相当数らしいが、楽士でさえないあの黒装束が口を挟んでいい話ではない。

 潰された楽士に縁故の者がいたのか、それとも。

 複雑そうな過去は垣間見えた。が、真澄はあの考え方――使い潰すから存在が悪だという――には、とても共感できそうになかった。

「どこか痛むか?」

 眉根を寄せた真澄が痛みを堪えていると勘違いしたか、カスミレアズが顔を曇らせた。

 慌てて真澄は手を振って五体満足であることをアピールする。

「いいえ、なんでも。ちょっとぼんやりしてた」

「急に拉致監禁されて驚いただろう。離れたのはやはり不用意だった」

 痛そうな顔で、カスミレアズが額に手を添えた。

「不用意って言ってもこんなこと普通ないでしょ? びっくりはしたけど助けに来てくれたんだし、そんなに気にしないで」

「……」

「え、なんでそこ無言?」

 カスミレアズは明らかにバツが悪そうになっている。真澄から視線を逸らさないだけ、まだ誠意の欠片は残っているだろうか。

 このパターンには覚えがある。

 意外なことに結構正直者な彼らが口ごもる時、それは碌でもない現実が明かされる時と相場は決まっている。

「まさか専属楽士って誘拐されるのが当たり前なの?」

「日常茶飯事とまでは言わないが、そう珍しいわけでもない」

「ちょっ……」

 おい。

 正直すぎんだろ、という突っ込みは最後まで出ず、胸の内で叫ぶ。その代わり真澄の頬は盛大に引きつった。

 専属かどうかはともかく、楽士として働くことは既に了承してしまっている。今さら「やっぱ辞めます」は無理な相談だろう、どの道真澄に行く当てなどない。

 ただの音楽家かと思いきや、命が幾つかあった方が良さそうな立ち位置だ。

 危険手当とかつくんだろうか。

 そんな真澄の心情を察したのか、頬を引き締めてカスミレアズが続けた。

「心配ない。今回は油断したが、対策は考える」

 真剣さと相まって無駄に男ぶりが良いが、言ってる内容が全然駄目だ。

「必ず守る。だから、」

「大丈夫、辞めるとは言わないから。でも早急に対策考えてよね、一々攫われてたんじゃ仕事になんないわ」

 二の句を継ごうとしたカスミレアズを遮り、鷹揚に真澄が手を振ると、カスミレアズは目を見開いた。

 やってられるか、に類する言葉を想定していたのだろう。

 真澄としてもそう叫びたいのは山々だが、やると決めたのは自分であるし、何よりあの黒装束の鼻を明かしてやりたい。あれだけ言いたい放題言われて、ふつふつと怒りがたぎっている。


 自分が逃げなければ良いのだろう。


 楽士として騎士団を支えることができたならば、第四騎士団の汚名返上が果たせるのだ。

 とうの昔に諦めた本職として生きる道。今さら生粋のヴァイオリニストを名乗れるとは思わないが、積み重ねてきた自分の努力が誰かの役に立つなら、投げ捨てた過去が少しは報われるかもしれない。

 そんな真澄の心境を知る由もないカスミレアズは、珍しく気の抜けた表情をしている。

「……随分と素直だな」

「諸般の事情がありまして。色々と訊きたいことがあるし、話したいこともあるから、帰ろう」

 真澄はソファから身体を起こし、埃まみれになったワンピースの裾を手で払った。

 と、頷きかけたカスミレアズの視線が止まる。向き合っていながら交差しない視線に、どうやら首筋あたりに焦点が合っているらしい。

「ん? なにかついてる?」

 頬や首筋、鎖骨あたりをぺたぺたと触ってみる。石壁に押し付けられたり放り投げられたり、ぞんざいな扱いを受けていたので、汚れているかもしれない。

 だがカスミレアズは難しい顔で「いや、……」と否定した。

 じゃあなんぞ? と真澄が首を傾げていると、彼はその武骨な手で白いマントを外し、それで真澄の身体を包んできた。

 長身のカスミレアズに合わせたマントはそのままだと思いっきり裾を引きずる。そんな無様な真似を防ぐ為か、彼は真澄の首筋で何度かマントを巻き、長さを調節してみせた。なるほど、適当にたくし上げるより余程見た目が整った。

 夏とはいえ夜も更けている。

 割れた窓から流れ込む夜風は肌寒かったので、ワンピース一枚の真澄にこの心遣いは有難かった。

「何も無いよりはマシだろう」

「マシどころか充分です、ありがとう」

 カスミレアズの身幅が広いので、背面どころか真澄の身体は全身すっぽりとマントに収まっている。

「……だといいが」

 微妙に歯切れの悪い近衛騎士長だったが、さして気に留めることなく真澄は帰路についた。


*     *     *     *


 黒装束の男――ライノ=テラストは、漆黒の闇をひたすら己の足で駆け抜けていた。


 おそらく追手はかからないだろうと踏んでいる。だが歴代最強の近衛騎士長と図らずも交戦した興奮が胸にせり上がり、一刻も早く安全圏まで辿り着きたいと気が急いている。

 まさかあれだけの大物がいきなり出てくるとは思っていなかった。

 ライノは元々は騎士出身、今回の任務もスパイとして十二分な訓練を受け、自信があった。だが魔力量は平凡の域を出ず、実力としては真騎士止まりだ。

 神聖騎士の最高峰、あの化け物のような近衛騎士長とまともに組み合えるはずもない。

 おまけに焦りを見透かされた。

 その瞬間に楽士は諦めた。安全側に目標を下げ、自分が生きて戻ることだけに注力し、辛くも脱出できた。

「遊び相手以下、か」

 自嘲気味に呟き、背筋が冷える。

 楽士の安全という最優先事項がなければ、手傷を負わされ逃走は叶わなかっただろう。剣を交える前に、あの豊富な魔力量を盾に家ごと跡形もなく消されていておかしくない。


 実力の乖離に身震いする。


 だがライノに引き下がるという選択肢は端からなかった。この身をかけて守ると誓った者がいる。そしてあの楽士は、その誓いを捧げた主が呼び寄せた。

 街道を抜け、夜の闇に沈む森へとたどり着く。その中の高い梢に上り、ようやくライノは一息ついた。

 月が明るい。

 遠くで夜の獣が低く鳴いた。

「見つけましたよ、アナスタシア」

 闇夜に紛れて独りごちる。

 偶然とはいえ、探し物は意外な場所に落ちていた。

 第二の祖国レイテアにとって最大の脅威であるアークレスターヴにこの手は届かなかったが、次に重要だった『召喚した楽士』の居場所は突き止めた。それだけで成果はあったと言えるだろう。

 梢に少しの間身を任せ、ライノは息を整えた。


 あの楽士には、ひとかたならぬ想いがあるらしい。

 彼女がこの世界に召喚されてから僅か数日、どのようなやり取りがあったのかは分からない。だが巻き込まれただけと言いながら――実際そのとおりなのだが――あそこまで第四騎士団を庇うとは思ってもみなかった。


 だが譲れない想いならば自分にもある。


 捨てた故郷と今の故郷が重なり、目蓋にちらつく。

 ぶるりと首を振ってそれを振り払い、再びライノは走り出した。一刻も早く、この吉報を主にもたらすために。



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