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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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26.脅迫状とはなべて挑戦状である


「そういえばあいつ遅くねえか」

 空になったボトルを見て、アークは隣に座る部下に向き直った。

 同じく食事を切り上げ銀杯を傾けていたカスミレアズが、ぴたりとその手を止める。視線はアークの握っているボトルにあって、それは先ほど真澄が席を立った時には封を切ったばかりだった。

 アークもカスミレアズも酒は強い。

 だがボトル一本を開けるには、飲み比べをしない限り四半時はかかる。酔い覚ましにしては少し長すぎる時間だ。

「言われてみればそうですね。そこまで酔いが回っているようには見えなかったのですが」

「まさかまた絡まれてるんじゃないだろうな」

 アークは首を伸ばして、雑然とする会場を見渡した。

 どこもかしこも酔っ払いばかりだ。立ち上がって杯をぶつけ合うもの、座り込んで肩を組むもの、騎士と市民が入り乱れて乱痴気騒ぎとはこのことか。

 毎年恒例の光景である。

 だが目の届く範囲を見るに、どの集団にも覚えのある部下の顔が見受けられる。ごっそりと騎士たちがいなくなっている、ということはなさそうだ。昨日カスミレアズから報告された楽士争奪戦、ひとまず落ち着いているようである。

 近衛騎士長の制裁という相応の抑止力がうまく機能しているらしい。

 しかし騎士に絡まれていなくとも、市民に揉みくちゃにされている可能性はある。

 あれほど見事な腕の楽士は近年いなかった。叙任式の演奏を思い出し、アークの目元は思わず緩む。あの驚愕と羨望の入り混じった視線、きっと本人は気付いていないことだろう。

 腕は良いのに気取らないというか、暢気というか。

「迷子になられても面倒だ。捜しにいくか」

 やれやれ。

 酒で少し熱くなった息を吐きつつ、アークは杯を置いた。

 ところが腰を上げかけたアークをカスミレアズが引き留めた。名を呼ばれてアークが視線を落とすと、油断なく空の一点を睨む近衛騎士長がいた。

「あれを」

 カスミレアズが無数の光球の向こう、漆黒の闇を指差す。

 数多の星に紛れ、ばら色に燃える点があった。目を凝らして探るうちにも、それは徐々に大きさを増していく。明らかにこの砦を目指しているらしい動きだった。

 思わず二人で顔を見合わせる。

 次いで出たのは深いため息だった。今年に限って、何故こうも面倒事が立て続けに起こるのだろう。

「いかがしますか」

「あー……騒ぎにはしたくない。裏手で迎え撃つ」

「分かりました。参りましょう」

 酔いの欠片も見せずに、カスミレアズが白いマントを翻した。



 宴の会場となっている旧訓練場を出て、アークたちは足早に砦内の石でできた通路を抜けた。

 旧訓練場は砦の中でも外周の端に位置している。中心部にも幾つかの開けた場所があるが、念には念を入れて、二人は旧訓練場とは正反対にある旧馬場に向かっていた。

 砦中央にある大階段を駆け下りる。旧訓練場を取り巻く廊下には市民もちらほら歩いていたが、この辺りまで来たら人の姿はない。声をかけられる煩わしさもなくなり、二人の足は自然と早まった。

 三階分ほどを下って、再び外に出る。

 少しの間、石畳の渡り廊下が続く。それが終わると旧馬場に到着し、ようやく二人は足を緩めた。

 歩を進め土を踏みしめる度に、ざり、と音が響く。昔は馬のために柔らかな砂地だったが、今は手入れするものもいなくなり、すっかり硬くなってしまっている。

 馬場の中心で空を仰ぎ見ると、ばら色は親指の爪ほどの大きさになっていた。

「念のため砦に防御壁をかけますか」

「つってもお前、その瞬間に緊急事態だってバレるだろ」

 そうしたいのは山々だし、カスミレアズの力を考えればできない話ではない。そもそも砦はおろか、このヴェストーファの街全域に張り巡らせた防御壁はこの部下によるものである。

 だが駄目なのだ。

 アークの叙任を受けたカスミレアズの魔力は青く発露する。それは他の部下たちも同じなのだが、いかんせん発動規模が違う。砦一つを丸ごと守るような芸当、騎士の階級で最上級の神聖騎士を連れてきていない今、この場で出来るのはアークかカスミレアズしかいない。

 その二人が動くとなれば、事は差し迫っている。

 青い防御壁が砦を包み込んだ時点で宴は中止となり、部下たちは臨戦態勢に入るだろう。市民は当然怯えることとなる。折角の盛り上がりが台無しになること請け合いだ。

 十日にも満たない滞在。

 その主な目的は叙任式ではあるものの、年に一度の祭りにこれ以上水を差したくない。

「まずは様子を見て、やばそうだったら撃ち落とすか」

「その場合はどうあれ騒ぎになりますね」

 諦めたように呟くカスミレアズの視線の先には、先ほどより大きさを増したばら色の炎があった。

 そのまま口を噤み、炎の挙動を注視する。肉眼でそれが使いの火鳥であると判別できた時には、その進路も見極めがついていた。

 真っ直ぐに旧馬場に向かってくる。

 悪意ある魔獣ではないことを確認し、アークは掌に溜めていた魔力を散らした。青白い光が幾筋かに分かれて、闇夜に解けていく。

「……さて。ばら色の知り合いはいないはずだがな」

 馬場の中央にふわりと降りてきた火鳥を前に、アークは顎をなでた。

 急ぎで遠方の人間に連絡を取りたい時など、自分の魔力でその遣いを果たすための眷属を作り出すことはできる。「熾火」であれば朝飯前、「種火」であっても騎士になりたての従騎士はともかく、それなりに鍛錬を積んだ準騎士、正騎士、真騎士ならばできる技だ。無論、最上級の神聖騎士も例外ではない。

 ただ、発露する魔力は「熾火」がそれぞれ独自の色を持っていて、「種火」は濃淡あれどその「熾火」と同系色になる。だから、眷属の色で誰が接触を図ってきているのか、大抵分かるのだが――


 アークの記憶に、ばら色の魔力を持つ人間はいない。


 現役の騎士団長――アークの叔父や兄たち――は、紫や緑まで幅はあれど、寒色系ばかりだ。

 一方で魔術士団長たちは暖色系が多いが、それも橙や黄みの強い明るい色合いが多く、赤色系統は近年とんと見かけない。

 代替わりをするならば後継者は当然にアークも知っている人間であって、何人かいる候補を思い浮かべてみても、やはりこの色には心当たりがない。というかそもそも代替わりの話は、騎士団にも魔術士団にも今のところ持ち上がってさえいない。

 つまり接触を図ってきたのは未知の相手だ。

 それもおそらくは、アルバリークの人間ではない。

「伝言を預かろう」

 アークはばら色の火鳥に手を差し出した。途端に火鳥は燃え上がりその形が宙に四散する。ばら色の炎が全て消えると、アークの手には小さな紙切れが載っていた。

 そう多くはない字面に目を落とす。

 しばし無言、後、ため息が出た。

「つくづく運がないというか、絶妙な間というか」

 負けん気が強い割に他人との距離に心を砕く、彼女の姿が目蓋に浮かぶ。

 まさかの叙任式前日に、地方騎士団駐屯地に不法侵入を果たすという豪胆さ。にもかかわらず本人は事の重大さをまったく理解していない残念さ。

 足の怪我を押して――治癒はかけたが、そこはそれ――叙任式での役目を果たしたのも束の間、下っ端騎士から詰め寄られ、大群のウォルヴズ掃討という滅多に立ち会えない作戦を目の当たりにし。ようやく落ち着いたかと思えば市街地で無駄にもう一つ魔獣騒ぎに出くわし、今度こそと腰を落ち着けた矢先に誘拐される。

 中々に引きが強い。

 それ以外にちょっと表現が思いつかないくらい、彼女は不幸な星の元に生まれたようだ。これほど次から次へと面倒事が転がり込む人間に、アークは会ったことがない。

 思わず鼻で笑う。

 カスミレアズが視線で尋ねてきたので、読み終わった手紙――脅迫状を、アークはぽいと放った。

「大方レイテアのスパイだろう。今度はどうやら本物らしい」

「本物? ……『楽士を五体満足で返してほしくば、総司令官を一人で寄越せ』。なるほど、分かりやすく脅迫状ですね」

「その攫った楽士にスパイ容疑がかかっていると知ったら、どんな顔するんだろうな」

「さぞかし微妙な気持ちになるでしょうね」

「だよなあ」

 言っている間にも、アークは笑いを堪えきれなかった。

 ここぞと見定めて攫った楽士がよりにもよって替え玉、ただの当座凌ぎと知ったら、この脅迫者はどう出るだろうか。

 真澄自身は駆け引きというものができなさそうな性分である。真正面からいきなり「人違いだ」くらい言って、相手を混乱に陥れるくらいは素でやっていそうだが、どうだろうか。

 ただ、時間はあまりない。

 替え玉という話そのものが突飛すぎるゆえいきなり逆上することはあるまいが、かといって人質――真澄に一切手を付けない、というのは希望的観測すぎる。

「四ランスを捜索に当たらせます。市街地から順に探知をかけていけば、そう時間はかからないでしょう」

「いや、お前が一人で叩け。探知は俺がまとめてかける」

「構いませんが、……何故、とお伺いしても?」

「どうせこちらの戦力は調べられているだろう。三十人しか連れてきていない臨時所帯だ。捜索に出るのは中堅の正騎士、良くてバナレット――真騎士の中隊長と見ているはずだ」

「相手の裏をかくおつもりですか」

 アークは返事をせず、口の端を持ち上げた。

「先に欺かれたのはこちらだ。そこはきっちり返礼するとしたもんだろう」

「……やはり『追跡の刻印』をつけられたのは間違いないようですね」

 さして驚くでもなく、淡々とカスミレアズが言った。

 さすが話が早い。歴代最高の魔力量を誇る近衛騎士長の名は伊達ではない。

「今日の市街地での魔獣騒ぎが陽動だったんだろうさ。俺があいつの傍を離れたのは、あの時だけだ」

「巧妙ですね。刻印そのものにも目くらましがかけられていたようですし」

「そこはな、確かにうっかりしてた」

 不覚を取った後ろめたさに、アークは頭をがしがしとかいた。


 まさか一瞬の隙を突かれるとは正直思っていなかった。


 騒ぎが起こった時、妙だな、とは感じた。

 昨日のウォルヴズ騒ぎを受け、今、ヴェストーファには常にはない防御壁が張り巡らされている。わざわざカスミレアズが築いた破格の強度を誇るものだ。魔獣を防ぐと同時に、街に押し入ろうとするものも検知する働きを持っている。

 これをすり抜けるにはかなり高度な術が要求される。

 はたして一介のスパイが為し得るだろうか、そんな疑問が渦巻いた。

 僅かに感じた違和感はしかし、入り込んだ魔獣イグルスとの戦闘のうちに頭の隅へと追いやってしまった。戻って真澄と合流した時も真澄自身は変わらずその場で待っていて、特に誰と接触したとも言わなかった。

 目を凝らせば気付いたはずの『追跡の刻印』。

 おそらく雑踏でぶつかった拍子に狙ってつけられたのだろう。騒ぎに気を取られた自分たちは、どちらも互いの無事にばかり意識がいってしまい、相手の思惑通り刻印の存在に気付くことはなかった。カスミレアズの方もまさかアーク自身がついていて後れを取るなど夢にも思わず、結果としてこちらも見落としたのだ。

 脅迫者にとっては簡単な仕事だっただろう。

 刻印がもたらす対象の動きを追って、一人になった瞬間を狙えばいい。訓練されたスパイと肉体的な強化はなんらされていない楽士、どちらに軍配が上がるかは火を見るより明らかだ。

 実に巧妙である。

 そしてそんな状況証拠が雄弁に語る。スパイ本人が手練れである可能性もさることながら、高位の術者が一枚噛んでいてもおかしくはない、と。

 背後に見え隠れするのは隣国レイテアの影だ。

「言葉どおり俺が直接出向いてやってもいいんだが、加減を誤ってぶち殺しそうだ」

 吊り上げた口の端はそのまま。

 だが出し抜かれた苛立ちに、アークの額に青筋が浮かぶ。

「最後の理性はおありのようで何よりです」

「ふん。俺の頭の血管が切れる前に片付けてこい」

 言い終わると同時、ヴェストーファ全域に探知をかけるため、アークは両手に魔力を集めた。それなりに力を――神聖騎士の二人分くらいを――込めれば、地方都市一つ探るくらい造作もない。


 叩きつけられた挑戦状。

 望むところだ。五倍の熨斗をつけて返してやろう。


 真澄は替え玉ではあるが、これっきりで終わらせるつもりは毛頭ない。

 人のものに手を出したらどうなるか。不届きな輩には身体に教え込む必要がある。穏便に話し合う、その選択肢を端から捨てたのは相手なのだ。


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