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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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17.騎士というもの・1


 近衛騎士長の名は伊達じゃなかった。


 カスミレアズのお陰で場の混乱は収まった。

 肉体言語が八割を占める激烈な説教の終わりに、騎士たちは楽士から一定の距離を開けるよう言い渡され、ようやく真澄の周りには平和が訪れた。

 いそいそと紙袋を開けて、まだ温かい中身を確認する。

 そして頬張ったパンの美味しさにひたすら真澄は感激した。

「五臓六腑に染みわたるぜ……!」

 ただのパンではない。

 薄く焼き上げた生地の中に、香ばしく焼かれた肉が挟まっている。淡泊ながら力強い味は地鶏に近いだろうか。歯ごたえのある引き締まった身に、絡まっているソースが絶妙なピリ辛で食が進む。

 他には豚っぽい塊肉の長串焼きや、茹でた腸詰め肉ハーブ入りなどが紙袋に入っている。

 これでもかというほど肉体派嗜好のチョイスだが、文句はまったくない。急激に腹が減りすぎて倒れそうだったのだ、いっそ肉尽くしの方がありがたい。

 腹が減っては戦はできぬとはよく言ったものだ。補給、大事。断食ダメ、絶対。


 眼下では既に騎馬試合が始まっている。


 先ほど叙任を受けたばかりの新米騎士たちが、若い声をたぎらせて真正面からぶつかり合っている。

 一撃を交わす度、互いに距離を取る。向かい合い、円を描くように様子見して、また駆けだして木槍を交える。

 ややあって、片方が馬上から叩き落された。

 衝撃に驚いた馬がいななき、後ろ足を跳ね上げる。振り落とされた方は、避けるどころか頭を抱えて縮こまっている。興奮した空馬をなだめたのは勝った方の騎士だった。それも片手で御している。

 どちらも新人だろうに、落ち着きがまるで違う。

 手綱を絞られて落ち着いた空馬は、尻尾を左右に大きく振る。四肢は落ち着きなく土を踏んでいるが、もう暴れる素振りはない。深い青の旗を掲げた審判騎士が、二頭を操る騎士に勝利判定を下した。

 歓声が膨れ上がる。

「この個人戦……一騎打ちって、相手を馬から落とせば勝ちなの?」

 興味を引かれて真澄はカスミレアズに訊いてみた。

 真澄が肉食獣と化している横で、彼は飲み物に口をつけるのみである。

「そうだ」

「その割には、みんな同じような動きばっかりね」

 落として勝ちなら、もっと激しくもつれ合いになりそうなものだ。

 ところが多彩な攻め手はついぞ見られない。先ほどから何組かの試合が行われているが、彼らは皆一様に直線でぶつかり合う。そして勝負が決しなければ互いに距離を取り、再び同じように突撃するのだ。

「実戦だとここまで行儀よくはならないな、確かに」

「じゃあこれって、ある種のお作法ってこと?」

「作法というよりは、――他に気を取られるべき要素がなければ、正面打ちが最も実力に即した結果になるから、と言った方がより正しい」

 銀杯を傾けながらカスミレアズがその知識を語った。

 実際の戦場は、不確定要素にあふれている。相手が魔獣であっても魔術士であっても、どこからどのような攻撃が飛んでくるかは未知数なのである。

 守勢と攻勢はふとした瞬間に入れ替わり、となれば騎士の実力は純粋な剣術と魔術に加え、状況判断や経験といった要素がものをいう。

 だが競技場はその限りではない。

 その場に立つのは自分と相手のみ。どちらにも助けは来ない。この日を迎えるまでに重ねた鍛錬だけが試される。

 そして鍛錬の成果が集約されるのが、まさに目の前で繰り広げられている一撃必殺の突きだ。


 相手の盾の中心もしくは喉元を正確に狙い、また同時に撃ちこめるか。


 言うは易し行うは難し、なのだという。

 木偶でくを狙うのではない。相手も動き、攻撃をかわそうとするし仕掛けてもくる。ぎりぎりまで引きつけて相手の筋を見極められるか、恐怖に打ち勝てるか。

 そんな胆力が試されるのが、この一騎打ちらしい。


「最も個人の資質が出る試合だ。見てみろ」

 カスミレアズの指が、ほど近い観客席を指し示した。

 その一角は赤い幕で他の席と区切られている。中に座る人間は、良く見れば身なりの整ったものばかりだ。

「あれは?」

「ヴェストーファの貴族や商家の人間だ」

「上流階級ってやつ? へえ、そんな人たちも見に来るんだ」

「将来の娘婿探しだ。或いは養子」

「なにそれ」

 思わず真澄の食べる手が止まった。

 まさかの人身売買か。知られざる社会の闇がここに。一瞬真澄は身構えたが、続いた説明に緊張を解いた。


 七日間行われるこの騎馬試合。

 最初の三日は個人戦。まさに目の前で繰り広げられている単騎のぶつかり合い、いわゆる一騎打ちが催される。

 中でもこの初日は、今回叙任を受けた騎士同士でのトーナメントで、お披露目を兼ねた新米同士の対戦である。新米同士とはいうが、騎士団側からみれば、現時点での実力と素質を同時に量る絶好の機会だ。

 そして観客にとっては出世頭を占う場となる。

 力のある優秀な騎士ならば、代々の財産を守れると貴族の当主は考える。自分の息子が騎士であればいいが、娘しかいなければ将来の当主――娘婿に誰が相応しいか、早くから目星をつけるのだ。

 実子がいなければ養子として迎え入れてもいい。

 夭逝するものも多い中、頑強な騎士はそれだけで価値を認められるのだという。


「競り市じゃあるまいし、みんな正直すぎない?」

「こちら側に利点がないわけではないからな」

「そうなの?」

「裏を返せば平民出身でも貴族になれる機会が転がっている、ということだ」

 騎士になるもの全てが貴族ではない。

 平民、あるいは貧しい出であったとしても、強さがあればのし上がれる。騎士団はそういう場所だ、そうカスミレアズが言った。


 当たり前のように言われるその感覚が、真澄には理解できなかった。


 そういう階級社会が形成されていたことは知っている。あくまでも過去の知識として。

 しかし真澄は身分差のない社会に生きていた。だから彼らの上昇志向は感覚が違い過ぎた。即座に同調できるわけでもなく、かといって全否定するだけの信念を持つでもなく。


 互いの何をどれだけ知っているというのだろう。


 そんな問いが不意にせり上がって、即座に言葉を返すことができなかった。

 真澄にしてみればここは知らない世界だ。

 地球のどこかであったとしても、どこか異次元に飛ばされたのだとしても、習慣や文化が如実に異なっているという現実は変わらない。

 知らない何かに自分の尺度を押し付ける程、子供ではなくなった。

 逆に言えば、分別をつけることと引き換えに距離を取る癖がついた。

「……ふうん」

 そんな背景が、どっちつかずの相槌になった。

 目の隅でカスミレアズが何かを言いたそうにしていたが、真澄はあえて気付かないふりをした。


*     *     *     *


「明日以降はもう少し楽しめるはずだ」

 カスミレアズの言葉は唐突だった。

 目では試合を追うものの咀嚼に神経の九割を使っていた真澄は、言い訳じみた台詞に違和感を覚え、眉を寄せた。会話もなく食事に没頭したから、興味がないと思われたのだろうか。

 食事そのものはあらかた食べ尽していたので、頃合いと見て口を拭う。

「今日となにが違うの?」

「二日目と三日目は古参騎士が出てくる。新米に比べれば攻め手は多い」

 魔術使用が解禁されるがゆえ、見た目も派手、動きも多彩なのだという。

 なるほど、トーナメントが分けられるわけだ。

 昨日今日ようやく戦える魔力を手に入れたものと、日々鍛錬を積んでいるもの。誰もがアークのような術は使えないとは聞くが、それでもまかり間違えば取り返しがつかないことになるだろう。

「個人戦の後は?」

 多分、団体戦だろうなと予想しつつ先を促す。カスミレアズが手にしていた銀杯を横に置いた。

「四日目と五日目は団体の騎馬試合だ」

「だろうと思った」

「ちなみに個人戦と団体戦の優勝者は、最終日に上位者への挑戦権が与えられる」

 真澄は目を瞬いた。

「優勝して終わりじゃないの?」

「そうであるからこそ、例年これほど盛り上がりを見せるともいう」

 その上位者への挑戦とやらは、目の前にぶらさげられたニンジンと読み換えることができるらしい。

 挑戦と銘打つからには、土俵はそのまま騎馬試合なのだろう。気になるのは挑戦を受ける側が誰なのかということだが。

「上位者って優勝者より強い人でしょ? 一番強いから優勝するんじゃ」

 ロジックが矛盾している。真澄の指摘に対し、カスミレアズは肩を竦めた。

「同じ枠で勝負しても結果は見えている。だから上位者は試合には出ない」

「てことは、端から負けるって分かってるのに挑戦するってこと?」

 カスミレアズの言葉を真に受けるのならば、力量差がありすぎて勝負にならないからこそ、その上位者は試合本戦に出場せずエキストラステージの位置付けにいる。

 挑戦するだけ無駄じゃないのか。

 真澄の言いたいことを読み取ったらしく、カスミレアズは苦笑した。

「勝ち負けというより、腕試しの意味合いが強い。模範試合とでも言えばいいか」

「男ってそういうの好きよねえ」

 単純明快な思考回路だ。その手の輩は喜々として殴られにいくのだろう、きっと。

 自分がやるとなると御免だが、見ている分には嫌いじゃない。楽しそうでいいわねー、元気ねー、そんな感想を抱いて微笑ましくなる。


 暇つぶしなのか気を遣っているのか、存外にカスミレアズが喋ってくれた。

 彼の語りは淡々としているが、このアルバリークという国の顔を垣間見ることができて、蓋を開けてみれば有意義だった。


 素朴の一言が浮かぶ。


 お祭り騒ぎが好きで真正直な国民性、というのが真っ先に真澄の脳裏に浮かんだイメージだ。

 なぜそんな認識になるのか。カスミレアズは真面目に話しているのだが、真面目ゆえ、いらんことまで余さず詳細に語ってくれるからである。

 例えば、さっき話題に上った団体騎馬試合。

 これも最初の説明は至極真面目だった。どういう説明だったかというと、こうだ。


『二組に分かれた参加者はそれぞれに指揮官を持っている。勝利条件は、相手の指揮官を馬上から叩き落す、もしくは敵陣の最奥に立てられた旗を取る。

 これがまた盛り上がる。

 目玉は、騎士団同士の対決だ。ここヴェストーファ駐屯地の所属騎士と、アークの共として帝都から帯同した第四騎士団の対決である。

 駐屯地側は地方騎士の意地をかけて全力で挑む。他方、第四騎士団は総司令官であるアークの名に泥を塗らないよう、誇り高くこれに応じる。

 地方騎士団と中央騎士団の矜持がぶつかりあう、それが団体騎馬試合なのである』


 ここまではいい。

 なるほど、「絶対に負けられない一戦」のような煽り文句が似合いそうだと真澄も感心した。騎士という言葉の持つイメージそのものでやたらと格好良いな、とさえ思った。

 だが続いた説明が駄目だった。どうだったかというと、こうだ。


『……などと格好良いことをいってはいるが、観客席では毎年どちらの陣営が勝つかの賭けが盛り上がっている。

 アルバリーク帝国では賭博は表立って認められていない。しかし現状はお目こぼしされている。年に一度の祭り。勝っても負けても恨みっこなし、乱闘騒ぎさえ起こさなければ寛容だ』


 そんな内容のことをカスミレアズは至極真面目に言ってのけた。

 いいのかそれで。思わず真澄は突っ込んだ。

 ところがカスミレアズは何が駄目なのか良く分かっていない顔で首を傾げた。真澄は説明した、賭けの対象になって騎士の誇りとかそういうのは傷付かないのかと。

 答えは「別に」とあっさりしたもんで、さらに「親しみを持たれるのは悪いことではない」と続いたもんだ。

 優等生然としたカスミレアズがこれを言ってのけるのだ。寛容さが突き抜けているのか適当なのか真澄には判断できなかったため、「お、おう」としか返せなかった。


「六日目は趣向が若干変わる」

「なにするの?」

 今度はどんな面白説明が飛び出すのか、期待を込めて真澄は相槌を打った。

 カスミレアズは気付いた様子もなく、変わらず一定のペースで声を出す。多分、話を盛るとかしないタイプだ。それでこの面白さだから、余計にギャップが目立つ。

「試合ではなく競技が行われる」

 通称、クアッドリジス。略してクアッドと呼んでいる、という前置きをしつつ、説明(真面目な部)が始まった。


『この日ばかりは騎士は長剣を抜かない。

 磨き上げられた大盾を掲げ、馬術の巧みさを競うのだ。そして日頃から重んじられている礼節を全面に押し出し、社交界にも劣らぬ優雅な所作を披露する。

 野趣あふれる試合ではなく、観客の興味を惹けるのか?

 答えは意外と盛り上がる。

 前日までは賭けをする男たちや貴族、商家などの当主とお付きなど、主だった観客は男性が占める。最終日についてもそれは同じ、むしろ騎士団最強を間近で見られるとあって、もはや男の祭典以外の何ものでもない。

 しかし六日目だけはそれが様変わりする。

 最も女性客が多くなるのがこのクアッドリジス。

 特に未婚の若い女性陣が大挙して押しかける。理由は二つある。一つ目は、血なまぐさくないこと。二つ目は、煌びやかな礼装をまとった騎士を間近に見れること。

 理由はなんでも良い。幅広い層の国民に、騎士というものを知ってもらうには絶好の機会なのである』


 ここまでは良かった。

 なるほど、血沸き肉躍る白熱した戦いだけではなく、騎士というもののもう一つの面をアピールする。結果として職業に対する理解が深まるのであれば、それは素晴らしい催しだ。素直に同意できるし、良く考えられた構成に舌を巻く。

 しかしそこから雲行きが怪しくなってきた。追加の説明(残念な部)が始まる。


『女性客がなだれ込むのはつまり、結婚相手を見定めにきているのだ。

 兜着用の個人戦は、顔が良く見えない。団体戦は兜着用もさることながら、入り乱れすぎて誰が誰かも分からない。ところがクアッドは兜無しの礼装で、その動きの正確さ、優雅さを競う。

 特に後者は重要で、ここでの印象がその後の関係の発展に大きく関わってくる。

 いわゆる制服効果というやつだ。顔は普通でも一発逆転。それなりの格好で見事な馬術を披露すれば、それだけで五割増しに見える。つまり女性を落としやすくなる黄金期間であり、男所帯で出会いの少ない若手にとっては千載一遇の好機。

 それを後押しするように、夜には一般にも開放される宴がある。

 五日目まではただの乱痴気騒ぎだったのが、この日の夜は若者ばかりの婚活会場に早変わり。既に配偶者を得ている年長者たちは、この時ばかりは空気を読んで違う場所に繰り出していく。

 目の上のたんこぶがいない夜。

 むさくて出会いの少ない日々に訪れる、ご褒美の夜。

 よって、特に若い独身騎士たちは六日目には並々ならぬ決意をもって挑むのが恒例となっている』



「……ねえ、だからそれでいいの?」

 真澄の口からは、やっぱり同じ突っ込み文句しか出てこなかった。

 ぶっちゃけすぎではあるまいか。

 つい老婆心で訊いてはみたものの、やはりカスミレアズの答えも先ほどと一緒で、「会いに来てももらえないよりは余程ましだ」と謙虚極まりないものだった。

 騎士といえば相手に困らないように思えるが、そんなもの想像の産物でしかないらしい。

 現実の彼らは最前線に駆り出され危険を真っ先に請け負い、地方回りが多く不在がち。それでも一部は持ち前の容姿や家柄などで絶大な人気を誇るが、多くは恋愛はできても結婚相手としては敬遠される悲しい運命を背負うのだとか。

「ふうん。まあいいならいいけど。カスミちゃんも楽しむの?」

「私は最終日しか出ない」

「いや、試合の話じゃなくて」

 真澄は訊いてみた。独身なんでしょう、と。

 彼ならばクアッドとやらに出場せずとも、宴に顔を出すだけで引く手あまただろう。叙任式会場からこの競技場までの道中で、それを嫌というほど目の当たりにした。

 しかし当のカスミレアズは遠い目になった。

「私が出ると収拾がつかなくなる。無論アーク様は私以上だが」

 だから六日目だけは、二人とも別の場所に雲隠れするのが恒例らしい。

「モテるのも考えものってわけ。大変ねえ」

「……ありがたい話ではあるんだが……」

 言葉と表情が力いっぱい辟易している。

 確かに選ぶ権利はあるだろう。寄せられる好意の全てが嬉しいのかというと、そんなことはないはずだ。だって人間だもの。

 それでも最後まで言わなかったあたりが偉い。

「そういう相手より、専属楽士が欲しいというのが正直なところだ」

 本音がぽろり。

 そしてさっきから何度も耳にしている単語に真澄は引っかかりを覚えた。

「ねえ、ずっと気になってたんだけど。その専属楽士ってなんなの?」

 そもそも逃げ出したという前任は言わずもがな。屈強な騎士たちが仲間割れを起こすほどに専属楽士を欲しがる理由には、ただならぬものが見え隠れしている。

 ただ優雅に音楽のある生活を求めているわけではないはずだ。

 彼らは一体何を渇望しているのだろう。

「初対面なのに、やたらと専属になってほしいって言われたんだけど」

 少し考えて、カスミレアズが口を開く。

「それだけの腕を持ちながら、あなたは」

 言葉は最後まで続かなかった。高く澄んだ音が割り込んできて、会話が中断したのだ。

 響いているのは叙任式でも鳴らされた鐘の音だ。しかし今回は伸びやかに歌う音ではない。


 カンカンカンカン……


 短く、激しく、ずっと鳴らされている。

 周囲の騎士たちが、一気に鋭い視線に変わった。カスミレアズが立ち上がり、競技場と観客席を隔てる柵に歩み寄る。競技場では、一騎打ちをしていた騎士たちもその動きを止めていた。

 大歓声の波が引く。

 静まり返っていく会場をよそに、鐘の音は鳴りやまない。やがて誰もが口を噤む。それを待っていたかのように、カスミレアズが口を開いた。

「本日の試合をご覧頂いている皆様」

 マイクもなしに、その声は会場全域に響き渡る。叙任式でのアークと同じように、魔術を使って増幅しているのだろう。

「せっかくお越し頂きながら甚だ遺憾ですが、本日予定されているこれ以降の試合はただ今をもって中止とさせて頂きます。警戒警報が発令されました。これより第四騎士団は魔獣討伐に出ます。こちらの会場については、ヴェストーファ騎士団の守護下に置かれます。警報解除まではどうか会場の外にはお出にならず、待機くださいますようお願い申し上げます」

 簡潔に、しかし丁寧に状況が説明される。

 カスミレアズは観客席に向かって折り目正しい礼を取った。その動きと説明が洗練されているからか、会場は静まり返ったまま、怒号一つ飛ばなかった。



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