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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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16.不安的中、何がどうしてこうなった


 今日のメインイベントであった叙任式は、つつがなく終わりを迎えた。

 その時間、およそ小一時間。

 どうやら破格の早さでの進行だったらしいが、その理由を尋ねる間もなく真澄は次の会場に急き立てられた。カスミレアズが騎馬試合の指揮監督を担う統括者であり、彼がいないといつまで経っても試合を始められないというのが理由だ。

 もれ聞くところによると、叙任式の会場に入れなかった人間が既にかなり集まっているらしい。

 帝都と違い娯楽の少ない地方都市ゆえの現象である、そうカスミレアズは言う。その説が正しいのだとしても、随分な人気を誇るものだと真澄は感心しきりだ。


 道を歩くだけで、こんなに揉みくちゃにされるのだから。


 今回の移動は急いでいるとはいっても激走する馬ではなかった。

 正直、真澄としては助かった。

 ただそれは真澄を慮ってくれたのではなく、人出の多い市街地ゆえ、そんなことをすれば怪我人が出ること必至という至極単純な理由だった。ちなみに最初こそ「そんな大げさな」と真澄は疑っていたが、今となってはまったくもって大げさではなかったと痛感している次第だ。


 一歩進む度に足止めを食らい、こんなに揉みくちゃ以下略。


 通行整理など単語からして存在していない。大鍋で煮転がされる大量のじゃがいも宜しく、大通りは人の頭があちらこちら自由に行き交っている。それが見慣れた黒や茶のみならず、金銀赤毛と目に鮮やかなものだから不思議だ。

 我ながら思う。

 記憶喪失にしても程がある迷子だ。

 色々と元に戻れるのかどうか気がかりは山ほどあるが、人ごみに酔って正直まともな思考回路は残っていない。苦行よ早く終われ、もはやその一心しかない。

 別に人ごみに揉みくちゃにされる程度を苦行と騒ぐのではない。

 日本名物「通勤ラッシュ乗車率200%」を思えば、この程度朝飯前。

 にもかかわらず精神の目減りを真澄が意識するのは、避けようと目論んだこと全てが現実になっているからである。さながらパレードのように並んでゆっくり進むこの方式だと、他の騎士はおろか大衆の目に散々真澄の姿が晒されている。


 おい大丈夫か。

 いくら不可抗力とはいえ、ここまでくるとより駄目な方駄目な方へと事態が進んでいる気がするぞ。


 実に不安だ。

 かといってそれをどうこうできるような状況ではない。大丈夫か、本当に大丈夫なのか、心情的にはお上の沙汰を待つに等しい。

 こういう時に限って、雪だるま方式に面倒事が起きると相場は決まっている。

 一抹の不安を抱えつつそんな道々で分かったのは、実はカスミレアズが若い婦女子方に結構な人気を誇っているということだった。

 黄色い声がすごい。

 その一部は他の騎士たちにも向けられているのだろうが、喧騒から明確に拾える単語が全て「こっち向いてくださいカスミレアズさまー!」「エイセルさま素敵!」などなど、固有名詞が入っているものばかりだ。

 他の騎士たち涙目。

 同時に真澄も若干涙目である。

 なぜなら黄色い声とセットで赤い嫉妬、もしくは黒い怨念の声が届いてくる。「なにあの女」「カスミレアズ様から離れなさいよ汚らわしい」「エイセル様の馬に乗るなんて、馬の脚が折れたらどうしてくれるのよ」などなど、内容がかなりえげつない。


 違う誤解だ聞いてくれ!


 別に自分はカスミレアズに惚れているわけでもなんでもない。たまたま替え玉楽士として叙任式に立ち会って、たまたま長剣とか魔術とかが使えないから一人で駐屯地に帰れなくて、たまたま馬に乗れないから一緒に乗せてもらってるだけで、そこにいかなる下心もないのだ。

 そんな必死の弁明は彼女たちには届かない。

 悲痛な思いで叫びたいのは山々ながら、この状態では歓声にかき消されて無駄足に終わる。ただでさえ馬上で高い位置にいる。おまけに四方を別の騎士に囲まれていて、筋肉の壁ができている。大変不本意ながら仕方なし、真澄はカスミレアズの逞しい腕の中で黙り込むしかなかった。

 


 そうこうするうちに辿り着いたのは、街の外れにある石造りの頑強な建造物だった。

 いわゆるスタジアムのような円形の造りをしていて、高い位置に据えられた段状の観客席と、今回の騎馬試合が行われる土の競技場に分かれている。見た目はローマのコロッセオそのものだ。

 ちなみにアークは叙任式が終わるや否や迎えが来て、市長との会食へと連行されていった。

 こっそり嫌そうな顔をしていたのを真澄は見逃さなかった。理由は多分あれだ、堅苦しい礼服でそのままってのが嫌なんだろう。


 真澄は今、カスミレアズの隣に座り騎馬試合の開始を待っている。最初の競技である個人戦の準備が整えられたら、統括官である彼が開式宣言をするのだという。

 技術レベルは同じくらいであるものの、さすがに全天候型ドームは存在しないらしい。観客席にはひさしなどなく、観客はそれぞれに布やらを頭に被ったり手にした持ち物で適当に日差しを防いでいる。

 この暑い中ご苦労なことだ。

 それでも客席は八割方が既に埋まっている。近場の観客に目を転じると、彼らは親子連れであったりご婦人方の組だったり、老若男女問わずだ。さすがに割合で見れば男性の方が多いようだが、見るからに男の祭典というわけでもない。

 皆、頬を紅潮させながら楽し気に言葉を交わしている。なんというか非日常、お祭りだ。


 そこから考えれば、ここは仮設とはいえ日よけのテントが設営されており、何ともありがたい話である。

 まあ騎馬試合を運営する騎士団の控え場所だから、それくらいあって当たり前と言われればそれまでだが。


 生真面目ゆえか、あまり多弁ではないカスミレアズと隣同士で座っていても、さして会話は盛り上がらない。

 しかし騎士団ナンバーツーである近衛騎士長の傍にいるということで、一定の抑止力にはなっているらしい。会場入りするなり周囲の騎士から激烈に盗み見されているのだが、表立って近づこうとする者は皆無だった。

「ねえ、カスミちゃん」

「……なんだその呼び方は」

 整った顔が思いっきりしかめっ面に変わった。それでも整っているから、これはこれで凄い。

「呼びやすくて。ねえ、それより」


 ぐぎゅるるる。


「……腹が減ったのか」

「面目ございません。でも昨日の夜から何も食べてなくて……」

 鳥足にかぶりつきたいと切望したのが昨夜。これだけ色々あって、まだ二十四時間経っていないことに驚愕だ。

 カスミレアズがしまった、と言いたげに苦い顔になった。

 虚を突かれた顔にも見えるのだが、それはどういう意味だろう。まさか忘れてたとか言われるのかと身構えていたら、本当にそのまさかだった。

「すまん、スパイ騒ぎで完全に忘れていた」

「断固、断固抗議する……容疑者にも人権というものが……」

 一曲だけとはいえ、真剣にヴァイオリンを弾いたのがとどめだった。

 忘れられていたという衝撃も相まって、これ以上はもう動けそうにないし、蚊の鳴くような声しか出せない。

 カスミレアズが立ち上がる。その瞬間、周りの騎士たちの動きが大きくなる。がたがたがたと立ち上がったり背筋を伸ばしたりぶつかったり忙しい。

 指の動き一つで手近にいた騎士が一人、すぐにカスミレアズの傍に寄ってきた。

「外の露店で適当に食事を見繕ってくるように」

 食えないものはあるか、とカスミレアズが真澄に訊いてくる。

 ゲテモノは遠慮したいが、基本的に好き嫌いはない。真澄はふるふると首を横に振り、「なんでもいけます」と意思表示をした。

 それを確認したカスミレアズが下っ端騎士に向き直る。

「可及的速やかに頼む」

「支払いはいかがしますか」

 部下の確認に、近衛騎士長は「あ」となった。

 ぱたぱたと両手で胸やら脇腹やらを触る。どこを触っても立派な鎧しかない。ややあって、諦めたようにカスミレアズがため息を吐いた。

「請求は駐屯地にまわしてもらえ。私の名を出して構わない」

「かしこまりました」

 与えられた指示に、下っ端騎士が脱兎のごとく駆けだしていった。


*     *     *     *


「失礼します、お待たせ致しました」

 背中からかけられた声に真澄が振り返ると、そこには両手に紙袋を抱えた騎士がいた。先ほどカスミレアズから食糧調達を言い渡された彼だ。肩で息をしているところを見るに、かなり急いでくれたらしい。

 年の頃は二十歳前後だろうか。

 柔らかな茶の髪と瞳が優し気な青年だ。アークやカスミレアズに比べると、若干線が細い印象である。顔はまあ普通。が、困り眉が分かりやすく存在感を発揮しており、気弱そうだ。

 しかし見た目に反し、彼は真澄の隣にずいと座ってきた。

 その席は先ほどまでカスミレアズが座っていた場所だ。当の本人は、彼が戻る少し前に下の競技場に降りていった。準備が整ったので、開会宣言を行うのだと言って。

「どうぞ」

 抱えていた薄茶色の紙袋を二つ同時に渡される。

 手を伸ばして受け取ると、ほんのり温かさが伝わってきた。

「ありがとうございます、お手数おかけしました」

「お口に合うといいんですが」

「何だろう、楽しみ」

 開いた口からふわりと香ばしい匂いが漂ってくる。パンだろうか。それに、焼けた肉の匂いも混ざっている。

「ありがたく頂きます」

「はい!」

「……」

「……」

「あの」

「はい?」

「手、離してもらえますか」

 状況はこうだ。

 渡された紙袋を両手で受け取ったのはいい。なぜか真澄の手は、上からがっしりと若い騎士に掴まれている。押しても引いても動かない。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。


 どうぞと言いつつ食うなってか。

 嫌がらせか。それとも生殺しのつもりか。


 あまりに空腹で突っ込みに勢いが出ないが、食べたい一心で真澄は手を引いてみる。

 が、もれなく騎士が身体ごと付いてくる。近い。ならばと押し返そうとしてみるも、今度はがっしり受け止められて微動だにしない。

「僕、あなたに訊きたいことがあって」

 ずずい。

 近い。顔が。

 そして目の色が真剣で笑えない。とって食われそうだ。

「総司令官との契約は、これっきりなんですよね?」

「え、っと」

 良く分からんが困った事態になった。

 叙任式前にアークとカスミレアズが頭を抱えていた通達。彼らの話を鑑みれば、おそらくここでは「違う」と答えるのが正解なのだろう。

 しかし、その後どうあしらえば良いのか分からない。

 どんな追加質問が来るかも読めない。結果、盛大なボロが出そうなので、不用意に回答するのは頂けない。


 困った。


 助けを求めて競技場を見る。歓声にかき消され気味だが、そこには出場する騎士たちと向き合い、まさに開式宣言をやっている最中のカスミレアズがいた。

 駄目だ、遠い。

 視線を戻すと、さらに距離を詰めてきている茶の瞳と目が合った。

「答えて下さい!」

「ちょっ、近い近い!」

 あまりの力に普通に押し倒されそうである。

 比べたら細いというだけで、至近距離だとガタイの良さはありありと見て取れた。

「誰か、助け……!」

 ざざっ。

 苦し紛れの台詞に、空気がすごい勢いで動いた。何事か。一瞬呆けて周囲を見ると、およそ半径五メートル以内にいる騎士たちが一様に真澄を凝視している。

 目が真剣だ。

 虎、ワシ、狼。そんな表現が似合いそうなほど鋭く、それぞれに殺気立っているというか血走っている。

 待って。なんでいきなりそんな臨戦態勢。


 空気が水を打ったように静まる。


 いや、会場内の歓声は確かに聞こえているのだが、この一帯だけそれが遠くなったような錯覚に陥る。

 そして。

「助けたら俺の専属な!」

 一人が叫ぶと同時、雄たけびが爆発した。


 抜け駆けか貴様うるせえ黙れなにいてめえはすっこんでろやんのかおらあてめえ上等だあの楽士は俺のもんだ勝手に決めるな俺がもらういや俺だ俺だ俺だおれだオレダオレオレオレオレオレ……


 阿鼻叫喚。もう手が付けられない。

 とりあえず差し迫っていた目の前の脅威は、怒号が爆発したと同時に取り除かれた。別の騎士が首根っこつかんで引っこ抜いていったのだ。

 それからは真澄に近付こうとする騎士がいると、別の騎士がそれを力づくで止める、その繰り返しである。

 もらった紙袋を抱えながら、腹が減っているのに手を付けることもできず、真澄はただ茫然と目の前で繰り広げられる乱闘騒ぎを眺めていた。


 なにがどうしてこうなった。


 自己主張が強すぎやしねえかこの集団。そう思いつつ、真澄には為す術がない。

 とりあえずもらった食料だけは手放さないように抱きしめていると、一人の騎士が真澄の足元に辿り着いた。先ほどの若い騎士より二つ三つ上のように見える彼は、真澄の足首をがっつり掴んできた。

「いたっ」

 走った痛みに思わず顔をしかめる。

 見れば屈強なその手は、真澄の足首を一回りしてまだ余りある。ひざまずいてはいるが、身体はちょっとした山のようだ。いわゆるレスラー体型、明らかにアークやカスミレアズより一回りはごつくてでかい。

 そんな大男に足首を掴まれて、びびるなという方が無理だ。

 恐怖に喉が張り付く。

 せっかく治してもらった足首だが、今度は折られそうで怖い。しかしその騎士は見た目に反し、随分と低く良い声で言い放った。

「どうか私めの専属になっては頂けないでしょうか。生涯をかけてお守りしますゆえ」

 言葉もかなり丁寧だ。

 これは真面目に答えなければ駄目なんだろうか。いきなり一生の付き合いは腰が引けるんで、お友達から始めましょう、とか。

 見た目に反した思わぬ低姿勢に真澄が回答を吟味していると、不意に奥の方から怒号が一つ一つ消えていくことに気付いた。丁度、ひざまずいている騎士の背中の向こうだ。

 何事かと思って目を転じると、海が割れるようにそれまでの人だかりが左右に分かれていく。

 その中心を歩いてくる男が一人。


 白いマントがその威容を示すように、見事にはためく。


 掲げた右手には、アイアンクローを極められた騎士が一人。降ろした左手には、首根っこを掴んで引かれる騎士が一人。

 修羅だ。

 顔色一つ変えていないものの、その格好を見れば修羅以外の何ものでもない。その外見と宗教観がまるで合致していないが、この際それは置いておく。


 やがて修羅――近衛騎士長のカスミレアズは、真澄の傍に到達した。

 そこでようやく見せしめのように捕まっていた騎士二人が解放される。ただしやり方がかなり雑で、後ろに放り投げるという力技だった。

 真澄の足首を掴んでいる騎士は、背後の怒気に一切気付いていない。

 これはこれですごい。

 教えてあげた方がいいんだろうか。多分半殺しになりそうですよ、と。しかしこの様子だと言っても聞かなさそうだ。

 さてどうしたものか。真澄が迷っている内に、カスミレアズの腕が伸びた。


「楽士への個別交渉は禁ずる。そう私は言ったはずだが?」

 襟首を掴み、ゆっくりと巨体が宙吊りになっていく。片手一本で。安定感が半端ない。造船所のクレーンか何かか。

 すげえ。

 口がぽかんと開く。真澄は度胆を抜かれてその光景をただ見ていた。

「ひえっ、き、騎士長!? これはその、」

「ほう、申し開きがあるのか」

 ぱ、とカスミレアズが手を離す。巨体がどさりと地に落ちた。

 多分、震度2を観測した。

「聞いてやろう。いかなる理由で近衛騎士長である私からの指示に従わなかったのか。よほどの理由なのだろうな。言ってみろ、さあ」

 良い笑顔だ。多分ご婦人方が目にしたら大騒ぎになるだろう、それくらい爽やかだ。

 ただし目が笑っていない。

 そして何が恐ろしいって、その笑顔のままで真正面から下っ端騎士の頭をわしづかみにしたことだ。


 この人わざわざアイアンクローやり直した。


 普段の紳士な丁寧さはどこにいった。

 結局、悲鳴を上げた騎士からは言い訳一つ出ず、その場にいた騎士全員がカスミレアズからの激烈な説教を食らうこととなった。

 どうやら連帯責任という言葉はこの異文化にも存在しているようだった。


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