14.同じものを美しいと分かち合う、その喜びはただ深く
激烈すぎた洗礼に、真澄はしばし放心状態になった。
燃え尽きたぜ真っ白だとは言わない。だがあまりにも先が思いやられる衝撃ゆえ、こんな訳の分からない場所で迷子になるくらいだったら、素直に昇天していた方がよっぽどマシだったんじゃないかという思考になる。
罰当たりなのは百も承知。
でもそれぐらい度胆を抜かれてしまった。今しばらくは立ち直れそうにない。
「大丈夫か」
カスミレアズが銀杯を差し出してくる。簡素な木椅子に座りながらも背もたれにがっくりとうなだれていた真澄は、ありがたくそれを受け取った。
未だに内蔵をぶちまけそうだ。
おまけに散々噛んだ舌のお陰で、口の中が血の味しかしない。それを洗い流すべく飲み物に口をつけると、ただの水ではなくほんのりと酸味のある口当たりだった。その爽やかさに、額に滲んでいた冷や汗が少しだけ引いていく。
ここは叙任式会場のすぐ傍に設えられたアーク専用の控え天幕である。
二人の見事な早駆けのお陰で、正午には若干の余裕をもって会場入りすることができたらしい。だがしかし、馬という移動手段にまったく慣れていなかった真澄が盛大に酔ったため、体調を整えるという名目で結局開始は一時間遅らせることとなった。
叙任式が前代未聞の後ろ倒し。
この時点で会場からのざわめきは大きく聞こえている。直前で体調を崩すなどどんな楽士か、好奇心と詮索が入り乱れている様子が手に取るように分かる。
ただの替え玉なのに、無駄に好奇心を煽ってしまった態だ。
「正直三回くらい死ぬかと思った」
最初は追手がいると気付いた時。次は不慮の事故とはいえ、自決の勢いで舌を噛んだ時。最後はカスミレアズの馬が後ろ足で立ち上がった時だ。
「それでよく辺境で生きてこれたもんだな」
「だから辺境じゃないっつってんでしょ……」
他人事感が半端ないアークの言葉に訂正を入れる。毎度自分も律儀だなと思いつつ、語尾には勢いが出ない。
「あれができるなら最初からやってくれたら良かったのに」
そうすればあんなに絶叫することもなかったし、舌を四回も噛む必要はなかった。
多少の恨み言をぶつけてやると、アークが肩を竦める。
「街道途中にやってもどうせ次から次に湧いてくる。最後にまとめて片付ける方が早い。それに」
「それに?」
「叙任式前だ、無駄撃ちはしたくない」
「ふうん。あれって何回でもできるんじゃないんだ?」
かなり無造作に光球を放り投げていた。適当感あふれるその動作から、さして難しい話ではないのかと思っていた。
いや、真澄自身がやってみろと言われたら、確実に無理な相談なのだが。
「簡単そうだったから、てっきりできるもんだとばっかり思った」
「辺境……いや、魔獣さえ住めないような秘境からきたのか? あの術、回数以前に撃てる者がそういない術だぞ。アーク様だから涼しいお顔でできることだ」
カスミレアズが驚愕の視線を真澄に寄越してきた。見開かれた碧眼は、こんなことも知らんのかと遠慮なく言っている。目は口ほどにものを言う、その通りだ。
真澄は真澄で微妙な反応とならざるを得ない。何度も辺境出身じゃないアピールをしたせいなのか、もう一段階上の秘境出身認定をされた。
まさかの展開である。
次に秘境じゃないと否定してみたところで、どうせ魔境出身とか駄目な方向に勘違いされるんだろう、きっと。そう考えると、互いの常識が通じない現状ではいくら訂正しても無駄足と判断し、真澄は甘んじてその認定を受けた。
いちいち突っかかるのを止めた、ともいう。
「別に何度撃ってもいいが、一応気遣ってやったんだぞ」
「は? なにを?」
「お前を」
「は? なんで?」
「俺の魔力が目減りして苦労するのはお前だ」
だから、供給が間に合わなくても最悪足りる分を温存した。確かにアークはそう言った。
しかし真澄はその意味をまったく理解できなかった。初めて微分積分に授業で出会った時、教師が何を言っているか分からなさ過ぎて衝撃だった。今、それと同等の衝撃が真澄を貫いている。
結果、
「はあ、そうですか」
当たり障りのない返事しかできなかった次第だ。
本音を言えば、良く分からん原理を前提とした気遣いをもらうより、のんびり歩く馬に乗せて欲しかった。まあ今更いっても意味がないので飲み込むが。
「どうあれ余裕ができたんだ。気晴らしついでに弾いたらどうだ」
さっさと説明を畳んだアークが、簡易に設えられた木机の上を指す。そこに置かれているのはヴァイオリンケースだ。道中、真澄はカスミレアズに掴まるのに必死すぎたので、アークに運んでもらったのである。
提案ももっともだ。
一時間単位の集中や調整はいらないが、調弦は必須である。もらっていた杯の中身を飲み干し、真澄は立ち上がった。
弓を張りつつ、ヴァイオリンに肩当をつける。顎と肩で本体を挟み、右手に弓を持てば後は鳴らすだけだ。
正確なAの音を探す。
例外はいくつかあるが、本来であればしっかりと調律されたピアノのラに合わせて基準を取る。オーケストラであれば基準はオーボエが出すそれに。
ところが一口にラといっても、実は色々なラが存在する。同じ音でも基準の周波数が異なると、微妙に高低が生じてしまうのだ。
「伴奏っていないのよね?」
間違いなく自分一人だけの独奏か。
念押しを兼ねて振り返ると、カスミレアズが頷いた。
「通常、叙任式では司令官の専任楽士だけが演奏する」
「おっけー」
ならば他の楽器との調和を考えずに基準を決めて問題ない。
基準というが、実は国際規格は無いに等しい。
それは人の耳が心地よいと思う周波数がどこか、百人いれば百通りの回答があるからに他ならない。例えばアメリカならば440ヘルツだが、ヨーロッパなどでは華やかさを求めて444ヘルツ以上の基準で演奏されることもままある。4ヘルツ違えば同じラでも半音近く違い、同じ曲でも受ける印象はまったく異なってくる。
基準をどこに置くかは、音楽をやるにあたっては永遠の命題なのだ。
ただこういう時に、ラベリング能力である絶対音感が役に立つ。いわゆる人間音叉の能力だ。
独奏に限りという但し書きはつくが、いつでもどこでもこれと決めた基準の音に合わせることができる。
世間一般では絶対音感という言葉だけが有名になり、その実態が何かという議論は置き去りにされている。絶対音感があるというだけで羨望の眼差しを受けることもしばしばだが、真澄にしてみれば絶対音感があれば無条件に音楽的な耳だとは当然思っていない。
あくまでもこの音感は、ドレミと名付けられた一オクターブに十二ある音の区切りを、正確に把握できるだけの能力なのである。
訓練で身に付く相対音感とは違い、幼少期に習得できなければ一生手に入れられない能力である絶対音感。こと日本においては後者の方がもてはやされる風潮にあるが、真の音楽性はどれだけ豊かな相対音感を持つか、だと真澄自身は思っている。
「どうしよっかな……442(よんよんに)にしとくか」
「ヨンヨンニ?」
独り言のつもりだったが、カスミレアズが首を捻って真澄を見ている。
真澄は基準A、ラの音を取りながら解説した。
「442(よんひゃくよんじゅうに)ヘルツのこと。基準ピッチをどこにしようかなって」
「基準?」
「あー、分かんないよねえ」
音楽家でもない人間に基準ピッチの話をしたところで、すぐには理解できないだろう。
口で言うより耳で聴かせた方が早い。慰問演奏で幼稚園などに行ったときには、興味を引く掴みのために同じ曲をピッチ違いで聴かせたりしたものだ。若い耳は反応が良くて、きゃあきゃあ騒いで「ちがーう」だの「すごーい」だの、大層な盛り上がりを見せる余興でもあった。
懐かしい記憶に真澄は少し頬が緩むのを感じながら、大男二人に真っ直ぐ向き直った。彼らの視線もまた、真っ直ぐに真澄を捉えてくる。
「基準をどこに置くかで、同じ音でも高い低いが変わってくるのよ。例えば、」
真澄は右手の弓でA線を鳴らしながら、左手でペグ――弦の張力を変える部分――を少しだけ緩めた。
基準440ヘルツのラを取って、弾いてみせる。
「これがラの音なんだけど」
次に、ペグを奥側に少しきつく巻く。両者の差が分かり易いように、次は444ヘルツのラを取る。
「こっちも音名としては同じラ」
「全然違うじゃないか」
「違ってて当たり前なの。基準ピッチが違うんだから」
納得がいかない顔で黙り込むカスミレアズに、真澄は丁寧に言った。
「だからどこに基準を置こうかなっていうのはそういうこと。絶対に正しい、この音こそがラっていうのはある意味ナンセンス。同じ譜面でもその曲をどう解釈するかで、重厚な低め基準に合わせるか、華やかな高め基準に合わせるかを決めるのね。まあ華やかだからって調子乗って基準を高くし過ぎると、弦が切れやすくなっちゃったりするんだけど」
「そういうものなのか」
「うん、そう」
言いながら、もう一度ペグを回して聞き慣れた442ヘルツ基準のラを拾い出す。
正しい音に合わせれば、後は順にD線、G線、E線とそれぞれ二弦ずつ鳴らして調和を見つける。程なくして弦が最もよく震える響きに到達し、調弦は終わった。
彼らは二人とも真澄の一挙手一投足に注目している。そして、全ては飲み込めていないのだろうが、少しだけ説明した音の違いに「なるほどそういうものか?」と理解しようとする姿勢も見て取れた。
そんな彼らを前に、さて何を弾こうかと真澄は思案する。
「そうねー、指慣らしに……ありがたくリクエストもらったバッハにしましょうか」
「あの曲か」
それまで黙っていたアークが急に反応を見せた。
よほど気に入ってくれたらしい。真澄自身も大好きな曲だから、仲間が増えるのは素直に嬉しかった。
だが思い浮かべたのは別の曲なのである。
「いいえ。同じ作曲家だけど、今度の曲は『G線上のアリア』っていってね」
バッハの曲には数多くの有名どころがあるが、先に演奏した『主よ、人の望みの喜びよ』と並び多くの人間に知られているのはこの曲ではあるまいか。
正式には『G線上のアリア 管弦楽組曲 第3番 ニ長調』である。名前のとおりオーケストラで演奏されることが多い曲だが、独奏でもその美しさは変わらない。
むしろヴァイオリン独奏であれば、重なる音の力強さと引き換えに、優美さと繊細さが殊の外際立ちもする。
「面白いのよ。名前のとおり、このG線だけで最後まで弾けるの」
最低音を担うG線を指で爪弾いてみせて、「でもその場合はハ長調になっちゃうんだけどね」と言った後で真澄は目を閉じる。
ファのシャープから始まる最初の長音。少しずつクレシェンドして、次の高いシに繋がる部分が最も盛り上がる。そして寄せては返す波のように強弱を繰り返しながら、その旋律は静かに豊かさを増していくのだ。
今でこそ美しく清廉なその旋律が世界中から愛されている曲だが、作曲家であるバッハが生きていた頃は見向きもされなかったという。彼の死後百年ほど経ってからようやくその価値が認められ、評価された曲でもある。
どこまでも透明な音色が胸に迫る。
透き通る湖に沈むように、その透明さはやがて切なさに変わる。
その美しさは四重奏やオーケストラでなくとも同じだ。
途切れさせないように音を丁寧に繋ぎながら、真澄はゆっくりと目を開ける。
二人の騎士は今はこの時とばかり、目を閉じて深く聴き入ってくれていた。
それが何故かとても嬉しかった。




