134.探索の真髄がもたらす光と影
場所は移された。
大皇ヴェステとの挨拶に使われた一室を後にし、真澄たち一行は神祇伯ダナスの先導で皇宮の奥深くを進んだ。時間の許す限り──それはつまり、次のジズ襲撃があるまでは──と、大皇も共に来てくれている。
第一騎士団は皇宮の西区画にある清流宮を拠点にしているという。
派遣直後は全団が皇都の外に展開していたが、今はエルストラスのほぼ全域の探索が完了しており、これに合わせて順次前線を縮小後退させているのだとダナスが教えてくれた。
清流宮はその名のとおり、周囲を流れる水で囲まれていた。
幾筋にも分かれて走る流れはどれも澄んでいる。手前には静かに広がる池、奥には積まれた苔生す岩から落ちる滝と、小さくも美しい自然が切り取られていた。
その小さな池のほとりに佇む影が一つ。
彼はしゃがみ込み、鏡のように平らに澄む水面を見つめていた。
アークが足を止める。
後ろについていた真澄たちもそれに倣った。先に清流宮の階を上りかけていたダナスと大皇は、続く足音がないことに気付いたか振り返って様子を窺ってくる。
アークは目礼で合図を送り、そのまま池へと進路を変えた。
「──叔父上」
真横には並ばず、少し離れた背後から呼ばわる。
受けたその人は数秒経ってから振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
「アークか」
金糸に縁取られた常緑の肩章。
第一騎士団長は宮の入口で待っている大皇とダナスに気付いたらしく、そちらに一礼してからアークに向き直った。
痩せた。
それが久しぶりに会った真澄の偽らざる感想だった。
アルバリーク出立の時からすると見る影もない。眼窩は落ちくぼみ、顔色が土気色に近い。ぴたりと誂えられているはずの制服も身幅が余っている。頬の皺もずっと深くなった。
心労だけとはとても思えない。
その姿は身体に何かしらの傷や病を抱えているようにしか見えなかった。
「あの悪ガキがこうも大きく見えるとは。私も焼きが回ったな」
ふと口元を緩めた第一騎士団長は、言い終わった後に深く長い溜息を吐いた。
疲れ切っている。
というよりむしろ、今にも力尽きて膝を折りそうな風情だった。
「……よく来た。探索は終盤に入っている。ジズの拠点は当初報告時のリガ大断崖群で確定だ。ただし懸念としてウォルヴズの集団営巣もエルストラス国内全域に散見されている。他に脅威となりそうな魔獣の集団営巣はない。おおむね対ジズ戦線に集中して良いだろう」
総司令官としての責任感がそうさせるのだろうか。崩れ落ちそうな外見とは対照的に、その目と声はまだはっきりと生きていた。
アークが首肯を返す。
「拝承しました。今夜から皇都全域に防御壁を構築します」
「手強いぞ。かなりの強度が要る」
「特殊な術式をテオに頼みました。俺が生きている限り、強化のために魔力を流し続けます」
「そうか。思い切ったなと言いたいが……それでどうにか五分五分かも分からん。完成までの日数は?」
「順調にいけば十二日です」
「……長いな」
壮年の顔が天を仰ぐ。
呟かれた一言に、第一騎士団のエルストラスでの日々が凝縮されていた。
「魔術士団が動くには早くともあと一月ほど要ると連絡が入った。それまで我が第一も防衛線戦展開に加わるが、戦力としては補助の域を出ない。誠に遺憾だが」
「展開はこちらが主体となりますので問題はありませんが……損耗率を伺っても?」
アークの問いに、答えはすぐに返ってこなかった。
視線が逸らされる。第一騎士団長の見つめる先には凪いだ水面がある。さあ、と吹いた風が僅かに波を立て、それはゆっくりと全体に広がった。
ちゃぷん、と囁くような水音が響く。
水際に生えていた背丈の長い草が小さく揺れた。
「六割だ」
特に上位、神聖騎士や真騎士の損耗が大きく、第一騎士団そのものが根本的な再編を余儀なくされる。
数年ではとても足りない。
あるいは第四騎士団の再編時よりも時間がかかるかもしれない。
淡々と語られた事実は俄かには信じ難かった。
「帝国史上、最悪の損耗率だ。帝都に戻れば規定に則り私は進退を問われるだろう」
「対外的にはそうなるでしょうが、それを言うなら今回の作戦そのものが帝国史上で類を見ないものです。引責辞任を素直に受けるなんぞ馬鹿げてます。誰がやろうと結果に大差はなかった」
「そう、おそらく大差なかった。それは分かっている。だから私で良かった」
「……は? 叔父上なにを」
「どうあれこの身体ではもはや騎士団長としての務めは果たせない」
必ず損耗が出る、最初から分かっていた。
汚れ役はだから未来ある若い人間より、去るべき老いた者が相応しかった。そう告げた第一騎士団長に、アークは驚きを隠さなかった。
「まさかジズの呪いに?」
「いや」
第一騎士団長が首を横に振る。
「以前から臓腑の調子が芳しくなかった。近頃はよく血を吐く。あまり長くはなさそうだ」
少なくとも第一騎士団として請け負っていた役目は果たした。
残るは対ジズ戦線が収束するまでを見届ける、そう続けた第一騎士団長は、静かな双眸にエルストラスの景色を映していた。
寒い冬。
全てが眠り、あるいは死に絶えているかのような静寂。
その瞳に滲んでいたのは祖国には戻らない決意のような、あるいは遠い異国に骨を埋める覚悟にも取れる、強い意志だった。
「お前が間に合って良かったぞ」
振り返ってふと笑う。
そこに初めて血縁の情が浮かんだのを真澄は見た。
「……さあ、もう一仕事だ。中へ」
第一騎士団長が歩き出す。
もう一度吹いた風は先ほどより強く水面を波立たせ、広い庭園を抜けていった。
* * * *
清流宮の中に入ると、そこはかなり広い部屋だった。
司令部として使っているという。
ジズの営巣地が判明した後、探索任務はほぼ完了とされ、全ての野営地は撤収された。危険が段違いであるからだ。現在の第一騎士団はこの皇宮を拠点としながら定期的にエルストラス国内の情報収集に努めているらしい。
中央奥の壁に大きな地図がかけられている。
エルストラス国内だ。一際大きな青い印が皇都を、それ以外に点在する小さな青は街や村を示す。それらの横や下には数字が書かれては消され、最新のものだけが保たれている。
死者数だという。
国内全域を見てもゼロの所はない。いずれも犠牲者は出ていたが、やはり皇都のそれは他とは一線を画す多さだった。
皇都から南西の方角に描かれている峡谷地帯も見える。
その中の一ヶ所が赤く塗られており、リガ大断崖群と銘打たれていた。何重にも手書きの赤丸で囲われている。大きく太字で「ジズ営巣地帯」と書かれていた。
他に、黒い点も散りばめられている。
こちらはウォルヴズの集団営巣地帯を表したもので、第一騎士団長は「散見される」と言ったが、かなりの数に上っていた。
個々は弱いが飢えた大群となれば手を焼く魔獣だ。
そして一度人の味を覚えると執拗に襲ってくるため、営巣地は街道沿いや人間の集落近くが多かった。皇都の死者はジズによるものがほとんどだが、地方は逆にウォルヴズ被害の方が大きいというのが実情らしい。
部屋の中には卓が幾つも置かれている。
かつては神聖騎士全員が座っていたのだろう。今は空いている卓の方が多く、中にいる人間は二つの卓に集まっていた。
その中の一人が入口の真澄たちに視線を寄越してきた。
銀糸の肩章、近衛騎士長だ。最初は外から流れ込んだ空気に気付いて振り向いたのだろう。お戻りですか、と言った彼はその直後、眉を持ち上げて驚きを露わにした。
「これはまた……待ちに待った第四騎士団のお出ましですね」
そんな騎士長の声に、周囲にいた神聖騎士たちもそれぞれ顔を向けてくる。
十人ほどだ。
彼らは皆、驚きと共に安堵や笑みを浮かべ、第四騎士団の到着を歓迎した。その全員を確認するのにそう時間はかからず、彼らの中にリシャールの姿はなかった。
何度、視線を往復させても。
どこにも銀色は見えない。人好きのするあの笑顔も。
心臓が凍りつく思いで真澄は唇を噛み締めた。そして僅か顔を傾け、隣を窺う。そこには頬を硬く強張らせたグレイスが立っていた。
握りしめられた拳。
自分の手を重ねて温めたかったが、とうとう真澄にはできなかった。真澄自身の呼吸を忘れないようにする、それが精一杯だった。
「人は限られている。あの卓で話そう」
第一騎士団長が地図の前にある最も大きな卓を指差す。動きを見ていた第一の神聖騎士たちも、それまで座していた卓を離れ部屋の奥へとそれぞれ移動した。
全員が席に着いたのを確認し、第一騎士団長が口火を切る。
「第四騎士団の到着を以って、エルストラス遠征は作戦の第二段階へと入る。その為に必要なジズに関する情報は、多大な犠牲と引き換えではあったが、……当初想定以上に集まった。ゼディア、詳細を」
名を呼ばれ立ち上がったのは第一の騎士長だ。
彼は手に持っていた数枚の紙をアークとカスミレアズに渡した。紙の端々は破れ、内容には書き直された跡が多々見える。
「使い倒した紙で失礼。新規複製の手が足らないものでしてね」
第一騎士団長と同じ年頃だろうか、アークに対して敬語でありながらも態度は飄々としている。
不思議な空気の人だ。
彼の断りは第一騎士団の実情を端的に表しているにもかかわらず、重苦しさをあまり感じさせない。かといって不謹慎さが滲むわけでもなく、それは経験に裏打ちされた動じなさのように思えた。
アークとカスミレアズが手元に目を落とす。
その様子を伺いつつ、ゼディア騎士長が淡々と申し送りを始めた。
「まずは概要から。本日時点での成鳥数は四千二百。尚、十以下の端数は切り捨て。幼鳥は九千で大きな変化なし。巣立ち時期はうち二千は十日ほど、残る四千が一月後、最後の三千は二月後の見込み。成鳥になりたての若い鳥はほとんど呪いは使わないが、餌を求めて活発に動き回り最も人間を襲う時期でもある。注意されたい。年嵩の成鳥と見分けるには羽毛の色で判断する。灰色がかっているものが若い。換羽を繰り返すことで黒色が増えていき、呪いを吐くまで成熟した成鳥の羽は総じて黒一色となっている」
そこでゼディア騎士長の手が一枚目をめくり、続きの二枚目を確かめる。
「ここまでで何か」
問いはアークとカスミレアズに向けられている。次のページに進む前の確認だろう。アークは特に反応を見せなかったが、カスミレアズが紙面から顔を上げた。
「群れの規模把握がかなり精緻に思えますが、どのようにして?」
「信ぴょう性の担保が欲しい。そういうことかな、エイセル騎士長」
「いえ、そういう意味では」
「構わんよ。防衛線を敷く人間にしてみれば相手の戦力が想定と異なれば全滅もあり得るんだから、疑ってかかるのが普通というか、どこまで信用するか、できるかというのは重要な指標だ」
内容とは裏腹に、まったく気分を害した風でもなくゼディア騎士長が言った。
それに対しばつの悪そうな顔でカスミレアズが僅か頭を下げる。
「言葉が直截に過ぎました。大変失礼致しました」
「構わんよ。気が急くのは良く分かる。第四騎士団の任務を考えれば尚更」
そこでゼディア騎士長が顎を撫でた。
「無論我らもそれを念頭に置いて展開したわけだ。数の把握は生け捕りにした成鳥の魔力を元に、リガ大断崖群を含む峡谷地帯全域に指定探知をかけて割り出している。毎日分析してもう一ヶ月近くになるかな」
「指定探知? 魔獣のジズを、ですか?」
「朝飯前だったとは言わんよ。だがまあ、やれば出来たな」
「ということは、また術式を御作りに?」
「作ったというか捻っただけな。とはいえ魔獣は魔力の揺らぎが大きくて種の共通波を見つけるのが面倒だった。もう二度とやらん」
事も無げにゼディア騎士長が言い、そこでカスミレアズが絶句した。
助けを求めるようにアークを見るが、受けた方も呆れた顔で一つ頷くのみだ。それに良く似た顔で第一騎士団長が「精度は保証する」とやはり頷いた。
「まったく、器用なことだ。これまで何度も言ってきたが」
「元は魔術士家系ですから。これもいつも言ってますがね」
第一騎士団の日常を垣間見せるやり取りが為される。
どうやらゼディア騎士長は騎士にあるまじき才を持ち、かつそれは周知の事実らしい。当の本人は言われ慣れているのか周囲の空気に頓着することなく、「まあそういうわけで」と話を続けた。
「探索結果としては信頼に足ると考えているが、どうだ?」
「同意します。ただ……その信頼性の高さが逆に辛いところでもありますが」
レヴィアタ級の魔獣が現時点で四千二百もいる。
それを考えるだけで、正直気が遠くなるとカスミレアズが宙を仰いだ。
「まして十日後には追加で二千。その全てが皇都を襲うかは不明ですが、確実に防御壁構築の妨げにはなるでしょう。どうしますか、アーク様」
「……数は確かに脅威だが」
言葉を途中に、紙面に目を落としたままアークが考え込む。
そのまま二枚目、三枚目をざっと読み、やがてアークが顔を上げた。その視線はゼディア騎士長へと真っ直ぐに向かう。
「知能の程度がどうか知りたい。群れの習性、あるいは単体の行動様式と言い換えてもいい」
調べているんだろう、と更に問う。
「特殊な何かが必ずある。そうでなければ第一騎士団が六割にも上る損耗を被るはずがない。ただ出会い頭に衝突するだけの低能な魔獣だったのなら、第一騎士団はいくらでも躱す術を持っていた」
遠隔探知しかり、受動探知しかり。
真正面からの交戦をある程度避けて探索をする方法はあった。アークがそう指摘すると、それまでどこか掴みどころのなかったゼディア騎士長の表情に鋭さが宿った。
「ご明察です。二枚目に参りましょう」
紙をめくりながら「最も重要なのはジズが単独性の単なる狂鳥ではなく、高度な社会性を持っているということです」と説明された。
「確かに我らは接敵を避けながら探索する手法も心得ています。ジズの危険度を鑑みれば皇都を拠点としたエルストラス全域の遠隔探知をしたかったのですが、かかる魔力と時間が莫大すぎて非現実的でしたね。特に早さを要求されておりましたので。それでやむなく各地域に展開したわけですが」
展開先でもある程度までは遠隔探知を使っていた。営巣地の確認が取れた後も、しばらくは。
しかしこれが大きな誤算だった、とゼディア騎士長は溜息を吐いた。
「遠隔探知だと当然、ジズの営巣地からは離れている。アルバリークでの交戦も一羽のみでしたし、不期遭遇してもせいぜいが数羽程度と見込んでいました」
「実際には群れで行動していたと?」
横からカスミレアズが問う。寄せられた眉間には信じたくない気持ちが現れていた。
が、
「その結論を導くのは尚早。もう少し考察が必要だった」
ゼディア騎士長は首を横に振り、カスミレアズの予想を否定した。
「探索中の会敵は想定どおりほとんどが一羽に留まった。多くのランスは被害軽微の内にそれを退けることに成功した。探索は順調に進んでいたが、ある日野営地の一つがジズの群れに急襲された。それも荒野ではなく森林帯に紛れ偽装した拠点が。何の前触れもなく、交戦したまま退却してきたランスもなく。その野営地は全滅して、それから他の野営地もほとんどが同じように襲われた」
ゼディア騎士長は淡々と語った。
エルストラスに到着し探索を開始した直後には、奇妙なほどジズの姿は見えなかった。
にもかかわらず、ある日を境に突然群れが襲いかかってきた。そこに獲物がいることを確信しているかのように、統率の取れた動きで。
何かが群れを引きつけている。
直感で気付いたゼディア騎士長は、残っていた野営地全てから詳細な報告を上げさせた。どんな些末なものでも良い、手がかりが得られればと必死に分析を続け、しかしその間にも野営地は次々と襲われていった。
「最終的に生き残ったのは三つの野営地だけだった。いずれも探索中にジズと遭遇はしていない」
さあ、これをどう読み解く。
ゼディア騎士長に投げかけられたカスミレアズは難しい顔を隠さなかった。
「営巣地から遠い拠点ゆえ、難を逃れたと見えますが」
「実に合理的な推測だ。私もそう考えたかったが、三拠点の条件が異なりその結論は許されなかった」
二拠点は確かに遠方だった。
しかし残る一つは営巣地に近く、探索中はたまたま遭遇しなかったが野営地撤収の際に会敵したという。
「人数の利もありその一羽は比較的容易に退けた。が、その部隊は皇都手前で群れに襲われた」
そして彼らは全滅した。皇都を目前にしながらそこで斃れたのだ。
交戦騒ぎが第一騎士団の耳に入り、援軍を出すも時既に遅かった。僅かに息のあった数名が残した言葉は「戦うより他なかった、皇都へ呼び込むことになるから」と一様だった。
不可解な言葉だった。
既に皇都は何度も襲われている。彼らが戻ろうと戻るまいと状況は変わらぬように思える。にもかかわらず、敢えて言い残したその意味は。
ゼディア騎士長の呟きは問う響きを持ちながらも迷いはない。決然としている。やがて紙面に落とされていた視線が上がり、真っ直ぐにカスミレアズに向けられた。
「先に私は『何かが群れを引きつけている』と言ったな」
「……まさか一度遭遇すると、その人間が狙われる?」
「そうだ」
そこで初めてゼディア騎士長が深く頷いた。
「ジズの群れには斥候がいる。効率よく狩りをするためだろう。単独ないし少数行動は全て斥候と見ていい」
斥候と遭遇し生かして帰してしまうと、後からほぼ確実に群れに襲われる。ジズ側からすると、威力偵察の結果狩れる相手だと判断するからだ。
単に群れるのではない。
合理的に目標を定め、それが達成のため明確に連携行動を取る最強の捕食者である。
ゼディア騎士長の言にアークとカスミレアズの表情が凍った。
「皇都が断続的に襲われながらもまだ陥落していないのは、基本的に四聖獣がジズの斥候を全て殺しているからだ。被害が最も大きかった初期の頃──先の大皇が身罷られたのはジズの群れとの交戦が原因で、あれは最初の一羽を斥候と知らず逃がし、本隊を呼ばれた結果だと見ている。実際、集めた記録や証言はこの推察と結果相違なかった」
相打ちの形とはなったが、最初の群れを撃退できたのは不幸中の幸いだった。そうでなければ被害は今以上に甚大なものとなっていた、そうゼディア騎士長は結んだ。
そこで二枚目が終わる。
三枚目に手をかけながら引き続き説明されたのは、まさにアークが欲した答え──社会性に基づくジズの習性だった。
ジズは数頭から数十頭で群れを形成している。
最も年老いた雌──便宜上アルファと呼ぶ──を頂点とし、その血縁で構成される群れだ。産卵行動はアルファ雌のみに見られる。アルファ雌が斥候の情報を元に群れの意思決定をしており、群れの行動を決めている。
アルファ雌が人間を捕食すると決めれば、その群れの成鳥全てが襲ってくる。
が、ジズの群れ全てが人間を捕食対象とするわけではない。ウォルヴズに代表される他の魔獣を積極的に捕食する群れもいることが確認されている。
今は比較的穏やかに標的が選別されているが、今後どうなるかは不明である。巣立ちを前にして多くの幼鳥の餌をまかなう為に襲撃が激化する恐れもあり、予断は許さない。
実際に、皇都の南半分が陥落したのは現在いる成鳥のうちおよそ半数が巣立ちを迎えた時期と一致している。
尚、ジズが使う呪いについては、術式構成等その詳細に関して一切不明。
強固な鍵がかけられており騎士団レベルでの破壊または解呪は不可能と判断する。事実として判明しているのは、通常の打撃で殺された者は捕食される一方、呪いをかけられた者は捨て置かれることのみである。
呪いの負の影響がジズにも及ぶのかとも推定されるが、定かではない。
結論として、呪いへの対抗手段は現時点で存在しない。




