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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第四章 その青に誓う約束

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131.遥かなる故郷


 アルバリークやレイテアとはまた違う趣の壮麗な建築。

 その美しさを堪能する時間はなく、アークと真澄、そしてカスミレアズとグレイスは皇宮内を小走りに抜けた。途中にある典雅な池や庭園を眺めている余裕は皆無だ。

 広場に出ていた高官は、優美な制服の裾が翻るのも構わず先を急ぐ。

 彼の差配で負傷騎士は別室に運ばれている。

 エルストラスは召喚士の国であって、魔術士はいない。よって魔術による直接的な解呪はやはりできないらしいが、別の方法があるという。応急処置はできるだろうというその言葉を信じ、そちらは任せるより他なかった。

 関となる大戸をいくつ抜けただろうか。

 金属でできた門扉ではなく、木で造られた殿舎は気候と風土、そして文化の違いを如実に感じさせる。いずれの扉も衛兵が左右を守っていたが、先頭を行く高官の姿を認めるなり全員が頭を垂れて速やかに扉を解放する、の繰り返しだった。

 そうして皇宮内のかなり奥深くまで入り込む。広場の雑多な音も届かなくなった頃、高官の足がようやく緩められた。

 上がりつつあった息を整えながら、人影のない広い廊を進む。


 ここに来て尚一層、柱も壁も美しい。極彩色も、その細工も。

 しかし奇妙なくらい音がしない。


 耳が痛むほどの静寂に包まれているのはここが皇宮の最深部に近いからか、あるいは住まい立ち働く者がもういないからか。

「一日に何度も襲われるのか」

 歩様を合わせながらアークが訊ねる。

 ちらりと振り返りながら高官は「……そうですね」と顔を曇らせた。

 と、そこで高官が足を止める。とある部屋の前だ。大きな両開きの扉があり、彼はそれを押し開いて真澄たちを中へと招き入れた。

 中は広く、天井が映るほど磨かれたテーブルが中央に据えられている。緑と白が混ざり合った不思議な模様は、エルストラスで産出される宝玉を削り磨き出したものらしい。通常であれば腕飾りや耳飾りなどの小ぶりな装飾によく使われるそうで、ここまで巨大なものは中央大陸広しといえどもここにしかないという。

 その希少なテーブルに椅子が並ぶ。

 こちらもまた濃淡ある白で、やはり別の宝玉から作られた重厚な揃えだった。

 高官の案内で真澄たちはそれぞれ椅子にかける。すると、この部屋の隅に控えていた女官がゆっくりとした所作でもてなしの茶を淹れてくれた。

 彼女たちは柔和な笑顔で接してくれたが、翳りがあるというかどこか愁いを帯びている。不安なのであろうことが知れた。

 この部屋に案内されたのは、皇族の準備が整うまで今しばらくここで待ってほしい、という高官の意だ。

 彼はアークの向かい側に当たる下座にかけて、「先ほどの続きですが」と口を開いた。

「日によりますが、以前より襲われる回数は格段に増えています。繁殖が進んでいるようです。ジズの襲撃があれば皇族の四聖獣が召喚されます。とはいえ北は皇宮を守るだけで手一杯ですし、皇都を守るために動けるのはもはや東だけですから、必然として守護範囲は狭まります。そして呼び出すために時間がかかるので、どうしても後手に回らざるを得ません」

 使役獣は大いなる力を持つ。

 彼らはそれぞれの世界で神や特別な存在として崇められているが、特性は様々で、例えば魔術のように広範囲に影響をもたらすような力を持つものはかなり高位であり、易々とは呼び出せないのだという。


 それはなぜか。


 そもそもエルストラスでは便宜上で術者が召喚士と名乗る──かつて古式魔術が全盛だった時代の名残で──が、呼び出す存在は使役獣と言い習わす。実態としては『召喚』契約ではなく『使役』契約であるからだ。

 両者の違いはまさに真澄が体現していた。

 『召喚』は一方通行で、その存在を呼び出した後もこの世界に留め置く。二度とは戻れず、それゆえ壮大な術式と莫大な魔力が必要とされる。アナスタシアが懸けた対価の大きさが良い例だ。

 他方、『使役』は他世界との往復が可能なのである。

 使役はそれだけで一分野を為すほど特化した、いわゆる特殊な魔術とされる。通常の魔術は一方通行──片務の契約であり、魔術士の意志のみが反映される──極論、魔術士の魔力量だけがものを言う。が、使役だけは双務であり、仮に術者が望んでもそれを受ける相手方が拒否すると、契約は破綻する。

 両者の合意の下、必要な時に必要な手順を踏む。

 その制約を課すことで、限られた魔力で大いなる力の恩恵に授かれるのが使役契約の最大の長所だ。そしてその特性によっては魔術でさえ成し得ない希少な力を借りることもできる。

 しかし高官が言ったとおり、高位の存在とは使役契約そのものを結ぶことが難しく、かつ呼び出すのに時間がかかるのが欠点なのだ。

「先ほどご覧頂きましたのは東の聖獣──今はモノケロスと呼ばれております。当代四聖獣で最強ですが、その分どうしても呼び出すのに時間がかかります」

「だからあの時点での到着だったのか」

「左様でございます」

「致し方ないんだろうが、……これでは街がやられる一方だな」

 率直なアークの感想に、高官は項垂れるようにして同意を示す。

 確かに東の聖獣モノケロスは強かった。

 羽がないにもかかわらず、その俊敏な動きと他に類を見ない獰猛さで二頭のジズを一瞬で葬り去ったのだ。第四騎士団が総出で対応した結果の魔力量と比べると、対ジズだけで考えれば効率の違いは明確である。

 しかし個の戦闘力に優れるだけでは、皇都そのものは守れない。

 見るも無残に荒れた街がその証左だ。

 これがアルバリークに対して為された救援要請の本質なのだと、その時初めて真澄は理解した。守ること、盾になることが本分の騎士団にこそ来てほしいとは、彼ら召喚士ならではの制約のためだったのだ。


 ジズが来るたびに街は破壊され、誰かが犠牲になる。


 辛いことだ。

 大河グリストに阻まれて隣国レイテアに逃げることもできず、日々怯えて暮らす。そんな生活に皇都のみならずエルストラス全体が疲弊しきっているのだ、と高官は苦しげに明かした。

「此度の赤の周期で皇族方も半分以上が身罷られました」

「やはり使役獣がジズに負けるとそうなるのか」

「皇族方は皆さまその制約を課して、より高位の力ある使役獣と契約されますゆえ」

 一般の召喚士は命を懸ける契約まではしないが、その分使役獣の力はどうしても劣るらしい。

 特殊な分野とはいえ使役も魔術の一種。ここでも制約は重く圧し掛かってくる。

「あの東獣はジズの呪いを撥ね返したようだが。そういう能力も持つのか?」

「いえ、あれも完全ではないようです」

 少しの思案顔を見せつつ高官がアークに説明する。

「私も聞いただけですが、絶対的に呪いを無効化しているのではなく、あくまでも受けた攻撃を払っているというのが正しいとか。直接身体などに当たればおそらく呪いは受けてしまうのだろう、と」

 とはいえ、余程のことがない限り東獣は最後の砦たり得る、と高官は結んだ。

 何者も追いつけないと謳われるその俊敏さが根拠だ。

 東獣の生きる世界では最も俊敏かつ獰猛との呼び声高く、それはこの世界に呼び出しても変わらない。その美しい外見にもかかわらず怪物と見なされるほどに。

 その足の速さは到達できないものを追い掛けるに等しいと言われ、気性の荒さは生け捕り不可能で殺すしかないとされている。

「使役獣として契約しているのでこちらの利に動いてくれますが、ただ呼び出したのであれば目の前にいる動く者全てあの角で突き殺されて終わりです」

「剛毅だ。便利だからと飼い慣らせる相手じゃないな」

 群れを呼び出せばあるいはジズを殲滅できたかもしれないが、というアークの考えに、高官は「良い案ですが、皇都も含めてエルストラスが荒廃します」と残念そうに笑った。

 と、そこで部屋にノックの音が響く。

 応対に出ようと女官が動きかけたが、それを待たずに扉が開いた。

「大変お待たせした」

 低く落ち着いた声に、室内にいた全員の視線が入口へと集まった。扉の向こうから窺うように顔を覗かせている者がいる。その顔の位置から、かなりの長身であることが分かった。

 年の頃は壮年を過ぎている。

 よく手入れされているらしい長い横髪が、さらりと肩に流れ落ちた。山に湧く清流のようだ。その色は人間離れした輝く青銀だった。

「これは、大皇たいこう……!」

 高官が慌てて立ち上がる。大皇という単語を耳にしたアークもすぐさま反応し、椅子を退けてその場で跪いた。

 このエルストラスという国の中、アークが最敬礼を取る相手。

 答えはただ一人で、僅かばかり遅れたが真澄もカスミレアズもグレイスも、同じようにその場で居住まいを正してアークの後ろに控えた。

 ややあって、歩を進める微かな靴音が響いた。

「どうぞ御顔を上げてくれますか」

 歩みの終わり、頭上からかけられたのは丁寧な語り掛けだった。

「あなた方は私の臣下ではございません。我が国が直面する窮状、それを払拭すべく力を御貸しくださる同盟国の代表です。本来であれば私がアルバリーク本国へ赴き、叩頭して請願せねばならぬところを」

 穏やかにゆっくりと、しかし決然と。

 居丈高ではないが確かな気配にアークが動いた。衣擦れ。次いでカスミレアズも顔を上げ、その後に真澄とグレイスも続いた。

 大皇もまたその場に片膝をついていた。

 長く滑らかな衣が床に広がっている。薄衣を幾重にも合わせているらしく、波打つそれは雪景色か秘境に眠る透明な湖水か、この世のものとは思えぬ美しさだった。

 大皇の瞳はごく淡い。

 その髪色を極限まで薄めたような、透き通るガラス玉のようだ。

「アルバリーク帝国第四騎士団総司令官、アークレスターヴ=アルバアルセ=カノーヴァです。エルストラス皇都およびその民をジズの脅威より守護すべく、アルバリーク皇帝の命を受け参上つかまつりました」

「私はエルストラス大皇のヴェステ。帝国より賜る温情にエルストラス国民を代表して心より、この上もなくお礼申し上げる。エルストラスは受けた厚誼を永劫忘れず、いつか帝国が艱難辛苦に立ち向かう時が来たらば必ず馳せ参じ力添え致すこと、誓ってお約束申し上げる」

 国同士の挨拶が交わされる。

 一通りが終わったところで、硬く引き締まっていた大皇の頬がふと緩んだ。

「アークレスターヴ」

 とても親密な呼びかけだ。

 受けたアークはすぐに返事をしなかった。まさかこの場で名を呼ばれるとは予想していなかったのだろう。無言の間に戸惑いが見えた。

 それに気付いたか、大皇はもう一度口を開いた。

「──アーク。会いたかったよ。エルネスティーヌのたった一人の息子、私のかわいい甥」

 姉のエルネスティーヌが寄越してくる手紙には、いつもお前のことが一番多く書かれていた。誕生日が来るたびに送られた手紙には必ず絵が添えられていて、年ごと精悍になっていく様に、無理だと分かっていながらどれほど会いたさが募ったか。

 それまでとは打って変わって柔らかな眼差しで大皇が微笑んだ。


 そして感慨深げに大皇が語る。


 アルバリークに嫁す時、エルネスティーヌは二度とエルストラスの地を踏むことはないと覚悟の上で皇宮を出た。

 元より、正妃が没したために召集された継妃である。

 既に正妃は四人の子を忘れ形見として遺していたが、それでも帝国の血筋を絶やさぬよう万難を排すべく、また熾火を増やして国力を維持すべく、当時三人の妃に白羽の矢が立ったのだ。

 経緯が経緯なだけに、エルストラスでは祝賀の雰囲気より緊張感の方が強かった。

 末弟で成人前であった当時の大皇にさえ分かるほど、絶対に失敗できない婚姻であるとの気負いばかりで、楽し気な様子などついぞ見られぬまま姉は遥か彼方の大帝国へと旅立った。

 それからしばらくは堅く真面目な便りばかりが届いた。

 皇帝からは幸いにも寵を頂けたこと。娘たちが生まれてきてくれたので、妃としての責務は最低限果たせたこと。使役獣は皇帝をお守りするのに役立っていること、など。

 事実ばかりが淡々と紡がれる中、ある日届いた一葉は少しだけ違っていた。

 心許せる妹ができたのだ、と。

 その文には、帝国の血筋を遺すために召集されたのとは違う、もう一人の新しい妃の名前が書かれていた。彼女は辺境部族の出身で、その見事な戦闘能力と前線での活躍を認められ、帝国側から第四妃として請われたのだという。

 彼女はどこまでも自由奔放だった。

 アルバリーク国内から召集された第一、第二妃とは違い、同じように遠い異国から嫁した第三妃エルネスティーヌを殊のほか慕ってくれたのだという。戦女神の称号を受けるほど大変な強さを誇る彼女だったが、その一方で魔術は一切使えず、物珍しさからかエルネスティーヌの使役獣をよく見たがった。エルネスティーヌは躍動する彼女が好きで、折に触れ剣舞を見せてもらってもいた。

 出会いから四年後、彼女は男子を産んだ。

 現皇帝の最後の子だ。

 七人の子全てが娘だったエルネスティーヌは、実の娘は娘でかわいいとしつつも、その男子を目に入れても痛くないと手紙に書くほどだった。そして、その子を見る度にエルストラスに残してきた幼い弟妹たちの面影が脳裏に過ぎる、とも。とうに立派に成人しているであろうとは理解しつつも、会えぬまま過ぎ去る月日は人を在りし日の姿形のまま留め置くがゆえ、と。

 穏やかな日々はしかし、二人の出会いから十年後に唐突に終わる。

 第四妃が流行り病で没したからだ。

 最後の王子はまだ七歳。出自の特殊さから彼は宮廷内に寄る辺がなかった。当時はそのまま辺境部族に返される案も出たらしいが、帝国の血を引く者として狙われる恐れが拭い去れない。そこでエルネスティーヌが後見人として立ち、その庇護下に置いたのだ。


 それからずっと、エルネスティーヌは彼を愛してきた。


 無二の存在であった血の繋がらぬ妹の忘れ形見として、同時に実の息子として。

 そんな彼女の想いは遠くこのエルストラスまで伝えられていた。現実にこの邂逅の日が来るとは決して思い描かれていなかったにも関わらず。

「少し前にエルネスティーヌから久方ぶりに書簡が届いてね。君がエルストラスに来てくれるとあった。それからどれほどこの日を待ちわびたか」

 語られた過去の終わり、大皇はゆっくりと腰を上げながら同時にアークに手を伸ばした。

 向けられたアークは一瞬ためらう素振りを見せたが、ややあってその手を受けて立ち上がる。大皇は身体こそ年相応に痩せ気味だったが、すらりと上背があり、アークよりも僅かばかり目線が高かった。

 その薄い色素は、確かにエルネスティーヌを彷彿とさせるものだった。


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