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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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13.異文化の洗礼、貞操の危機とワイルドすぎるご挨拶


「マスミ。お前この短時間で一体なにをやらかしたんだ?」

 天幕に戻るなり、アークが訊いてきた。

「は? なんのこと?」

「だからそれは俺が訊いている」

 まったく身に覚えがないことを訊かれ、真澄は首を捻った。

 隣にいたカスミレアズを見上げると、彼もまた真澄を見下ろしていた。しかしその目は答えを知っているそれではなく、同じく何の話かと怪訝さが露わになっている。

「湯浴みの間、特に異常はありませんでしたが」

 入口を見ていてくれたカスミレアズが言う。昼の日中、それも叙任式を控えたこの時に、その辺で油を売っている騎士などいない。声にはそんな響きが含まれている。

 しかしアークは腕組みをして「どうだかな」と目を眇めた。

「駐屯地に女がいる、嘘をつけ、いや確かに見たあれは女神だ、天女だ、なんだと俺も見たい。そんなことを叫びながら兵どもが急に浮き足立ちはじめたぞ。近衛騎士長の戻りを待てず報告に来る始末だ。駐屯地司令じゃない、俺に直接、だぞ。これで異常がないなどありえんだろう」

 式典前のこのタイミングで、この落ち着きのなさ。完全に苛ついた様子で、アークが指で執務机を叩いた。

「ただでさえ楽士が急場しのぎだっていうのに、儀仗兵くらいまともになれんのか。これ以上騒ぐようなら力づくで黙らせてやる」

「っ、アーク様、さすがにそれはお待ちください。私が収めて参ります」

「それはいいがその前に」

 マスミ、と名が呼ばれる。本当に心当たりがないのかと目線で問われ、真澄は思いついた心当たりを口にした。

「露天風呂に入ってるところを三人組に見られました」

 正直に申告すると、アークが片手で頭を抱え、カスミレアズが目を剥いた。

「や、でも悲鳴上げられた上に逃げられたんすけど」

 会話なんて一切なかった。それどころか、女一人で男風呂を満喫している場面に対する弁明さえもさせてもらえなかった。

 そういう意味でどちらがより変態かと問われれば、現時点ではぶっちぎりで真澄に軍配が上がる状況である。

「……なるほど。やはり女に飢えた下っ端の見間違いではなかったということだな」

 アークの声が一段低くなった。


 いやでもアンタ、最初から疑ってかかってたでしょうが。


 何をそんなに怒ることがあるのだろうか。とりあえず額に青筋浮かべ過ぎだと思うがどうか。

 ちらりと横を見上げると、カスミレアズがなんとも言えない微妙な顔をしていた。大魔神が怒りのオーラを隠さないので、真澄はこっそりカスミレアズの腕をつつく。

「ねえ、そんな怒ること?」

 渋い顔の近衛騎士長は、しばし考え込んでから口を開いた。

「まあその、手順が狂ったというか」

「手順? なんの?」

「あなたが他の騎士から手を出されない為の」

 思わず真澄は絶句した。内容の割にさらりと言い過ぎだ。

 どういう意味だ。

 ここはそんなに貞操の危機を懸念せねばならん場所なのか。野獣の巣か。でもまあ男所帯なんてそんなもんか。いやでも、それに納得したら駄目だろ普通。食い散らかされるのは御免だ。

 思考が一回転して、ようやく真澄は再起動を果たした。

「ちょっと待って。まさか顔を合わせた瞬間に押し倒されるとかそんなんじゃないわよね?」

 騎士たるもの、まさかそこまで野獣じゃないよな。

 心の片隅に道徳観くらいあるだろ、あってくれ! そんな期待を胸にカスミレアズに詰め寄るも、それは次の瞬間に木端微塵に粉砕された。

「そうならないように善処する」

「いやそれおかしいでしょどんだけ理性の切れた野獣なのよ!」

 突っ込みの瞬発力が過去最高記録を叩きだした。

 が、しかし。

「お前は騎士に何を期待してるんだ。鎧を着ていようがただの男だぞ? まして楽士となれば一石二鳥、既成事実を作ってしまえば欲しいものが同時に手に入る。そりゃ目の色変わるわな」

 呆れたようにアークが言ってのけた。

 ため息付きであるのを鑑みるに、どうやらそれなりに憂慮すべき事態らしい。ていうか冷静になって考えてみれば、目の前にいる司令官自身が超絶手の早いケダモノだった。となればその部下も推して図るべし、か。

 悟り、またの名を諦めの境地に達しそうになる。


 うむ。

 とんでもないところに来た。


 肩を落とした真澄を気遣うように、カスミレアズが続けた。

「だから露出を極力控えるようにとあれほど」

「嘘でしょ? あの一言でそこまで理解しろとかエスパーじゃないんだから……」

「騎士団の駐屯地だ、理解しているものとばかり。婉曲すぎたようだな」

 申し訳なさそうにカスミレアズが言うが、これは真澄の方にも非がある。

 気をつけろと注意はされていたのだ。

 背景説明が足りなかったのはカスミレアズの落ち度だが、異文化にいることを念頭に置いてよくよく確認しなかったのは真澄の失態である。

「参考までに聞きたいんだけど、正しい手順だったらどうなってたわけ?」

 今更聞いても後の祭りだが、念のため確認しておきたい。

 すると、「単純な話だが」と前置きしつつカスミレアズが口を開いた。


 曰く、最初に通達を出すことが何より肝要だったと。


 変更となった今般の楽士は臨時の雇い入れではなく、アークの専属であると知らしめることによって、騎士団の人間は手を出してはいけない相手だと認識する。認識した上で本物を見れば、喉から手が出る程欲しくても自制は利く。

 ところが通達は間に合わなかった。

 司令官の専属楽士がいないのは周知の事実であって、つまり真澄は大多数の騎士にとっては、当初から予定されていた単発契約の楽士だと認識されることになる。

 単発契約であれば次がある。

 言い換えると、下っ端騎士であっても交渉次第では、司令官クラスにつり合う高位の楽士を手に入れられる可能性がある。ただでさえ楽士不足に困窮している騎士にとっては千載一遇のチャンスと呼ぶほかにない。


「今から通達出したら駄目なの?」

「時間切れだ」

 アークがまさにその通達を書いていたところに、浮き足立った騎士が転がり込んできたのだという。

 本来であれば真澄が風呂に行っている間に通達を完成させ、それを司令部経由で全体の騎士に回す予定だった。真澄の支度と同時進行で進めるつもりが、完全に後手に回った状況だ。

 既に儀仗兵たちを叙任式の会場に向かわせねばならない時間帯になっている。

 大騒ぎしている彼らを落ち着かせるだけで手いっぱいだ。ただでさえ筋肉バカ揃い、こんな興奮状態では全員が通達を理解するまでに何時間かかることやら。

 しかも間の悪いことに、式典の後にアークは会場となるヴェストーファの市長と会食が控えている。

 近衛騎士長であるカスミレアズは、次いで開催される騎馬試合の監督がある。

 さらに良くないのはその騎馬試合はこれから七日間催されることと、連日夜の宴が供されることだ。明らかに日常と異なる動きであって、祭りに突入してしまったが最後、通達を出しても全騎士に行き届かない恐れは十二分にある。

 だからこそ最初が肝心だった。

 が、その目論見は脆くも崩れ去ったというわけだ。

「叙任式後に一人で駐屯地に返すわけにもいかん。騎馬試合の会場に連れていけ」

「それは構いませんが……儀仗兵以外にも彼女を晒すことになりますよ」

「これだけ騒ぎが広まったらどうあれ同じだ」

 完全に投げやりになったアークの言葉に、カスミレアズはそんなことはない、とは言わなかった。残念ながら無言のうちに肯定している。

「なんかごめん」

 思わず真澄は謝ったが、二人の男は力なく首を横に振った。

「お前のせいじゃない。そもそも楽士が足りない現状に問題がある」

 軍属である大の男がそろいもそろって悲痛な顔をするくらい、彼らの騎士団は人材不足であるらしい。可哀相にとは思うが、かけられる言葉を真澄は持っていなかった。



 そして後に、真澄は激しく後悔することになる。

 なぜそこまで楽士が必要とされているのか、その理由を問い質さなかったことを。


*     *     *     *


 良く晴れた初夏の空、駐屯地からヴェストーファの街へと伸びる石造りの街道には、爽やかな風が吹き抜けていた。

 高い空を悠然と翼を広げた鳥が弧を描く。

 どう見てもトンビの五倍はありそうな大きさだが、まあのんびりとしている。

 大地に目を転じると、街道の横には柔らかな草の緑がどこまでも続く。遠くにはまばらに木立が並んでいる。幹が白く美しい。北の大地に自生するという、白樺のようである。

 じつに長閑だ。

 ただし後ろを振り返らなければ、という条件付きで。


「いやあぁぁあ何あれええぇ!?」

 牧歌的な空気を切り裂くのは真澄の悲鳴だ。

「喋ると舌を噛むぞ! 乗り慣れていないんだろう!」

 真澄を抱き込んで手綱を握るカスミレアズが、鋭く叫ぶ。

「そっ、そんなこと、言われたっ、て、てぇっ!」

「だから言っただろう!」

「ぐ……!」

 冷静すぎる突っ込みに涙目になるも、カスミレアズの脇腹から後ろを窺うのは止められない。

 だって、明らかに野犬よりも強そうなでかい狼みたいなのが猛然と追ってきているのだ。それも五頭以上の群れで。石で舗装されていない道なら土煙が上がるレベルの勢いだ。

 これで現代人に動揺するなと言う方がどうかしている。


 吠え声も激しいけど、何よりよだれがすごい!

 明らかに食う気満々なんですけど!


 駐屯地から一歩出たらこの惨劇だ。

 これは確かに死ねる。逃げ出そうとしない方がいい、アークから刺された釘が今は金の助言に思えてくる。確かに馬にも乗れない、剣も扱えない真澄にはこんなの絶対に無理だ。

 そうこうしているうちにも、群れはどんどんと膨れ上がっていく。次から次へとよくもまあゴキブリみたいに。

 しかし、気持ちが悪いプラス不衛生程度の害しかないゴキブリなんかより、よほど性質が悪そうな相手である。明らかにあの牙に捕まったら即死できそうでいただけない。良くて再起不能だ。あれ、ほぼ一緒か。

 いずれにせよ自衛隊でもちょっとどうかと思う相手である。想像するに、多分きっと、遠慮したい相手だろう。

「あの程度、辺境の方が見慣れているだろう!?」

「だからにっ、日本はっ、そんな人外魔境じゃ、あだっ、ないっつの!」

 喋ると舌を噛むとか警告しておきながら話しかけるとか鬼畜か。

 しっかり二回目を噛みつつも、断じて辺境出身ではないのでその辺の訂正はきっちりしておく。

「お前が旨そうだから匂いにつられて出てきたんだろ! さすが魔獣、良く利く鼻だよなあ!」

 先を走るアークが叫んできた。


 それ今言うことか。振り返ってまで、わざわざ、あまつさえ楽し気に。


 軽く殺意を覚えるものの、ここで抗議を上げるとまた舌を噛む羽目になる。

 馬上に荷物さながら積まれているこの状況では何をどうしようもない。やむなく真澄は口を噤み、震度七かと勘違いしそうなほど揺れながら、ひたすらこの鬼ごっこが終わることを祈った。

 命をかける鬼ごっことか笑えない、本当に笑えない。



 真澄の尻の衝撃吸収がそろそろ限界を迎えそうな頃、ようやく家々の立ち並ぶ景色が見えてきた。

 駐屯地で見た石造りの風呂や天幕とはまた違う、素朴な白壁造りだ。屋根には橙色のレンガだろうか、角形の石が連なっている。それが雨風に晒されて少しくすんだ白壁によく馴染んで、落ち着きのある佇まいに好感が持てる。

 目を転じると、入口には門柱のように重厚な石が組まれていて、そこに衛兵らしき人間が二人立っていた。

 彼らの目は一様に見開かれる。

 当然だ。真澄の目でこれだけ見えているのだから、相手からもこちらの状況がどうなっているのか、手に取るように分かるだろう。


 背後の分厚い咆哮に度胆を抜かれてるんですね分かります。


 騒ぎを聞きつけてか、門の奥に見える詰所のような小屋から兵がわらわらと出てくる。だが誰も彼もが一瞬呆けた後、明らかに顔を引き攣らせている。そして傍目に分かるほど腰も引けている。

 衛兵がそれでいいのか。

 何のための門番か。

 変なところに突っ込みたくなったが、真澄自身もこんな場面を見せられたら一目散に逃げ出す自信があるので、彼らのことは責められない。

「いかがしますか!?」

「俺が片付ける、お前は先に入れ!」

 短いやりとりの直後、前後が入れ替わった。

 アークの青鹿毛が歩様を落としていく一方、カスミレアズが手綱をさばき、栗毛の速度が上がる。その瞬間に真澄はもう一度舌を噛んだ。もはや抗議のこの字もなかった。


 街を囲む柵の下は水を張った外堀になっていて、架けられた石橋を馬蹄が激しく叩く。邪魔にならないようにか勢いに気圧されたのか、馬が突っ込む充分な余裕をもって道は開けられていた。

 門柱を抜けてすぐ、カスミレアズは馬首を返した。

 栗毛がいななき後ろ足で立ち上がる。落とされる、と震えあがったのも束の間、真澄の身体はカスミレアズの胸に危なげなく受け止められていた。

 栗毛の四肢が大地を踏みしめる。

 戻った瞬間にまたしても舌を噛んだのは余談だ。振動衝撃はようやく収まったが、未だに脳みそが揺られている。これでは船酔いの方がずっと優しい。


 それで、門の外はどうなった。


 腰に差していた長剣でばったばったと切り倒しているのか。それはそれで流血の大惨事、ちょっと怖い。でもそうでなければあの狼もどきが大挙してなだれ込んでくるわけで、それはそれで有難くない。

 ええい、ままよ。

 素人ながらに心の準備をしつつ真澄が目を向けると、予想外の光景が広がっていた。


 こちらに背を向けるアークは、青鹿毛にまたがったまま長剣を引き抜いてさえいない。

 だがその身体は青白い光に包まれて輝いていた。


 右手に一際強い光が湛えられている。大浴場に漂っていた暢気なそれとは一線を画している。初めて見る真澄が本能的に理解できるほど、その輝きは鋭利だった。

 その光球を、アークの手が前方に放り投げた時だった。


 球は弾け、青白い光が地平線に平行に走る。

 音もなく。

 衝撃波が目に見えるとすれば、まさにそれだと言えそうな。


 青白い光は一息で群れを薙ぎ払った。道中ずっと轟いていた吠え声は消え去り、悲鳴を上げる間もなく狼もどきは四散した。残るかと思われた肉体は、燃え尽きた灰のように宙に溶けてなくなった。

 

 長剣は使わなかったが、違う意味で無双だった。




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