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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第三章 生き方の決め方

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116/158

116.話題のあれこれは食事と共に


 どう考えても真澄はいらなかった。


 デーア神殿での一幕、というかもはや一騒動の域に達していたあの流れの後、最初に真澄が言及したのがそれだった。

 興奮冷めやらぬ中での帰路、柱廊を歩きながらリシャールだけに聞こえるようこっそり呟く。

 文句を言うつもりはない。

 しかし周到な準備のほとんどがまったく仕事をしなかったのは事実である。あまりにも格好良すぎたリシャールを肘で突くと、「色々と振り切れてしまってああなりましたすみません」と満面の笑みが返ってきた。

 段取り八分仕上げ二分。

 それが探索を主任務とする第一騎士団の信条なのだと話しながら最後に言われたことが「それにしてもあれほど上手く事が運んだのは人生初でした」という正直すぎる内容で、さすがに真澄の膝から力が抜けた。

 そんな真澄を他所に、リシャールがアンシェラをエスコートしにいく。

 初々しい二人の姿を後ろから見守りつつ、真澄は隣を歩くメリノ公へと視線を移した。

「驚かれたのではありませんか」

「……ええ」

 眩しそうに娘の後ろ姿を見つめるメリノ公は、直後に真澄を見つめてきた。

 そこには薄く苦笑のようなものが浮かんでいる。微妙な表情に真澄が首を捻ると、メリノ公が「実は」と声を落とした。

「私が驚いたのは今朝方の話でして」

 少し前のことなのです、と疲れたような安心したような、色々な感情が綯い交ぜになった顔でメリノ公が言った。

「……え?」

「ちょうど衛生科から出て宿舎棟へ向かう時に彼が案内を買ってくれまして。その時に二人だけで話がしたいと持ち掛けられて、受けたのがこの話でした」

「ではご存じだったということですか?」

「はい。というより、リシャール殿は私共のことをどこまでも尊重してくれました」

 それはこの限られた時間の中で驚くほど篤く。

「娘の意思を問いその決断を待ってくれたように見えますが、その前にメリノ家としての意向を当主である私に訊ねてくれた。いわゆる旧家の作法に則った形です。家を畳もうとしている状態で体面など今さら取り繕うつもりもありませんでしたが……それでもこんな不甲斐ない当主にでさえ配慮をしてくれる彼ならば、彼だからこそ、安心して娘を任せられると信じることができました」

 父親であるメリノ公が諭さずとも、必ず娘のアンシェラは神殿入りを翻意する。

 そんな確信を抱き、彼は後の進め方を全てリシャールに委ね託した。

「礼儀正しく、優しく、頼りがいのある青年です。亡くなった妻が見たらさぞ喜んだでしょう。生まれ故郷の帝都に、思い出も──沢山あったようですし」

 そこでメリノ公がそっと目元を拭った。

 はっとして真澄は彼を見る。しかしそこで思い直し、開きかけた口は噤むことにした。


 呟く声に負の響きは微塵もない。

 流した涙は喜びそのものだ。


 メリノ公が何をどこまで知っているのか。

 その奥方は、あるいは不可侵の想い出に昇華したかつての恋を、笑って打ち明けたのか。もしもそうならそこにあったのは公への揺るぎない信頼と確固たる愛だ。

 その過去さえも受け止めてくれる、その確信があってこその。

 真実を問うことは憚られる。

 相手から明かされない限り、決して侵してはならない心の聖域だ。けれど真澄は憶測に過ぎないそれに、僅か息をするのも忘れて想いを馳せた。


*     *     *     *


「本当に恥ずかしいわ。そんな勘違いをされていたなんて」

 事ここに来て憤慨しているのはイヴである。

 メインの手前、白身魚の香辛料ソテーを綺麗な所作で口に運びつつ、僅かに頬を染めながら目を瞑る。

 話題に上がっているのは神殿でイヴがリシャールに振られたと勘違いされた件だ。

「ちゃんと訂正したから大丈夫よ」

 まあまあ、と真澄が宥めるもイヴの落ち込みは直らない。

「お前は小さな頃から泣き虫だったからねえ」

「やめてくださいお父様。自分が一番分かってるんですから」

 追い討ちをかけられた状態となり、とうとうイヴが項垂れた。当事者であるアンシェラを差し置いて泣きすぎたという自覚はあるらしい。


 ここは幹部宿舎棟の四階、真澄の部屋だ。

 応接室にメリノ公とアンシェラ、そしてイヴを招き、デーア神殿で約束したとおり夕食を共にしている。当然そこにはリシャールもいて、かつ兄の慶事を聞いたグレイスも駆けつけて同席してくれている。

 真澄の部屋でと相成ったのは相応に理由がある。

 まず外に出る、つまり帝都のどこかの店でというのは最初に選択肢から外れた。長旅の直後でメリノ公やアンシェラに疲れが残っているからだ。

 かといってガウディ本家もまだ早い、とのリシャール判断だ。

 連れて行きたいのは山々ながら、まだ当人たちが意を交わしただけの段階で、両家の当主同士による正式な挨拶が終わっていない。メリノ家の足元を見られるような真似だけは厳に慎みたいとのリシャールの意向だった。

 そこで真澄が提案した。

 ならば宮廷内にある真澄の部屋に集まればいいと。

 遠出をするわけでもない。幹部宿舎棟ということで警備という名の認証は万全である。それに首席楽士という地位のお陰で人が訪ねてくる前提の広い部屋が与えられており、食事会の開催もまったく問題がなかった。

 この件で誰より喜んだのは女官のリリーである。

 世話好きな彼女は急に決まった話に「申し訳ない」と真澄が申し添えると、首をぶんぶんと横に振り「これが私の至上の喜びです!」と叫んで駆けだしていった。遠ざかりながら廊下の向こうで振り返ったリリーは「料理長にお伝えしてきますー!」と叫び、本当に脱兎のごとくあっという間に姿を消した。

 そんな彼女は今、上機嫌で給仕をしてくれており、メインの肉料理をワゴンで部屋に運び入れている。

 大きく美しい円の白い皿。

 その上に乗せられているのは焦げ目のついたステーキ、とろりとかけられた紫のソースが鮮やかだ。訊けば秋の根菜を使ったソースで豊穣祭が近くなるこの時期に帝都で良く食されるらしい。皿の縁を彩る付け合わせも、冬を目前にした恵みの季節を映して色とりどりだ。

 真澄が首席楽士に就任して以来初の食事会ということで、料理長が張り切ってくれているらしい。

 前菜からスープまでで既に数えきれないほどの食材が使われている。名前を覚えることなど前菜の時点で投げた真澄だったが、それでも多様な食材と調理方法で供される全ての皿が優しく滋養あふれる味だった。

 大変に美味しい食事だが、残念なことにアークとカスミレアズはここにいない。

 アークは残業だ。

 神殿から帰った後、アンシェラたちの入室許可をもらうために真澄がアークの執務室へ行くと、ちょうど来客中だった。相手は後方支援方の衛生科長その人だ。第四騎士団所属の入院患者たちの素行が悪すぎる──というか彼らの活きが良すぎる件について、直談判されていたらしい。

 頼むから総司令官御自ら大人しくするよう言い聞かせてくれ、と。

 武闘派ではない衛生科長は、怒ってまくしたてるというより懇願の態でアークと話をしていたのだった。

 その一件で衛生科に行かねばならなくなったアークは、だから今夜は遅くなるから宜しく伝えておいてくれ、と真澄に頼んできた。

 尚、カスミレアズは当然のことながら入院しており参加不可だ。

 一日の内に二度も抜け出すなどさすがに近衛騎士長として宜しくないとの判断の元、アークが直接釘を刺すと言っていた。この場にいないということはつまり、間違いなく衛生科で大人しくしているのだろう。


 そんなこんなで、六人で囲む食卓は穏やかな時間とさざなみのような話し声に満たされて、実に楽しいひと時となっていた。

「ところで、これからどうされるのです? 明日ヴェストーファに発つというお話は」

 舌に柔らかいマッシュポテトを味わいながら真澄は問う。そのなめらかさが至福を運んでくる。

 するとメリノ公が「そうですね」と応えながら酒杯を傾けた。

「一旦取り止めます。明日ガウディ本家に挨拶に伺って、それから婚姻に向けた準備を帝都で整えます。リシャール殿の出征前に成婚の儀を済ませるつもりですから」

 十日も残っていないほど日にちがないが、その中で出来得る限りをやることにしたとメリノ公が言う。

 ガウディもメリノも大きな家だ。

 まともにやろうとすればかなり大規模な儀式と祝宴になり、準備に多大な時間がかかる。

 それを理解しながらも、リシャールとアンシェラの気持ちは大多数への披露の為に来春に持ち越すより、二人だけでいいから出征前に誓いを立てたいということらしい。

 皆が羨む豪奢なドレスも宝飾も、多数からの祝福も要らない。

 ただその無事を正しく願える場所に一刻も早く在りたいというのがアンシェラの望みで、リシャールがそれを受けたのだ。

「そうですか、忙しくなりますね。イヴは?」

「私も残ります。第一騎士団の出立をお見送りしてからヴェストーファに戻ると、駐屯地司令には手紙を出しました」

「司令はなんて?」

「好きなだけ残ってきてくれていいと。即答でした」

 笑いながらイヴが胸元から手紙を覗かせる。

 それはきっと藍色の鳩が運んできたのだろう。優しく濃やかな司令らしいなと納得していたら、イヴが「見てください、これ」と胸元からあるものを引き出した。

 一枚の絵だ。

 淡く優しい色調。広げられた紙にはそれは美しい色彩の花が描かれていた。

「眷属では実物を送れないからまずはこれを、と」

「お祝いの花束ってこと?」

「はい。前から絵を描くのがご趣味だとは伺っていたのですが、これほどお上手とは知らずに驚きました」

「……前から思ってたけどヴェストーファの司令って女子力高いわよね」

 絵の巧さもそうだが、そもそも論としてそういう心遣いができるあたりが本当に凄い。

 真澄がため息を吐くと、イヴの方も割と真剣な顔で「正直勝てる気がしません」と呟いた。相手は壮年のおっさんどころか軍人であるのだが、何とも奇妙な感覚だ。

「何はともあれ、安心してヴェストーファへ戻ることができそうです。遠くはなりますが、アンシェラとはいつでも会えることになりましたから」

 本当に良かった。

 そう言って再び声を震わせたイヴを、戦友のリシャールが悪戯っぽい目で見遣る。それに気付いたイヴは「もう泣かないわよ」と頬を膨らませつつ、「黙っているなんて本当に酷いんだから」と恨み言を投げた。

 食卓に笑い声が響く。

 それが引いた時、リシャールが「ところで」とアンシェラに向き直った。

「出征した後はどうする? 俺が帰任するまでヴェストーファで過ごすかい?」

 晴れて認められた仲となり、その口調に僅かばかり変化が見て取れる。近くなった距離感に受けたアンシェラがあたふたしながら頬を染めた。

「ええと、その……一度は戻ろうと思っています。部屋といいますか、身辺や荷物の整理がありますから。ですが帰任までというのは……」

 ちら、と隣に座る父親へと視線が移る。

 何かを慮って噤まれた口に、メリノ公が「私のことは構わず好きにしなさい」と返した。

「寂しくないとは言わないよ。ただそれ以上に嬉しいことなのだから、お前の思うようにするといい。イヴの言うとおり、神殿とは違って会いたければいつでも会えるのだから」

「お父様」

「ガウディ本家でリシャール殿の帰りを待ちなさい。お前のために遥かな旅路を戻ってきてくれるのだから、そこにお前がいなくては意味がないだろう」

「……はい」

 諭されたアンシェラは返事と共にこくりと頷いた。

 親子のやりとりを眺めるリシャールが、そこで食事の手を止める。

「決まりですね。あとは帰りを待つ間どう過ごすか、だけど」

 もし良ければマスミ様の下で働いてみないか。楽士の候補生として。

 とうとうリシャールが持ち掛けた本題に、その場にいた真澄以外の全員、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。そして部屋に沈黙が訪れる。

 デーア神殿での求婚があまりにも盛り上がりすぎたせいで、棚上げになっていた件だ。

 碧空楽士団というものが創設されること、その理念。それらを一しきり丁寧に説明した後で、リシャールが最後に「もしも頷いてくれるのなら」と付け加えた。

「家を守ってくれる奥方というのにも憧れはあるけれどね。俺はそれより同じ方向を見て生きていきたいと思うよ」

 変わりゆく激動の今。これから訪れるであろう未来。その礎となり、後進たちの希望としてあってほしい。

 艱難辛苦かんなんしんくは避けられない。

 生半の覚悟では到底走破できぬと分かっている道。それでも乞うのはあなたならばきっとと信じているからこそで、そうでなければ口に出しさえもしなかった。

「家に入りたいというなら勿論それで構わない。ただあなたの生き方はあなたが決めていいんだ。人にどう思われるかではなく、自分がどうしたいか、で」

「……誰かではなく、私が……?」

「そう。あなたの全ては俺が請け負った。その俺があなたに自由に生きてほしいと願っている。この意味が分からないあなたではないはずだ」

 優しいだけではない、芯の強い言葉がリシャールから紡がれる。

 相手を対等に見ている言葉だ。

 甘やかすだけでなく、また侮るでもなく。目の前に立つ相手をそのまま認める視線。この距離感はかつてグレイスを諭した時にも垣間見えたが、兄妹だったからというわけではなく、リシャールの気質がそうなのだとここに来て知れた。

 ともすればそれはリシャール自身が挫折を知っているからだろうか。

 偉大すぎた父を前に、楽士としての道を諦めた彼。そんな彼は周囲の抱く勝手な理想や思惑も、それに応えられない自身への失望も味わったはずだった。

「楽士、ですか……なれたらいいとは思いますが、無理に決まってます」

「言うと思ったよ。無理に決まってる、だそうですが、いかがですか楽士長」

 ふと笑みを含んだ声でリシャールが真澄に水を向けてくる。

 突然つけられた肩書きに思わずむせる。

 慌てて水の杯を空にして、人心地つけてから真澄はアンシェラを見た。緊張に強張る顔がそこにある。まるで何かの合格発表を待つかのようだ。

 彼女の真面目な気性が十二分に伝わってきて、思わず真澄の頬が緩んだ。

「大丈夫。私の故郷くにには、成人してからヴィラードを弾き始めた人が沢山いたから」

「そうなのですか?」

「大切なのは弾ける器用さがあるかどうかじゃなくて、弾きたいと思うか思わないかよ」

 抱く志が道をひらく。

 真澄が言うと、アンシェラが僅か唇を噛みしめた。

「……では、どうか門下生としてお迎えください。お願い致します」

 と、存外に早い決断が零れ出た。

 もう少しできるできないの問答が続くかと予想していた真澄は驚きを隠せず、僅か眉を上げる。手元に視線を落としていたアンシェラは次にそれを上げて、優しいとび色の目で真澄を見た。

「騎士の方々の……リシャール様のお役に立ちたいのです」

 もうこれ以上。

 そこでアンシェラは一度区切った。

「もうこれ以上、できないことを理由に逃げたくありません。私には何の力もありはしませんが、努力で叶うことならば、叶うまで努力致します」

 お姉様やグレイス様、それにマスミ様には到底及びませんでしょうが、それでも。

 そう続けたアンシェラを見て、イヴが口元を右手で押さえる。その瞳からはまた大粒の涙が零れ落ちて、彼女の向かいに座っていたグレイスがハンカチを手に立ち上がり、戦友の濡れる目元をそっと拭った。

 そうするグレイスの眦もまた、僅か朱に染まっていた。


*     *     *     *


 盛り沢山であった食事はほぼ終盤に差し掛かり、デザートが運ばれてきた。

 リリーの運ぶワゴンの上には小さな色とりどりのケーキがところ狭しと並んでいる。王道のクリームタイプ、毛色違いでゼリーやムース系統、ものによってはタルトやパイなど実に鮮やかだ。

 宝石箱をひっくり返したようなきらびやかさに、卓から歓声が上がる。

「お好きなものをお好きなだけどうぞ。厨房にまだ沢山用意してございます」

「えっ嬉しい」

 声を上げたのは真澄だったが、反応したのは女性陣全員だった。

 メリノ公とリシャールはもう少し酒を続けたいと言って甘味を辞退する。そんな彼らの苦笑を他所に真澄たちは銘々立ち上がってワゴンに寄り、それぞれ好きなものを選び取った。

 これがいいあれも綺麗と楽しむ間に、リリーが食後のお茶を入れてくれる。

 席に戻ってからそれと合わせて様々な甘さを堪能しつつ、そういえばと真澄はグレイスを見た。

「ねえグレイス」

「はい、なんでしょう」

 小さなフォークを口元に運びかけたグレイスが動きを止めて小首を傾げる。なんとも優雅な所作に、やはり彼女は良い家のお嬢様であることを再認識してしまう。

「グレイスはこれからどうするの?」

「これから、といいますと」

「元々は第一騎士団を支えたくて楽士になったって言ってたでしょ? でもカスミちゃんの専属になるならそれって第四騎士団だけどどうなのかなと思って。第一騎士団はもう行かないとか? でもそれは勿体ない気がするし、ていうか碧空楽士団で講師をお願いしたいなーなんて考えてるんだけど、それってグレイスに直接お願いした方が良いのか先にカスミちゃんに仁義を切るべきかで悩んでて」

 シェリルにはヒンティ騎士長同席の時に直接お願いした。

 それは紆余曲折を経て彼らの身辺整理がついたタイミングに真澄が居合わせたからで、そうするのが間違いないと確信があったからそうしたのだ。

 しかしグレイスの場合はどうお願いするのが正解なのか分からない。

 故に訊いてみたのだと結ぶと、横からリシャールが笑いながら「それ、話の九割方はもう終わってませんか」と突っ込んできた。

「さすがですね。これではグレイスも逃げられません」

「えっ、や、難しそうなら無理してくれなくても大丈夫よ!? 全然気にしないで、そこは自分が三人分くらい働けばなんとかなると思ってるし! カスミちゃんと色々話とか約束、してるんだろうし!」

「……ぷっ……くく……」

「ごめんねグレイス、いきなりこんな話持ち掛けて。ちょっと、なんでリシャールはそんなに笑ってるわけ?」

「追い討ちがすごいなって……いえ、何でも。気にしないでください……」

 酒に上気した頬のまま、リシャールがとうとう卓に突っ伏して肩を震わせる。

 笑い上戸なのか。

 これまでそんな様子は見せなかったくせに、と訝りながらも真澄が視線を戻すと、その先に座るグレイスが顔を真っ赤にして俯いていた。


 何事だ。


 思わず真澄は二度見した。

 グレイスは明日が早いからと言って一滴も飲んでいなかった。それなのに、彼女は酔ったリシャールより真っ赤になっている。元より色の白い彼女、首筋や胸元と比べるとその違いは一目瞭然だ。

「え、グレイス? ……大丈夫?」

 そんなに無茶なことを言っただろうか。

 いや、無茶ではあるが強要はしなかったので真澄的にはぎりぎりセーフだと思っているが、しかしそれはいじめっ子の論理かもしれない。グレイス自身がどう感じたかが肝要なのであって、真澄の言い訳は通用しないのだ。

 先走りすぎたか。

 反省しながら真澄は肩を落とす。

「ごめんね、私が悪かったわ。忘れてくれる?」

「いえ、あの、違うんですマスミさま、誤解です」

「ん?」

「お話ありがとうございます。嬉しいです。こんな私でもお役に立てるのなら、喜んでお手伝いさせて頂きます」

 真っ赤に茹で上がった顔、かつ涙目。

 儚い姿、そこから滲み出る色香がすごい。第四騎士団の騎士たちが目にしたら鼻血ものだ。そして近衛騎士長からの鉄拳制裁ももれなくついて、血の雨が降る未来までが見えた。

 流血だらけだ。

 そういえばグレイスとの出会いも流血始まりだった。懐かしい記憶を思い出しながら、真澄は今一度グレイスを窺ってみる。目が合うと、彼女は細く小さなため息を吐いた。

「えーっと、本当に大丈夫?」

「大丈夫です、面目ございません。ちょっとその……最近色々あり過ぎまして、つい」

「色々って……カスミちゃんと?」

「……~~っ!」

 グレイスが何かを堪えるようにテーブルに沈んでいく。

 対照的にとうとうリシャールが大きく噴き出した。

「さすが歴代最強の近衛騎士長。これは相当格好良く決めたな」

 相好を崩しながらも完全に楽しんでいるリシャールの口調に、真澄は合点がいった。

「あ、なるほどそういうこと?」

「だと思いますよ、これは間違いなく。なあグレイス?」

「やめてくださいお兄様もマスミさまも……!」

 グレイスはもう瀕死も瀕死、蚊の鳴くような声である。その反応とも相まって、グレイスとカスミレアズの仲に否応にも好奇心がそそられた。


 聞きたい。

 一体二人の間にどんなやりとりがあったのだろう。是非とも聞きたいぞ、根掘り葉掘り。


 気付けばイヴとアンシェラも目を輝かせてグレイスを注視している。

 メリノ公だけは眉を八の字に下げて苦笑に留めているが、しかしそれで若人の色恋沙汰の盛り上がりを止められるわけではない。

 かくて素敵だったはずの食事会は、その後野次馬根性丸出しの単なる飲み会へと変貌を遂げたのだった。


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