113.懸ける本気、男としての
「レイテアからの帰任道中に色々と勘案しました。エイセル騎士長と一緒に。その上で出た結論が今の話でして」
「え、カスミちゃんも噛んでるのこれ?」
「噛むどころか思いっきり当事者の一人です」
「……ねえ。ちょっとそこ詳しく訊きたいんだけど、やっぱりカスミちゃんの相手ってグレイスなの? なんか普通だったらどう考えてもそれっぽいんだけど、あの二人って全然そんな素振りないからどうなのかと思ってたんだけど」
武楽会の推薦といい、ユクに行く直前にアークが「一抜けたは男として器が小さい」と文句を言ったことといい、周辺情報や状況的には間違いなくそういう関係だと思われるのだが、いかんせん「当人たちからの言質」あるいは「それに準じた親密な振舞い」といったような決定打に欠けるのだ。
あの二人は本当にどうなっているのか。
心配半分、興味半分。そんな真澄の問いにリシャールがさらりと答えた。
「専属になりますよ。エイセル騎士長は今頃ガウディ本家に入ってその話をしているはずです」
「今? 待って、入院は?」
今般の帰任に際し、武楽会選抜者の中で最も重傷だったのが他でもないカスミレアズである。
そもそも武楽会で胸と首に大怪我を負って療養必須だったところに駄目押しとばかりジズと交戦した男だ。第四騎士団の近衛騎士長、その実力を以って最前線に立ち帰任の隊を守り切ったのだが、それと引き替えにカスミレアズ自身はかなりの手傷を負わされていた。
凱旋時にその姿で帝都中を騒がせた張本人である。
そんな彼は昨日、真澄たちがヒンティ騎士長にサルメラ家騒動を伝えに行った時も全身包帯姿で大人しくベッドの中に収まっていたはずだ。
が、さらにリシャールがさらりと重ねた。
「抜け出しましたね」
「嘘でしょ何やってんのよあの近衛騎士長は!」
「ヒンティ騎士長が良い見本になったそうです。顛末書の十枚や二十枚、半刻もあれば片付くとか」
「絶対にそういう問題じゃないと思うけどね……!」
セルジュといいヒンティ騎士長といいカスミレアズといい、あの男たちときたら本当にどうしてこうなのだ。最も重傷に分類された三人が率先して自由に動き回るなど、衛生科の面目丸潰れも甚だしい。
もはや入院というものの実効性を問いたいレベルである。
頭が痛くなってきた。
真澄が思わず目を瞑ると、「大丈夫ですよ」とリシャールが続けた。
「エイセル騎士長の話はすぐに終わります。根回しというか母の説得は午前中に済ませたので、ガウディ家としてはエイセル家の申し出を受ける一択です。心配要りません」
「うん、まあ、そっか。なら安心……っていうか次から次なんだけど、お母様説得できたの?」
結構大変だったんじゃないのか。
そう問えば、リシャールから返ってきたのは「交換条件で押し切りました」というこれまた綺麗な顔に似合わぬ不穏な回答だった。
「実はガウディ本家も割と困っていたんです」
跡継ぎはグレイスであるというのは周知の事実だった。
そして彼女が仕官しているのも当然に知られている。そうなると楽士のみならず騎士、魔術士からも申し込みは引きも切らず、結局グレイスが誰の専属になるかで業界の勢力図がかなり変わる為、中々決められなかったのが実情だ。
ガウディの慣習を盾に騎士家、魔術士家を一律断る方法もあった。
しかしかなり格の高い家からの申し込みもあり、全て同列に断れば角が立ち、かといってどこかを受けようものなら要らぬ対立を生むような状況だったのだ。
かといってでは楽士はというと、折悪しく大家と呼ばれる楽家にはグレイスにつり合う年齢の男がいなかった。
初老か幼児か。
あまりに開きすぎている年の差は、余計な憶測と誤解を招く──ガウディが落ち目で媚びているのだ、と──とられかねない恐れもあった。
グレイス自身は「誰が相手であっても」と、家の為に覚悟していた。しかしリシャールがそれを止めた。
「相手が楽士でも騎士でも魔術士でも、足元を見られては不幸になるだけですから」
そんな未来を許すわけにはいかなかった。
リシャールの視線が低い卓にそっと落ちた。
「ガウディは雁字搦めでした。内実は、もう真正面からの解決方法は見つけられないほどに」
だから交換条件を出したのだ、とリシャールが言った。
「グレイスが跡継ぎだとどうあれ火種が消えない。これは妹が悪いわけではないのだから、ガウディの名に傷をつけない為に家督は自分が継げばいい。そもそも楽家としての当代の名声そのものはグレイスが勝ち得ているので充分なんです。その意味で今さらガウディが特定の家におもねる必要なんてない」
今必要なのは私利私欲に走らない、ガウディを毀損しない誰か。
そういう相手を自分が必ず受けるから、グレイスは自由にしてほしい。
大家とはいえ厳しい現実は変わりない。臆すことなくそれを指摘したリシャールに、最後はとうとう母の方が折れたのだという。
「グレイスが跡継ぎでさえなくなれば楽士の申し込みは無視してよくなります。騎士、魔術士も同じ。家が絡まなければ誰の専属になろうがグレイスの自由です。嫁ぎ先として考えた時にエイセル家は家格として全く問題ありませんし、むしろご両親が高名な神聖騎士と大魔術士なのでどちらの方面も抑えられます」
これ以上望むべくもない相手なのだ。
同時に当人たちの想いもある。唯一の障壁だった「ガウディの家督」がグレイスから離れた今、話は早々にまとまるだろうというのがリシャールの言だった。
「そうだったの。なんて言ったらいいか、……どこもかしこも大変ね」
「ええ、大変でした。放っておいたら出奔されるところでしたから」
「……出奔? 家出ってこと?」
「はい」
「誰が……って、え、グレイス?」
「そうです。割と真剣にガウディに置いてある楽譜の持ち出しなど頼まれた時には、本当に何の話かと寝耳に水でした」
そう、レイテアからの帰任途中リシャールは大変だった。
カスミレアズからはガウディの家督相続の真偽──結局グレイスなのかリシャールなのか──について鬼気迫る勢いで突然訊かれ、グレイスからはガウディと縁を切るかもしれないと思い詰めた表情でいきなり持ち掛けられたのだ。
二人揃って相談に来ればいいものを、別々に訪ねてきたものだからたまらない。
よくよく話を聞くとどうやら二人の意志がようやく固まったらしいと分かり、そこでリシャールは今後について真剣に考えたのだという。
そんな経緯を聞いて、真澄はつい呆気にとられた。
「いつの間にそんなところまで……ちゃんと進んでたのね」
自分とアークが寄り道している間に、皆それぞれ考えて動いていたのだ。
続く日常ではなく、大きな任務を目前にして。
正直な真澄の呟きにリシャールが笑う。
「過渡期ですから仕方ありません。自分たちは変わらなければ」
このままでは遠からず終わる。色々なことが。
だからこそ尽くせる最善を尽くしたい。リシャールの目は真剣そのものだった。
立派だ。
神聖騎士として、男として。覚悟を決めたその顔はどこまでも雄々しい。が、次の瞬間リシャールは引き締まった頬を緩めた。
「で、本題に入ります。そうなると残るは俺なわけです」
「そうね、よく分かった。で、どうしてアンシェラなの?」
前提という意味での状況が分かれば話は早い。
真澄の問いにリシャールは即答を寄越した。
「語弊を恐れずに言うのなら、破格の条件だからです」
ガウディの都合だけを語るなら、最も波風の立たない相手なのだ、と。
「騎士でも魔術士でも楽士でもない。利害関係が全くないんです。その上で彼女は誰もが知る旧家の出ですから、家格としては申し分ないどころかガウディ側が請うてもいい相手です」
「なるほど」
「一方でメリノ家としても悪い話ではないはずです。そもそも相応しい婿が見つからなくてメリノ公は家を畳もうとされていますが、ガウディの名があれば不足はありません。姻戚となれば援助もできる。形にこだわらなければどうとでもなる話ばかりだ」
アンシェラはガウディに入るが、子供の誰かがメリノを継げばいい。
それはグレイスも同じで、生まれた順に関係なくなりたいものが楽士になってガウディを、あるいは騎士や魔術士となりエイセルを継げばいい。
ガウディも、メリノも、エイセルも。
その社会的責任から誰かが継がねばならない、継いでいくべき家であることは確かだ。けれど継ぐ人間に何もかも完璧であることを求めるのは間違っている。個人の犠牲に成り立つようなやり方はいつか破綻するし、実際その日は差し迫っている。
そう思い始めていたところに、あの啖呵。
リシャールが撃ち抜かれたかのように肩の力を抜いて、ソファへとその背を沈めた。
「平民でさえヴィラードが弾けるようになる、だなんて。他の誰が言っても今までの俺なら信じませんでしたけど。他でもないあなたが言うのなら、そんな未来を夢見るのも面白そうだと思ったんですよ」
結婚の為の条件とかではなく、そういう新しい形を模索して受け入れてもいい時期だ。家に縛られず、個人の想いがもう少しだけ尊重されていいはずだと。
もしアンシェラがそれなりになったとしたら万々歳、そうでなくとも二人の子供を是非とも真澄に預けてみたい。リシャールが語るのはいつか来てほしいと願う信じたい未来だった。
「この閉鎖された世界──楽士の世界に、風穴を開けてやりましょうよ」
あなたならやってくれそうだ。
そうやって笑うリシャールに、真澄はただただ呆気にとられるばかりだった。
「あとは俺がアンシェラ嬢に正式に申し込んで、受けて貰えたら万々歳ですね」
「ねえ。つかぬ事訊くけど、いつ申し込むつもり?」
「そうですね。碧空楽士団の裏も取れたし、今から参ります」
「……やっぱりね! なんかそんな気がしてた!」
見かけによらず詰将棋が巧いリシャールのことだ。次の一手を考えているだろうと思ったが、やはり考えられていた。
その段取り良さに脱帽だ。
真澄もソファに身体を沈めて天を仰ぐ。するとリシャールが「急ぎ足なのは重々承知ですが、」と呟いた。
「エイセル騎士長も俺も──自分たちにはもうあまり時間がありません。特に俺はジズ探索の任に着くので近日中に帝都を出ます。生きて帰れる保証はありませんから、出来る限りをしていきたいのです」
本当は、アンシェラの気持ちが自分に向いてくれるまで待ちたかった。
けれどそれは無理だから、とリシャールが苦笑を浮かべた。
「それに引き留めるならば今日しかなくて」
「どうして?」
「メリノ公とアンシェラ嬢は明日デーア神殿の下見をして、午後にはヴェストーファへ出立する予定ですから」
本来であれば彼らはもっと早くに神殿を訪れるはずだった。
が、武楽会帰任の隊と共に移動をしてきたがゆえジズに襲われ、様子見の入院で今日まで足止めされていたのだ。騎士たちとは別部屋で看られていた為に真澄は気付かなかった。
今日は宮廷内にある外部用宿舎棟の部屋を取り、一日静養しているのだという。
「俺がお話ししたかったのは以上です。いかがでしょう、アンシェラ嬢を楽士候補生として受け入れて頂けますか」
「……彼女の性格からすると頑張れそうだし、受けてもいいけど。でも」
そこで一旦区切り、真澄はリシャールを見た。
年下とは思えないほど堂々と彼はそこに座っている。決して不遜な態度ではない。ただ伸ばされた背筋と逸らされない視線が彼の誠実さを表している。
そんな彼にだからこそ真澄は聞きたくなった。
「大成するかどうかは関係ないって最初に言ってたでしょ? 候補生として受けるからにはそれなりに厳しく指導しなきゃならないんだけど、普通に結婚するだけじゃ駄目なの?」
あえて専属にと望むその意味は。
先にリシャール自身が語ったとおり、アンシェラの持つ条件があればそれでいいはずなのだ。いくら新しい試みで面白そうだからといって、アンシェラ本人が望むかどうかも分からない話をなぜ、と純粋に疑問が湧く。
家督相続の采配は聞くだに見事だった。
問題があって、それに対する解決策を最短で追い求めたと見えた。しかも最適解だ。今なら良く分かる。カスミレアズはかつてリシャールに楽士の融通をかなり利かせて貰ったと言っていたが、これだけ捌ける人間ならばさもありなん。難しい相手であるはずの第四騎士団ながら、その手腕でうまく波風立てずに調整したのだろう。
しかし。
そういう理知的合理的な考え方ができる人間が、もはや婚姻相手として必要条件ではない「楽士であること」を追い求めることに、真澄としては違和感を覚えるのもまた事実だった。
率直にそれを伝えると、リシャールは「……参ったな」と頬を掻いた。
「おっしゃるとおりです。そこはまあ俺の勝手と言いますか、……個人的な理由でして」
そこで初めてリシャールが言い淀んだ。どう話したものかと唸りながら、やがて彼は意を決したように口を開いた。
あなたのことをとても楽しそうに話していたから、と。
レイテアからアルバリークまでの道中、随分と沢山の話をしたのだという。
姉であるイヴも交えながら、半月に亘る旅路の間にそれはもう色々と。そこでアンシェラが折に触れ口に出したのは春の叙任式、第四騎士団がいてくれた賑やかな日々だったらしい。
忘れられなくて、と笑うのだという。
父と娘の二人きりの生活。母は亡く、姉も他家に出てしまって忙しい。優しく礼儀正しい使用人はいてくれるがどうしても家族とは違う。ただ静かに過ぎ行く変わらぬ日々に、しかし第四騎士団が大変な騒々しさと共にある日突然入り込んできた。
忘れもしない叙任式。
最短記録で終わったそれ、続いた騎馬試合。しかしその途中で魔獣の襲撃があり、第四騎士団はヴェストーファを守るために防衛線を敷いた。掃討は半日とかからずに終わった。が、戦闘の余韻が残る街の防衛のため本来であればヴェストーファ駐屯地へ戻るはずだった第四騎士団はそれを取り止め、七日間に及ぶ騎馬試合の間ヴェストーファに留まることとなったのだ。
その時にメリノ家が第四騎士団を受け入れた。
「色々とやっていたそうですね。庭で魔術の実験とか中々ない発想ですよ」
「あー、あれねえ」
懐かしい記憶に思わず真澄は苦笑する。
「よくよく考えると人様の家でやる話じゃなかったなーって反省してるんだけど」
「今でもヴェストーファで語り草だそうです。ただの憧れだった楽士と騎士という存在が、現実にどういう形で戦っているのか間近で見ることができたと」
宣誓とは何か。真の意味での研鑽とは何か。
叙任式や騎馬試合のような飾られた姿ではなく、地道に努力を重ねるその姿が鮮明に焼き付いているのだと。そしてそこに広がっていた笑顔までも。
誰かの為にそう在りたいと願い、その生き方を選ぶ。
できない者も沢山いる。
むしろ後者の方が多いかもしれない。日々を生きるに精一杯で志を抱けない者、限られた世界で手段を持たない者、そして立場がそれを許さない者。
選べること、自由であること、それはどこまでも広がる天空のようだ。
彼方まで薄く澄みわたる空。
嵐もあろう。冷たい風が吹き荒ぶことも。けれども己の翼でどこまでも征けるその世界は、翼を持てず地を行く者にとり羨望、憧れ、あるいはそれらを越えて希望そのものでさえあるのだと。
「騎士たちから慕われるあなたのようになれたら良かったのに、なんて。そう言って笑いながら泣くんです。まだ十七の女性が」
誰かの役に立ちたい。
けれど古い血を持つ自分が新しい時代にできることはないから、せめて誰かの──父や姉、そしてヴェストーファ市民の──邪魔にならないように。彼らの心配や悩みの種になどならないように。
決して誰かの足枷にはなりたくない。
アンシェラがデーア神殿に入ることを決めた本当の理由を知った時、リシャールの心が強く突き動かされた。
「役目がないからと人生を諦めるのは哀しいことです」
「……うん」
「だったら俺が彼女の理由になればいい。ただ手を差し伸べるだけならきっと彼女は頷きません。でも俺はそんな彼女がいいと──そういう誠実な生き方を選ぼうとする彼女だからこそ、新しいガウディを賭けたいと思った」
言い切った。
丁寧さもかなぐり捨てた言葉にその本気が滲んでいた。
すぐに相槌を打てない。
口を噤んだまま、真澄はリシャールの覚悟を噛み締めていた。
静かに晴れた昼下がり。
季節が移り窓を閉めているせいで、夏ほど外の音は入ってこない。第四騎士団のどこよりも荒っぽい訓練の様子もこの部屋の中までは伝わってこず、ヴァイオリンを弾かなければただ静かに時も沈黙する。そんな中で真澄は考えた。
多分、条件は後からついてきた。
彼にとってはアンシェラだからこそ、だったのだ。回転の速い彼の頭脳をもってすれば、おそらく誰であってもそれなりの理由をつけて説得を通したはずだ。
だから、「彼女の理由になりたい」というのが本当の気持ちなのだろう。
ふと思い出す。
誰か、あるいはあなたでなければならない理由。
それはかつてカスミレアズに言われたことだ。
叶わないことは百も承知で、それでもずっと傍にいてほしい、自分だけのあなたであってほしいと願わずにはいられないほどに、と彼は言った。それは自身のヴァイオリニストとしての資質を問われた時に、動けなくなった真澄にかけられた言葉だった。
リシャールは見つけたのだ。
それはヒンティ騎士長も、そしてカスミレアズもそうだ。
彼らはそれぞれに、その相手でなければならない理由を以って、正々堂々とその相手に請うのだ。共に生きてはもらえないかと。
* * * *
「あとは」
どれだけ無言でいただろう。
物思いに耽って会話を忘れていた真澄だったが、思い出したようなリシャールの声に現実に引き戻された。
「……あとは?」
急に頭を切り替えて、まるで寝起きのように緩い返ししかできなかった。
瞬きをする真澄を見ながらリシャールが相好を崩した。
「もう単純に可愛いんですよね」
「ん? なにが?」
「リシャール様って呼んでくれる時の彼女の笑顔が」
ヒンティ騎士長の気持ちが果てしなく良く分かった。
同じく十歳差の専属を持つ人物の名を引き合いに出し、リシャールが天を仰いだ。あれは反則。呟きながら、その頬は心なしか赤みが差している。
先ほどの真剣な表情はどこへやら。
これはこれでかなり大きな理由らしい。どこか満足そうなその顔に、自然と真澄の頬も綻んだ。
「つまり撃ち抜かれたってわけね」
惚れた弱みか。
そう真澄が問えば、そこで初めてリシャールが困った笑顔を見せた。
「まあ、……そうとも言いますね」
少しだけ気弱そうなその笑顔は妹のグレイスと良く似ていた。立場や役割など置いて、素のリシャールが垣間見えた瞬間だった。
「最初から素直にそう言えばいいのに」
あまりにも格好良すぎてどう返せばいいか迷った。
正直な感想を吐露すると、リシャールの頬がもう少し深く赤みを帯びた。
「だって恥ずかしいじゃないですか」
「どの辺が?」
「十も下の女性に骨抜きにされるってのは神聖騎士として形無しです」
このあたりの機微はヒンティ騎士長が非常に良く理解してくれたらしい。
しかしその言に真澄はもう一つ引っかかった。
「この話ってヒンティ騎士長も知ってるの?」
「知ってるというかむしろ主たる相談相手でした」
「……ねえ。ちょっとそこ詳しく訊きたいんだけど、シェリルがヒンティ騎士長に距離置いてた理由って知ってる? や、昨日の夜に色々聞いたんだけど、なんかタイミングが妙に合ってるような」
「さすが。鋭いですね」
先ほど見せた素はどこへやら、またリシャールが隙のない引き締まった笑みに戻った。
「実を言うとヒンティ騎士長も潮時だと判断されてました」
今冬のエルストラス遠征とジズ掃討作戦。
そこでヒンティ騎士長自身に万一のことがあったとしても、シェリルが二度とサルメラに連れ戻されることのないよう万難を排さねばならない。そう言ってヒンティ騎士長はその過去と覚悟を明かしたのだという。
帝都に戻ればすぐに動く。
約束というわけではないが、それぞれ決意と覚悟は固まっていた。
「とはいえ、あの怪我でまさか先を越されるとは思いませんでしたけど」
「うん、そうね……ていうかヒンティ騎士長もカスミちゃんもリシャールも、もう少し身体大事にした方がいいと思うわ……」
「騎士なんてのは頑丈さが取り柄ですから」
「いや、うん、丈夫なのは知ってるけどそれでもね」
彼らが帝都に戻ってきてから今日で三日目だ。
結局大人しくしていたのは初日だけで、二日目にヒンティ騎士長が衛生科を抜け出し、三日目の今日はカスミレアズが続いている。リシャールは軽傷ゆえ昨日のうちに退院しているが、それでも長旅疲れは残っているはずだ。
それほどまでに、と真澄の胸に焦りが募る。
今まで保留にしていた諸々に決着をつけ、かつ身辺整理を急ぎ進めるほどの有事。
それがエルストラス遠征なのだと思うと否応にも身の引き締まる思いがする。けれどそれと同時に迫りくる危機が本当にそうであるのか、平和な国で生まれ育った真澄には現実味が到底なく、罪悪感に似た感情が湧き起こるのもまた事実だった。
誰もが皆、生き方を決めていく。
その中にあって自分一人だけが置いて行かれている気がした。
だがそんな不安とも恐れともつかない感情をどう表わせばいいのか分からず、真澄はそれを飲みこんだ。
「とにかく、まずはアンシェラに受けてもらえるといいわね」
時間がないことは理解した。
頑張ってね、と真澄が話を畳もうとすると、そこでリシャールから待ったがかかった。
「もしも良ければマスミ様も一緒に来て頂けると有難いのですが」
「え、でもプロポーズ──結婚申し込むんでしょ? どう考えても邪魔じゃない?」
「全然。むしろ俺の本気が伝わるのでその場で返事をもらえます」
碧空楽士団なんて突飛な話、人から聞くだけでは到底信じられない。思慮深いアンシェラのこと、「確認を取ってから」と保留にした上で、するりと求婚を躱すことも十二分に考えられる。
旧家の子女は慎み深い。
そして彼女たちの抱く本音はいつも心の奥深くに隠される。
それを知っているリシャールは、だから一息に勝負を決めたいのだと口の端を上げた。
「ええと、邪魔じゃないならまあいいんだけど……」
「助かります。ご無理申し上げてすみません」
悪びれずにさらりと言う。
それを受けた真澄は思わず眉間に皺を寄せた。
「とか言いながら、どうあれ絶対に引っ張っていくつもりだったでしょう」
「あ、バレてました?」
舌を出して笑う整った顔、男ぶりは良いがどこか悪い顔だ。
そんなリシャールを見て真澄は悟った。
これはちょっと──色々と気遣ってはいるが、逃がす気は毛頭なさそうだ。
確実に外堀を埋めてかかるこの手際の良さ。神聖騎士とは誰も彼もこういう人間ばかりなのか。
すぐ先に見えているアンシェラとメリノ公の驚きを思うと、他人事ながら真澄の目は遠くなるのだった。




