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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第三章 生き方の決め方

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108.縒り


 サルメラ本家は帝都の中心に程近い、閑静な一画の中にあった。

 いわゆる高級住宅街というやつだ。

 正門に立つと隣家は見えない。サルメラの敷地が広すぎるからだ。ここに来るまで通りすぎてきた家々も似たようなもので、貴族はもちろんのこと豪商や高名な魔術士一族など、このあたりに居を構えるのは庶民とは一線を画する家ばかりらしい。

「ただの成金よ。趣味の悪い」

 ばっさりと吐き捨ててシェリルが通用口の木扉に手をかける。立派な正門は固く閉ざされていて、出迎え一つもない。それどころか門灯も消されている。これ見よがしに幾つもずらりと並んでいるのに、それらは全て綺麗に黒く沈黙している。

 この時間に呼び出しておきながらこの仕打ち。

 嫌がらせ以外のなにものでもない。客とは見なされていないのが良く分かる。

 憤慨しすぎて序盤から鼻息荒くなりかけた真澄だったが、アークが「まだ早い」と宥めてくるので深呼吸して精神を落ち着けた。その間にヒンティ騎士長が光球を周囲に浮かべ、視界は昼間と同じくらい確保された。

「それにしたってあんまりじゃない? 茶を出せとは言わないけどもうちょっと愛想くらいあってもバチ当たんないわよ」

「別にいいじゃねえか。客じゃないんだからそれなりに振る舞えばいいだけだ」

 アークがひらりと馬から降りる。そのまま手綱を掴んだかと思うと、「よっこいせ」などと年寄り臭い台詞と共に腰をかがめて通用口をくぐった。

 賢い青鹿毛は手綱を引かれるままに頭を下げて、主の後を追う。見事な馬体、その横腹をぎゅうぎゅうと戸口に擦り付けながらも青鹿毛はさっさとサルメラの敷地内に入り、隣の正門前でこれまた見事な糞を垂れた。

 ここがトイレですよと言わんばかりに。

 いや、馬にはトイレという概念はないので催したらどこでもする。だから特段珍しくもない光景なのだが、それにしてもタイミングが奇跡すぎた。

「ちょっ空気読みすぎあはははは!」

「こればっかりはしょうがねえよな。正門は開いてない、馬寄せはない。住宅地の道端に置いていくわけにはいかんしな」

 真顔で適当なことを吐くアークと笑い転げる真澄。

 ヒンティ騎士長は苦笑を隠さず、シェリルはなんともいえない顔でそれを見ていた。笑うべきかたしなめるべきか迷っているようでもある。

 ヒンティ騎士長の愛馬も通用口を抜けた後、一行は真正面から堂々と前庭を歩きサルメラ本家へと向かった。宮廷騎士団の入る中央棟の前庭に比べると、構えは立派だが監視もなにもついていないので楽勝である。

 曲がりくねるバラの道は昼間ならば大層美しいのだろうが、足元を照らす光球だけだとよく見えず仕舞いだ。

 そして五分ほども歩いただろうか。

 夜であるのに微かに音楽が聞こえてきた。敷地内を進んでしばらく経つので、出所は間違いなくサルメラの家だ。しかしそれは誰かが一人黙々と練習しているのではなく、明らかに重奏かつ華やかな雰囲気がありありと伝わってくる。

 一行は思わず足を止めて顔を見合わせた。

 これはもしかしなくても、夜楽会が催されている。

「人を呼びつけといて優雅に夜楽会? ほんっと良い身分よね、シェリル知ってた?」

「……いいえ」

 シェリルが唇を噛んだ。

 サルメラ主催の夜楽会には深い因縁がある。彼女が一族と距離を置くようになった直接の原因だ。

「俺が知ってるから問題ない」

 と、しれっとアークが割り込んでくる。真澄は思わず「は?」と素っ頓狂な声を出していた。

「なんで知ってるの?」

「進軍にあたっての斥候は戦闘の主導権を確保するために騎士団にとって常識だ」

「もう、兵法書の丸読みやめてったら」

「冗談だ、そう尖るなよ。相手にも用心棒がいるかもしれんし、どんな罠があるかも分からん。サルメラのヴィラードを確実に取り返すための敵情視察だ」

「なんだ、そういうこと」

「ちなみにヴィラードは南棟の二階中央、当主の部屋に置かれている。警備はザル。認証の一つもかかってない。今時の貴族にしちゃ珍しいくらい脇が甘いな。そのまま斥候に持ち出させても良かったがやめた。相手の出方を見極める」

 すらすらと言うアークに、ヒンティ騎士長が「さすがですね」と息を吐く。「まあな」と肩を竦めたアークが再び歩き出し、全員でそれを追う。

「それにしても知ってたならなんで言わなかったのよ」

「大勢に影響しそうな重要なことは言ったぞ」

「え、言われたっ……け?」

「制服。常装じゃなくて礼装で、と指示しただろう」

 歩きながらアークが真澄のスカーフを摘まんできた。

 そういえばとにかく見栄えを重視しろと注文がつけられていたので、大きく華やかに結んでいる。それはシェリルも同じだったし、ヒンティ騎士長もきっちりアイロンを当てられた汚れ一つない煌びやかな礼装に身を包んでいる。

 これがどうして重要なのか。

 新興とはいえ楽士の邸宅に入るための礼儀だとばかり思っていたが、違うのか。訝った真澄にアークが口の端を上げた。

「今夜開催される夜楽会の目的はな、宮廷と第一、第二魔術士団にサルメラ一族が専属候補を売り込む場だ。特に若手、大魔術士候補ばかりが招待されている。その目玉としてここにいるシェリル=サルメラが出される寸法だ」

 突っ込みどころが多すぎる。

 あまりに酷い内容に真澄は絶句した。シェリルなどもう顔色を失っている。

「それは聞き捨てなりませんね」

 ヒンティ騎士長の声が一段低くなった。

 いつもは礼儀正しい彼が不快感を(あらわ)にしている。それに対し、アークは「まったくだ」と吐き捨てた。

「偶然とはいえマスミが行き合って良かったということだ。サルメラ一人で来てたらヒンティとの専属契約を力づくで破棄、あるいは上書きされてもおかしくなかった。本当にお前は引きが強くて良いことだ」

 アークが強めに真澄の背を叩く。褒められたと同時になんだか色々なものを注入され、真澄は胸を張った。

「相手はサルメラが一人で来ると考えている。少なくとも帯同者がいるとなれば、夜楽会の会場にいきなり放り込むという当初計画は狂う。その上でどう出てくるのかが見ものだな。万が一引きずり出されたならその時は全員で会場入りするだけだ。夜楽会参加の服装規定は文句なし満たしている」

 なるほど、そのための礼装だったのだ。

 ちなみにそもそも招待されていないという点に関しては完全に黙殺しているあたり、あるいは真澄以上にやる気満々である。しかしそれはおそらく誰より早く敵情を知って憤慨してくれたからなのだ。こういうところが本当にアークは情に篤い。

「あてつけに正装で来てやっても良かったけどな」

「や、さすがにそれはやりすぎじゃない?」

「やりすぎというか陛下に対して不敬になるからやめたまでだ。それはそうとサルメラ」

 余談を切り上げてアークがシェリルを見た。名を呼ばれたシェリルが視線を返す。

「色々と言ったがお前はどうしたい」

「私、ですか」

「そうだ。黙ってヴィラードを取り返すだけでも良し、あるいは二度と手出しされないよう釘を刺してもいい。お前次第だ」

 そこで沈黙が降りた。

 四人と二頭の足音だけが夜に響く。無言のまま進み続けていると、やがてシェリルが足を止めて「サウル様」と呼び掛けた。それはヒンティ騎士長の名前だ。

 珍しい光景である。

 少なくとも真澄はこれを見たことがない。対外的にシェリルはヒンティ騎士長のことをいつも「あの方」とか「騎士長」としか呼ばなかった。

 違いというか変化に気付いているのかいないのか、ヒンティ騎士長が穏やかな目線を返す。すると、

「どうして私を専属に選ばれたのですか」

 いきなり直球が投げられた。それも剛速球。

 真澄はびっくりした。あれだけ悩んでいた話を今ここでそれ聞いちゃうのか、と。けれど駆け引きなしの真っ向勝負はある意味シェリルらしいといえばあまりにらしかった。

 最初に出会った楽士棟が思い出される。

 今だから言える、たかが練習場所の縄張り争いごときで魔術研究機関まで赴くなど普通はあり得ない。それを異邦人で常識知らずの真澄と言い出したら曲げられないシェリルだったからああなったのだ。


 折れること、折り合いをつけることが不得手で人とぶつかってばかりのシェリル。

 けれど傷だらけの彼女はどこまでも他意なく真っ直ぐで美しい。


 一方のヒンティ騎士長は僅かに眉を持ち上げただけである。気付いているのかいないのか、シェリルは息急きながらさらに続けた。

「やはり近衛騎士長たるもの専属がいなくては他に示しがつかなかったからですか」

 斬り込み方がすごい。

 第三者の真澄でさえ居た堪れない気持ちになるほど、剥き身の言葉は鋭利だった。

「流行り病はもう落ち着きました。ほとんどの楽士は帝都に戻りましたし、サウル様の専属になりたい者は沢山います。当座は充分凌げたと思いますので、サウル様がお望みならば私は専属でなくとも構いません。専属を解消したとしても、宮廷騎士団が不利益を被らないよう要すればいつでも補給に伺いますから」

 一気に言い切ったシェリルは息継ぎをするようにそこで俯いた。

 聞きようによっては「もう終わりにしたい」ともとれる言葉だ。しかし真澄がそっと窺うと、ヒンティ騎士長は顔色一つ変えず微塵も動じていなかった。

 彼は無言のまましばらくを待つ。

 しかしこれ以上シェリルからの言葉がないと確信したのか、やがてその口を開いた。

「シェリル」

「はい」

「私は君を当座凌ぎだと思ったことは一度もないよ。それに専属を申し込んだ時から生涯手放す気もない」

 ヒンティ騎士長が断言した。余計な仮定や条件など一切なく、他でもないヒンティ騎士長自身の強い意志表示だ。

 これは、と思い真澄はアークの袖を引っ張った。

 何だ、と言いかけたアークの唇を人差し指を当てて塞ぐ。そして二人で回れ右。目を瞬いたアークを「いいから」と無声音で制し、真澄は待った。


 二人の時が動き出すのを。


 待ちながら、動け、と強く願っていた。固く唇を噛みしめながら。

「私は君を愛している。何度も折に触れ伝えてきたとおりで、その気持ちは変わらない」

「戯れは、……もうこれ以上戯れはおやめください。私にはサウル様からそのような情をかけて頂く覚えはございません。あの一年、ほとんど話をする機会もなかったのです。あなたは何もご存じない。一族から放逐された私がどれほど惨めな楽士なのか、」

「なにも知らないのになぜ愛しているなどとうそぶくのか。そういうことかい?」

「……そうです」

「なるほど」

 ヒンティ騎士長が一度区切った。

 呆れにも似たため息交じりだ。背中から伝わる気配は、何かに酷く苛ついているようだった。

 二人が黙り込む。微かに響いてくる夜楽会の曲がどこか滑稽だった。

 やがてヒンティ騎士長がもう一度息を吐く。そして、


「本当は知っている、と言ったら?」


 短い問い。声は変わらず穏やかであるのに、それはどうしてかこの上なく切なかった。

 なぜだろう。

 傷痕が見えるような気がする。真新しいわけではない。癒えてはいるが消えない痕。斬りつけられたような心の痛みを感じながら、真澄は静かに深呼吸を繰り返した。

 方や息を詰めているのか、シェリルからは吐息一つも漏れなかった。

「君がどういう経緯で一族から離れたのか、私は──俺は、知っている。君の不退転の決意を知っていてそれに応えないのは嘘だろう」

 夜風に再び沈黙が降りた。

 星空を見上げる真澄の目に涙が滲む。冬を間近に瞬く星々の光がじわりと広がった。

 声が。

 これほど篤い誰かの声を、かつて耳にしたことがあっただろうか。

「楽士の数が減るばかりのこのご時世、殉職の覚悟を持つ人間は少ない。君は最期まで補給線であり続けたいと言ってくれた。そんな啖呵を切れるひとをどうして気にせずにいられる? 不器用すぎるその生き方が俺たち騎士のためだと知って、何も思うなという方がどうかしている」

「補給線のことは、……なぜそれを知って?」

「詳細は長くなる。事が済んだら話そう。だがこれだけは言わせてほしい」

「……」

「この期に及んで君がサルメラの家に戻りたがっているなど俺は微塵も思わない。だからもう捨ててしまえ」

「捨てるなんてそんな、どうやって」

「ヒンティを名乗ればいい。そうすれば二度と手出しはされないだろう。騎士家といえども旧家だ、君一人を風評から守れるくらいの家格はある。無論、直接の盾は俺のこの手で成す。これ以上何人たりとも君に指一本触れさせない」

「っ……」

「俺のものになってくれ。名実共に」

 何より君のその、融通の利かない生真面目さを愛しているから。

 続いたその告白が実直に過ぎて、真澄はそっと目尻を拭った。この人は本当のシェリルを知っていて尚それを「愛している」と言った。それがなぜか自分のことのように、否、自分以上に嬉しかった。

 誰かの想いがどうしてこれほど嬉しいだろう。

 それは久しく感じていなかった気持ちで、万感に瞳を閉じればまた涙が頬を伝った。

 と、目元にぐいと布が押し当てられる。

 何事か。慌てて顔を上げると、それはアークの礼装の袖だった。

「なんでお前が泣くんだ」

 配慮したのであろう無声音で呆れられる。嬉しくて、と真澄が小さく呟くと、やおらアークが動いた。

 衣擦れの音。

 強い腕にそのまま肩を抱き寄せられる。

 アークの冷たい頬が額に触れて、そうしている背中で「……喜んで」というシェリルの濡れた声が聞こえた。


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