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ドロップアウトからの再就職先は、異世界の最強騎士団でした~訳ありヴァイオリニスト、魔力回復役になる~  作者: 東 吉乃
第一章 始まりは騎士の不遇

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10.そしてふりだしに戻る、そもそも論


 その聞き捨てならない台詞は、真澄が渋々ながらも働くことを呑んだ次の瞬間に吐き出された。


 事の発端は真澄の抱いた単純な疑問だ。

 式典の開催は昨日今日で決まったわけではなかろうに、なぜ楽士とやらを準備しておかないのかと。

 手荒な手段に訴えてでも演奏させると宣言したくらいだ、相当重要な役割なのだろうと推察する。たまたま真澄が転がりこんできたから良いものの、そうでなければ一体どう埋め合わせをしようとしたのか、他人事ながらその計画性の無さが心配になる。

 ご利用は計画的に、という言葉を知っているか。

 そうあてつけてやりたい気持ちを押さえつつ問うてみれば、アークが苦虫を噛み潰した顔になった。


 曰く、決して計画性がないわけではないのだと力説する。


 楽士が重要な役割を果たすことは周知の事実であって、当然、契約に基づいた楽士を当初は帯同していたらしい。ところがその楽士はあろうことか昨晩、逃亡を図ったのである。

 尚、見張りはカスミレアズが担当しており盤石の体制を敷いていた、はずだった。

 それが何故まんまと逃げられたかというと、不審者の侵入を検知したからに他ならないのであって、その確認の為にカスミレアズが席を外さざるを得ず、結果としてその隙を突かれたのだ。


 元を辿れば元凶はお前である。


 そういう意味でそもそも尻拭いをして然るべきだとアークに言われたが、真澄にしてみれば尻拭いの前にそもそも問い質したいことがある。

「契約してたって言ったわよね? それなのに直前に逃げるってどういうことよ?」

 確かに騒ぎを起こして逃げるきっかけを作ったのは真澄かもしれないが、逃げるということはすなわち、契約内容に納得がいかない部分があったとしか考えられない。

 まさか美人局つつもたせを使ったわけでもあるまいし。

 そんな穿った見方はさておき、労使の揉める最たる例は給料が安いことだが、果たして。

「まさか払いがものすごく渋いとか?」

「言いがかりはよせ。前金で言い値を全額払っている」

 それはまた破格の条件だ。

 となると、何かどうしても外せない急用ができたのだろうか。例えば「バーチャンキトク、スグカエレ」みたいな電報が届いたとか。

「家族に何かあったの?」

「その線はない。天涯孤独の独身楽士だった。そうなられると困るから、わざわざそいつと契約したんだ」

 なるほど、むしろ考え得る危機管理をした上での人選だったらしい。

 ただしその厳重な危機管理を敷くに至った経緯が若干気にはなる。が、うん、まあ、ここでは言うまい。

「ふうん。じゃあ体調崩して、体力的に自信がなくなったとか? でもそれなら一言くらい断ってもいいわよね」

「……」

「え、なんでそこ無言?」

 それまで淀みなかった否定がぴたりと止んだ。見れば、アークは若干視線を逸らしている。考え込むような素振りで自然さを装っているが、明らかに不自然だ。

 これは何かを隠している。

 間違いない、真澄の女の勘が閃いた。

「もしかして病気の人間を無理矢理連れてきて弾かせようとしてたわけ? 信じらんないサイテー」

「おい人聞きの悪いことを言うな。楽士はしっかり健康体だった。晩飯もしっかり二人分腹に収めてたくらいだ」

「じゃあなんでさっき目逸らしたのよ」

「それは、……」

 アークが口籠った。


 注意深く真澄はアークの言葉を斟酌した。

 用意していた楽士は体調を崩していたわけではないという。そこに関する疑いはたった今、明確に否定された。

 すると残るは後半、「体力的に自信がない」という部分だ。この点についての否定は今もってアークの口から一切出てきていない。やましいことがあるとすれば、敢えて触れないここだ。

 狙いを定め、真澄は口を開いた。

「そんなにきついの? 全額前金で貰ってもやっぱり辞めたくなるくらい?」

 否定はなかった。

 アークとカスミレアズが無言で顔を見合わせる。


 おいちょっと待て。

 そこは嘘でも「そんなことないよ」くらい言う場面じゃないのか。


 これは性質が悪い。今まで淀みなく否定してたくせにそこでだんまりとか、明らかに最初から理由知ってたんじゃねえかこの野郎共。

 口汚くなったのは見逃してもらいたい。せめて胸の内だけでも悪態つくくらい、許されていいと思う。

 完全に詐欺だ。

 それも「白紙に署名捺印した後で、色々と契約条項を加筆される」典型的な。

 今の今まで逃げた相手を心配していたが、心配すべきはむしろ自分の身だった。


 しかし。

 あまりにも気まずそうに押し黙る大の男二人を目の前にして、真澄の気炎は削がれた。

 話が違うと叫びたいのは山々だが、過程はどうあれ叙任式での演奏を承諾したのは真澄自身だ。どうせやるのだ、内容の如何は関係ない。

 おまけにスパイ容疑を晴らさねばならない立場である。勝手の分からない土地で、あまり強気なことも言えない。

「まあいいや。で、そんなにきついって何をすればいいの?」

「……やると決めたら潔いな」

「そりゃまあ、あれだけ脅されれば」

「脅すも何も事実を言ったまでだ。叙任式は曲を弾き続けるだけでいい。何でもいい、同じ曲の繰り返しで構わん」

「え、それだけ?」

 肩透かしの要望だった。

 鬼気迫る顔で絶対に弾かせようとしていたから、もっと無理難題が来るのかと思っていた。たとえばパガニーニのような超絶技巧の曲を初見で完璧に弾いてみせろ、とか。

 しかしアークは難しい顔をしている。まだ何かあるのか。

「おそらく今の台詞、後悔することになるだろうがな……」

「二十四時間飲まず食わずで弾けとかだったら確かに後悔しそうだけど、そのまさか?」

「いや。時間はせいぜい三十分もない」

 更なる肩透かしをくらった気分だ。


 たかだか一時間もなく、まして難易度を求められるわけでもなく。


 とちったら石を投げられるとかだったら多少は緊張もする。だが式典においてそれはないだろう。前任の楽士が逃げ出したという事実に多少身構えたが、やるべきことを理解すればさしたる不安はなくなった。

 少なくとも真澄には。

 頼んできた側の約二名が未だに浮かない顔をしているのが気がかりだが、口が重い彼らにこれ以上尋ねてもあまり収穫はなさそうだ。そう判断して、真澄は深く訊くのをやめた。


*     *     *     *


 安心したせいか、そこでふと身体の感覚が鋭敏になった。

 生きていると気付いたことも相まって、真っ先に感じたのは身体のあちこちにまとわりつく不快感だ。人前に出て演奏することを考えても、まずは風呂に入りたいところだ。

「逃げも隠れもしないから、とりあえずお風呂に入らせて」

「風呂?」

「入らせてくれないなら弾かない」

 言い切ると同時、音がしそうな勢いでアークとカスミレアズが真澄を凝視してきた。

 子供なら一発で泣き出すであろう激烈な視線だが、ここは譲れない一線である。容疑者にも人権はあるのだ。

「てめえ、足元見やがって……」

 アークの額に青筋が浮かんだ。それはもうくっきりと。

 真澄は涼しい顔で受け流す。そもそもこの要求をせねばならない理由のほぼ十割は、目の前の男にあるのだ。それを理解できないほど子供ではないだろう。

 意趣返しでふーんとそっぽを向いてやると、「く、」といういかにも悔しげな呟きが聞こえた。



「調整時間を考えると正午にはとても間に合いません」

 間を取り持つように、この中で最も冷静なカスミレアズが言った。

 顔を曇らせながら彼はアークを窺う。

「開始を遅らせますか」

「……今回ばかりはさすがにやむを得ないか」

 たっぷり十秒は保留してから、苦渋の決断といった様子でアークが答えた。

 二人の悲壮なやりとりを目の当たりにして、真澄は首を捻った。

 言った張本人ながら、風呂に入ることで何がそんなに不都合なのだろうと不思議に思う。そこまで長風呂な性質ではないから、三十分も貰えれば充分だ。ドライヤーもなさそうなこの雰囲気だと髪は乾かしきれないだろうが、それは雫が垂れないように纏めればいい。

 確かにあてつけのつもりは多少なりともあった。

 ここにきてやむなく彼らの要求を呑みはしたものの、百パーセント納得してのことではない。

 なんとなく真澄の要求は通りそうに見受けられるが、それにしてもそこまで深刻になられるような過大要求はしていないつもりである。

「ねえ、なにを調整するの? 私に関係すること?」

「楽士は音合わせだの集中だの、式典前には一時間以上欲しがるものだろう」

 怪訝な顔でアークが言った。それを受けて真澄の方も怪訝な顔になる。二人の様子を見たカスミレアズまでもが怪訝さを隠さない。


 三者三様に「何言ってんのお前?」状態で沈黙すること十数秒。


 最初に金縛りが解けたのはカスミレアズだった。

「落ち着きましょう。おそらく文化や習慣が違うから噛み合ってないと思われます」

 そう指摘されて初めて、真澄とアークははたとお互いを見合った。

 死んだと思っていた真澄と、敵国のスパイだと思い込んでいるアーク。ここにきてスパイ容疑は棚上げになりつつあるが、それでも真澄の常識は彼らのそれとはかけ離れている。

 もう少し丁寧に歩み寄るべきだ。

 そうカスミレアズが言い、彼が改めて口を開いた。その目は真澄を真っ直ぐに捉えていた。

 不思議な熱を持つ視線だ。急に変わった温度を不可解に思いながらも、真澄はカスミレアズの説明に耳を傾けた。

「楽士というものは、大きな式典には入念な準備で臨む。魔術士や騎士に捧げる演奏そのものに大変な労力を伴うからだ。それゆえ、楽士は式典の数時間前には会場に入るものであるというのが私たちの認識であるし、その邪魔をすべきではないと考えている」

 なるほど。

 説明を聞いた真澄の感想はそれだった。そして、彼らがこの世界の楽士を尊重している現実も同時に理解した。

 渋い顔をされながらも駄目出しされなかったのが腑に落ちた。

 かなり強引に脅された経緯はともかくとして、演奏を受ける――つまり楽士として立つことに同意した時点で、彼らは一定の配慮をすべきだと当然に考える文化的背景を持つらしい。


 荒事の中で生きる騎士という人間が、それと対極にあるような楽士に敬意を払う。


 真澄にしてみれば不思議な感覚だ。両者にはとてもじゃないが、共通項など見受けられない。

 唯一気になるとすれば、「演奏に多大な労力を伴う」とカスミレアズが言った部分か。かなり多くの人間を前にして弾かねばならないとすれば、確かに緊張の度合いは並々ならぬものとなろう。

 叙任式とやらの会場規模は見当もつかない。

 しかし真澄には国際コンクールの舞台に一度は立ったという経験がある。予選を通過し、ファイナリストに名を連ね、優勝は叶わなかったものの次席として認められた。

 その席で「感情のない演奏だ」と酷評された痛い記憶はともかく、値踏みされながら弾くのは初めてではない。わざわざ数時間も精神統一や音合わせをする必要は、少なくとも真澄自身にはない。


「そういう話なら大丈夫。調整時間とやらは要らないから、その分風呂時間に回して」

 軽い口調の真澄に対し、アークとカスミレアズは重い空気で互いの顔を見遣った。

 本当に大丈夫なのか、こいつ何も分かってないんじゃ。そんな声なき声が聞こえたので、真澄はそれならばともう一声かけた。

「会場での立ち位置と演奏始めるタイミングだけ教えてくれればいいから。あ、あと終わりも」

「立ち位置は心配ない、カスミレアズが先導する。開始は光が溢れたら弾き始め。俺の色は青だ。最後の騎士に光を与えたらそこで適当に終わっていい」

「ごめんここ異文化だってこと忘れてた。私の聞き方が悪かったわ。それだけだとちょっと状況が想像しづらいっていうか全然分かんないから、もうちょっと詳しく」

 光が溢れるのを合図にと言われても、まさかスポットライトが当たるとは到底思えない。

 良く分からない技術による人魂のような灯りが存在する世界だ。魔力だの魔物だの魔術士だのとかいう怪しげな存在も確認しているし、どんなびっくり演出が待ち構えているのか完全に未知数である。

 頭を掻いた真澄への説明は、やはりカスミレアズが請け負った。


 曰く、叙任式というのは騎士として立つ為の儀式であり、彼らにとっては極めて重要な位置付けなのだという。


 騎士団総司令官の元に若い男たちが集い、帝国への忠誠と引き換えに剣と盾を授けられる。次いで戦うに足る魔力を与えられ、彼らは騎士として生きることを誓う。

 一人前の男として認められ、同時に社会的な責務を負う瞬間でもある。

 崇高なる忠誠心を祝福するのが、司令官の楽士が奏でる選ばれた曲だ。

 祝福はその騎士たちの生涯を守るとされている。美しいほどに生き様は鮮やかに、勇壮なほどに武勲が輝く。叙任式には騎士たちを一目見るのはもとより、その祝福の曲を聴きにくることを目的とする民衆も多い。

 儀式が終われば、会場を移し騎馬試合が催される。

 一週間に渡って行われるのは一騎打ちの個人戦から団体戦と幅広い。日によって内容は変わるが、その会場を取り巻く露店の賑わいもまた同じだけ続く。夜は夜で司令官からの振舞い宴が連日催され、そこは騎士も民衆も入り乱れてお祭り騒ぎの様相を呈す。

 

 アークの言う「青の光が溢れる時」とは武具の下賜の後、司令官が魔力を分け与える場面を指す。


 叙任式のクライマックスでもあり、これがなければ騎士としては認められない重要な儀式だ。

 何故か。

 それは誰しもが生まれながらに戦える強い魔力を持つわけではないからである。

 むしろそんな人間は極めて稀で、魔術士であれ騎士であれ戦闘職種に就こうとするものは、その力を高位の者から分け与えられねばならず――つまり、叙任を受けて力を得る必要がある。


 叙任権を持つ司令官の魔力は、熾火おきびと表せば相応しい。


 その熾火から騎士たちに分け与えられた種火はやがて、その鍛錬に見合って大きく燃え盛っていく。素質のあるものはより強力に、生来あまり恵まれていないものでも加護を元に研鑽に励めば、一級の騎士になることも決して夢物語ではない。


 そんな叙任権は、誰彼構わず持てるものではない。

 絶大な力を誇る者から譲り受けた魔力の色は生涯変わらない。それを見れば、騎士は誰に忠誠を誓ったのか、魔術士は誰に師事しているのかがたちどころに分かる。

 それぐらい、魔力の熾火を持つ者は希少だ。

 本来であれば国力に直結する騎士や魔術士はいつでも数を増やせて然るべきであるが、人手不足故にそれはままならず、こうして年に一度各地方まとめての叙任となる。



「大まかな説明はこんなところでしょうか」

 話し終えたカスミレアズに、アークが「いいんじゃねえか」と投げた。適当だ。しかしさして気にした素振りもなく、カスミレアズは真澄に視線を向けてきた。

「他に訊きたいことがあれば答えるが」

「とりあえずなんかすごい大事だってことは分かったから大丈夫、もういいよ」

「本当に確認しなくていいのか?」

 困惑の表情を隠さずに、カスミレアズが念押ししてくる。

「別にいいわよ、弾ける曲を弾くだけだし。まあ終わりは曲の切れ目があるから、ぴったり合わせられるかっていうと微妙。少し遅れて終わるだろうけど、その辺はぶっつけ本番ってことで大目に見てよね」

「弾くだけ、とは言うがしかし」

「ここで押し問答する時間がもったいない。早く風呂に入らせて」

 どれだけ心配されたところで、演奏技術はこの土壇場に来て急激に良くも悪くもならない。であればこれ以上この話題を続けても無駄なのだ。


 ていうかそれより早く風呂。


 我ながらおっさんのようだと思いつつ、真澄は矢のように督促をかけた。

 カスミレアズは最後まで難しい顔をしていたが、アークの「本人がいいって言ってんだからもういいじゃねえか」という投げっぱなしの一言に渋々頷いた。


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