竜胆
天井は高く、柱には簡素な装飾がされている、戦の国と思っていたが思ったよりも華やかだ。
だがそこにいる人々の目は、獣のそれよりも恐ろしい、いや、まったくもって、想像以上。
並大抵のものなら、たちまち逃げ出すか、はたまた気を失って倒れこむか、、、、
だが竜胆にはどっちも許されない、、、約束を果たすため、、、。
「一応聞いてやろう、、、何をしに来た、、、弱国の使者よ」
空気が張り詰める、虎王と呼ばれ、自ら兵を率いて戦場に立ち続けた、その経験からでしか身につかないであろう雰囲気である。
だが気圧されるわけにはいかない。
「初めてお目にかかります、涯の国、斑業大王よ。隣は条の国より来ました、竜胆と申します、、、、、今日は、、和睦の使者として参りました」
「訂正せよ、条などという腑抜けた国は明日にでも滅びるだろう、わし自らが、徹底的に滅ぼしてやる、、」
周りでたたずむ武官から乾いた笑いが起こる。
怨嗟がとぐろを巻いているとはまさにこのことか、、、
「言っておくが言葉には気を付けろよ、わしは気が長いほうではないからな、貴様の前に来た使者はそうそう
に国に帰って行ったわ、首だけになってな」
まるで肝を握りつぶされるような響き、その王の風貌が余計にそうかんじさせるのかもしれない
ただやはり竜胆は気圧されない
もはや腹は決まっている、、それに、、、時間もないのだ。
「ご忠告ありがたく存じます、、ただ、先ほど申した通り、私は和睦の使者として参りました。」
「、、、ほう、、、、。」
王の体が僅かに震える気がした、腰に帯刀している大剣にはすぐにでも手が届きそうだ、、、
「わしも忙しい身でな、すぐにでも戦の準備を再開せねばならんのだ、そろそろ亡国の使者には
退席してもらおうか、、、、。」
そういうとおもむろに立ち上がった。
「わかりました。一つだけ、私の問いにお答えください、、、そして一度だけ、、私の声を聴いていただきたい。」
「時間が惜しい」
「時間は取りませぬ、それに私にも時間はありません」
一瞬王の表情から怒気が消えるのを竜胆は見逃さなかった。
「なぜ我が国条を滅ぼすのですか?確かに条王、儀仗は愚かな王です、それは事実です。ただ一つの城を落としたくらいで斑業王は我が国の民、一人残らず生かさぬと、死屍累々の屍を築かれるとおっしゃるのですか?」
「愚王とは、わかっておるではないか、では冥途の土産に聞かせてやろう、貴様らがだまし討ちして落とした城の太守の名は斑歴、わしの弟だ、、、」
「奴とはいくつもの戦場をともに戦った、まだ国が小さく貧しかった時から、立身出世を夢みて、ともに幾度となく死線を超えてきた、、、あやつがおらねば王になどなれなかったわ、、、。」
斑業は立ち上がる
「それを貴様らは汚い手を使い、歴を打ち取った、武将として、戦って死ぬことを望んでおった。あいつの願いすらかなわなかった」
一歩
「滅ぼす理由だと、、、、」
さらに一歩前に
「首だけになって考えてみろ、、わかるかもしれんぞ」
すでに高く剣を構え今に振り下ろされんと、、、
「わかります!」
竜胆は今日一番の声を上げた、その声は不思議と良く通り、周りの武官にまで行き届いた。
「、、、わかるだと、、」
「はい、王の気持ちはわかると申しておるのです」
「、、、首だけになって戻ってきた我が国の使者の名は竜幽、私の弟です、、、」
「弟の幽と約束しました、もし自分が死んだら残った家族を頼むと。今日はその約束を守るために参りました」
斑業は沈黙した、、、
「勝算なんてなかった、あなたを説き伏せる自信なんて微塵もなかった。ただ来ないわけにはいかなかった、、、、、」
「ただ出来ることはは私の気持ちを伝えることだ、今日私は一人で戦に来たのです、あなたの心に挑みに来ました、同じ人として、国は違えど、憎しみ合おうとも、必ず手を取り合うことはできると信じて、、。」
「、、、戯言だ、、。」
斑業は静かに口を開いた
「人は憎しみ、殺しあう生き物だ、些細なことで、そう、肩と肩がぶつかったぐらいのことで殺しあう生き物だ、今まで生きてきてよくわかったわ、、、。」
怒気よりも悲しみ、そんな声だった
「ではなぜあなたは怒っておるのですか?」
「、、、、、、、」
「それはあなたが弟君を、家族を愛しておられるからだ、ご自分でもわかっているはずだ」
「、、、たしかに人は肩と肩がぶつかったくらいで殺しあう愚かな生き物かもしれない、ただ目と目があった
だけで愛し合うことができる生き物でもあると、私は信じています」
「、、、くどくどと戯言を、、、」
斑業は自らに言い聞かせるよう呟いた。
「最後に私の声を聴いていただきたい、条の国には私の愛する家族がいます、条の国は今反乱がおき、条王はすでに捕えられており、必ずやあなたの前に引きずる出されることでしょう。」
「、、、、、、、」
「だから、和睦を結んではくれまいか、この竜胆命をかけてお頼み申す、、、。」
「、、、それはできぬ、、。」
どれくらいの沈黙が流れただろう、斑業は静かに口を開いた。
「わしは力で、自らの力でこの国を築いた、、、戦でも、、なんでも、勝負事に関してはただの一度として負けたことがない、、、。」
「そんなわしが、貴様なんぞに説き伏せられたとなれば、、とんだ笑いものだ、、、、。」
もはや斑業の表情に怒気はない、、ただ王としての決意のみだ、、、。
「、、、、、その心配には及びません、、。」
そういうと関が切れたように竜胆はひざから崩れ落ちた、もう立っていなくてもよい、そう思って安心したのか我慢していた何かが切れたようにすべてを吐き出した、周りには真っ赤な血が床を赤く染めた、、、。
「、、、毒か、、いつ飲んだ、、」
「、、、面会の、、、前に、、、、、。」
声にならない。
「、、あなたを、、、説き伏せたものなど、、存在しない、、、、あなたは、、自らの意志で、、、和睦を結んだのです、、、、、。」
目がかすむ、わずかに見える斑業はどんな顔をしているのかうかがい知ることもできない、、、
だがまだ倒れるわけにはいかない、王の答えを聞くまでは、、、、。
どれくらいの時がたったのだろうか、もはや目は見えないが、確かにそこに王の気配を感じていた、、、。
「、、、貴様が一番ほしかったものを与える。受け取るがよい、、、。」
そうすると斑業は竜胆の懐に自らしたためた書簡をしまった。
「、、、最後に、、、もう一度聞いておこうか、、、貴様の名を」
「、、、竜、、、胆、、、、、、、、」
か細い声だが、、確かにそう伝えた、、、、
「、、竜胆か、、、貴様らしい名だ、、、わしの負けだ、、、」
斑業はかすかに笑っているようだった。
「、、褒め言葉と、、、受け取っておきますぞ、、、、。」
竜胆もかすかに笑った、そして静かに目を閉じた。