豪傑王
昔、領土を海と山に囲まれた小さな国があった。
その国に暮らす人々は、豊富な山と海の幸の恩恵を受けられたため、飢えを知ることが無かった。
そんな豊かな国には一人の年老いた王様がいた。
長い間国を守り続け、体は老いによって衰えてはいたものの、気炎凄まじく、理智のきらめきは若かりし頃のそれを保ったままだった。
民衆の厚い信頼を受け、王様もそれに応え、長年国を一度も傾かせることなく守り通してきたその人は、「豪傑王」と呼ばれ、国民に親しまれていた。
王様が御歳90にして世を去った時には、国中の人々が涙し、その悲しみは天に届き、三日三晩雨が降り続いて止まなかったと言う。
そんな王様の、ある逸話。
その国では、死刑前の罪人に望むものを食べさせていた。
食物の豊富な国だったため、どんな悪人でも、死ぬときには一口の食べ物を口に入れてやるのが、その国の習わしであったためである。
「冥土へ向かう腹ごしらえである。食いたいものがあるなら申してみよ」
王様はいつものように、そう罪人に問うた。
王様の目の前で、後ろ手に縛られて跪いている薄汚い男は、ここ数か月国民を恐怖に震えあがらせた極悪人だった。ふうふうと鼻息は荒く、血走った眼で上目づかいに王様を睨みつけていた。
ところが王様が質問した途端、彼はケタケタと笑いだし、死刑場に集まった観衆からは悲鳴が上がった。
口の端から泡をふき、粘ついたような笑みを浮かべながら彼は王様に向かい「人間が食いたい」と言った。
兵士たちが槍を構えたが、王様はそれを片手で制止すると
「聞き受けた」
とこれもまた決まった文句を口にした。
王様が腰の剣を抜き、その刃がきらめいたかと思うと、次の瞬間、罪人の首は地面に落ちていた。
王様は躊躇いなくその首を掴んで持ち上げると、血の吹き出す胴体に押し付け
「己の身を好きなだけ食うがいい。地獄ではそれがお前に課せられた罰であるだろう」
と言った。