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妖座談会

作者: 小椿 千冬

「ー--まったく、暮らしにくい世の中になったよなぁ」


誰ともなく、そんな呟きが風に乗って耳に届く。


どのくらい歩いただろう。木々の隙間に明明と灯る灯火を見つけると、その歩みを止めた。


ここは、森の中だ。真っ暗闇の中、鬼火で火を着けた焚き火に、その周りを囲んで、沢山の影が座っている。

無論、集まる影達は人間のものではない。異形、角を持つもの、大きな獣、・・・中には形すら持たない者もいる。本来は名すら持たない。ただ、そこに『在る』だけの存在。呼べる名がないと不便なので、仮に『妖』と呼ぶことにしよう。


そして、彼もまた、そのひとりである。


* * * *


(ここも、相変わらずだな)


妖世界に足を踏み込んで、第一に思ったのはそれである。


何というか、空気が冷んやりとしている。決して冷たい訳ではないが。常夜の世界の空気は、夜も明るい人間世界の空気とは相入れない。人の世で暮らし始めた身としては、やや受け入れ難いものがあるのである。


勘を頼りに森を歩けば、やがて『ここ』に来られる。目印は鬼火。やがて見つけたのは、鬼火で灯された焚き火。人の世では陽が沈んで間も無いが、既に結構な数が集まっているようだ。


---ここは妖世界の中でも、居場所を持たぬ妖達の集う場所。

ある者は人間に土地を奪われ。またある者は、時代の流れに適応できずに。

ここは、様々な理由から故郷を追われた妖達が住まう安息の地である。


つまり。悪い言い方をすれば、人を脅かすという名分しごとも果たさずに遊び暮らす妖怪ニートの集まりなのだ。ここにいる奴らは。



俺もそうだった。つい最近までは。



「よう、元気か?ニート共」


少し遅れて会場に入った。ひらひらと手を振ると一斉に視線がこちらにあつまる。数瞬ほど遅れて、


「おお、鴉じゃねぇか!」


「遅かったな」


と、聞き覚えのある声が応える。


「うっせーな。俺はお前らと違って働いてんだよ。ニート妖怪ども」


言い訳をしつつ、渡された杯を受け取ると彼は焚き火の前に腰を下ろした。




俺の名は、鴉天狗。

数いる妖の中でも、比較的有名な部類に入るんじゃないだろうか。格好は・・・そうだな、大天狗に鴉の羽が生えているのを想像してもらえたら分かりやすいか。

ちっと前までは鞍馬山に住んでいたが、まぁこんな世の中だ。いつまでも人間脅かして暮らしてるようじゃ、つまらない。山に引きこもるのも飽きた。そんで新しいことがしたくなった。で、人間に化けて仕事を始めたのは、つい最近の話。



「・・・でさ、最近どうよ」


「人間界に住んでんだろ?」


矢継ぎ早に質問責めにしてくる仲間達。まぁ、そう焦るな。ふふふ、聞いて驚くなよ、ニート共。


「俺は」


「知ってるぜ、『さらりーまん』っていう黒い鞄持って鉄の箱に乗る仕事だろ?大変だよな、朝っぱらから箱詰めされて」


おお。ニートにしては、よく知ってるじゃないか。

確かに朝は大変だぞ。満員電車に揺られて乗ってる間は立ちっぱなし。会社に着く頃には汗だくだく。しかも、こないだは痴漢と間違えられてエライ目に・・・。


「・・・人間は恐ろしいぞ」


「がははは!俺たちがそれを言っちゃ、お終いだな」


周囲が、どっと笑いに包まれた。

くそ。他人事だと思いやがって。・・・よし、お前らも働け。人の世界に行ってみろ。俺たちはダメ妖怪ニートじゃない。やればできるんだ!妖の底力を見せつけてやれ!


「・・・ってもさ、最近の人間は妖怪なんて信じないよ」


「俺なんか、夜中歩いてたら警察呼ばれたんだが」


「いや、お前はどう見ても不審者だったろ」


頼むから、頭に矢が刺さったまま出歩くのはやめてくれ。・・・この前見かけて、腰を抜かしたのは秘密だ。



ロクな目に遭ってない?いいや、案外この世界だって捨てたもんじゃない。この前、会社帰りの電車で可愛いらしい女の子に席を譲られた。「おじちゃん、フラフラしてて気分悪そうだから」だとさ。ありがとう。次からはお兄さんと呼んでくれると、もっと嬉しい。

あー、そうそう。その後、酔っ払って駅のホームから落ちたっけな。危うく電車に轢かれるところだった。ふぅ、危ない危ない。・・・いやいや、そうじゃなくて。



あれは、いつだったか。


まだ人の世を何も知らなかった頃だ。一目、人間の暮らす世界を見たくて山を降りた。無論、単純な興味。鴉の姿を借りて、あちこち飛びまわった。


楽しかった。調子こいて、窓ガラスにぶち当たるまでは。・・・仕方ない。あんな透明な板の存在を、俺は知らなかった。


痛いのなんのってもんじゃない。

クラクラするし、視界は真っ暗だし、気分は最悪。このまま、死ぬのかと思った。何もかも諦めかけてたら、優しい手が硝子片の中から俺を拾い上げてくれたのだ。


『鳥さん、怪我したの?』


どうやら、硝子で羽を切ったようだ。バサバサ翼を動かすが、痛くて広げることはできない。上手く飛べない俺を見て、少女は言ったのだ。


『じゃあ、飛べるようになるまで一緒にいてあげるね』


あのときの少女・・・井上さんは、何の巡り合わせか俺の同僚。決して彼女に会いたいが為に働き始めたのではない。あわよくば仲良くなれないか、なんて思ってないぞ、断じて。


人の世に紛れて、ひっそりと暮らす。こんな生活も案外、悪くないんだと言いたいだけだ。



「・・・って、誰も聞いてねー」


気づけば、すっかり夜も更けた。

酒に酔った連中はすっかり寝こけて、誰も話なんか聞いてなかった。


小さくため息をついた。

まぁ、別に構いはしないのだが。

ふと腕時計を見ると、長針は12のところを指していた。さて。そろそろ帰らねば、明日の仕事に差し支える。


「じゃあな」


言葉は合図だ。言い終わらない内に、灯火がふっと消える。冷んやりと纏わりついていた空気が、すぅっと離れていくのを感じた。

ふわり、と頬を撫でたのは生温い湿気を含んだ空気。こちら側に帰ってきたのだと理解するのに時間はかからなかった。


黒髪短髪、黒縁メガネ。やや地味な印象を受けるが、整っている方だろう。グレーのスーツを着こなす彼は、どこから見ても平凡なサラリーマンにしか見えなかった。


「さ、帰りますか」


再び『平凡な人間』に戻った彼は、一つ大きく伸びをすると街頭の向こうへと消えた。




鴉天狗…通称、鴉。人間世界での名前は、烏丸徹からすまとおる

ごくごく普通のリーマン。働き始めた理由は、惚れた女の子にアタックしたいが為の何とも不純な動機。黒髪黒縁メガネの冴えない系男子。ヘタレ。だが、働きぶりは意外と真面目。電車に乗るより、飛んだ方が早いことに未だ気づかない。



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