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05 春休み


◇ ◇ ◇


 気持ちが良い日差しに照らされながら春の日差しを胸一杯吸い込む。そして「ッう、ごほっ」むせた。吸い込みすぎた。


 「なにやってるんだよ…」


 アオにどやされる。呆れた表情を浮かべていて少しイラッ。

 しかしこの男は出来る男だった。咳き込む私の背中を優しく撫でる。


 そんな今、私は春休みをだらだらと過ごしていた。おそらく満喫しているとえるだろう。だらだら万歳。

 そして今、アオと買い物をしているところだった。


 無事に中学を卒業した私の高校はもちろん鷺ノ宮帝都高等学校である。推薦と言っても面接もないし一般じゃないから入試もない。とても楽に高校に上がることが出来た。その点は良かったとも思える。ふん。

 しかしながら私はきちっと勉学に勤しんだ。ここは褒めてもらうべきところだろう。



 そしてその合間に私は一冊のノートを作った。書き綴ったのは私が覚えている限りの【君シン】のシナリオ。出てくるキャラの性格から出会い、イベント、数々のことを記録した。


 それはこれから帝校で過ごしていく、という決意を表しているようだ。無意識の防衛反応が働いた結果かもしれない。


 記憶は薄れていくものだ。手で掬った砂が隙間からさらさらと零れていくように。



 だからきっと。

 私じゃない“私”も私の中から、砂のように消えていってしまうのだろう。

 それを止めるのは私の手じゃ無理だ。だからこそ私が気を付けたるべきことは零れ落ちた“私”をそこら中にばらまかないように細心の注意を払おう。


 未来を知っているとか馬鹿みたいな話しになったらどうなるのか、それは計り知れないが大変なことになる。

 前世がなんだゲームがなんだと言うことは誰にも言ってはいけない。

 そう私は頭に決めた。そうでもしてないとやっていけない。というかそれもそれで面倒事が増えそうである。



 「夜宵、必要なものはこれだけか?」



 もちろん、アオにも。



 「…んー、ちょっと化粧品買ってくるからステラで待ってて〜」

 「おー」


 「あ、なんか頼んどくか?」


 こんな出来る男に気付かれないで隠し通せるのだろうか。とても不安だけど。


 「イチゴのケーキを頼みます」



 誰にでも秘密はある。悩みがある。その度合いが違えど、誰かに話したほうが楽になるのはかわらない。

 ならいっそ、とそう思う決意が緩く優柔不断な自分に少し怒りが募る春麗らかな昼過ぎのことだった。



◇ ◇ ◇


 ふらふらとそれとなく急ぎながら目的の店に歩いているときだった。


 「っ!?」


 どん、と肩を強く押され、思わずよろけて後ろに下がる。いたい。ひゅ、と息を飲み込んだ音がやたらと大きく聞こえた。


 かつり、かつり、とヒールが後から追い掛けたように鳴く。


 転びはしなかったが足を捻ったようだった。

 私はしっかり地面に足がついていることを瞬時に確認して前を見た。微かに目の端に黄金色が顔を出したように見えて追い掛けるように顔を移動させるように振り返る。


 しかしすでにそこには誰もいない。


 そこにあるのは人混みだけで、早足に歩く人が次々と私の前を通り過ぎていく。


 (…ぶつかられただけ、か)


 「……?」


 ちょっと何かが引っ掛かるような気がする。があんまり気にすることじゃないか。多分気のせいだし。


 私は前に向き直って足を進めようとして───…躓いた。


 「っ……」


 転びそうになり前につんのめった。今度はなんなんだ。今日は厄日ですか。


 転びそうになった原因を探す。目を細めた先にあったのは白い携帯。3年前から愛用している私のだ。

 ぶつかったときにでも落としたのだろうと拾い上げる。


 携帯には見覚えのない傷がいくつか入っていて思わず眉を潜める。

 そろそろ買い替えどきかもしれないな。


 高校に入ったらバイトでもするかなあ。そんで新しいの買おうかな。でも部活も入りたいな。


 私は道に何もないことを確認してもう一度足を踏み出した。前方注意である。


◇ ◇ ◇


 薬品、化粧品などを専門に取り扱って売っている有名なチェーン店。その看板が電柱などに紛れ、空をバックにしたところに見えて少し足を速めた。行き帰りで15分くらいの計算だったけど少し遅くなりそうだな。

 これから躓き、時間を消費してしまうことを不本意ながら一応視野にいれて考える。不本意ながらだ。


 思ったより遠い目的地にに思考を向かわせたところで今度こそと言わんばかりに私は転倒した。……いたい。やっぱり厄日。


 次々と行く手を阻む障害物。まるで私をこの先に進めたくないような───…気のせいか。


 変なことを考える思考を過り、私を転ばせたモノに目をやった。



 「…お?」


 腕。


 人の、腕。



 私が躓いてもぴくりともしないそれ。辿っていくと狭い路地裏にちゃんと体があった。微かに安堵した。咄嗟に叫ばなかったことを褒めて欲しい。


 5メートル先はもう見えないような狭く、光を閉ざした道。なんでこんなところに人が。酔っぱらい?


 私は転んでしりもちをついていた体勢から起き上がり、お尻を払いつつ目線をそこに向けていた。死んでるのかと思っておそるおそる近づいてみる。


 お尻が痛くて恐怖心はあまり感じなかった。

 目の前の死体的な危険物に対する恐怖より、鈍くずきずきと痛むお尻に私の意識は向いていた。だからそう。易々と近づいたのだ。


 手が放り出されているすぐ角。

 ひょっこりと私は顔を覗かせてみた。暗く怪しい雰囲気が満ちた路地裏。

 しゃがみこんでそこにいたのは確かに人だった。黒ずくめで顔は伏せられていてよく見えない。

 しかし黒いパーカーを着こんだ上半身の腹部辺りはすうっと膨らんだりしぼんだりしているのが分かる。


 生きているようだ。とりあえず一安心。私もしゃがみこんで男に目線を合わせた。


 彼は顔をこれでもかというくらい傾け、伏せているのでよくわからない。

 投げ出された足が窮屈そうに曲げられていて身長は高そう。


 このちょっと怪しい男を私はじっと見つめた。


 (……どうすればいいんだろう)


 私は怪しく路地裏に座り込んでいる男の対処法などは知らない。知っていてたまるかって感じだが。


 「あのー。すみません、もう朝ですよー」


 とりあえず起こしてみる。そこで気が付く。


 この男、起き上がってすぐ殴りかかるとかしないよね?

 ちょっと怪しいけど寝ていたのを起こしたくらいでなんか起きたりとか…ないよね?


 ぶるり。



 …うん。放っておこう、それがいい。

 変なのには関わらないのが一番だ。いいことを学んだ。


 そう考えて立ち上がろうとした私は今度こそ思わず悲鳴を上げそうになった。


 瞬時に口を塞いでお口にチャックした。反射ってこれか。



 立ち上がろうとした私が見たのは血をだらだらと垂れ流した端正な顔だった───…


◇ ◇ ◇


 そこからの私の行動は速かった。

 とりあえず深呼吸。ヒッヒッフー…ヒッヒッフー…あ、これじゃラマーズ何とかだこれじゃない深呼吸はこれじゃないよ落ち着け夜宵落ち着け。


 とりあえず冷静になる。周りがよく見えるように。


 もう一度男の顔を目を向けると出血は案外酷いようには見えない。呼吸もいたって普通だ。ただ疲れて寝ているように感じる。


 ただそれは自分の見解なので一応携帯を取り出した。


 「きゅうきゅうしゃ…」


 口に出した言葉は妙に舌足らずで私の焦りが滲み出たようだ。救急車って何番だ?何番?えっと110?いやこれは警察?えっと119?ええっと、「やめろ」


 「……え?」


 「救急車、呼ぶな」

 「…え?」


 「だから救急車だ」

 「え?」


 「…連絡するなよ」

 「え?」



 「…ふざけんなよ」



 少しふざけてみたらすごまれた。赤みがかった瞳がギロリとこちらを向く。それに既視感を覚えたが気にしないフリをする。今は、それはイラナイ。



 「大丈夫ですか」



 血はだらだらだが命に別状はないようだ。その問いに答えはない。


 お腹を擦っていたようなので何があったかは知らないがお腹辺りにも怪我をしている、のだろうか。

 ハンカチを押しつ、…渡して私は立ち上がった。それに男の視線も伴う。



 「…大人しくしていて下さいよ」



 余計なお節介かもしれなかった。

 けれど放っておくのはあまりにも冷酷なことだと思った。


 大丈夫、一回かぎりだ。会うのは一回かぎり。自分に言い聞かせるようにそう心で繰り返した。

 一度閉じた瞳をゆっくり開けば、目の前はちゃんと明るい空が広がっていた。


◇ ◇ ◇


 ドラッグストアで自分の必要なものを瞬時に買いそろえた。ここが本題だったのにいつのまにか変なことに巻き込まれてる。いや今回は自発的だったかも。自分の行動にすこし反省。


 …大丈夫だ、始まるのは入学してから。入学してからいくらでも取り返せる…ん?取り返す?むしろ何もしなかった方がいいのか。


 なんてことを考えつつ、ガーゼや消毒液、一応湿布などと適当に買いそろえた。それっぽいのをカゴに投げ入れ、10分足らずで私は店を出た。


 さっきの路地裏に向かって早足で進む。


 (…いない…?)


 近づいてきたそこからは私がつまずいた腕も折り曲げられ、窮屈そうに飛び出した足も出ていなかった。


 歩みをさらに速めて路地裏に顔を出す。


 「あ」


 いた。

 そこには再び寝息をたて、すうすう静かに寝ている男。なんていうかこんなとこで寝れるのか。神経図太いな。


 折り曲げた足を腕がぐるりと囲み、さっきよりコンパクトにまとまっている。


 その様子は私を笑いをさそった。


 「〜っ!?」


 「あ、起きた」


 驚いたようにびくりと震えながら彼が起きたのを感じながら袋から買ったものを取り出していく。


 「触っていい?」


 口数の少ない人だ。その問いに答えはなかった。

 様子をうかがうようにゆっくりと水で濡らしたガーゼで顔を拭いて見たが嫌がる様子が見えなかったので適当にちゃっちゃか拭いた。扱いが乱暴だって?神経図太いっぽいから多分平気だよ。かっこわらい。


 眉間に皺を寄せる様子を尻目に手当てを済ませた。あってるかは分からない。


 救急車を呼べない私に出来ることはこれだけだろうし。


 達成感に満ち溢れた私が次に目にしたのは私を好奇に溢れた目で見る通行人。

 目立っているらしい。確かに怪しい路地裏の曲がり角で背を向けて何かやってる女は怪しいだろう。場所を移動すればよかったのだけれど。


 褒めてほしいのだが誰も何も言ってくれなかった。当たり前であるが。


 これ以上注目を集める前に、と私は立ち上がる。すこし視線が引いた。


 「…さんきゅ」


 周りに気をとられていた私を呼び戻したのはそんな言葉だった。


 「どういたしまして」


 ただのお節介だったのだが珍しく返ってきた返事はお礼の言葉。


 ちょっと、ていうか普通にすごくうれしい。



◇ ◇ ◇


 「…夜宵どうかした?」


 どういう意味だろう、と首を傾げてみせる。


 「嬉しそうだから。笑ってるし」


 笑ってる?え、結構いつもへらへらしてると思うけど。その言い方すこし嫌だ。


 「最近なんか思い悩んでたみてーだし。ちょっと遅かったな、何かあったのか?」

 「…んーん、待たせてごめん」


 心配させていたようだ。

 ちょっとうれしい。いやすっごく。口には出さないけど。

 「何もなかったよ」と口に出してアオが頼んでくれたいちごタルトを頬張った。


 それが嵐の前触れだと、知りもしないで私は笑った。


◇ ◇ ◇


 「夜宵携帯光ってる」

 「え?」


 ケーキからアオの方に顔を向けてアオの視線を辿った。


 テーブルの端のおかれた白い携帯。さっき落とした所為で傷が目立つ。


 何だろうと思いつつフォークに刺したいちごをアオの口に押し込んでからフォークを置いて携帯を手に取った。


 「っ夜宵!?」

 「食べたそうにしてたからつい」


 適当に返事をして携帯を開いた。

 次に目にしたのはよく見る着信画面と11桁の番号。


 「夜宵のばーか、」


 前に座る彼からそんな言葉が吐き出された。気がした。


 「…え」


 そこにあるのは()の番号。


 私の?


 この携帯は私のだよね?なんで私の番号?え?私?ええっ?


 暫し内面パニック。


 「…夜宵?」


 「あ、なに?」

 「百面相してたから」


 「あぁ、何でもない」


 素直に今の状況を話せばさっきのことまで話さなくてはならなくなるだろう。

 それははてしなく面倒くさい。面倒事にアオを巻き込ませたくもない。


 私はぶちりと着信を切ってそのまま携帯の電源まで落とした。


 マナーモードにドライブモードがかかった携帯でよかった。アオはメールだと思ったようでなにも言わなかったから。


 (…後で、かけよう。うん)


 私の携帯を持った向こうの相手に申し訳なく思いつつ私はソレを見なかったことにした。


◇ ◇ ◇


 「あ?なんで出ねぇんだよコイツ」

 「どうかしたか、ヤクザ男」「誰がだ、ふざけん、っ切りやがった!」


 白い携帯がみしりと音を立てる。

 大柄の男は苛立ちに携帯を投げる───…


 「はいやめましょうね」


 それをとめたのはどこから来たのかもわからない唐突に現れた青年。

 にっこりと浮かべた笑みを見て男は舌打ちをした。


 「貴様、どこから涌いてきた」


 「虫みたいに言わないで下さいよ」


 青年はもとから大柄の男と一緒にいたもう一人の男に苦笑いを返す。


 「で、黄瀬君はどうしたんですか」

 「知らん」


 ばっさり一刀両断。

 そんな態度に青年は微塵も態度を変えず、その言葉を流す。続いて黄瀬と呼ばれた男に視線を向けた。


 「何でもねぇ」


 あれだけ騒いどいて何を、と彼は思ったが多分厄介事だろうと自信の中で青年は決め付けた。その厄介を持ってこなければなんでもいい、と。


 何故来たか分からない青年が早々に去っていく。

 どうしたのか、と2人が疑問に思うが最後に向けられた威圧感の滲み出る恐ろしい笑みに触らぬ神に祟りなしと思い直すことにする。


 黄瀬は手に持った携帯に目を向けて見る。力を入れすぎていたようでさらにみしっと音をたてた。



 「コイツ、一発殴る」


 「なに物騒なこと言ってるのだ、アイツに怒られるぞ」


 アイツ、と2人はさっき笑って出ていった男を思い出す。


 「…見られなかったら問題ねぇ」



◇ ◇ ◇


 そんな呟きは梅雨知らず、青年は扉を閉めてそこでため息を吐いた。


 「…あの馬鹿どこ行ったんだ?」


 そう呟いた刹那、後ろから物騒な言葉が聞こえて眉間にシワが寄る。


 「あっちの馬鹿もシメル」


 踏み出した足は少し軽快な足音をたてていた。


◇ ◇ ◇

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