03 すすめ
「…帝校の理事長さん、」
「あぁ、今日来たのは推薦の件でね」
私は無意識に背筋を伸ばし、体を強ばらせていた。
怖い。無意識にそう思った。
「君たちが推薦を受ける気がないと聞いてね」
理事長と名乗る男。彼を見ながら今更ながらに【君シン】のあらすじを頭で思い浮べた。
正直彼がここにわざわざ出向いたことから、推薦を断ることは一大事だと直観した。
【キケンな学校、アブナイ彼氏
始まるのはドラマチックな恋?
アナタが入学した鷺ノ宮帝都高等学校は政府公認特殊部隊育成学校だった!?超有名名門校の裏事情を偶然知ってしまったアナタ。急遽、特別進学コースに入学が決定。授業内容はヘリ操作に爆弾解除方法、狙撃練習などなど。特殊な授業、迫りくる危機に追われる日々。
『貴方を守るのは俺だ』
アナタを守ってくれたのは一体?】
恋愛シュミレーションゲームの流れは、まず一通りのキャラクターに遭遇する。彼らには何らかの共通点があり、みんなが集まったところでゲーム画面は変わるのだ。そこで何人かいる中から1人を選ぶことでその1人との恋愛が進められていくことになる。人事に派生するイベントやらキャラやらは違い、選択肢でルートが決まる。
【君シン】は舞台が何より危険な学校というところが特徴だ。
ルートによっては死んでしまうこともありえる。
それは主人公だったり相手の攻略キャラだったり、はたまた───…主人公の友達だったり。
これは選択肢を選ぶプレイヤー次第で未来が決まる。
しかし、これはすでにゲームをスタートしているからの話。
スタートさせていない今の状況で、死ぬ可能性が高まるというのにわざわざスタートさせる必要性が分からない。
「どうしても行かないと?」
「…はい」
(…それにしても掴めないなあ、このオジサマ)
笑顔がデフォルトのようでさっきから表情が変わらない。断られることを前提で来たのか。もとからあまり表情は変わらないのか。いずれにせよ、表情が読み取れないのはちょっと怖い。
頭では色々なことを考えつつ、それを表に出さないように冷静なお面を貼りつける。私は埴輪。そう、ハニワよ。
「何故か聞いてもいいかな?」
ていうかなんでこのじーさま、私集中攻撃なわけ?大事なのはアオでしょうよ。って言ってもアオは私が行かないといえば俺も行かないというから話を振っても意味ないといえば意味ないけど。自惚れではなく。
「…私には成績を維持する自信がありませんので」
残念そうな顔を浮かべる。こういう人に曖昧な態度をとると揚げ足をとられたりいいように進められたりする。その前にきっぱり断りを入れるべきだろう。
隣でアオがじっと私を見つめているのを感じた。何か言いたげだったが無視した。
私はそれを尻目に目線は目の前にいるいけすかないじーさまに合わせる。断ったんだからさっさと引いてくれないかな。
盛大にため息をつきたくなったが堪えた。なんか疲れる。この空気疲れる。
そんなことを考えていた刹那、じーさまの後ろに立つ鉄仮面と目が合う。
彼も彼でじーさまとはまた違う仮面の持ち主のようだ。
心の奥底からぱりっぱり凍り付いてしまいそうなほど冷ややかな目。
お母さんの腹の中に表情を忘れてきたと言わんばかりに何も読み取れないような彼の顔。
しかし今「面倒くさいことしてんじゃねえよ、誘ってやったんだからありがたく受け取れや」
みたいな不良顔負けの脅迫は何故か読み取れた。わざとか。わざとなのか。ちょっとそれヤメて。
「どうしても来る気はない?」
鉄仮面の顔を見てぴしりと固まっていたら、こちらはにっこにこ顔を崩さないダンディーなオジサマが見ていたことに気が付く。
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「本当に?」
「…はい」
「本当にいいの?」
「……はい」
イライラが募る。人に害を与えない人畜無害のような面してるのに随分ねちっこい。しつこい。うざ…、げふんごふん。
「青原君も?」
「彼女が行かないなら行くつもりはありません」
……うん。うわあ。今のは、キタ。
真剣に前を見る瞳も相まって効果は2倍である。
ちょっとびびっていた私はその瞳で一万馬力ですよ、青原さん。
◇ ◇ ◇
2人はリビングから出ていった。まあ出ていくように言ったのは自分だけど。
一緒に冷たい空気が流れ込んできてふるりと背中を震わせる。
──うぅん、面白い。
久しぶりの“色持ち”との対面だったけど、あの瞳はいつみても惚れ惚れするくらいイイモノだ。
「女の子、幼なじみだっけ」
「はい」
青原 雅の幼なじみという子もいい目を持っていた。宵闇を凝縮した黒曜石のような瞳は小さな星が瞬いていて、とても綺麗だった。
「ほしいなあ」
「断られましたけど」
隣で余計な声がした。こいつも結構気にしてた気がしたけど。ツンデレなんだから、もう。
「あ、青原くんのお母様、紅茶おかわりお願いします!」
「はい、美味しかったですか?」
近くで、といっても話の邪魔にならないような、こちらからは介入しない、という意志を持った絶妙な立ち入ちにいた彼女。うーん、“色持ち”は家族単位で凄いね。これだからやめられないよ。
「美味しかったです」
「それはよかったです」
だから、彼ももちろん手に入れて見せる。
微笑む様子を崩さない彼女に私も笑い返した──…
◇ ◇ ◇
「アオ、本当にいいの?」
「なにが」
「推薦断って」
「別に」と言って再びノートに向き直る顔には後悔など微塵もなくて安堵の息を吐く。ていうかちょっと機嫌悪い?
私的には死亡フラグはばっきばきにしてやりたいから行きたくはないし、アオを行かせたくないんだけど、あそこに行けばおそらく一定の成績を取り続ければ学費は免除だし、就職にも困らないしね。家庭はそれほど貧乏ではないが節約できるところではするべきだろうし。
私の意見だけで断らせていいのものか。いまさらながらそんなことを思う。
「……本当に?」
疑念を込めたわたしの声に、アオは勢いよくノートから頭を上げて私に向き直る。
「ああもう!俺はお前と居てーの。だから行かない。さっさと分かれよ!」
「え、」
びっくりして目を見開いて見つめれば勢いよく顔を逸らされた。
え、う、うわああああああああ!?
今のは不意討ちは反則あり得ないなんなのこいつ萌えってこれかこれのことか今のはないないよね今のは攻撃力も破壊力も卓越してるよねなにしてくれてんだなにこいつつんでれ属性だったっけ違うにしても今のは胸にくるよありえないよなんか色々ありえないよ脳内パニックだよどうしてくれんだよまったくもう!
内心パニックじゃすまされないくらいに慌てた私を見向きもせず、勢いよく彼は顔ごと目を逸らす。そのスピードに少し唖然。叫ぶ隙さら与えられなかった。私はただ目を丸め瞬きを繰り返すだけ。
ふと見えたのは青みを帯びた綺麗な髪から覗く対照的な赤色。
思わず笑いが零れた。のも束の間。
「…そういえばどうして帝校行きたくないんだ?さっきの嘘だろ?お前、アホだけど維持出来るくらいの頭は持ってると思うよ」
なんでこいつちょっと上から目線なんだ、おい。
と、悠長に聞き流そうとして、ふっとアオと目があった。純粋な疑問を浮かべた目だった。
「…ごめん。今は言えない」
何とでも言い訳は出来たはずだった。でも嘘は言えなかった。
「まあ、お前のことだろうから何か考えがあったんだろけどな。なんか悩んでんなら言えよな」
「…うん、ありがと」
安堵して胸をなでおろす。そしてふと思った。
これはシアワセというものか、と。
前世とか転生とかゲームとか意味わかんないし、自分自身が分からない。けれど彼が隣にいるのも事実で───…あろうことかこれからもいてくれるらしい。
(……うん、シアワセだ)
ならもう、なんでもいいや。そう思えた。