02 状況
「夜宵今日ヒマ?」
私が学校へ早めに行くとすでにいた2、3人の生徒の中からアオが出てくる。
コートを脱ぎながら「うん」と頷いた。クリスマスでありながら。私は1人ですよ。慰めなんぞいりません。
「どうかした?」
「、一緒に勉強しようぜ」
「クリスマスに勉強ね。さすが受験生」「お前もだから」
相変わらずのキレのあるツッコミが返ってくる。
私が「いいよ」と頷けば「ッし」と小さくアオがガッツポーズをしていた。なんだこいつついに壊れたか。そんなことを頭の片隅で考えつつ、席に着いて教科書とノートを広げた。
「お前頑張るな」
勉強しようと舌の根も乾かぬうちにあろうことか彼はそんな発言をした。なんて他人事な。
「まあ受験生だし」「さっきと言ってることちげぇよ」
お前もな、と思いつつ顔を上げて彼を見た。瞳がばっちり噛み合う。思ったより真剣味を帯びた顔つき。
アオと会ったのは生まれて間もない頃。記憶すらない小さなときで。
物心ついたときには隣にアオがいるのは当たり前だった。
そう考えると大分時は過ぎた。アオの顔つきも段々としっかりした男の顔。色気づきやがって。ふん。
しかしそのときからアオといる空間はとても楽だ。素の自分でいられる。長年一緒にいたから波長が合うのだろう。
それはまるでなまあたたかいぬるま湯に浸かっているような感覚。心地よい空間。しかしいつまで続くか分からない、脆弱なモノ。
「…一緒に受かろうね」
「あぁ」
それは和やかな時間の一コマ。
◇ ◇ ◇
ゲームの中で青原雅に幼なじみっていたっけ?
ふと思いついたのは宮乃夜宵の存在についてだった。
宮乃夜宵は確か主人公に学校の噂や攻略キャラの好感度などを教えるだけのキャラクターだったはずだ。
しかも青原雅というキャラクターに幼なじみとものはいない、と思ったのだが。
私という記憶持ちの人間がいる所為で少しシナリオは崩れているのかもしれないな。イレギュラーな存在に対応仕切れてない、と。
「夜宵、ここ答えなになった?」
「144π」
「え、マジで?」
私としてはこの場所に生まれることが出来た奇跡みたいなことに感謝している。
だって彼は私の一番の理解者である、と思うから。
前世を合わせても彼ほど私を理解している人はいないのではないか、と。
「断面図書いたら分かりやすいよ」
「おー…」
だから私も、彼の一番の理解者であればいいな。
「──…雅!夜宵ちゃ〜ん!お客さん来てるわよー」
ノートを見つめていた目をふいと声の聞こえた扉まで持っていく。アオのお母さんの声が外側から聞こえた。
次にアオの方を見ると首を傾げていたのでアオが呼んだだわけではなさそうだ。私も然り。
じゃあ誰だ?
疑問に思うのもそこそこに、とりあえず私とアオは立ち上がってリビングの方に向かった。
◇ ◇ ◇
ふわりと充満する紅茶の香り。廊下にまで薄らとマスカットの匂いがする。
最近アオのお母さんがはまっているメーカーの紅茶だ。
しかしこれは値段が高いのでアオもなかなか飲ませて貰えない品らしい。私もだ。何回かは飲ませて頂いたが。これ美味しいのに。
て、ことはつまりはお客さんって言っても学生では無さそう。
リビングにつながる扉を開けると、そこにいたのはたしかに学生ではなく、2人の男性。
1人は質の良さそうな茶色の背広を纏い、まるで英国紳士のような品がある初老。ダンディーなオジサマ。ふむ。格好良い。
2人目はダンディーなオジサマの後ろに控えるように立つ、神経質そうな面持ちの青年。研ぎ澄まされたような鋭いオーラがまるで氷点下にいるみたい。無表情のお面を付けているみたいに眉一つ動かない。
なんか怖い。
「あぁ、お邪魔しているよ、青原くん、宮乃くん」
「いいえ、」
立ち上がってにっこり笑われる。とりあえず礼をしておいた。
座るように促されて大人しく彼の前に2人で腰掛けた。
なんか当たり前のように居座っているので勘違いしそうになるがここはアオの家だ。なんて偉そうなんだ。
しかしそれが嫌味にならないような物腰、品の良さ。それらがカバーしていてあまり気にならない。なんか圧巻である。しかし何の用だ。そして誰だ。
「まず自己紹介をしよう」
私は君たちのことを知っているが君たちは私を知らないだろう、と男は言った。
こくりと頷けば満足気に目尻に皺を寄せながら笑う。掴み所のない人、それが私の彼に対する第一印象だった。
「私は鷺ノ宮帝都高等学校の理事を勤めている、鷺ノ宮総一朗だよ」
刹那、脳がかち割られるような衝撃が走る。
これは、もしかしなくても危機的状況…?