01 目覚め
◇ ◇ ◇
痛い痛い痛い
いたいいたいいたい
イタイイタイイタイ
頭を鈍器で強く叩かれたような衝撃。
知っている。 私はその名前を知っている。
どこで?ドコでそれを知った?
痛い痛い痛い
痛いってば――――…
◇ ◇ ◇
それは今まで気付かなかったのが不思議なくらい鮮明に蘇り、脳裏に過る。
意識が宙にふわりと浮いて、その鮮明な世界に飲み込まれた。
それは、遠い日の記憶。
◇ ◇ ◇
「鷺ノ宮帝都?なんか聞いたことあんな…」
兄ちゃんが口に出したその名前を聞いてはたと目を見開いた。鷺ノ宮?名門校、たしかにそうだけど───…
「ッい!?」
突如激痛が頭を襲う。いたい。あまりにも突然の痛みに吃驚し、テーブルの角に額をぶつけた。さらなる打撃。追い打ちをかけられた。
「〜っ!?」
今のは…!今のはひどい!ひどい仕打ちだ!
内部から来る痛みは一瞬にして塵となって消えたが、外部から受けた衝撃の方はじんじんと脳に響いた。精神的にも辛い。兄がどこかのお笑い芸人を見たかのように腹を抱えて笑っている。笑いすぎ。額の損傷も相まって私にさらなるダメージを与えた。こんな相乗効果もあるんだね。今のは不可抗力だよ。だから笑うな兄ちゃん。
「お前、アホだな」
嘲笑うようにそう言ったけど、その目は私を馬鹿にはしているが蔑むわけではない。家族としての絶対的信頼、信用、愛情が覗えた。そのまま兄は続けた。
「あぁ、ゲームの名前だったっけな?」
あ〜…、おでこ痛いな…。患部を擦りながら私はこう返した。
「…ゲームの中の学校の名前じゃないの?」
◇ ◇ ◇
ちかちかと目の前が点滅して危険を知らせた。危ない。それは危ない、と。第六感か何かも赤い警告ランプをぐるぐる唸らせる。
なに なにが───…
刹那、周りの声がぐんと遠くなる。兄ちゃんの声も。え?さっきまで笑ってたよね。どうしてそんなに怖い顔をしているの──?
「──…にい、ちゃん…?」「──…」
ふわりふわり意識が虚ろのまま視界に入る青みがかった髪の毛に手を伸ばした。
「…にいちゃん、」
「……青原ですけど」
大人しく髪を撫でられながら誰がお前の兄貴だよ、と目の前の彼はいう。
そして続けた。
「お前に兄貴いない(・・・)だろ」
「…え?」
夢の中での思わぬ人との遭遇だった。
◇ ◇ ◇
「すみません、折角ですが今まで通り菫ヶ丘高校でお願いします」
「いいのか?推薦ではたったの10人しか入れない名門だぞ?」
先生は疑うような目で私を見つめている。
夢の中での遭遇から、私は危惧した。そのとおりになるであろう人生を。すべてのルートが決まっているであろう未来を。
「はい。菫ヶ丘高校の方が友人がたくさんいるので」
「そうか、では先方に連絡しておくよ」
「お願いします」
しっかり先生が頷いてくれたのを確認してから私は一礼し、その場を去った。一難去った。
「推薦止めんのか?」
「んー、うん」
「楽だぞ?もったいねぇ」
「アオは?」
「お前が行かねぇなら止めっかな」
そしてもう一難。
なにそれ、かっこいい。
「…一緒に駆け落ちでもする?」「なんでそうなった」
◇ ◇ ◇
【君はシンデレラ】というゲームがある。正確にはあった(・・・)。
私が知る君シンは鷺ノ宮帝都高等学校が舞台の恋愛シュミレーションゲーム。俗に言う乙ゲー。擬似恋愛をゲームでできるものだ。
そしてそれは確かに“前世”のものであった。
前世の記憶と言ってもとても朧気なもので、突いたらぱちんと跳ねて消えてしまいそうなくらい脆く儚い。
高校生あたりの記憶だけぼおっと頭に浮かんで私の脳を惑わせる。
記憶は脳や心臓に宿るというけれど私、誰かから内臓とか貰ったっけ?
そう正常な脳でそう考えては、ぱちりと前世の記憶がそれを押しつぶす。違う。これは前世の記憶だ、と言わんばかりに。
この恋愛シュミレーションゲームは確か友人に進められてやり始めたのだ。友達を紹介するとなんとかとかいうポイントがもらえるらしくて。マルチ商法かよ、と当初は疑ったものだ。
しかしゲームはCMでも宣伝されている携帯アプリだし安全だろうと押しつけら、…進められた。
それでやったんだっけ。
ひどい頭痛の据え、頭にふわりふわり浮かぶ記憶。この日になんかあったっけ?と脳に問えば私の体験したことのない記憶が浮かび上がるのだ。正直怖い。
しかしそこにいるのは今とは姿が異なるが面影がある“私”の存在。
もう一人の自分───…
しかしまあ、この高校を思い出せて良かったかもしれない。気持ち的には私の妄想なんじゃ、と疑うのは消えないけれど高校を断る決心がついたと思えばいい。
もとから私は菫ヶ丘が第一志望だったのに。学費免除に惑わされたよ。これは学校側の持ち上げて落とす作戦だな。
帝校の学費免除がなんとも魅力的であそこの図書室も凄い広いって聞いたし、捨てがたい気持ちも合った。
けどあれ、デッドエンドだかバットエンドだかあった。ようは死ぬってことなのだ。物騒な学校があったものだ。
私の記憶ではゲームであれど、ここは現実。リセットボタン一つでよみがえったりするわけじゃない。
──だったら逃げる。逃げてやる。早々に死んでしまいたくない。
巻き込まれてたまるか。
◇ ◇ ◇
「え?断った?」
「ん。お前が行かねぇならやっぱりなーって」
「お、おー、マジですか」
「マジマジ。一緒にガオカ行くわ」
青原 雅。たしかこいつも君シンに出てくる攻略対象キャラ。
名前に色が入っているのが攻略対象キャラでって、え、いいの?
これはほんとに行かなくても大丈夫なのだろうか。
青にえっと三原色の赤と黄。それと紫、白、黒でしょう。あと桃色に灰色とかも全部学校内の攻略対象キャラだったような。
思い返せば結構記憶はソレを記憶していたようだ。
ここでシナリオ崩すことしていいのか、と思ったが私も本来ならあの学校にいるはずの人間、主人公の友達Aだ。
すでにシナリオは崩壊気味だったのだ。
(……まあいっかー)
それが安易な考えだとは知らずに。
◇ ◇ ◇
「へぇ、3人も」
「第一中学校3年4組青原雅、同じく3年4組宮乃夜宵。第三中学校3年2組黒澤音弥ですね」
「仕方ないね。明後日の予定は空いてるかな?」
「はい、午後からなら」
「じゃ、車お願いね」
ふわりと紅茶から湯気があがり、穏やかな匂いが仄かに鼻を擽る。
その空間には2人の男。
男が浮かべた笑みを彼女はまだ知らない。
◇ ◇ ◇
「あ?お前もやめたのかよ」
ベランダから見える明かりが灯った電灯を見つめながら、一人の青年が眉を潜めた。電話の相手に向かって舌打ちをひとつ。
『お前もか』
「あぁ、アイツ行かねぇって言うし」
青年は一度携帯から耳を離し、画面を見つめてから、耳と肩に挟めた。
そのまま窓に手を掛けるとベランダから室内に入る。
電話越しに彼女の名前を呟かれて少しいらっとする。会ったこともないくせにその名前を口にするな、と。
「あ?なに?」
『…俺も、ガオカ行くから』
「は、ちょ──…」
彼はぶつり、と唐突に切れたそれに携帯から耳を離して盛大に舌打ちをする。
「雅!ご飯〜」
「今行く!」
声を張り上げてから再び舌打ちをした。
「ふざけんなよ、音弥め」
◇ ◇ ◇
「──…今年の新入生について聞いたか?」
「あぁ、聞いたさ。断った話だろ」
こくりと頷く。それに伴ってカップに映り込む影がゆらりと揺れた。
「興味深い“色持ち”が2人いた」
「他にも1人いるけどね」
とある一室。
2人の青年がティーカップを手にしながら話を進める。
「どうする?」
「……様子見だ」
まるでその答えが意外だと言うようにもう一人の男が「いいの?」と確かめた。
きらりと光る、まるで捕食者のような目…───
「“今”は見逃してやるよ」