Prologue
幼い頃、恋とはみな少女漫画のようなものだと思っていた。
自分もいつかそんな恋に出会うのだと思っていた。
愛しあう二人はたとえどんな障害が現れようとも、互いがこの世で唯一無二であることを決して疑わない。私がいつか出会うのはそんな運命の恋である―― と。
いったいいつから、そんな夢のような空想を抱かなくなったのだろう。
生徒から学生になり、学生から社会人になった。フレッシュな新人時代は過ぎて、もう「先輩」と呼ばれるような歳だ。
いくつか恋愛をした。出会いと別れもあった。
そのすべてが、かつて信じていた「恋」とは到底呼べないような、こわれやすく曖昧なものだった。
いつのまにか世間を知ってしまった私には少女漫画の世界は甘すぎて、かつてのように自分と重ねあわせて空想に浸り、心ときめかすことなんてできなくなっていた。
けれど、もしかするとほんとうは、今だって私は心のどこかで求めているのかもしれない。
世間知らずの少女の見る夢のような運命の出会いを。まるで私の人生のすべてを変えてしまうような、ドラマティックなはじまりを。
だから私は、自分に言い聞かせるのだ。
苦いコーヒーを口にしながら。
幼いころ憧れた角砂糖入りの紅茶のように、甘い夢なんて無いんだよ、 と。