7 貴方だけには嫌われたくないんです
その日は幸せだった。久し振りに母さんとこんなに話した気がした。
フランス料理は美味しかったし、なんだか自分がこんなに幸せでいいのかが分からないくらいだった。
7 貴方にだけは嫌われたくないんです
朝目が覚めたら、母さんがおはようって言って笑いかけてくれた。
テーブルには今まではパンだったのに、珍しくご飯やみそ汁が並べられていた。
「珍しいね、いつもパンなのに」
「たまにはこういうのもいいかなって思ったのよ」
母さんはそう言うけど、これはきっとあたしに合わせてくれたものだ。たまにはって言ったけど、少なくとも数カ月は朝ご飯にごはんは出なかった。それが先生と話して次の日にこれだから絶対にあたしに合わせてる。
やばい、これが幸せってものなのかなぁ。
そう思いながら食べた朝ご飯は何だか最近食べてた朝ご飯よりも美味しい気がした。
学校はいつも通りだった。相変わらず石原はクラスの中心人物で、あたしは未だに告白の返事をしないで、もう2週間も経ってしまった。
クラスメイトだってもう石原とあたしの噂をあまりしなくなっている。もうこの際、うやむやにしてやろうか。そう思ったけど、それはあまりにも石原に失礼だったから止めた。早く返事をしなきゃ、でもこんなに待たせた挙句振るなんて物凄い嫌な奴じゃない。
でも仕方ない、全部自業自得だったんだ。結局石原の事を恋愛面では好きになれない。それだけだった。
早く言わなきゃ、そう思うのに中々話しかけるチャンスもなく、気付けば放課後になっていた。
石原はさっさとサッカー部の面子と部活に行ってしまい、話しかけようと思ったのにこっちを見向きもしない。なんで急にこんな風になったんだろう。考えても結論は出ないけど、必死にない頭を絞っていたら声をかけられた。
「倉田さん」
「あ、委員長……」
そこに立っていたのは委員長だった。委員長は神妙そうな顔で、少し話があるから時間あるかな?とあたしに言ってきた。断る理由もなく、大人しくあたしは鞄を持って委員長の後をついていった。
委員長に連れてこられた場所は、前に委員長がサッカーを見学するいい場所があると言っていたところだった。
そこに腰かけた委員長を見て、あたしも隣に腰かける。
「倉田さん、あたしがこんな事言える義理じゃないけど……早く石原に返事をしてやって」
「え?」
思いがけない言葉に目が丸くなった。でも委員長は辛そうな顔をしている。
「石原最近調子良くないんだよ。なんでかって考えても倉田さんしかあたしには思い当たらない。付き合う気がないんならバッサリ振ってやるのも優しさだよ」
「委員長……」
「そんなに真剣に悩んであげるのはすごくいいことだと思うけど、流石に2週間は長過ぎるよ。待ってる石原の事も考えてあげて」
その言葉に頭を殴られた感覚がした。
あたしはずっと自分に甘えてた。石原に悪いって思いながらも、石原なら待ってくれる。そう思い込んでた。こんなに待たされていいはずがない。石原はきっと怒ってる。そんな石原に更に振るなんて事できるのかな……
知らず知らずの内に泣きそうになってたらしい、そんなあたしを委員長は笑って励ました。
「そんな顔する必要無いよ。倉田さんは一生懸命考えてあげたんだから。もしそれであいつが怒ったらあたしがぶっ飛ばしてあげる」
そう言って笑った委員長がマジで頼もしく見えた。
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「関係無くないし。俺は5組の奴に嫌われてるんだよ」
「は、何で?」
「いつまで経っても倉田さんが石原に返事をしないから、倉田さんと仲がいい俺が倉田さんを盗ったんだってさ」
「はぁ?何それアホくさい」
「確かにアホくさいけど、実際陰口言われりゃ頭にくるよ。倉田さんはいつまで経っても返事しないしさ」
「……それは」
「それはじゃないだろ。倉田さんがはっきりさせないのが悪いんだろ?迷惑なんだよ」
悪い事って続くんだな。本当にそう思った。
委員長と別れて、色々考えながら帰っていると、目の前に一之瀬の姿を見つけて話しかけた。でも一之瀬は何だか機嫌が悪くて、石原の返事を早くしろって言われたから少し頭にきた。あたしだって悩んでるのに何で一之瀬にこんなに嫌味っぽく言われなきゃならないんだろう。そう思っていつもの癖で言い返してしまったら、一之瀬も言い返してきた。
そして最後には迷惑って言われた。一之瀬はそのまま自転車をこいであたしの前からいなくなってしまった。残されたあたしはその場に立ち尽くしたまま。
やばい、変な人じゃんこれ。早く帰らなきゃ。
そう思っても足が縫いつけられた様になって思うように歩けない。
お願い、早く歩いて。だってあたし今……凄く酷い顔してると思う。こんなに胸が痛くなったのなんていつぶりだろう。とにかく早く帰らなきゃ、この顔じゃ外歩けない。
頑張って家に帰って自分の部屋に入った途端、力が抜けて尻もちをついた。
息をするのも苦しくて、目の前がチカチカして、胸がズキズキ痛んで、顔に熱が集中して……あぁこの現象を知ってる。
何度も経験してきた現象、それが今起ころうとしてる。
耐えようと思っても耐えられない胸の痛みに目から水滴が落ちれば、もう我慢はできなかった。
「う、うぅ……うえぇええぇ!」
そのまま声を上げて泣いたら余計に涙は止まらない。なんであたしが嫌われなきゃいけないんだろう、あぁ一之瀬はもうあたしに愛想を尽かしたんだ。それが悲しい、もう話せないんだと思ったら悲しい。
なんでだろう。今まで嫌われる事なんて何度もあったのに、なんでこんなに胸が痛いのか。石原に嫌われたらこんなに泣くほど悲しいのか……
それを考えたら何で悲しいのかなんて理由はすぐに分かった。
惹かれてた。一之瀬に間違いなく惹かれてた。
話を聞いてくれる時の表情が好きだった。母親を心配する目の優しさが好きだった。話しかけて振り向いてくれた時の笑顔が好きだった。
でも気付きのが遅すぎた。もう一之瀬はあたしの事を嫌ってる。全部自分が招いた事だ。一之瀬にも石原にも迷惑をかけてしまった。嫌われて当然だ、なのに……何でこんなに悲しいんだろう。
「うえ……ごめん、ごめんなさいぃ……」
それはどっちに謝ってるんだろう、でも声に出さずにはいられなかった。
好きになってしまってごめんなさい。振ってしまってごめんなさい。返事をしなくてごめんなさい。友達でいてほしい、嫌われたくない。好きでいてほしい。お願いだから、もう一度あたしに振り返って笑ってよ。
分かってるよ、全部私が悪いって。
でもどこかでまだ貴方が笑いかけてくれるって期待してる。