5 探りを入れて
結局あの日以来一之瀬と会話をする事なく1週間が過ぎた。
石原の件も未だに解決してないあたしにとって、毎日の学校は苦痛でしかなかった。
5 探りを入れて
告白されてから、石原と良く話す様になった。と言っても、向こうから話しかけてくるからそれに答えるだけなんだけど。石原はやっぱいい奴だった。友達としたら間違いなくいい奴に入るだろう。
明るくて面白い。他人の悪口を言わないし、友達が言った悪口に同調する事もない。
根っからのいい人キャラなんだろうな。そう思いながら石原の話を適当に相槌を打ちながら聞いている。
「今度練習試合でさ、俺スタメンなんだよね!」
「すごいじゃん」
「先輩が抜けたから2年の俺たち中心になったからだけどね。今年こそは絶対にベスト4まで行ってやるんだ!」
そう言って意気込んで笑う石原につられて笑みが漏れる。藤田さんが言った通り、石原はずいぶん我慢強いタイプらしい。未だに告白の返事をしないあたしにこうやって話しかけてきてくれるし、急かすなんて事しない。
それに甘えてるだけなのかもしれない。他の女子たちがあたしの方を見てヒソヒソと話をしている。
まぁあたしの悪口なんだろうけど、もう慣れっこ。そう言うの気にしてたら学校なんてとうに行けなくなってる。昼休みも終わりに近づいていく。あ、今日も確か5限って社会だったっけ?面倒くさいな。またさぼろうかな……
そう思って、席を立ちあがったあたしに石原は視線を送る。
「倉田さん?」
「ちょっと気分悪いから保健室行ってくる」
「大丈夫?」
「うん。ごめん」
心配してくれてるのに嘘ついてごめんね。本当はさぼりたいだけなんだけどね……そう心の中でごちて、クラスを出る。
この時間に屋上に行く人間は少ないだろう。階段を下っていく人は見るけど、昇っていく人はあたし以外いない。屋上の扉を開けて外に出れば解放感。そのままフェンス近くの鉄格子に腕を乗せて、景色を眺めた。別に景色がいいってわけじゃないけど、それでも屋上から見る景色がなぜか好き。
生徒たちがどんどん屋上を出ていく中、不意に聞こえた声に耳をすませた。
「春哉ー?」
「わりぃ雅氏先行ってて」
「はぁ?」
この声は一之瀬……下の名前春哉って言うんだ。ここで昼ご飯食べてたんだね。この間も屋上で一之瀬と会ったし、一之瀬は屋上でよく昼休みを過ごしてるみたいだ。一之瀬がそのまま地面に腰掛けるのが分かる。その音を1つ1つ拾い集めてる自分も少しだけ滑稽だ。振りかえってジッと見ても、会話をする事はない。むしろなんだか気まずい雰囲気が包み込んでいく感じがする。
でもそう思ったのは一之瀬も同じだったようで、困ったように眉を下げた。
「迷惑なら出てくけど」
「別に。いいんじゃない?居ても」
「どうも」
何だか一之瀬に視線を向けられなくて、体を反転させて景色を見る。一之瀬もそれ以上語る事もなく黙っている。刻一刻と時間だけが過ぎていき、会話しない時間が何分過ぎた頃だろう、あたしは勇気を出して一之瀬に話しかけることにした。
「一之瀬ってさ……誰かと付き合ったことある?」
一之瀬の顔を見ないで聞いたから、一之瀬がどんな表情をしていたのかはあたしにはわからない。
でも小さく「えっ」とか「あー……」とか言ってるから多分困ってるんだろうって事だけは分かった。
しばらくすれば答える気になったのか、息を吸い込む音か聞こえた。
「あるよ。中学の時に2人、長く続かなかったけど」
やっぱり一之瀬は彼女いた事あるんだね。まぁ一之瀬はいい奴だし、予想してた通りだけど……直で言われると何だか胸が痛んだ。
それを悟られないように質問攻めをする。
「どれくらい続いた?」
「1人は半年、もう1人は3カ月。短いっしょ?」
「どこまで行った?」
「どこまでって……キスまでは行った」
「……そっか」
普通の恋人してたんだ。羨ましい……あたしだってそう言うのしてみたいよ。
いや、頑なに逃げてただけかもしれない。しようと思えばする機会はいくらでもあった。現に今だって石原の告白をOKすれば、憧れてたその未来を迎える事が出来るんだろう。
でもそれをしないのは、あたしが石原を未だに恋愛的に好きにはなれないから。そして断れないのは……
「石原ってさ……幸が如何にも好きそうな奴なんだよね」
「幸って……もう1人の倉田さん?」
全てを話してる一之瀬はすぐに理解してくれて助かる。やっぱり相談役がいるっていいことだな。
「小学生の時にさ、幸が初めて好きになった奴が石原そっくりだったんだよね。スポーツマンで明るくてクラスの中心で……幸はあいつといると楽しそうだった」
「うん」
「もしかしたらあいつと付き合ったら幸は起きるのかなーって思ってさ。そしたら速攻で断る事が出来なかったんだよね。気づいたらいつまでもズルズル引き延ばして期待させて……最低な奴だね。あたし」
「倉田さんは……石原が好きじゃないのか?」
「わからない。付き合ってみたら好きになるかもね。告白されてから話すようになったけど、いい奴だと思う」
「だったら……「でも向こうがあたしを受け入れてくれないと思う」
そうだ、あたしが例え他人を好きになったって、他人があたしを嫌っていく。二重人格って事を一生隠し通せる自信なんてない。誰かに助けてほしくて、結局隠し通す事なく相手に縋りついてしまう。
その結果、相手は離れていく。もうそれは実証済みだからきっと石原もそうだ。
あたしが放った言葉に疑問を持ったのか、一之瀬が焦ったようにして反論してきた。
「受け入れてくれないって……向こうが好きだから告白してきたんだろ?」
「……二重人格だって知ったら気味悪がられそうじゃん」
「それは……」
「中学生の頃、初めて好きな人が出来て付き合った事があったんだよね。でも二重人格だって事を言った途端ふられた。次の日にはクラス中に気味悪がられた。それ以来かな、誰とも付き合いたくないって思ったの」
今思い出してもすごくショックだったよなぁ……向こうから告白してきて、いつも優しくて、この人なら受け入れてくれるって思ってたのに、言った瞬間さよならだったんだから。
思い出しただけで涙が出そう。あの日以来、他人と付き合うとか絶対に嫌だって感じた。こんな思いするぐらいなら1人でいいやって。そう思ってたはずなのに、やっぱり1人は寂しい。どうしようもなく寂しいよ。
一之瀬は話を聞いて、気まずそうにしながらも、結局あたしが何について悩んでるかを理解しているようだ。嫌だよね。一之瀬は精神疾患の人とかかわってるから、その手の人の対応に慣れ過ぎてる。楽だけど、鋭いから嫌。
「倉田さんは付き合いたいんじゃないのか?石原と……」
「わからない。今は別に好きじゃないから……」
「早く返事しねぇと可哀そうだよ。石原もドキドキしてんだからさ」
「わかってるよ」
一之瀬もそうやって急かすんだ。別にそれに文句を付ける気はない。どう考えたってあたしが悪いのは明白だから。
でもさ、やっぱあんたに言われるのは心苦しいわけよ。
「一之瀬」
「何?」
「……何でもない」
本当は何でもなくない。教えてよ、どうすればいいのか。道を示してよ。
あたしの全てを知ってるのはあんただけなんだから、あんたしか頼る人がいないんだから、あたしを助けてよ。
ねぇ助けて。
他人を信じるのは怖いけど、1人はもっと怖くて寂しいの。