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幻想少年  作者: *amin*
4/20

4 少しは気にして

「あの、倉田さん……ちょっといいかな」


話しかけてきたのはサッカー部に所属している同じクラスの石原だった。

明るくてクラスの人気者、そんな奴が浮いてるあたしに何の用なんだろう?なんて今更馬鹿みたいに鈍感な事は思わない。だって顔を赤くした石原を見れば、何の要件かはすぐに見当がついたから。



4 あの日の彼



石原が話しかけてきた事にクラスの女子たちが一斉にヒソヒソと話し出す。

それを少し気まずそうにしながら石原は、あたしが話を聞いてくれるかと言うのを待っている。

まぁ聞くだけなら、答えは決まってるんだけど。そう思いながら、OKの返事をしたあたしに石原は嬉しそうに笑った。その姿を見たら、何だか申し訳なくなってしまった。


石原と教室を出て、中庭まで移動する。

まだ朝のHRは始まってないけど、流石にこの時間から生徒がこの場所にいるわけではなく、がらんとした中庭にはあたしと石原しかいない。この状況だったら、どんな声でも聞き逃す事はなさそうだ。

石原は赤くした顔を隠す事もせず、もじもじする事もなく、勢い良く頭を下げた。


「俺、倉田さんの事が好きなんだ!俺と付き合ってくれ!」


勢いよく言われることなんてなかったから、少し戸惑ってしまった。早く断れ。そう頭の中で思っているのに、必死な表情をしている石原を断る事が出来なかった。だって石原は幸が好きだった小学校の頃の初恋の相手だった吉井にそっくりだったから。

吉井もサッカーのクラブに入ってて、人気者で、明るくてクラスの中心人物で、皆あいつの周りに集まって……気が弱い幸は話しかける事も出来なくて、いつも日記に吉井の事を書き綴っていた。

その数ヵ月後に幸は自殺を決意して、あたしが倉田幸にとってかわった。つまり幸にとって吉井は今でも初恋の相手なのだ。その吉井に雰囲気がそっくりな石原。そんな相手をあたしが振ってもいいのか、そう思ってしまった。

そして出た言葉は今まで発した事のないものだった。


「少し……時間くれない?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

石原は待ってるって言ってくれた。だから一生懸命考えて結論を出さなきゃいけない。

何に?大体あたしは石原の事を好きなんかじゃない。答えが決まってるのに何に結論を出そうとしてる?なんであたしが倉田幸の事を気にかける?あいつとあたしは全くの別人じゃない。そうだ、何も関係ない。あたしは石原に恋愛感情なんて抱いてない。さっさと振っちゃえばいいんだ。

帰りのHRが終わって、石原はサッカー部の奴らとさっさと部活に行ってしまった。

アドレスも知らないあたしは直接話をつけなきゃいけないから、今日はもう返事をするのは無理だろう。


……帰ろう。


そう思って鞄に荷物を詰めてるあたしをクラスメイトの視線が襲う。

石原に呼び出されたあたしの返事がどうにもこうにも気になるみたいだ。でもその事はどうやらクラスメイト達は知ってたみたいだった。


「やっぱり石原君、倉田さんに告ったらしいよ」

「え?マジで!あり得ない……なんで倉田なの?」

「ってか今回は倉田さん考えさせてっていったらしいよ。赤井が言ってた」

「はぁ!?じゃあ倉田も石原に気あるわけ?」


何もそんな本人に聞こえるように話さなくても……

溜め息をついて鞄を肩にかけ、教室を後にした。やっぱり学校は気まずい。あんなに堂々と人の恋愛事情を暴露されたらプライベートもくそもない。あたしはどうって事ないけど石原が可哀想。

帰りにグラウンドを少しだけ覗いてみた。まだサッカー部は練習が始まって無くて、数人の生徒がグラウンドでリフティングをしてアップをしていた。

座れる所を探して腰かけて少しだけ様子を見ていると、石原が体操服に着替えてグラウンドに入ってきた。その瞬間、数人の生徒が石原の所に集って、仲良く騒ぎ始める。


やっぱり石原はどこに行っても中心人物みたい。


楽しそうにパスを出しあっている石原を眺めてると不思議な気分になってくる。

この暑い中、影のある所に移動しないで皆がボールを追いかけてる。一生懸命になってる姿がとても格好良く見えた。これはモテる対象だな。そう思いながらグラウンドを眺めていると、不意に肩をたたかれた。


「倉田さん、珍しいね。見学してるなんて」

「……委員長」


話しかけてきたのはクラスの委員長の藤田美紀だった。

委員長も体操服を着ているって事は、もしかしたら部活かなんかなんだろうか。

立ち上がろうとしたあたしを委員長は座らせてサッカー部を眺めている。


「もっと近くで見なよ。ここじゃあんまり見えなくない?」

「別に……そんな長時間見るわけじゃないし」

「そうなの?でも倉田さんが見てくれたら石原きっと喜ぶと思うけど」


あぁ、やっぱりあんたも知ってるんだ。本当に石原があたしの事を好きってこと、皆が知ってるみたいだね。じゃあ委員長はなんでこんな事を?あたしをただ単にからかいたいだけ?

視線を下にずらせば、委員長の足元にはプラスチックの籠に入った大量のペットボトル。中に水が入ってるのを見ると、かなり重そうだけど……

それを見てるのを気付いた委員長が笑いながら籠を持ち上げた。


「あたしマネだからさ、見学にいい場所知ってるよ」

「重くない?」

「慣れっこ。マジ腕っ節強いよあたし」


にっこり笑った顔からは悪意など微塵も感じ取れなかった。

少しだけ笑い返して視線を石原に戻すと、委員長は籠を地面に置いてその場に中腰になった。


「あたしさー石原の幼馴染でさ、倉田さんの事、石原から相談受けたんだよね」

「え?」

「話した事ないけど可愛い子がいるんだ、って。倉田さんって聞いて納得だったけど……まさか告るとは思わなかった」

「……」

「でも倉田さんは見学にわざわざ来てる。少しは脈があるって思ってもいいんだよね?」

「それは……」

「大丈夫、あいつは我慢強いから。ゆっくり考えてくれればいいよ」


なんでこの人は他人の石原にそこまで言えるんだろう。幼馴染だから家族同然なのかもしれない。ますます断りづらくなっちゃったじゃない。

あたしに挨拶をして委員長はサッカー部の所に向かっていく。なんだかあたしがいるのが石原にばれそうで、逃げるようにしてその場を後にした。


帰りを1人で帰っていると、少し離れた所を一之瀬と一之瀬のおばさんが歩いてた。一之瀬は買い物袋を持ちながらも、おばさんと楽しそうに会話をしている。

なんだ、一之瀬の家は何だかんだ上手くいってるんだ。良かった……心からそう思えた。だって一之瀬は友達だし。友達?友達なのかな……そう言えばあたしたちの関係って何だろう?

あたしが一方的に迫ってるだけで、向こうは友達って思ってないかもしれない。だってあたしは一之瀬の告白もこっぴどく振った訳だし。

何だか気分悪くなってきた。早く帰ろう……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「昨日、おばさんと歩いてたじゃん。見たよ」


次の日、登校中の一之瀬を見つけて話しかけたら、一之瀬は少し気恥ずかしそうにしていた。

見られたかって言って笑う一之瀬が何だか可愛らしく感じた。

一之瀬は家族思いだ。多分あたしが今まで知りあった同い年の人の中で一番家族思いだと思う。そんな一之瀬が幸せそうに笑うのはいい事だ。きっとこんな風に笑ってくれるんだから、あたしの事だってきっと嫌ってはないはず。勝手にそう思い込んで、そのまま一緒に登校した。


「あれ?倉田さんって石原と付き合いだしたんじゃないの?あれ誰?」

「確かあいつ3組の奴だよな。あの噂デマなのか?」


急に耳に入ってきた声に睨み返せば、そいつらは顔を背け速足で去っていく。

何?何でこんなこと言われなきゃいけないの?そもそも石原とはまだ付き合ってないし、なんで一緒に登校してるだけで一之瀬と付き合ってるって事になる訳?今の声は一之瀬にも聞こえてたらしく、少し困った顔をしていた。

完全にあたしが巻き込んでしまったって感じだ。一之瀬は何も悪くないのに……

とりあえず、この場を何とかするために敢えて大げさにリアクションを取った。


「マジでウッザ!何であたしの行動がこんなに広がらなきゃいけない訳?」

「しょうがねぇよ、倉田さんと石原が付き合うって噂すっげー広がってるから」

「は?」


一之瀬の返事に目が丸くなった。

一之瀬もこの噂知ってたんだ。多分石原が流してるんじゃないんだろうけど、じゃあ誰が?委員長?でも委員長もそんな事する様なタイプじゃないし……そんな事どうでもいい。いつのまに付き合ってるって話になった。なんでそんな話が大きくなってるの?

それになんで一之瀬は普通な顔してあっさり言ってきた訳?

あんた仮にもあたしが好きで告白までしてきて、あれからまだ数週間しか経ってない。あんたにとってあたしはその程度だったって事?

なんかムカムカする。


「何それ、訳わかんない」

「でも倉田さんは告白をバッサリって言うので有名だから、考えさせてはすごい進歩なんだよ」


そうじゃなくて!あたしが聞きたいのはそれじゃない!!


「……あんたは嫌じゃないの?」

「え、俺?」

「仮にもあんたあたしに告白してきたじゃん。なのにこんな噂立って嫌と思わないの?」


固まってしまった一之瀬。そこで言葉が出ないって事はそういうことだよね。

はいはい分かりましたよ。あんたにとってあたしはその程度ね。よぉく分かりました。


「倉田さん」

「うっさい。ばか一之瀬」


何か言いかけた一之瀬を一喝して、先に学校に向かう。

一之瀬のくせに!一之瀬のくせに!一之瀬のくせに!!そう思いながら歩いていって、ふと我に返った。

あれ?あたしが怒る権利ってなくない?なんであたしが怒ってるの?

だってあたしは一之瀬の告白を振ったんだし。なのに今、何も反応を返さなかった一之瀬になんで切れてる?嫉妬してほしかったとでも言うんだろうか。

もうわかんない!ただでさえあたしは頭いかれてるんだから、心までグジャグジャにしないでよ!!



助けてよ。

 あたしが助けを求めてるのは他の誰でもない、あんたなのに。


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