3 これは恋かしら
一之瀬は5限が終わったら6限は受けると言って教室に戻っていった。
なんだか少しだけ気分がすっきりした。話しかけて良かった……もういいや、6限なんて出なくても。
3 これは恋かしら
結局6限もさぼってHRだけ参加して今日の学校は終了。皆がさっさと帰っていく中に混じって、あたしも学校を出た。1人で帰っていると少し前の方に見慣れた後ろ姿。今日話したんだから間違いない、あれは一之瀬だ。
話しかけていいのか迷ったけど、向こうも1人で歩いてるんだから別に話しかけてもいいよね。
そう思って、普段学校では出さないような大きな声を一之瀬に向けて放った。
「いーちのせ」
「あれ、倉田さん」
一之瀬が気付いて、こっちに振り向く。それに手を振って、あたしは一之瀬の所に少し早歩きで向かった。その光景を何人かのクラスの奴らに見られたけど別にいいや、見られて悪い場面でもないし。一之瀬は当たり障りない会話を投げかけてくる。昨日のテレビとか、欲しい服があるとか。でもあたしが会話をし出したら自分の話を中断して、聞く姿勢に入ってくれる。
多分この姿勢は家族の人に精神疾患の人がいるから培われたんだろうな。そう思いながら、その好意に甘えて自分が話したい事をいっぱい話した。友達がいない今まではこんなの話せる人他にいなかったから、なんだか嬉しくて楽しかった。
ある程度、話したい事を話し終え、あたしは少し気になった事を一之瀬に聞いた。
「一之瀬、今日はおばさんの迎えに行くの?」
「いやーあれは時々だから。いつもは親父が仕事帰りに迎えに行くんだよ。それにお袋が病院行くのは大体朝だから、こないだは特殊なケース」
「ふーん……」
なんだか少しだけ一之瀬が話したくなさそうだったから、この話はこれでお終い。また自分の趣味の話をし出したあたしを一之瀬は笑いながら聞いてくれた。一之瀬と別れて家に帰っても誰もいない。母さんはまだ仕事のはずだ。何だか今日は気分がいい。久し振りにあたしが何かを作ろうかな?冷蔵庫を開ければ、結構な食材が中にあった。これは中々豪華なのが作れそうだ。
「これは幸が作ったの?」
「そう」
適当にそう答えて母さんの分の皿も出す。
あたしが料理したのなんて多分片手で数えるくらいしかないはずだ。母さんもあたしが殊勝な事をしたことに驚いている。でも特に会話が弾む事もなく、母さんは有難うだけ言って服を着替えて手を洗って席についた。
「美味しいわね。あんた料理上手いわね」
「別に普通じゃない。本見たら間違えるなんてないし」
「そう?でもなんで今日はこれを作ったの」
「これが好きだから」
それだけ答えれば、母さんは食べていた箸を置いた。
「そう、あんた肉じゃがが好きだったのね。意外に和食派ね」
「別にいいじゃん。好きなものは好きなの」
「他には?何かないの?」
母さんに質問されて驚いた。そんな事聞かれるなんて思ってなかったから。
口ごもったあたしに母さんはずっと待ってくれた。でも上手く答えることなんてできなかった。
「和食なら何でも好き。でも洋食も好きだけど……えぇと……」
「あんた好き嫌いないんじゃない?ふふ」
「そ、そうかも」
笑った母さんを久しぶりに見て、何だか心が温かくなった。
今日料理して良かった。心からそう思えた。
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この事を一之瀬に話そう。そう思って次の日、あたしは学校に向かった。話す相手が一之瀬しかいないあたしからしたら、早く一之瀬と話したくて仕方がない。向こうは友達がいっぱいいるみたいだけど、でもあたしには一之瀬しかいない。申し訳ないけど付き合ってもらうしかないのだ。
昼休み、一之瀬がクラスに遊びに来た。願ってもないチャンスに一之瀬の所に駆け寄ると、クラスメイト達の視線があたしに向かう。一々あたしに気にしなくてもいいよ。あんたたちは自分の好きなことすればいいのに。教室の前にいたくなくて、一之瀬と人通りの少ない場所まで移動した。
「今日友達に倉田さんと付き合ってんのかって聞かれたよ。一緒に帰ったから」
「はぁ?」
何それ。一緒に帰ったら付き合ってたとか、どんだけなんだよ。
そう思って呆れた声が出たあたしに一之瀬は慌てて否定しといたから!と弁解してきた。
でも今話してるこの状況でも勘違いされるんじゃないかな。そんな事一之瀬が言うもんだから一之瀬は少なからずこの状況を快く思ってないって事だけ理解できた。なんか少しだけショックだけど仕方ないよね……
「そーだ一之瀬、アド教えてよ」
「アド?」
「そうそう。学校であんま話せないからメール」
「それはいいけど」
思い切ってそう聞いてみれば、一之瀬は特に気にする事もなくアドレスを教えてくれた。他人のアドレスなんて最低限しか入ってないケータイにも遂に役目が回ってきたようだ。
今まで放置気味だったけど、これからは肌身離さず持っておこう。そう心に決めて有難うと告げれば、一之瀬は顔を赤くして首を横に振った。
でも急に真面目な顔をして話しかけてきた。
「もう1人の倉田さんってどんな子?性格とか」
なんでいきなりそんな事を……あんな奴どうだっていいじゃん。
少しだけムカついて、眉をしかめたら、一之瀬は少しだけ慌てた表情を見せた。
「どうでもいいじゃん。かんけーない」
「ごめん」
「別に、じゃあね」
なんかむかつく。聞いてこないでよそんな事。今目の前にいるのはあたしなんだから、なんでもう1人の幸の事を聞いてくるのかマジで訳わかんない。
結局その後、一之瀬と話す事もなく、あたしは今日の学校を終えた。
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「……送ってもいいものか……」
家の帰ってから、あたしは悩んでた。
一之瀬にメールを送っていいかどうか。だって向こうからは来てないし、多分今はバイトの時間なのかもしれないけど。
いきなり切れて帰ってしまって、今更メールとか少し送りづらい。でもあたしが送らなくて一之瀬は送ってきてくれないかもしれないし……あーどうしよう!
悩んだって仕方ない!とにかくまずは謝って何とかしよう!そう思ってあたしは簡潔に用件だけを書いた。
『今日は何かごめん。少し感じ悪かったなって思った』
暫くして返事が返ってきた。ケータイを横に置いてたので、すぐにあたしは画面を開いた。
そこには『気にしてないよ。俺こそごめん。今バイト終わったんだ』と書かれていた。
これは返信していいのかな?でもすぐに返信したら引かれるかな?10分くらい待った方がいいのかな。でも早く返信したい!
とりあえずしばらく時間をおいて返信することにしたけど、こんなに時間の進みは遅かったかな?
早くして!そう思いながら既に出来上がってるメールを何度も読み返した。
誤字はないかとか、愛想無いと思われないかとか……色々不安だったけど、でももういいや!メールを送って、今か今かと返信を待ちわびた。
酷く滑稽でしょ?
なんだかこれって私が貴方に恋してるみたいじゃない。