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幻想少年  作者: *amin*
18/20

18 少しずつ無くなっていく

あれから一之瀬君に話しかけてはいない。だって怒っている人に話しかけても逆効果なのは知ってる。

お父さんがいつもそうだったから。

でも一之瀬君の否定の言葉は、あたしにも幸にも胸の奥まで響いたはずだ。



18 少しずつ無くなっていく



「あたしの子供の頃ってどんなだった?」


不意に聞いた言葉にお母さんの目が丸くなるのが視界に入った。今まであたしは自分の事を何1つ聞いたりしなかったから。

でもお母さんに分かる訳が無いよね。だって幸と一緒に過ごした時間の方が長いんだから。あたしと過ごしたのはたった6年と数カ月。10年近く過ごしてる幸との方が思い出が多いのは必然。

でもお母さんは少しだけ笑って幼い頃のあたしを言葉で例えた。


「泣き虫だった」

「泣き虫?」

「そう、欲しい玩具があったら泣いて欲しがって、少しでも嫌な事があったら泣いて怒る。泣かなかった日をカレンダーに印つけてやろうかなって思ってた」


……確かに良く泣いて困らせてた気がする。泣いたら助けてくれたから。大声で泣き叫んだら、お父さんの暴力がなくなる事があったから。泣けば済むんだと幼いながらに思っていた。子供の特権だ。でも幼いあたしに楽しい思い出なんてあまりない。全て父親のせいで壊されていく。

お母さんもこれ以上何も言えなくなってしまったのか、そのまま言葉を伏せた。まぁそうだよね、口に出したくはないよね。


「ねぇ幸、お母さんを恨んでる?」

「どうして?」

「あなたが辛い目に遭ったのはお母さんのせいだから……」


恨んだらどうかなるんだろうか。失くしてしまった10年余りを取り戻せるんなら喜んで恨み続ける。でも時間が戻る事はないし、お父さんが優しくなる事は無い。何も変わらないんだから無駄にエネルギーなんて使いたくないのが本音。あたしはお父さんが耐えられなかったけど、幸はそれに耐えた。だから幸が全てを手に入れた、それだけ。

少しの嫉妬や羨望は混じるけど、幸はあたしよりも立派でしっかりしてる。文句のいい様も無い。あたしの事を気にかけて、友達も作ろうとしなかった。口では何とでもいいながら、あたしに10年も平穏を与えてくれた。そんな幸にあたしは何も返してあげられない。


「別にお母さんの事恨んでない。恨んでも過去は変わらないから」

「そう……」


そう、何も変わらない。

この家が幸の匂いで満たされているのも、幸の好きな色でコーディネートされた部屋も、幸の大好きなぬいぐるみで囲まれたベッドも、幸しか映ってない小学校と中学校の卒業アルバムも、何も変わらない。

そこにあたしがいた形跡は1つも残っておらず、また幸で埋め尽くされた空間にあたしが新たに自分の物を置くのは躊躇われた。幸の空間を崩してしまう、そんなこと誰も望んでない。そう思うだけで、新しい物を買う気力は無くなった。結局幸のお古を使い続けるあたしは、もしかして幸と同化してきたのかもしれない。


少しずつ自分の中の何かが無くなっていく気がする。最初から自分は何も持ってなかったけど、持ってないなりの何かが無くなっていく。

家族だったり、知能だったり、玩具だったり……逃げた自分が悪いのに。

だから決めたの。ずっと考えてた、一之瀬君に言われてからずっと。本当に望まれる結末。あたしが救われる方法。それを全部考えた。そして1つの結末に辿り着いた。客観的に見れば、自分には何のメリットもないけど、あたしから見れば、これが最高のハッピーエンドなのだ。


「お母さん、有難う」

「幸?」

「あたし、病院に行きたいの」


それだけ告げたら、お母さんは理解したみたい。顔を真っ青にさせている。でももう決めたから、考えをかるつもりはない。

必死で止めてくるお母さんを見て、愛されてる事を自覚した。でもあたしの決意が固い事を知ったお母さんは説得を止めて病院に電話をかけた。これですべて終わる。


自分の部屋に行って荷物をつめる。もうこんな部屋とはおさらば。一生帰ってきてやるもんか。勝手に幸せになっちゃえばいい。あたしがこんな劣等感を感じてしまうから、いない所で。この部屋に思い出なんて1つもない。あっても無くなってしまう。昔と今は違いすぎるから。やっぱり10年の月日は長過ぎたんだ。全てを変えてしまう。

だからもういらない。こんな部屋いらない、グッズも何もかも。全て清算したら全て新しく一掃してやろう。壁紙も変えて机も自分なりにカスタマイズしよう。ベッドだってシーツを変えて、このグッズは全部捨ててやる。それで自分の好きな物で埋め尽くして行こう。

そんな未来が来るかは分からない、きっと来ないだろうけど。でもこの部屋にいる必要がなくなるという事実が嬉しくて仕方が無かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次の日、学校を休んで病院に向かったあたしを後藤先生が迎えてくれた。お母さんは仕事があるから、終わってくるみたい。1人になれる時間が長いのは嬉しいのやら悲しいのやらわからない。

でも仕事に向かう前にお母さんがあたしに振り返った。


「幸、自分の好きなようにしなさい。貴方でも、もう1人の貴方でもお母さんは今度こそ1から愛して見せるから」

「うん、ありがとう」


去り際にお母さんが目じりをぬぐったのを目ざといあたしはすぐに目についた。

お母さんは災難だろうな。こんな子供持って。

でも心配しないで、今度こそ全て終わらせるから。どんな結末になっても、今度こそしっかりと前を向いて人間らしく生きるから。

最後の対面なの。

後藤先生が中に入るのを促す。あたしはその後についていった。



最後の時は少しずつ近づいている。

 全て無くしたら、また1から手に入れるから。



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