17 理解者は現れない
他人は怖い。周りの視線が気になる。
放っといてほしい、暗闇に戻してほしい、幸と比べるくらいなら幸に話しかければいい。だって貴方達の知ってる幸はあたしじゃない。
17 理解者は現れない
今日も石原君と藤田さんが挨拶してきた。それに返事が出来なくて俯いていれば、そのまま一緒に登校になってしまう。それが怖くて更に口まで閉ざして会話に入らないようにすれば、自分たちは邪魔なのか?って聞かれる。
そう言う訳じゃない。あたしも普通にお話ししたい、けどその会話に割り込む事が出来ないだけ。
口に出したくても出てこない。そのまま黙っていたら、2人は先に行くね。と言って去っていってしまう。
またやってしまった。今度こそ完全に嫌われた。いや、嫌われた方が楽なんだ。だってあの人たちはもう1人の幸しか知らないから、そんな人たちには嫌われた方が……
自分でそう言い聞かせてるけど、正直寂しいし苦しい。返事さえできたら嫌われないんだろうか。そう考えてしまう。せめて相槌ぐらい打てればいいのに、でも打てないからあたしは今1人でいる。自分の言いたい事を言えないから勘違いされて去られてしまう。
全部あたしが悪い。
朝から悲しくなってしまったけど、お昼休み、屋上に逃げていたあたしの目の前に一之瀬君の姿を発見して少しだけ心臓がはねた。一之瀬君は幸の彼氏で、あたしの事もちゃんと知ってて、この間は助けてくれた。優しい優しい幸の彼氏。
一之瀬君になら話しかけられるかもしれない。彼はあたしをちゃんと分かってくれてる。あたしが話しかけても返事を返してくれるはず。自らの体に鞭を打ち、一之瀬君の側に向かう。
「お、おはよう」
「……おはよう」
一之瀬君はいきなり声をかけたあたしに驚いてたけど、ちゃんと返事を返してくれた。
良かった……無視されなかった。一之瀬君は不思議な人。幸の彼氏だったから幸の事を理解してる。そしてあたしの存在を認めてくれる。幸と比較しない。
それは一之瀬君が敢えて口にしないだけかもしれないけど、それがどれだけ救いになってるか分からない。一之瀬君になら頑張って話しかけようって思えてくる。
「き、昨日何してた?」
「ずっとバイトだったな」
ラーメン屋さんだよね。幸がいつも嬉しそうについていくのを見てた。幸が公に一之瀬君の彼女だって披露する唯一の場所。あそこで一之瀬君のバイト先の先輩たちと話している幸は嬉しそうだった。
なんだか少しだけ悔しくて上手く笑い返せなかった。そのまま会話がなくなってしまって、気まずい雰囲気になる。何か話題を探さなきゃと思っているあたしとは対照的に、一之瀬君は特に会話をしようとしている感じではない。
あたしとの会話、嫌なのかな……そう思ったら気分がどんどん下がって、逃げ出したくなる。でも教室に逃げたらもっと悲しいのは分かってるから、足が縫い付けられた様に動かなくなった。
生徒も段々いなくなり、5限目の授業開始5分前のチャイムが鳴る。
戻らなきゃ。そう思ったけど一之瀬君が動く気配はない。このままここにいるのかな。
「もどんないの?」
「う、うん。もう少しここにいたいな……駄目、かな」
「駄目じゃないけど」
もう少しここにいたい。初めてのサボリと言う行為に少しだけワクワクしてるあたしは小学生レベルだ。
こういうの1度もした事が無かったから新鮮だ。なんだか会話をしなくても居心地は悪くなくて、そのまま空をボーっと見つめていた。それから10分くらいして、何だか一之瀬君に無性に言いたい事が出てきて、ポツリと呟くように小さな声を出した。
「この間からね、幸と話ができないの?」
「……」
「ずっと話しかけても返事をしてくれない。もういなくなっちゃったのかな」
一之瀬君からの返事はない。もしかして怒らせたのかもしれない。でもあたしは構わず言葉を続けた。
一之瀬君は幸がいなくなって悲しいんだよね。でもそれはあたしも同じ。幸が連絡を取ってくれなくて悲しい。唯一の味方がいなくなったように感じる。出たくなかった表の世界に強制的に追い出されて、何も分からないまま現実に向きあわされた。幸が今どんな状況かは分からない。もしかしたら本当に消えてしまったのかも……
「幸はあたしを怒ってきた。すごく怖かった……あたしはまだ外の世界に出る勇気がないの」
「は?」
「だから話しかけて元の暗い世界に戻りたいのに、返事をしてくれない」
一之瀬君に言ったからって何かが変わる訳じゃない、けど言わずにはいられなかった。多分こんな事を言える相手が一之瀬君しかいないからって言うのが大きいんだろうな。お母さんには言えないし、学校の人に言ったら、それこそ気味悪がられる。
でもこれが今のあたしの本心だから。表の世界は怖い。何も分からないのに、こんな場所に行かされて、家に帰ったら週4でリハビリ施設に行って病院に行って……ハッキリ言って充実しているとは言い難い。そこまでする価値は自分には無い。空白の時間が長過ぎた。幸に体を預けすぎたんだ。
小学生と同じくらいの知能しかあたしには無い。それもそうだ、だってあたしは小学生の時に幸を無理やり表に出して隠れてたから。今更学校の勉強なんて分からない。しかも高校の勉強なんてチンプンカンプン。ただ幸が高校で友達ができたから、友達と過ごせたらいいだろうって言う母さんと先生の気遣いとほんの少しのあたしの見栄で高校に行ってる。
勉強はリハビリ施設で小学生の勉強からやり直し。こんな人間に皆何を期待してるんだろう。
頑張って、だなんて言ってほしくはない。生きて、とも言ってほしくもない。
何を言ってほしいかなんて自分でもわからない。でもただ分かるのは……
「じゃあ戻れよ」
「え?」
一之瀬君の冷めた言葉に顔を上げた。視線の先には怒りを抑えきれない表情をしている一之瀬君がいた。
あぁ、怒らせてしまったんだな。瞬時にそう感じたけど、謝ろうとは思えなかった。なぜだか、このままでいいと思った。
「戻れよ。自分の中に、幸を表に出せばいいだろ」
「一之瀬、君……」
名前を呼んでも返事が返ってくる事は無い。唇をかみしめて怒りに震える彼の脳裏にはきっと幸しか映っていない。
なんだ、一之瀬君もやっぱり比較してるんだね。気持ちが妙に冷めて、頭の中がクリアになっていく。もう何も考えたくない。でもね、一之瀬君が何を考えてるかは手に取るように分かるよ。何も考えなくてもね。
「俺と幸がどんな思いでいたかあんたは知ってるのか?幸は消えたくないって泣いてたんだ。でも頑張ろうって2人で決めてたんだ。なのにあんたはそれをあっさり奪ったくせに他の奴にばっか変化を求めて、自分は変わろうとしない」
「……」
「石原達が話しかけてるのに倉田さん返事すらしないだろ。それなのに周りに馴染めないとか甘え過ぎなんじゃないのか?」
「だって……」
「俺は正直、こんなことになるなら、ずっと幸のままでいてほしかったよ」
それが一之瀬君の本心だった。あたしに消えて幸に出てきてほしいって。それはそうか。幸の彼氏だったら当然だ。彼女の文句を同じ姿の奴から言われたら腹が立ってもおかしくない。
目から涙がこぼれた。心臓は全く痛くないのに。悲しいなんて事は微塵も思わない。もしかしたら、あたしはどこかでこの展開を期待してたのかもしれない。
ボロボロに否定されて、消えてほしいと言われる事を。
涙は出たけれど、不思議と悲しくは無かった。
だって私は誰かに否定されて、消える口実を探してたから。