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幻想少年  作者: *amin*
16/20

16 例え手に入れたとしても

数年ぶりの外の世界は何もかもが変わってて、同時に恐ろしかった。

あたしを元の暗闇に戻してくれたらいいのに、もう1人のあたしはそれを許してくれない。目の前には口元を手で押さえている少し老けてしまったお母さんと、幸が大好きな先生だった。



16 例え手に入れたとしても



「貴方、幸なの?」

「……お母さん、だよね?」


お母さんは嬉しそうだけど、どこか複雑そうな顔をした。そうだよね、あたしなんかに戻って欲しくないよね。だってもう1人のあたしと過ごした時間の方がお母さんは長いもんね。確か7歳だ。あたしがもう1人のあたしを作り出して中に閉じこもったのは。だからお母さんとは7歳までの記憶しかない。

いや、閉じこもる前からもう1人のあたしは存在してた。実質一緒に過ごした時間はもっと短かったはず。

そんな子を今更子供なんて可笑しいよね。

先生は少し驚いた顔をしたけど、すぐにいつもの優しい表情に戻った。


「こんにちは幸ちゃん。先生の事は知ってるかな?」

「……知って、ます。後藤先生」

「そうだね。これから幸ちゃんは少し病院に入院してリハビリしていかなきゃいけないんだ。でもすぐに学校にも行けるようになるからね」


行きたくないよ。このまま寝かせておいてくれたら良かったのに。幸は学校で上手くやってたから。今更あたしなんかが出てきてもどうしていいのか分からない。あたしの記憶はもうずっと前で止まってしまってる。

そんなあたしが今更出てきた所で、どうやって生きて行けばいいんだろう。勉強も分からない、他人と話すのも怖い。そんなんで社会になんて出て行けないよ。


それからしばらくリハビリを受けさせられて、10月の初めに学校に行かなきゃいけなくなった。

勉強が分からないあたしに先生は発達障害が集まる子供たちが勉強する場所を紹介してきたけど、正直自分が障害児だなんて思いたくなかったからそれを拒否した。あたしは障害児なの?そんな事急に言われても困るよ……


学校で一之瀬君を見かけたけど、話しかける事は出来なかった。だって幸の彼氏だから自分が声をかけるのは気が引けた。でもあたしの事を知ってるのは学校では彼しかいない。話しかけてくれたらどんなに嬉しいかわからない。

でも今のあたしは確実に学校に馴染めてなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「幸、学校はどう?」

「……どうにも」


お母さんが出されたご飯を黙々と食べる。それを少し残念そうにお母さんはしてたけど、反応はできない。知ってる。このご飯は幸が好きだった奴だよね。お母さんは何も考えてないんだろうな、あたしは別にこれが好きってわけじゃないのに。

味付けも甘い味付けから薄味に変った。多分幸がうす味が好きだったからなんだな。あたしは甘い味付けが好きなのに。部屋の中も幸が集めたグッズやら何やらで埋め尽くされてる。一之瀬君と撮ったプリクラ、クラスの友達と遊んでる写真、母さんと出かけた時に買ってもらった服。


違う違う違う。ここはあたしの部屋じゃない。あたしの場所じゃない。

どこもここも幸の残り香が多すぎる。家にも学校にも病院にも!結局あたしの居場所なんてどこにもないじゃない!

あたしが所有してたものなんて1つもない。この部屋のどこにも!小学生の時に買ってもらった机は新しいものに変わってる。使ってた教科書もどこかに捨てられてる。小学校の卒業アルバムに写ってるのはあたしじゃなくて幸だけ。

あたしが戻ってきた意味があるの?こんなのただの生き地獄だよ!


「幸……幸、出てきてよ」


お願い、あたしを元に戻して。暗い世界に戻して!こんな世界でこれから生きるのなんて無理に決まってる。あたしには自信がない。

返事のない幸に苛立ちが募り、近くにあったクッションを投げ捨てた。クッションが壁にぶつかり床に落ちる。あのクッションも幸の物。このベッドも幸の物。この枕も幸の物、毛布も布団も全部全部!!

じゃああたしは誰なの?貴方が幸なの?


ベッドで眠るのが怖くて、そのまま床にうずくまるように眠った。

体が痛いとか考えなかった。今のこの状況の方が怖いから。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「よーっす倉田さん」


次の日、学校に行って昼休みになれば、クラスの人が声をかけてきた。名前はまだ覚えてない。でも幸と仲が良かった子だよね。その子はにこにこ笑いながら、あたしに話題を提供してくる。

なんて返せばいい?なんて返せば差支えの無い会話になる?何も返せないあたしに、その人は肩を軽くたたいて笑っている。


「なんだよ倉田さん。そんなキャラじゃないだろ?そこでいつもの毒舌来てよ」


毒舌って何?何を言えばそうなるの?幸じゃないあたしが言ったら、貴方は怒るでしょ?違う、あたしは幸じゃないの。貴方の知ってる幸なんかじゃないの。

でもその子も段々反応を返さないあたしに笑みが消えて無表情になっていく。それを見るのが恐ろしくて顔を上げれない。


「いつもと違うな。つまんねぇよー」


つまらない。その言葉が重くのしかかった。そうだ、あたしはつまらない人間なんだ。

話しかけてくれる人に相槌1つ打てないつまらない人間。こんなあたしに話しかけられる資格はない。

言い返せない、怖い。嫌われた。でもあたしは幸じゃないから。それなのに幸の様に扱わないでよ!

その時、頭上でその子が声を上げた。


「よぉ一之瀬、倉田さんに用か?でも今日の倉田さんは何にも反応してくれねぇよ。お人形さんみてぇ」

「お前だからじゃないのか?」

「なんだよそれー!」


一之瀬君?

急に腕を引かれた事が怖くて直接目を見れない。でも一之瀬君だ。

一之瀬君はそのまま何も言わずにあたしを引っ張って教室を出た。助けてくれた?それとも返事ぐらいしろよって怒る気でいるのかな……どちらにせよ怖い。逃げたい……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あいつらも悪気はないんだ。怒んないでやってくれ」


屋上で話しかけられた声は思った以上に優しい物で、あたしを責める意思がないんだと確認したら少し力が抜けてしまった。慌てて首を横に振って、あの人達に怒りは感じてないとアピールする。

一之瀬君は助けてくれたんだ……あんな中に入るのはすごく勇気がいるはずなのに、幸の言ってた通り、一之瀬君は優しい人だ。

思いきってお礼を言えば、一之瀬君は首を横に振った。


「あ、ありがとう。助けてくれて」

「別に礼言われる程じゃないよ」

「でも、嬉しかった、から……幸がね、言ってた。一之瀬君は優しい人だって」


言った後にしまったと思ったけど一之瀬君の表情が変わらないから、もしかしたら平気なのかなと思った。あたしは彼に幸の事を色々聞きたい。だってあたしは幸の様にならなきゃいけないから。偽るのは不安だと言われれば嘘になる。でもそれを我慢しなくちゃいけないんだ。こんな事をするくらいなら幸が出てきてくれればいいのに、幸はあたしの呼びかけに応えてくれない。意地悪だ。

あたしをこんな世界に1人放り捨てるなんて……


「ねぇ、幸はどんな子だった?」

「え?」

「幸の真似、しなきゃって……だから幸の事、色々教えてほしくて」


一之瀬君は訳が分からないと言うように首をかしげた。理由はあまり言いたくないんだけど、一之瀬君は知りたがっている。でも自分から言うのは気が引ける。そう思っていた矢先に一之瀬君が口を開いた。


「何で真似する必要があんの?」

「だって……皆、幸の事を聞いてくるから。あたし、話についていけなくて……」


それを言った瞬間、一之瀬君の表情が変わる。その顔はふざけた事をするな、と物語っていた。

ビックリして少し後ずさってしまったあたしに一之瀬君は釘を刺してきた。低い声で、怒鳴る訳じゃないけど威嚇するような。


「そう言うのやってると自分が辛くなるよ。止めた方がいい」

「でも……」

「止めて。幸の真似されると頭にくる」


一之瀬君はあたしに気を遣ってる?それともあたしを嫌ってる?

でも幸の真似をしてほしくないって言われて怖くなった。そんなに悪い事か自分では分からないけど、怒られるくらい悪い事なんだ。小さな声でしか謝れない自分が腹立たしい。そんな事ばかりだと嫌われてしまうのに……

一之瀬君も慌てて謝ってきたけど、一之瀬君は悪くない。悪いのはあたしなんだ。

早く授業が始まって欲しい。今は気まずいよ……



結局何も変わらない。

 肉体を手に入れても、私は何も手に入らないんだ。



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