13 内緒の話をしようか
春哉が自転車を置いて公園に到着する。あたしは礼を言って空いていたブランコに座った。
錆びたブランコはぎぃ、ぎぃと音を立てて今にも壊れそうだけど、実際に壊れる事はなかった。
13 内緒の話をしようか
春哉も隣に腰掛けてブランコを緩く動かす。高校生2人が公園でブランコとか滑稽だけど、今は笑える気分じゃない。心臓が嫌なくらいバクバク動いて泣きたくなった。決意したはずなのにやっぱり伝えるのが怖いなんて。
何も言いださないあたしに春哉が話を切り出してくる事はない。そのままお互い無言でブランコに座る。
途中で春哉のケータイのバイブがなったけど、春哉がケータイに出る事はなかった。
そのまま15分くらいが経過し、そろそろ言いださなければ……そう決意して漕いでいたブランコを止めて春哉を見つめる。こっちに気付いた春哉はあたしに視線を向けてくれた。
街灯の光に照らされた春哉はハッキリ見えないけど、こっちに向けてる視線だけはちゃんと感じた。また言いだす勇気がなくなって、言う前から泣きそうになった。
そんなあたしに春哉は何かを言いたそうな顔をしてる。
“どうしたの?何かあったの?”
多分春哉はそう聞きたいんだ。でも聞いてきてくれない。
春哉も戸惑ってる。そんな春哉から話をふらせる訳にはいかない。あたしの問題なんだから。今度こそ決意を決めて声を出した。
声は自分が思っていた以上に震えていて情けなかった。
「あのさ春哉」
「ん?」
春哉は聞く体制に入ってくれた。
体をこっちに向けて聞く姿勢を取り、優しい声に泣きそうになった。でもそれを隠すかのように笑ってごまかした。心配掛けないように軽く言って終わりにしたい。
「聞き流してくれてもいいんだけどさ。あんま真面目な顔されると困る」
「じゃあ幸が上手いこと冗談めかして言うことだな」
「あたしが口下手なの知ってるくせに性格悪いね」
意地悪だな春哉は。
でも茶化してくれた春哉に今度は本当に笑みがこぼれた。
いつだってそうだ、春哉はあたしをこうやって笑わせてくれる、落ち着かせてくれる。
そしていつまでも話を聞いてくれる。
30分程度なら公園によってもいいって言ってくれたけど30分はもう過ぎようとしてる。でも春哉はあたしを見捨てない。こうやって待ってくれる。これ以上春哉の時間を奪ったらいけない、はやく切りだせ!!
「あたしが二重人格って前にも言ったよね。本当の最初に会った人格のほうの幸はずっと眠ってるって」
「うん、聞いた」
「最近ね、記憶が飛ぶんだ。ほんの一瞬なんだよ。1分~2分くらい、もっと短いかもしれない。1日に何回もあれば3日に1回しか来ない日もある」
「うん」
春哉はまだ何も言ってこない。
だからあたしも惨めになるからゆっくり話したくなくて、早口で吐き捨てるように話した。
「なんだか良く分からなくて先生に相談したんだよね。あ、先生ってあんたのおばさんも通ってる精神内科のね」
「後藤先生だな」
「そう。でね、言われたんだぁ」
“何を?”
そう期待される続きを促す言葉を春哉は言わなかった。ただ驚いたように目を大きくして、固まってしまっている。多分春哉はもう理解してる。察しがいいから、でも万が一春哉の考えが間違ってない事を確認させるためにも、ちゃんと言葉であたしが言わなきゃいけない。
春哉ごめんね。でも言う事であたし自身もきっとすっきりすると思うから……
「先生がさ……言ったんだ。きっともう1人のあたし……本物の“倉田幸”が目を覚まそうとしてるんだって」
そう言った瞬間、春哉の瞳が揺れたのが分かった。
口元をあからさまに引きつらせて、かなり動揺してる。春哉はお母さんが精神病を患ってるから同じ精神疾患の人に対する対応は上手い。でも今の春哉は対応が全くできない状態だった。
そしてそれを見て嬉しく感じた。そんなに動揺するほど大切なんだと自惚れた。
「な、なんで……でもまだ仮定だよな!?決まった訳じゃ……っ!」
「そうだね仮定だね。でもきっと本当のことだよ。経験あるんだよね、記憶抜け落ちるのって。まだ幸が眠ってない時、無意識にあたし達の人格が入り混じってた時、気づいたら朝になってたとか夜になってたとか良くあったから」
「そんな……」
がっくりとうなだれた春哉。
悲しそうな声を出して、肩を震わせて……ありがとう、そんなに悲しんでくれるって思わなかった。春哉の事だから毅然とした態度を取らなきゃって思ってるんだろうけど、あたしは逆に嬉しい。そんな悲しんでくれるほどの存在だと確認できてうれしい。
試すようでごめんね。でもそんな風でしか測れないの。軽く言ったつもりでも他人に話せば現実を認めた事になる。心臓がズキズキ痛んで目頭が熱くなって、顔に熱が集中しだした。
その時、春哉が顔を上げた。まだ泣いてない、でも泣きそうな顔。
「そ、それってさ……幸のおばさん知ってんの?」
「知らない。まだ仮定だから期待させるのも可哀想じゃない。だから先生と確信が持てるまでは秘密ってことにしてるの」
「いいのかよ……」
いいよ、だって母さんは幸に戻って欲しいんだから。
「いいよ別に。どうせ今言ったら母さんは病院に通えしか言ってこないしね。だぁれもあたしの事を必要としなくなる」
「幸……」
「あたしの存在なんか早く無くなれって言うんだよ。遠まわしに病院に行けなんて言ってさ、参っちゃうよね」
そんな事は言われてないけど、卑屈な思考のおかげで孤立した気分になる。幼いころ経験してきたトラウマと言ってもいいのかもしれない。それほどショックだった。母さんに幸を返せと言われたことに。あたしの全人格を否定されたことに。
遂にこらえきれなくなった涙が頬を辛い、後続部隊がボロボロと目から溢れて行く。
その姿を見て春哉も最初はギョッとしてたけど、何でか春哉もつられて泣きだした。可笑しいじゃない、ここは慰めるもんじゃないの?
「は、春哉!?」
「泣けよ馬鹿!泣いちまえよ!辛いことがあったら泣くのがいいんだ!そうやって我慢して溜め込むから精神やられちまうんだよ!」
「っ!」
春哉のその言葉を聞いたら、もう耐える事なんてできなかった。
ブランコから飛び降りて春哉に飛び込んだ。春哉はしっかりとあたしを受け止めてくれた。
「消えたくないよ!消えたくないよぉ!まだ倉田幸として生きたい!春と一緒に居たいよぉ!!」
「俺だって幸と一緒に居たいんだよ!倉田幸じゃなくてお前と一緒に居たいんだよ!」
死にたくない、あたしはまだ生きてたい。まだやりたい事一杯ある。春哉としたい事もいっぱいある。
そして春哉の言葉が嬉しくて嬉しくて、余計に消えたくなくなっていく。この世界にまだ存在していたい。
まだ春哉と一緒にいたい。
ここまで好きになったのに、ここまで生活が順調になってきたのに、なんで今それを幸に奪われなきゃいけないの!?そんなのおかしい。あたしだって幸せになる権利はあるはずなのに!
幸はあたしが苦労して手に入れた物を目を覚ましてすぐに手に入れる。それが悔しい。
2人でわんわん泣き続けたら次第に涙も引っ込んでいった。
泣き疲れて、そのまま何も喋らずに春哉にしがみつく。この腕はあたしの物なのに、幸になんかに渡したくない。
春哉も大分落ち着いたのか、鼻を鳴らしてあたしに話しかけてきた。声は少し掠れてて、小さい声だったけど近くにいたあたしにははっきりと聞こえた。
「幸、約束しようぜ」
「……何を?」
「ずっと一緒にいるんだ。別れるとかマジあり得ないから。これから何十年もずっと」
「難しい事言うね。先の事なんてわかんない。春哉が浮気するかもよ」
「しねぇよ。俺がしないからお前もするな。ずっと俺だけ見てろ」
春哉らしくないな、でもいいね。
春哉だけ見ていられたらきっと幸せだ。あたしもずっと春哉だけを見ていたい。そして春哉の話を聞いてテレビを思い出した。
「知ってる春哉、約束って言うのはその人の一部を縛るのと同じなんだよ。テレビで見た事ある」
「ふぅん……」
「だから重たい約束は身体が塞がれたように苦しくなる。そしてそれが忘れられない」
言ってる意味分かるかな、これはあたしからのプロポーズだよ。
あたしを忘れないでって言うね。体が塞がれた様に苦しくなれば、絶対に忘れないでしょ?ねぇ春哉、あたしはその約束が欲しいよ。
そしてそれは春哉も同じだった。
「面白いなそれ。じゃあさっき言った俺の約束は絶対実行な」
「だから重いって」
「それくらいがいいんだって。愛の試練だよ」
「あはは!馬鹿みたい。ばーか、春哉のばーか……」
内緒の話をしようか。
これで私達の邪魔できる人はいなくなる。