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幻想少年  作者: *amin*
12/20

12 貴方の全ては手に入らないけれど

「あ、いやーさ……なぁ、その……キスしていい?」


春哉に言われた言葉に頭が真っ白になった。

わかってるのだ、付き合って1カ月経ってキスもしないのはおかしいって事くらい。

でも今のあたしには勇気がない。



12 貴方の全ては手に入らないけれど



慌ててはぐらかしたら1カ月は遅いんじゃないのかと突っ込まれて何も言い返せない。言葉を探してうつむいているあたしに春哉がどんな顔をしているかは分からない。

言うのが怖い、でも言わなきゃ春哉はきっと自分が嫌われてるって勘違いしてしまう。そんなんじゃないのに……言わなきゃ……言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ。

心の中で何回も呪文のように唱えて自分を奮い立たせて、顔を上げて春哉の顔を見つめる。


「幸?」

「駄目、この身体は倉田幸のだから駄目。幸はまだ起きてない。ファーストキスが知らない間に取られてたら悲しいじゃん」


あからさまに落胆した春哉の表情に胸が痛んだ。やっぱり春哉はあたしなんかじゃ駄目なんじゃないだろうか。だって、普通だったらキスもできない彼女なんて彼女じゃない。

春哉もあたしを見捨ててしまうんじゃないのか。そう考えれば恐ろしくて、零れそうな涙を溢さないように必死だった。でもその時、極めて明るい声を春哉が出してきた。


「まぁしょうがねぇか。行こうぜ幸、ラーメン奢ってやるよ」


春哉は優しい、こんな時も気を遣ってくれる。

でも分かって。あたしだって春哉の事ちゃんと好きだから。


「春哉、ちゅーしよ」


そう言って唇を窓に押し当てたあたしを見て、春哉は首をかしげた。

廊下に立っている春哉と教室の中にいるあたし。窓を隔てたらキスできる。馬鹿馬鹿しいのは分かってる。こんなのはただのおままごとだって事も分かってる。

でもこんな事しかできないから……

春哉は苦笑いしながら、あたしの真似をしてくれた。やっぱり春哉は優しい。こんなおままごとみたいな事で満足してるのはあたしだけ。だけどそれに付き合ってくれる。

ありがとう春哉、ごめんね。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あれから何度も記憶が飛ぶ時があった。短い時は数分、長い時は数時間。

頻繁に起こる時には1日数回、でもない時は数日に1回程度の時もあった。良く分からないけど怖くて怖くて、先生しか相談できなかった。


あれから春哉に特に変わった面は見られなかった。いつものように一緒に途中まで帰ろうと言ってきて、時間があったら少し話して別れる。その生ぬるい感覚に浸っている時間がすごく幸せで、春哉が自分を必要としてくれるのが分かる。

だから言うべきだと思った。自分の事を、他の誰でもない春哉に。

お母さんには言えない。きっと表面では悲しんでくれるけど、それ以上に元の幸が戻る事を喜ぶはずだから。でも春哉だけは……春哉だけはきっと悲しんでくれる。あたしを必要としてくれる。

春哉に話をするために、今日バイト先のラーメン屋に向かった。バイト先の先輩たちはいい人たちだった。先輩達もあたしに慣れたのか、オーダーを聞きに来るついでに色々話しかけてくれた。

それに話をしながら春哉が来てくれるのを待つ。

そしてお客にラーメンを出した春哉がこっちの所に歩いてきた。


「あと1時間いていい?一緒帰ろうよ」

「え、いいけど」

「夜道は危ないからね、ボディーガード必要じゃん」

「あ……ですよねー」


こんな可愛くない事を言うあたしにも春哉は笑いかけてくれる。

それに素直に笑い返せないあたしは本当に可愛らしくない。

そのまま春哉をラーメン屋で待つ。やっぱりここは人が多い。今の時間はサラリーマンが多いみたいだけど。まぁここはラーメン美味しいし、バイトの人も愛想がいいし、値段も手ごろだしね。

ケータイをいじってるふりしてこっそりラーメンを作ってる春哉の写真を撮った。真剣そうな顔が格好いいと思ったから。湯気が邪魔してはっきりとはとれなかったけど春哉の真剣な表情はしっかり写っていた。

それを保存して春哉が終わるのをひたすら待つ。

いつの間にかうるさくなっていた心臓は普通に戻っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

暫くして春哉が制服に着替えて戻ってきた。

あたしはそれを確認してケータイを閉じる。ずっといじってたせいか、電池はもう3割程度になっていた。


「お疲れ」

「ごめん、暇そうだったな」

「まぁね。ケータイいじってたら電池無くなった」


春哉が笑って謝ってきて、それを受け流してラーメン代を支払って店を出た。外は蒸し暑くて、入り口のドアを開けた瞬間、生ぬるい風が包み込む。春哉はバイトの時に使ってたタオルを首に巻いてチャリを動かしだした。その後ろに座って、春哉の肩に手を置いた。


「春哉それおっさんみたい」

「うっせー。だって暑いんだよ」


最近の日課は春哉が家の近所まで送ってくれる事。2人乗りしてるのに自転車は中々スピードが速い。

その間にぽつぽつ会話しながらも春哉の自転車をこぐスピードは変わらない。

前2人乗りしてて警察に怒られた事もあったなぁ。あの時は2人で笑ってしまった。怒られたねーって。いつ言いだせばいいか分からなかったけど、早く言わなきゃいけないと思ったあたしは別れる交差点に向かう前に声を出した。


「春哉、今日このあと少し時間ある?」

「えー30分程度なら。一応21時には帰りたいからさ」

「じゃあ30分どっか寄ろうよ」

「どこに?」

「近くの公園」


春哉はいいよと言って、そっちの方面に自転車を動かした。

そうやって受け入れてくれる春哉が優しくて大好きで、肩に置いていた手を腰に持っていき、抱きつくように腕を春哉の腰にまわした。

結構力が強かったみたいで春哉が笑いながら苦しいって言ってる。でも離してやらない。


「幸、くすぐってぇって。もうちょい緩めてよ」

「ちょっとぐらい我慢しなよ」


はいはい。そう言って春哉が自転車を走らす。

そのまま黙ってたけど、不意に言いたくなって再び春哉に声をかけた。


「春哉、ありがとね」

「んー?」

「あんたもあたしなんかじゃ不便じゃない?ままごとの様な恋人でさ」

「何だよ。そんなん思った事ねぇよ」

「……そっか」


思った事ない?本当に?本当に思った事ない?それを信じていい?その言葉だけであたしはすごく救われてるってわかってる?それぐらいきっとあたしは春哉に依存してる。それは言えないけど。

でも今度は春哉があたしに話しかけてきた。


「なぁ幸」

「ん?」

「俺、少しは幸を満足させてる?」

「全然」


嘘、本当はあたしにはもったいないくらいの人って思ってる。

満足なんて言葉じゃ言い表せない。でもあたしは欲張りだからまだ足りないの。


「春哉、ちょっとずつ近づいてね」

「は?何に?」

「あたしに。あたし以上にあたしの事理解して」

「……上等」


そう言ってのけた春哉に愛おしさがこみ上げる。春哉なら本当にあたしの全てを理解してくれそう。そして受け止めてくれそう。だから春哉には全てを話せる気がする。

もうすぐ公園に辿り着く。公園の景色が見えてきて、自転車の速度が落ちてくる。

再び心臓がざわめいたけど、大丈夫。春哉はきっと理解してくれる。



あたしの全てを理解して。

 そんな人が1人でもいてくれたら、あたしはきっと生きていけるから。

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