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幻想少年  作者: *amin*
11/20

11 おはよう。だけど起きないで

「でさーこないだ2人でデートしてて」

「えーマジでー!?」


目の前を歩く女子高生2人が楽しそうに話をしている。デートをした事を嬉しそうに語っている方はどうやら最近付き合いだしたらしい。

顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに語る様子は誰から見ても幸せそうで可愛らしかった。



11 おはよう。だけど起きないで



「でねーチューしちゃったー!」

「マジでー!?やったじゃぁん!」


良くそんな事を大声で話せるな。

いや、恋バナをしてる様子は学校のクラスメイトの女子が話すような感じだから多分皆こうなんだ。あたしは恥ずかしいし、そんな事を話す相手も正直いないから、そう思うだけであって多分仲のいい友達がいたらこんな風に彼氏の事を嬉々として語るものなんだろうな。

キスをしたと話す女子高生を見て不意に自分はどうなのかと思った。そう言えばあたしまだ春哉とキスしてないな。いや、したくない訳じゃない。もっと堂々と恋人らしくしたいっていつも思ってる。でもそれが出来ないのも分かってる。


最近もう1人のあたしについて考えるようになった。

もう1人の倉田幸はどうしてるんだろうか。いや、あたしが分からなかったら誰も分からない。この肉体は第1人格である倉田幸の物で、あたしが好き勝手に使っていいかと聞かれたら分からない。

前までそんな事、全然考えなかった。倉田幸は鬱陶しい対象だった。こいつのせいで自分は普通じゃないと思えるには十分すぎる素材だったから。でも今は違う、その理由は分かってる。

先生に相談した時にそれは自分が今満たされてるからだと言われた。

確かにそうかもしれない。


母さんと最近いっぱい話す。学校の事、春哉の事、自分自身の事。

母さんはあたしの好物や好きなものを覚えてくれるようになった。ときどき作ってくれるようになった。

それがすごく嬉しかった。

2人でファッション雑誌を見て、今度一緒に買い物しようと言ってくれた。楽しみでしょうがなかった。デートでもないのに、どんな服を着ようか迷ったくらいだ。


学校では石原や藤田さんが話しかけてくれる。

石原は友達として本当にいい奴で、石原のおかげで藤田さんや石原の友達とも仲良くなった。今度皆でラウンドワンに行こうと誘われて嬉しかった。少しずつ学校になじめてるって感じた。


そして春哉がいてくれるから。

家族でもないのに家族のように優しく触れてくれて理解してくれる。何事も優先してくれる。怒らずに全部理解しようとしてくれる。それが心地よくて安心できる。

全部春哉がいてくれたから。

今自分はすごく幸せだ。だからこそもう1人のあたしが気になるのだ、不幸な事しか体験せずに自らの殻に閉じこもってしまったもう1人のあたしを。逃げた臆病者としか思えなかったけど、今なら励ましてあげられる気がする。


まっすぐ歩きながらぼんやりと考えていると不意に意識が遠ざかっていく感覚に陥った。

まただ、最近よくある。

頑張って歩こうと試みたけどできなかった。

恐怖が体をよぎり、そのままあたしは意識を手放した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「っ……」


目が覚めた時に見えたのは見慣れた天井。ここはあたしの部屋だ。

待って、あたしはどうやって帰った?確かにあの時意識がなくなって自分でもどうやって帰ったか分からない。

なのに今自分はここにいる。

なぜ?どうして?

この感覚に覚えがある。でもそれは認めるには怖くて、急に心細く感じた。お母さん……駄目、今は仕事中だ。春哉も……今はバイトのはず。石原や藤田さんには相談できない。ぐるぐる回る頭で必死に考えた末、でてきたのは後藤先生だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

電話をしたら先生はすぐに来てもいいと言ってくれた。

でもやっぱり他の患者さんも待ってるから、あたしは看護師の人になだめられて先生が来るのをひたすら待った。

15分後くらいに慌てた様子で先生がやってきた。


「ごめんね幸ちゃん。今なら少し時間がとれる。待たせてごめん、怖かったね」


頭を撫でられてひどく安心した。今あたしは1人じゃない。次に予約の患者が来るまで先生は話を聞いてくれる。だからあんまり時間はとれない。だけどわずかな休憩時間に話を聞いてくれる先生はやっぱりとても優しい。

自分に起こったことをありのまま話した。記憶が飛ぶ事、今自分が幸せな事、そしてもう1人のあたしの事。先生は親身になって話を聞いてくれたあと、肩に手を置いた。


「先生?」

「幸ちゃん、驚かないで聞いてね。それは多分、もう1人の幸ちゃんが目を覚ましてるのかもしれない」

「え……」


驚きはしたものの、やっぱりそうだったんだと言う気持ちの方が大きかった。

だってこの感覚は幼いころに散々あった感覚だから。もう1人のあたしが起きた合図。


「今はまだあまり表に出ないのかもしれない。でもわずかな時間表に出てる可能性が高い」

「な、何で急に……」

「それは多分幸ちゃんが今幸せだからだよ。幸ちゃんは前までもう1人の幸ちゃんなんて消えればいいって言っていた。それがもう1人の人格を縛り付けていた。だけど幸ちゃんは今、もう1人の幸ちゃんを心配できるほどの余裕を持てている。それがもう1人の幸ちゃんにとって自分を認めてくれていると言う事になるんだ。後は周りの環境だね。もう1人の幸ちゃんは今の環境なら幸せになれるって思ってるのかもしれない」


幸が目を覚ます……そうしたらあたしはどうなるの?

やっと手に入れたのに……やっと今幸せなのに。幸はあたしから奪う気なの!?

握り締めた手が痛くて涙が出そうだった。そんなあたしの頭を先生はゆっくりなでた。


「大丈夫だ幸ちゃん。ゆっくり解決していこう。時間はあるんだ」

「もし幸が目を覚ましたらあたしは……」

「消えはしないよきっと。体を2人で共有することになるはずだ」


そんなの無理だよ。そうなったら好きな時に母さんと出かけられない。石原達と話しできない。春哉と一緒にいられない。いやだ、盗られるなんて絶対いやだ。母さんや石原達もきっと盗られる。でも春哉だけは盗られるのは耐えられない!

その時、看護師が予約の患者が来たと言いに来た。

先生は困っていたけど、明日来てくれと言って予約を取ってくれた。それに頭を下げて診察室を出たけど、心は完全に上の空だった。



“おはよう。”そう言ってあげたかった。

 でもそれと同じくらいあんたに“おやすみ。”と言ってやりたい。




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