10 彼女としての初デビュー
「幸!今日は俺のバイト先を紹介するぜ!」
「はぁ?」
10 彼女としての初デビュー
春哉がいきなりなんの脈絡もなく言ってきたもんだから、いじっていたケータイを落としてしまった。それを春哉がすごい反射神経で地面に落ちる前にキャッチして笑って返してきて、それを受け取りながらも驚きはまだ隠せなかった。
紹介する?バイト先を?なんで?
春哉のバイト先って結構お客の多いラーメン屋だったはず。春哉と付き合う前だけど1~2回行ったことあるから場所もわかるし、今更紹介するような場所でも……まさか春哉が言っている意味は……
1つの結論にたどりついて、顔に熱が集まってくる。
それを悟られないようにしたつもりだけど自分でも呆れるくらい声がどもってた。
「え、な、何で?何であたしが春哉のバイト先に?」
「先輩が幸を見たいってうるさくてさぁ、プリクラ見たら」
プリクラってまさか……やっぱりあたしの思った通りだった!
春哉はあたしをバイト先の人に紹介するつもりだ!
「何で見せんの!?春哉馬鹿じゃないの!?やだ!絶対行かない!ハズすぎ!!」
「そ、そこまで言わなくても……いいじゃん!俺だって彼女誰かに紹介してぇよ!」
やっぱりそうじゃない!そんなのハズイに決まってんじゃん!
そう言いたいのに、春哉の紹介したいって言葉に少しだけ嬉しさがこみあげてしまって上手く言葉にできない。口をパクパク金魚みたいにしてるあたしに春哉は少しだけ困ったような顔をした。
「無理しなくていいよ。先輩には言っとくしさ、急にゴメン」
あ、え?
いきなりそう言われたら罪悪感が募る。春哉はあたしを彼女って紹介したいだけじゃない。
そうだよね、学校の人じゃないんだし……あたしだって、その、公に春哉の彼女ってアピールしたい!
「行ける」
「へ?」
「春哉の彼女としてじゃなくてラーメン食べるだけなんだから。奢ってね」
「お、おう!奢ってやる!トッピングにチャーシューつけてやる!」
「あたしチャーシュー麺だから卵トッピングで」
「あ、そう……」
照れくさくてそっぽを向いたあたしの耳に春哉の嬉しそうな声が聞こえる。一緒にラーメン屋行くだけなのに、こんなに喜んでもらえたらあたしだって嬉しい。春哉は学校終わったら一緒に行こう!って意気込んで教室に戻っていった。あたしもその後をついて教室に戻って、今か今かと学校が終わるのを待ちわびた。
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「ここが俺のバイト先!さぁ席についてついて!」
連れてこられてカウンターの席に座らされた。春哉は着替えてくるって言って奥の部屋に引っ込んでしまい、何もすることのないあたしはケータイをいじりながらもメニューを見た。
なんだ、紹介するって言っても別に普通にラーメン食べてればいいみたい。メニューを聞いてきた人に答えると、その人もすぐひっこんでしまったし。面と向かって彼女です!って言うのかと思ってたから少し拍子抜け。
でもバイト先の先輩らしき人がこっちを見て、他のバイトの人に話しかけている。なんかやっぱ少しだけ気まずい。
春哉がバイトの服って言っても黒いTシャツだけど、それを来て厨房に入っていくと、すかさず1人の先輩っぽい人が春哉にちょっかいを出しだした。それに女の人と男の人と、なぜかおじさんまでが混ざっている。へぇ……春哉っていじられ系な訳か。でも和気あいあいとしてて楽しそうじゃない。
店内はこんな18時前とラッシュの時間だからか結構人が多い。サラリーマンが多いみたいだけど。
その時、店内のドアが開いて3人の高校生が入ってきた。うち2人を見た事がある。あの子たちって確か会った事あるよね。コンビニで。短髪のスポーツバッグ背負ってた子があたしに気付いて、もう片方の子の肩を叩いている。
「なんだよ中谷」
「広瀬、あの人さー広瀬が体当たりしちゃった人じゃない?」
「体当たり!?」
「人聞き悪い言い方すんじゃねぇよ!拓也も信じんなよ!でも確かにあの人だ。あの人可愛いよなー」
「お、何ですか?恋が始まりましたか?」
「うわー中谷うざー」
「なんでだよ!」
やっぱあの子はムードメーカーみたいだ。でも楽しそう。あの時は2人しか見なかったけど、いつも3人でいるんだね。3人の高校生は騒ぎながらもすごく楽しそうだ。
その3人を見ていると春哉の先輩が声をかけてきた。
「春どう?あいつちゃんと彼氏やってる?」
いきなり聞かれて少し焦ってしまった。
厨房の方を覗いてみると、騒いでる春哉と茶化してるバイトの人たち。
あーぁ……春哉がそんなんだから、あたしまで茶化されんじゃないの?
「春?春哉の事ですか?どうですかねぇ、春哉はヘタレですから」
「あはは!確かに」
確かにって事は春哉はどこにいてもヘタレなんだなぁ。それもそれで情けないけど。春哉の方をチラって見たら、春哉をおじさんと大学生くらいの男の人が抑え込んでいた。ていうか仕事しなくていいのかな。
そんな事を考えていると、春哉がラーメンを持ってあたしの所に小走りでやってきた。その様子を確認した先輩は春哉の肩を叩いて厨房に戻っていく。春哉はなぜか少し息を切らしながらラーメンを出してきた。
「はい、お待ちどうさん」
「マジ遅い。ってか卵ついてない」
「あ、ごめん」
「春哉、あたしが客だからって気ぃ抜いてんでしょ。ムカつくから店のアンケートに名指しで悪口書いてやる」
「止めてそれ!店長にマジで怒られるから!」
本気で嫌そうだし可哀想だから、それは止めてあげよう。春哉は慌ててラーメンを持っていって新しいラーメンに卵を入れようとしている。それに必要ないからそのままでいいと言えば少しだけ安心したように卵を入れて再び器を持ってきた。
困ったように笑って差し出されたそれを食べると、やっぱり美味しかった。春哉は他のお客にも出さなきゃいけないから、厨房の方に戻っていって色々作業している。
そのままズルズル食べていれば、あたしが食べるのが遅いのかお客は少しずついなくなったことで大分店は余裕の状態になり、時間を見つけた春哉があたしの隣の椅子に腰かけて話しかけてきた。
「ラーメンどう?」
「美味しい。先輩作るのうまいね」
「いや、それ俺が作ったのもある。トッピングの卵は俺製~」
「……さっきから可笑しい味があると思ってたら卵か」
「おい!」
春哉は見事に突っ込んだ後、少し気まずそうにして、あたしに振り返った。
「幸さー、優太さんに愛想良すぎじゃね?」
「はぁ?あたしが愛想悪かったらあんたが気まずいじゃん。空気読んであげたんだよ」
「幸ありえねー!ツンツンすぎる!少しはデレを見せてくれ!」
「はぁ?」
急に春哉がわめきだしたから目が丸くなってしまった。声が結構大きかったから周りの人もこっちに視線を向けてくるし、ハッキリ言って恥ずかしい。何してんのこいつは。
でもそれと同時に何だか春哉が可愛く感じて笑った。
「すいませーん!ラーメン替え玉ー!」
「中谷お前よく食うなぁ……」
その時、声が聞こえて振り返ると、3人組の高校生の1人が手を上げて大声で替え玉を注文している。2人はそれに呆れてるけど、でもどこか楽しそうだ。それにしてもあの子は本当に根っから元気な子なんだなぁ……
体だけ向けて他人事のように眺めている春哉を蹴飛ばして早く行けと促せば、焦ったように立ち上がった。
「ほら春哉、早く行きなよ」
「どんだけツンツンなんすか!しかも俺だけ!」
「これは春哉専用。これも立派な特別扱いじゃない?」
「……っくそ~!」
悔しそうな顔をしてオーダー表を持って立ち上がった春哉に告げれば顔を赤くして立ち去ってしまった。
春哉がオーダーを受けて厨房に向かえば、3人組のスポーツ少年がこっちをじっと見て声を出した。
「あの人、彼氏いるんだなぁ~残念だったな広瀬」
「何がだよ!お前マジ馬鹿じゃん!聞こえるから止めろって」
いやもう聞こえてますけど……でもあの子が言えば不思議と嫌な気分にはならなかった。本当に不思議な子。
この席からは厨房で仕事してる春哉が良く見える。それを見つめながらにやける口元を手で隠す。
仕方ないじゃない。
こういうのが初めてで心底舞い上がってるんだから。