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第十一話

 鍵の謎が解けないまま、一週間が過ぎようとしていた。

私は連日、図書室で小説や童話、イリーナ国の建築画集など、あえて脈絡のない本を大量に借り、庭のテーブルに広げていた。周囲の目には、ただのんびりと読書に耽る令嬢として映っているはずだった。けれど、その中に紛れ込ませた各年代の「王宮修繕記録」こそが、私の本命だった。それらを部屋に持ち帰り、机いっぱいに広げて見比べてみる。百年前、二百年前、三百年前と、時代順に並べて比較してみると、ある事実が浮かび上がった。

(大広間や礼拝堂、王政の間……ずっと長いこと、もっと小さかったのね。百年前の大改築で、今の威容が完成したみたいだけれど……)

百年前の記録には、南棟の全面改装、王の間の新設、そして玄関口の刷新が記されていた。それらは現在の図面とは大きく異なっている。


(やっぱり……。今年、王子が改修を考えているのは、とても理にかなっていることなのね)

私は感心しながら、古い図面をもう一度見つめ直した。すると、ふとあることに気が付く。

(……待って。改装前のこの古い図面のそれぞれの形、鍵のパズルのパーツとすごく似ている気がする!)

 うっすらと形を描いたメモを開いて比べてみる。鉄の扉にあった四角いパーツの数は、かつての南棟、中央棟、北棟の配置と見事に一致していた。

私はまた、インクの付いていないペンを走らせ、紙にうっすらと跡を刻みながら、頭の中でパズルを組み立てていく。四角を王宮の形に並べ、針の位置を「あの影」の位置に合わせれば……。私は高鳴る鼓動を抑え、王子が議会から帰ってくるのを待った。


 午後、私たちは昼食の席で合流し、示し合わせたようにすぐ別れた。そして、それぞれ自室へ戻るふりをして、魔法の扉の向こう側――地下通路でひっそりと合流する。

「お菓子に水筒、ランプに縄、布巾……それから、一応図面とノートも持ってきたよ」  

王子は向こう側へ行った時に困らないようにと、冒険者のような大きなバックパックを抱えていた。

「ありがとうございます! 素晴らしい準備ですね」

「結構な長丁場になりそうだからね」

頼もしく笑う彼に勇気をもらい、私たちは再び温室を抜け、滝の裏側を通って、地下の窓から侵入した。そして、ランプに灯りを灯して、順序通りに階段を開け、あの地下二階の鉄の扉の前へと辿り着いた。


「王子、これを見てください。百年前、改築される前の王宮の図面です」

「これって、四角のパーツが全部……鍵のパズルの形と一緒だ」

「はい。数も同じなんです。きっと、この王宮の形に並べ替えるんじゃないかと思って」

「よし、やってみよう。まずは針を外して……」

鉄の四角は、王子が全身の力を指に込めなければ動かないほど重厚だった。彼は何度も息を整えながら、一つ、また一つと、迷路のような溝に沿ってパーツをスライドさせていく。やがて、埃を被っていたパズルが、百年前の王宮の姿を象った。


「多分……これで合っていると思うけれど」

「そのパーツに、この針を取り付けるのですが」

「天守閣の位置に付け根があるってことは……」

「午後一時の、あの日陰になる角度に回すのではないかと思います」

二人で頷き合い、針を時計の一時の位置へとゆっくり重ね合わせた。


すると―― グギィィィィーーーーー……!!

重い金属音が地下室に響き渡り、大きな鍵が、重々しい音を立てて動き出した。長きにわたって閉ざされていた扉がゆっくりと開いていく。

「……開いきましたね! 向こう側へ行けるわ!」

「中央棟の真下だね。進んでみよう」

ランプの灯りに照らされた未知の闇の向こう側へ、私たちは期待と緊張を胸に、一歩を踏み出した。


 扉を開いて、現れた部屋の方へ進むと、その一番右奥の隅に、人一人がやっと通れるほどの小さな階段があった。王子を先頭にその狭い段を登りきると、中央棟の真下からまたもう一度北棟へ向かって伸びる、薄暗く細い廊下が目の前に現れた。

その時――王子が弾かれたようにこちらを向き、ものすごく驚いた顔でこちらを振り向いた。

「……ちょっとごめん。今の、ここは何階だっけ?」

「えっ?」

「窓から入ったのが地下一階で、そこの階段を降りたところの鍵を開けたのが地下二階でしょう?そこからまた階段を上がったんだから、また地下一階に戻ってきたはずだよね? けど……ここは僕の知っている景色じゃない」

私たちは王子の書斎から持ち出した地図を広げた。


「整理してみましょう。今通ってきた部屋の図を書いてみますね」

私はノートを一枚破り、地図に重ね合わせて即席の断面図を描き足していった。

「私たちは一度、北棟の地下一階の窓から入って、地下二階相当の場所から中央棟の下へ潜り込みました。そして今、階段を一段分上がった。……順当にいけば、ここは地下一階のはずです」


 ランプの光に地図を透かして重ねてみると、今私たちが立っている謎の廊下は、現存する地下一階の廊下と「同じ位置」に重なっている。にもかかわらず、目の前の光景は、王子の知るそれとは全く別の、閉鎖された空間だった。

「位置も方角も間違いない。けれど、ここは僕の知る地下一階ではない……」

「つまり……ここは『地下一階』でも『一階』でもない場所なのです」

王子が息を呑む音が聞こえた。私は確信を持って告げた。

「ここは、地下0階。――既存の階層の間に隠された、中二階のような空間です」


王子は言葉を失い、幽霊でも見たかのように目を丸くした。

「地下0階……? そんな階、存在するはずが……」

「滝を越えた洞窟で、私たちはかなりの坂道を登ってきましたよね。あの時、地下一階分だと思っていた高低差は、実は二階分あったのでしょう」

「そちらはそうかもしれないけれど。いつもの、君の客室から地下へ降りるとき、二階分も階段を降りている感覚はなかったけど?」

「あの隠し階段は、周囲が真っ暗な上に一段ずつの蹴上げ(高さ)が通常より高く設計されていました。平衡感覚を狂わせるための細工だったのだと思います」


私の淡々とした分析に、王子は愕然として立ち尽くした。

「そうか……長年この城で暮らしてきて、今の今まで気づかなかった……」

「図面には巧妙に隠されていましたが、地下一階と一階の間に、この『0階』が挟まれていたのですね」


 納得しようと努めながらもまだ動揺している王子の横で、私は職業柄、この構造の裏付けを考えていた。通常の建物なら、配管や配線を通すための「ふところ(床下空間)」がある。でも、一階の床下部分を極限まで低く抑え、逆にゼロ階から地下一階との間の床下を完全に排除すれば、高さに影響を与えずにもう一層を差し込むことは可能だ。しかも、森に囲まれているせいで、この王宮の地下空間を外からじっくり眺められる場所もほとんど無い。建築学的な観点からいけば、それで完璧に計算の帳尻が合う。

「……行きましょう、王子。この歪な階層こそが、財宝の眠る場所です」

この場所こそが、秘密の地図にすら存在しない。王宮の誰も知らない――隠された階だった。



 図面を閉じ、静まり返った「0階」の廊下を突き進んでいくと、やがて右手に、また別の鍵が掛かった重厚な扉が現れた。

「今度の鍵は……」

「数字ですね。四桁のダイヤル式……これって」

二人で顔を見合わせ、以前あの隠し階段の壁紙の裏で見つけた、あの不気味な数字を同時に思い出す。

「あの剥がれ落ちた壁に書かれていた数字……あれではないでしょうか」

「そんなに上手くいくかな? ……とにかく、試してみよう」


慎重に、一つずつ数字を合わせていく。

「――9、2、5、8」

カチリ、と軽やかな音が響き、あっけないほどするりと鍵が外れた。

「わあ!開きましたね……!」

弾かれたように顔を見合わせ、私たちは歓喜のあまり、どちらからともなく手を取り合って抱きしめ合った。

「すごいよ!バイオレット! なぜこれがあそこの数字だと分かったんだ!?」

「あの壁紙……もしかすると、百年前の設計者が、経年劣化でちょうど今頃に剥がれ落ちるよう計算して、下地を塗っていたのかもしれません。すべては、私たちが今日ここへ辿り着くために」

「……百年越しの招待状か。なんてことだ!」

 抱きしめ合ったまま、溢れる笑顔を抑えきれず、互いの肩に顔を埋める。だが、高鳴る鼓動が重なった瞬間、私たちはハッとして、弾かれたように体を離した。頬に上った熱を誤魔化すように、少しだけ気まずい空気の中で、私たちは咳払いをしてから鍵を外し、扉を開いた。


 けれど――その先に広がっていた異様な光景に、私たちは言葉を失った。

「ここは……一体……?」

見渡す限り、部屋とも思えない、外にも見えないような、なんとも奇妙な洞窟のようだった。まるで王宮という巨大な生物の、骨格の内側に入り込んでしまったかのような錯覚を覚える。


「位置的には、ちょうど王の間の真下にあたるはずだが……」

一階の床下の木枠を突き抜けるように、巨大な石柱が何本も立っている。

それも一本ではない。幾重にも、幾重にも、迷路のように連なり、不規則な影を落としている。

「どうしようか……? 他に扉や階段も見当たらないし」

「この空間……この部屋の中とは思えませんね……」

私はスカートをたくし上げ、石柱の間を行き来した。見上げたり、柱を叩いてみたりする。その時――足元の石が少し崩れた。

「危ない!」

王子の鋭い声と共に、強い力で腕を引かれた。私はたたらを踏み、そのまま彼の胸の中へと飛び込む形で止まった。

「気をつけて。足場が不安定だ」

「……あ、ありがとうございます」

 私の腰を支える王子の腕。その逞しさと温もりを感じた瞬間、押し殺していたはずの、胸を締め付けるような切なさが溢れそうになる。私は慌ててその温もりから逃れるように身を離し、再び石柱へと向き直り、拳で叩いてみた。


「音の響きが……不思議なような、そうでもないような……」

「幽霊の森みたいだね。鍾乳洞みたいな石柱だ」

「ダリの絵の世界みたいな……」

「え?ダリって?」

「何でもないです」

王子の言う通り、それはこの世界の人知を超えた幻想的な光景だった。

「今日は一度、引き上げようか?」

「そうですね。結構時間も経っていますし」

「一度戻って、この『柱』の正体を考えよう」

 私たちはその幻想的な回廊を振り返り、再び地下通路を辿って、それぞれの日常へと戻っていった。


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