44.それぞれの思い ※コンラッド団長、ローズ団長視点
「コンラッド団長を勧誘するなんて、さすが黒翼騎士団はやり方が巧妙ですね」
副団長であるバリーが近づいてきた。
「誰が黒翼騎士団に喧嘩を売れって言った?」
そんなバリーに俺は詰め寄る。
襟元を掴むと、そのまま地面に倒して押さえつけた。
「くっ……」
急な動きに対応もできず、よく騎士と名乗れるな。
今まで甘やかしてきたツケがきたようだ。
「お前の叔父だから私は目をつぶってきた。エリオットのためにもなるかと思ったからね……。だけど今回のは違うだろ」
バリーとエリオットは私の弟の子ども、甥っ子に当たる。
伯爵家の二人が騎士団長になるには、この国では侯爵家まで爵位を上げなければいけない。
私に子どもがいればよかったが、子どもがいない私にとって青翼騎士団を継がせるにはバリーかエリオットが妥当だった。
だが、爵位を上げるには功績がいる。
その功績をエリオットは自分のものにせず、バリーへと譲った。
「期待した私が間違っていたのか……」
抵抗もせず、感情の抜け落ちたような表情のバリー。
その姿に私の胸は締め付けられる。
本来、家督を継ぐのは年長のバリーだ。
だがその順番に囚われすぎたのが、誤りだったのだろう。
エリオットを養子に迎えることも考えたが、あいつは爵位に縛られる生き方を嫌っていた。
まぁ、全ての元凶は目の前のこいつにある。
「コンラッド団長、すみません」
私の下で謝るバリーの声を聞き、私はその場で手を放す。
「次、何か勝手なことをしたら、副団長の席を外すからな」
「なっ……それはさすがに!」
「私は今日、何をしろと言った?」
再び襟元を掴み、バリーの瞳をジーッと見つめる。
バリーの瞳が少しだけ揺れた。
「黒翼騎士団と問題を起こさないよう静かに過ごせと……」
「そうだ。私は何も難しいことは言ってない」
私は部下たちには、決して手を出すなと厳命している。
他の騎士団と事を構えれば、問題が一気に大きくなるからだ。
しかも、その相手はあの黒翼騎士団である。
団長のエルドランは、力だけで騎士団の常識を打ち壊し、団長の座に就いた男だ。
本人にその自覚はないが、その在り方を前国王は気に入っていた。
かつて魔物の大群が押し寄せた際も、当時孤児だったエルドランは腕っぷし一つで同じ孤児たちを率いて鎮圧している。
あいつらは大量の食料だと、訳のわからないことを言っていたが、後に孤児院で育った者たちが魔物を食べて生き延びていたと知ったときはさすがに私も驚いた。
だが、その孤児たちに救われた以上、我々は何も言えなかった。
その功績への恩として、孤児院への寄付金の増額と爵位を授けようとしたが、エルドランは爵位を辞退した。
そこで代わりに、平民と町を守る存在として黒翼騎士団という名を与えたのだ。
わけのわからないやつをそのまま放置することはできないからね。
平民に騎士団を任せるなど前例はほとんどない。
だが、それゆえに彼らは平民たちの憧れにもなったはず。
それも今ではずいぶんと前の話だけどな。
「お前もあの小さな騎士を見習え」
「はい……」
バリーは小さく頷いた。
きっとこいつの頭の中では良からぬことを考えているのだろう。
瞳の奥に苛立ちが見えるからな。
そうなる前にはエリオットに伝えておくか。
私はバリーから手を放し執務室に戻っていく。
本来であれば、私の手でバリーに正式な処分を下さなければならない立場なのだが、あれでも可愛い甥っ子だと思ってしまう自分に嫌気がさす。
それにしてもあのエリオットが誰かのために必死になった姿に驚いた。
青翼騎士団を脱退したときは、無表情で氷のように冷たい瞳をしていた。
まさか小さな騎士を取られるまいと露骨に表情を変えたからな。
同じ甥っ子なのに、環境があそこまで人を変えるとは……。
きっと全てはあの小さな騎士のおかげなんだろう。
そもそもあの年齢で自分の置かれた立場を一瞬で判断して、黒翼騎士団を手駒にできる小さな騎士に今後も期待だな。
「はぁー、ソウタくんが私の爵位を継いでくれたらいいんだけどな……」
本人にその気がないから仕方ないけど、爵位を継がすなら妻でも息子でもとりあえずなんでもいい。
まぁ、妻は冗談だけど……いや、あの見た目ならその辺のわがままな令嬢よりは、よほどいいのかもしれない。
「妻は……さすがにないか。そんなこと言ったら君に怒られちゃうな」
亡くなった妻が描かれた絵にそっと微笑みかけた。
私の妻は一人しかいないからな。
♦︎
「ローズ団長、どうされました?」
副団長のマリーが駆けつけた。
向こうにも心配そうな顔をしている仲間たちが立っている。
赤翼騎士団の団長である私が顔に感情を出すなんて……そんなことがあってはいけない。
「いや、大丈夫だ」
私はすぐに気を引き締める。
「これは……」
「さっきの小さな騎士が膝が汚れないようにって敷いてくれた」
小さな騎士が私みたいな女騎士に対しても、令嬢のように優しくしてくれるとは思わなかった。
女騎士は令嬢であっても、扱いは男騎士と同じだ。
それに不満を抱いていたら、きっと私はここまで来られなかった。
特に騎士団長は令嬢たちから好かれる立場にいなければならない。
それが令嬢たちを守ることになる。
「綺麗な薔薇ですね」
マリーの言葉に私はビクッとしてしまった。
決して私のことを綺麗と言ったわけではないのに、さっき言った小さな騎士の声が未だに耳に残っている。
「まるで夜空に輝く一番星か……」
忘れていた幼い頃の記憶が蘇ってくる。
誰もが誰かの一番なりたい。
幼い頃の私もそう夢見てきた。
私にも王子様が迎えに来てくれると思っていたけど、騎士としての才能が開花した私には、それは夢で終わった。
せめて目の前にいる副団長のように可憐であればよかった。
私の体には胸もなく、背は男よりも高い。
そんな女を誰が望むというのだろう。
「ローズ団長、どうされました?」
「いや、君の方こそ婚約者に挨拶しなくてよかったのか?」
「私の方はいいです。ゼノさんは私のこと嫌いですからね」
男たちは女騎士には興味を持たない。
それがこの国では当たり前だ。
王子様が来ないなら、私たちが令嬢の王子様になればいい。
せめてその夢だけは、叶いたいと願っても良いだろう。
私は小さな騎士が置いていったハンカチをポケットにしまう。
真っ黒なハンカチに令嬢でも難しい綺麗な薔薇の刺繍があった。
きっとあの小さな騎士にも素敵な婚約者がいるのだろう。
せめて私みたいな醜い女騎士でも、幼い頃の夢を思い出させてくれたことに感謝している。
「皆、待たせたな!」
私は今日も赤翼騎士団の女騎士団長として、夢を鎧の奥にしまい込み、己を騙し続けていく。
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