33.兄ちゃん、洗濯をする
「ソウタアアアアア! 寂しかったかな?」
「いや、全然です」
ゼノさんは店に入ってきた途端、僕を見ると抱きついてきた。
相変わらず僕に対して過保護だ。
過保護よりも距離感がおかしい気もするが、きっと心配しての行動なんだろう。
「エリオットさんはどうしたんですか?」
「撒いてきた!」
「撒いてきた……?」
「うん!」
会話からして、明らかにエリオットさんから逃げ出してきたってことだろうか。
ゼノさんは基本的に町の外でする仕事を優先させた方が良さそうだ。
今夜にもエルドラン団長に相談してみようかな。
「はぁ……はぁ……やっぱりここにいたか……」
「ゲッ!」
いつもはきっちりとしているエリオットさんの髪が乱れていた。
ひょっとして、ゼノさんが何か異変を感じ取ったと思い追いかけてきたのだろうか。
きっと僕の考えすぎ――。
「まさかソウタに会いたくて、走ったってわけじゃないよな?」
「うん、それしかないよ?」
「「はぁー」」
僕とエリオットさんのため息が重なる。
お互いに視線を合わせると、何も言わなくてもエリオットさんの言いたいことがわかった。
「これからは町の仕事はなしだね」
「へっ……? ソウタから離れない!」
ゼノさんはその場で呆然としていた。
だけど、僕をギュッと抱きしめて離れようとしない。
「あぁ、ゼノはそれがいいな。私からエルドラン団長に相談してみるよ」
「助かります」
さすがエリオットさんは僕の言いたいことをすぐにわかってくれる。
「ええええええ! ソウタは私と会えなくてもいいの?」
「朝と夜に会ってますからね。それに仕事をサボる人は嫌いです」
「ガーン……」
ゼノさんはその場で項垂れるように落ち込んでしまった。
どうやら仕事をサボったと自覚はあるようだ。
ここまでしたら仕事を抜け出すことはないだろう。
エリオットさんも満足そうな顔をしているしね。
「じゃあ、見回りも終わったから帰ろうか」
「洗濯の山がありますからね」
僕はレオに声をかけて、木炭と灰をもらって帰ることにした。
「そういえば、パンは全部配り終えたんですね」
「あっ……そうです!」
バスケットをレオに返したから、すっかりパンの存在を忘れていた。
エリオットさんって小さなことでもすぐに気づいちゃうからドキドキする。
少なからず罪悪感は僕にもあるからね。
「ならよかったですね」
だけどエリオットさんは特に怪しむこともなく微笑んでくれた。
エリオットさんって普段真面目でツンケンしていそうなのに、不意に笑うと優しい人なんだと思う。
ゼノさんが逃げ出した時も、すぐに駆けつけようとしていたからね。
変に怪しまれなくてよかったと安心したが、別の問題があった。
「あぁ……ソウタに嫌われた……。私はこれからどうやって生きていけばいいんだ……。あぁ、いっそのこと毒を飲まされた方が――」
それは背後をトボトボと歩いているゼノさんだ。
爪の薄皮を歯で噛み、さっきからブツブツと呟いている。
町の見回りから外すように話してから、ゼノさんは壊れてしまった。
「ゼノさん、大丈夫ですか?」
僕はゼノさんの顔を覗き込む。
指からは少しだけ血が出ていた。
「うっ……ソウタは私のこと嫌いですか?」
「嫌いじゃないですよ」
「なら好きってことですか?」
「あー、家族としては好きですね」
爪の薄皮を噛む人って何かしら精神的に不安があるとする行動って聞いたことがある。
弟が幼稚園の発表会の前に同じようなことをしていた。
大人になってもするってことは、ゼノさんは何に不安を抱いたのだろうか。
僕に嫌われること?
それとも仕事を外させること?
どちらかはわからないが、ゼノさんの行動をエリオットさんもただ呆然と見ていた。
「それよりも早く泣き止みましょうね」
抱きついてくるゼノさんの頭をポンポンと撫でる。
どこか匂いを嗅がれているような気もするけど、そこは気にしないでおこう。
ここで何か言ってやっと落ち着いたのに、また面倒なことになっても大変だし、帰ったら乾燥機でもあるゼノさんの力が必要になるからね。
騎士団の庁舎に戻ると、早速裏庭に向かった。
「木炭と炭は何に使うんですか?」
「洗剤代わりにしようかと思って――」
「洗剤……?」
エリオットさんは首を傾げていた。
そういえば、洗剤ってこの世界で見ていないや。
お皿を洗う時はほとんど水洗いで、擦って汚れを落とすだけだ。
「木炭や炭があると汚れが落ちやすくなるんです。そういうのを洗剤って言います」
「そうか……」
エリオットさんは顎に手を当てて考えていた。
考えごとすると、しばらくは動かなくなるからそのままにしておこう。
僕は桶に水を入れて、木炭と炭を布で作った袋に入れる。
「それはいつ買ったんですか?」
「この袋は朝作ったんです」
「作った……? ソウタは何でもできますね」
「大げさですよ」
騎士団の庁舎に使われていない裁縫道具があったから、それを借りていらない布で小さな袋を作った。
裁縫も弟妹のボタンや裾を縫うためによくやっていた。
ソーイングの練習として手縫いでパジャマも作ったことはあるが、あの時は結構大変だった。
一人分作ったら、他の弟妹が拗ねてしばらく無視されたし、やっと弟妹の分を作り終えたと思ったら、今度は両親も作って欲しいと言われて、結局ミシンを買ってもらったけどね。
みんなお揃いの生地でパジャマを着ていたのが懐かしい。
「ソウタ……?」
「あぁ、すみません。ボーッとしてました」
やっぱりふとした時に家族のことを考えちゃう。
みんなは元気にやっているのかな?
僕が死んでからどれくらい時間が経ったのかわからないけど、またどこかで生まれ変わったら、家族になっているといいな。
そう思いながら、僕は団服を桶に入った水に入れて、押し流すように汚れを浮かす。
「うわー、かなり汚れてますね」
「真っ黒だから汚れてないと思ってました」
まさかエリオットさんも汚れていないと思っていたとは……。
チラッと襟元を見ると、文字が書かれていた。
「えーっと、私のです……」
どうやらエリオットさんの団服を洗っていたようだ。
だから、汚れていないと思っていたって言っていたのか。
「エリオットさんでこんなに汚れていたら……」
僕は山積みになっている団服に目を向ける。
活発に動き回るエルドラン団長やジンさんの団服はかなり汚れていそうだ。
団服を軽く絞ると、袋に入れた木炭を入れている別の桶に移し替える。
「これである程度は汗や皮脂、脂汚れや臭いも落ちるんですよね」
「魔物の血とかも取れますか?」
「んー、魔物ってあの大きいやつですよね?」
僕が知っている魔物って言ったらスライムというやつだ。
あいつはどちらかと言えば、水っぽいから血のイメージはないけど。
「いや、魔物の中には動物みたいなやつもいるし、ドラゴンとか――」
「ドラゴン!?」
まさかドラゴンがこの世界にいるとは思わなかった。
一度は見てみたいが、きっと出会った瞬間に食べられちゃいそうだね。
「くくく、ソウタもまだまだ子どもですね」
あまりにも嬉しそうに詰め寄ったからか、エリオットさんに笑われちゃった。
「エリオットにソウタが取られた……。私がドラゴンを連れてきたら、ソウタは私のこと――」
「ゼノさん、洗うの手伝ってください!」
「うん!」
何か嫌な予感がしたため、僕はゼノさんにも手伝ってもらうことにした。
こういう時は近くで危ないことをしないか監視するのが良いからね。
ゼノさんには団服を押し洗いして、汚れを浮かせてもらい、僕が木炭や炭で袖や襟元、裾の汚れを中心に洗っていく。
「準備できたけどこれでいいかな?」
「はい! 助かります!」
エリオットさんが水魔法を準備して待っていた。
最後は綺麗に洗い流したら洗濯は終わりだ。
全ての団服と下着を洗い終えたら、物干し竿にかけていく。
ちゃんと設備があるのに、今までやってこなかったのがもったいないよね。
「じゃあ、ゼノさんは風魔法で乾かしてください」
「ソウタの頼みなら、何でもやるよ! ドラゴンを捕まえて――」
「時間がないので早めにお願いします」
「うっ……うん」
ドラゴンを捕まえてくるって聞こえたが、きっと気のせいだろう。
そんなものが騎士団の庁舎にいたら、完全に悪役になってしまいそうだ。
「ふぅー、綺麗になりましたね!」
青空の下で真っ黒な団服が風になびく。
これで騎士たちも少し身なりが整うといいな。
清潔感が増せば、さらに悪役感は薄くなりそうだしね。
前世には清潔感のある胡散臭いセールスマンのような詐欺師とかいたけど……。
「次はもっと早めに洗濯物を出してくださいね!」
「「うっ……」」
洗濯物を溜めたら大変なのはどこの家庭も一緒だ。
僕の言葉にエリオットさんとゼノさんは、どこかビクッとした。
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