22.兄ちゃん、パンが完成する
「なっ……なんだこれは!?」
「「おおきいね!」」
前日のパン生地を混ぜたものは一次発酵を終えて、大きく膨れ上がっていた。
大きさ的には初めの二倍以上にはなっているだろう。
僕は指に小麦粉をつけて、ふっくらしているパン生地に押しつける。
「何をしてるんだ?」
「これで発酵しているか確認できるんだ。穴がそのままだったり、少し小さくなれば発酵できているけど、すぐに戻ったら発酵不足、シワができたりプツプツって気泡があったら発酵のしすぎかな」
僕がやったのは発酵具合がすぐにわかるフィンガーテストだ。
季節や環境によって発酵する時間は異なるため、しっかり発酵具合を覚えておくことは重要になる。
生まれ変わる前はオーブンの発酵機能を使っていたけど、何もないと温度が一定にならない。
特に夏みたいな暑い日は発酵時間が早くて、生地がダレやすかったり、うまみが少なく感じてしまう。
「だいぶ発酵が進んでいるね」
「そんなことする必要があるのか?」
「発酵させるとふんわりしたパンになるからね」
「ふん……わり……?」
この世界のパンは硬いパンが主流だ。
薄力粉も存在はしているが、パンに使うことはなく、強力粉をパン粉って呼んでいた。
柔らかいパンが食べられるだけで、お店も少しは繁盛するかもしれない。
そう思いながら、生地をいくつかに分けてから、丸めて少し休ませておく。
「パンってこんなに作るのが面倒なものなのか?」
「何事も美味しく食べようとしたら時間はかかるからね」
約10分ほど休ませたら、早速成形段階に入る。
「じゃあ、お手本を見せるから、それ通りに作ってね!」
「「「はーい!」」」
僕は丸めた生地を手を使って卵型に伸ばしていく。
そこからくるくると巻いていき形を整える。
今回作ろうとしていたのはロールパンだ。
食事用のパンとして食べやすいし、具材を挟んでも美味しい。
それになんと言っても、持ち運びがしやすいからね。
「これからもう一度発酵させるね」
二次発酵させることで、さらにふかふかになるからやらないといけない工程になる。
「またか!?」
「せっかくなら美味しい方がいいでしょ?」
「まぁ、そうだな」
想像以上に時間がかかることにレオは驚いていた。
ただ、昨日のフレンチトーストを食べたことで、ちゃんと美味しいものができると信じているのだろう。
乾燥しないように軽く布を被せて、その間にポタージュ作りだ。
「蒸したじゃがいもは熱いから気をつけて――」
「あちあち!」
「もう! 言う前にやらないの!」
すぐに取り出そうとしていたレオの手をすぐに水につける。
子どもの手なのに、傷だらけで皮膚が少し厚くなっているのを見ると胸が苦しくなる。
エルドラン団長がしばらく通っているって言ってたくらいだもんね。
「ソウタ、ちょっとは遊んだほうがいいぞ?」
「それはレオも同じだよ!」
どうやら僕が運動不足で息切れしていると思ったのだろう。
僕よりも遊んだ方が良いのはレオたちだ。
きっと遊びたい年頃なのに……いや、町を歩いている時に子どもたちをあまり見かけないのは、何かあるのだろうか。
「ソウタいるー?」
「どうしましたー?」
扉を開ける音が聞こえたと思ったら、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
扉の方に向かうと、ゼノさんとエリオットさんがいた。
「見回りを終えたから寄ってみたんだ」
ゼノさんは嬉しそうに僕の方に寄ってきた。
「エリオットさん、ゼノさんを捕まえてください!」
僕の言葉にエリオットさんはすぐに動き、ゼノさんの襟元を捕まえた。
時計をチラッと見たら、お昼の時間を超えていた。
「なんでー! ソウタに抱きつこうとしただけだよ?」
「ほら、それが問題なんですよ!」
「なら婚約はいいかな? それならいいよね?」
抱きついたらダメだと知ったら、なぜ婚約なら良いという判断になるのだろうか。
ゼノさんの思考回路が相変わらずわからない。
「帰ってきたら手を洗ってきてください。今パンを作ってる――」
「手を洗ったら抱きついてもいいし、婚約もできるんだね!」
「へっ……?」
ゼノさんはすぐに手を洗うために、さっき掃除に使っていた桶に水を入れに行った。
「あいつも変わり者だな……」
エリオットさんは自分の魔法で水を出すと、そこに手を入れて洗っていた。
相変わらずエリオットさんは便利だね。
僕がエリオットさんと調理場に戻ると、ノアとノエルは心配そうにレオの手を見ていた。
「火傷は大丈夫そう?」
「もう痛くもないぞ!」
レオの手は赤く腫れておらず、火傷にはならなかったようだ。
時間が経ちじゃがいも冷めてきたから、取り出しても問題はないだろう。
「ソウタ、手を洗って――」
「じゃあ、これをお願いしますね!」
じゃがいもを鍋に移して、なめらかになるまで潰してもらおう。
戻ってきたゼノさんに力仕事は全て任せた。
何かさせていないと、僕に抱きついて邪魔をしてくるからね。
その間にみじん切りにした玉ねぎを飴色になるまでエリオットさんに炒めてもらう。
「じゃあ、色が変わったら羊乳を入れて、ゼノさんのじゃがいもと混ぜ合わせてください」
「わか――」
「ソウタ、私を呼んだ?」
エリオットさんの返事に重なるようにゼノさんが近づいてきた。
「いえ、じゃがいもを呼びました!」
「そうか……」
寂しそうな顔をするゼノさんにどこか罪悪感を抱きそうだ。
甘えてくる弟妹も忙しいから後にしてって言った時と同じ顔だもん。
今もエリオットさんの鍋に潰したじゃがいもを入れながら、チラチラと僕の方を見つめている。
「よそ見を……おい!」
「あっ……」
潰されていたじゃがいもは、ほとんどエリオットさんの手に載っていた。
「ゼノさん……食材を無駄にする人は嫌いですよ?」
「うっ……ごめんない……」
ゼノさんは落ち着いたから、これで問題はないだろう。
背中はどこかショボーンってしているけどね。
「ソウタは一体何者なんだ。あのゼノがこんなに言うことを聞くなんて……」
それに今度はエリオットさんがブツブツとずっと呟いていた。
「発酵も良さそうだから石窯の準備を……」
少し寂しそうな背中をしている彼を呼ぶことにした。
「ゼノさん!」
「どうした?」
呼んだら気づいた時にはゼノさんは満面な笑みで隣に立っていた。
さすが騎士は移動するのも速いね。
さっきまでやっていた作業は、全てエリオットさんに任せたのだろう。
「石窯の熾火……あそこの赤くなった木を運んで――」
「任せ……」
「られないよ! 素手はさすがにダメだからね!」
「へへへ、そんなに私のことを心配してくれるんだね」
ゼノさんは嬉しそうに素手で触ろうとしていた。
この人は思ったよりも気をつけていないと、何をしでかすかわからない。
エルドラン団長やジンさんの方が、きっと何もせずに待ってくれそうだしね。
いや、彼らは犬っぽいから、待ては得意分野なのか……。
「「ぼうあるよ!」」
ノアとノエルが急いで棒を持ってきた。
そんな二人を優しく撫でると、ゼノさんは目を見開いて僕の方を見ていた。
「ゼノさん、棒を使ってくださいね!」
もう一度ゼノさんに注意をしたら、仕方なく棒を使っていた。
ひょっとして素手で触って、さらに心配してもらおうと……いや、さすがにそんなことはしないよね。
「じゃあ、パンを焼く前にこれとこれを塗ってみようかな」
フレンチトーストに使う予定の卵を溶いて、ロールパンの生地に塗る。
そして、もう半分のロールパンには軽く表面に小麦粉を振りかけた。
「ゼノさん、石窯にパンを入れてもらってもいいかな?」
「ソウタのためなら、私自身が入っても――」
「さすがにそれはダメですからね?」
ゼノさんなら本当に入りそうだから、先に注意をしておいた。
板付きの棒でパンを押し入れて、あとは焼くのを待つだけ。
パンの管理はゼノさんに任せて、僕とレオはエリオットさんの元へ戻る。
「二人はゼノさんが変なことしないか見ててね!」
「「はーい!」」
ノアとノエルはゼノさんの管理だね。
「エリオットさん、できましたか?」
「美味しそうなスープができたよ」
羊乳とじゃがいもの良い香りが鍋から香ってくる。
「ちょっと味見してみてください」
僕はスプーンで少しだけ取り、エリオットさんとレオの口に入れる。
石窯の方から鋭い視線を感じるが気にしない。
「これがあのじゃがいもですか!」
「すごいうまいぞ!」
エリオットさんとレオには好評のようだ。
ただ、羊乳を使ったからか、想像以上にクリーミーで重たく感じる。
スープというよりはチーズクリームのようなものを飲んでいるような感覚に近い。
僕は近くにあったスパイスと水を少しだけ入れて味を整える。
「これはどうですか?」
「ふわあああああ!」
「うまっ……」
エリオットさんの口から言葉ではない何かが溢れ出ていた。
よほど美味しかったのだろう。
火を止めて僕はゼノさんたちの元へ戻る。
「ソウタ、私には食べさせてくれないんですか?」
「味見したかったんですか? あとで食べるので我慢してくださいね」
「そうだね……」
ゼノさんはそんなにポタージュスープが気になっていたのだろう。
石窯から美味しいパンの匂いが漂ってくる。
そろそろ焼けてきたかな。
「ゼノさん、一つとってください」
「あぁ……」
僕は手前にあるパンを一つだけ取ってもらう。
もちろん素手ではやらせないからね。
出てきたのは溶き卵を塗っていたもので、綺麗なきつね色に焼けていた。
「あつあつ! はい、ゼノさん!」
僕はすぐに焼き立てのパンをちぎる。
ただ、正直言って……熱い!
「ソウタ……」
「早く!」
僕は勢いよくゼノさんの口の中に入れる。
明らかに味見ができなくて落ち込んでいたからね。
口の中を火傷していないか心配になったけど、味見ができたからか満足そうな表情をしていた。
「ほら、ノアとノエルも!」
みんなの口にもできたばかりのパンを入れていく。
やっぱり出来立てと少し冷ましたものだと変わるからね。
表情からして美味しいロールパンができたようだ。
だけど、またゼノさんが睨んでいたような気がしたのは気のせいかな?
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