3 魔導兵装の心臓部
青白い火花がぱち、と走った。
セドリック・ヴァーミリオンは、手元の魔導溶筆をわずかに傾け、兵装の心臓部ともいえる魔力回路を慎重になぞっていた。
ツインフォーカスの銀のレンズ越しに、銅線が溶けてゆく様子を見つめる。
彼のためだけに与えられた個室のラボは静かだった。
壁際には蒸気配管が縦横に走り、青い魔導灯がほのかに灯る。
圧縮蒸気の吐息と、魔力炉の脈動音だけが、一定のリズムで響いていた。
――カチリ。
調整を終え、彼は魔導溶筆のスイッチを切る。
「セドリック! 来たぞ!」
勢いよく扉が開く。
吹き込んだ風が書類を舞い上げ、魔導灯の光がわずかに揺らいだ。
セドリックは動きを止め、ツインフォーカスを外す。
代わりに、いつもの瓶底眼鏡をかけ直すと、柔らかく口角を上げた。
「ラインハルトさん。今ちょうど調整を終えたところですよ」
「おお、そうか! 俺も楽しみにしてたんだ!」
扉口には、騎士団の制服をはち切れそうな勢いで着こなした大男――ラインハルト・ハルトマンが立っていた。
彼は肩に掛けた上着を乱暴に直しながら、ラボの中を覗きこむ。
「それが例の新型か?」
「ええ。推進機構の安定化に成功しました。――試してみますか?」
セドリックの穏やかな声に、ラインハルトは満面の笑みで頷いた。
「よしきた!」
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試験場の扉が開かれると、白い蒸気がふわりと流れ出た。
中央に立つラインハルトは、全身を銅と鋼で覆われた外骨格――《マギアランスβ:フロントライン・ギア》を装着していた。
肩のシリンダーからは細い蒸気が立ちのぼり、背面の魔導灯がリズムを刻むように明滅している。
「すごい! 最高だ!」
ラインハルトの笑い声が、試験場の天井に響いた。
巨体を軽々と動かし、腕を振るたびに金属が唸る。
「ありがとうございます」
制御盤の前に立つセドリックが穏やかに頷いた。
「だがな!」
ラインハルトが一転して大声を張る。
「たぶんこれは――重いぞ! 俺でさえ重さを感じる!」
「……あ、あー、詰め込みすぎたかな。参考にします」
セドリックは頬をかき、苦笑いを浮かべた。
その様子を、柱の陰から一人の影が見つめている。
――セドリック様! 最高にかっこよすぎですわ……!!
胸の内で叫びながら、ヴァレリアは息を殺していた。
戦乙女などと大層な渾名が付けられているが、所詮ただの乙女なのである。
やがて試験が終わり、蒸気がしゅう、と静まる。
ラインハルトは装甲を脱ぎながら満足げに息をついた。
「じゃ、また来るな!」
「はい。お待ちしてます」
セドリックがにこりと笑うと、兄は豪快に手を振り、出口へ向かった。
その途中、柱の陰の妹を見つける。
「お、いたのか。まだセドリックいるぞ。話したら?」
「お、お、お、お兄様……もう帰られるんですの?」
「用が済んだからな!」
「も、もう少しここにいては?」
「はぁ? なんで?」
「わ、わたくしもセドリック様とお話したいからですわ……!」
「ん? 話せばいいじゃねぇか」
「二人きりだなんて恥ずかしくて耐えられませんわ!」
「……。じゃ、頑張れよ!」
ラインハルトは爽やかに笑い、嵐のように去っていった。
「お兄様ァ!!」
その嘆きが試験場の天井にこだました頃、
奥の整備口から、兵装を載せた台車を押しながらセドリックが現れた。
「あ、ヴァレリア嬢。こちらにいたんですか」
突然の声に、彼女は肩をびくりと跳ねさせる。
「っ! 貴方には関係ありませんわ!」
優雅に踵を返して去るヴァレリア。
背中を見送りながら、セドリックは小さくため息をついた。
「……怒らせてしまったかな」
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一方そのころ、廊下の角では――
――話しかけてくださった!! 嬉し恥ずかしい!!
戦乙女ヴァレリア・ハルトマンは、真っ赤になった顔を両手で覆ってうずくまっていた。




