14 戦乙女、測定される
「この設計図が、今ある最も軽量タイプの魔導兵装です。
これを基に、貴女の体に合わせて調整しましょう」
初日。ヴァレリアは個室ラボで、一枚の設計図を見せてもらっていた。
几帳面な線と細やかな注釈がびっしりと描かれたその図面に、彼女の指が震える。
――これ一枚で、国家が一つ買えるほどの価値があるのでは……!?
白衣姿のセドリックは腕を組み、少し気まずげに視線を逸らした。
「あと……その……女性用を作るのは初めてでして。
データがないんです。全身の身体データを取りたいのですが……」
ヴァレリアは思わず顔を上げた。
今日は侍女に頼んで、さりげなく美しく髪をまとめてもらっている。
その金の髪がふわりと揺れた。
「全身……?」
ヴァレリアの頬が一気に紅潮する。
「その……僕がデータを確認しないわけにはいかないので、それは防げませんが、測定時には手伝いを呼べると思います。
おそらく、そろそろ来ると思いますので――」
「誰が……?」
「セドリック! 来たぞ!」
けたたましい声とともに、勢いよく扉が開いた。
現れたのは、ハルトマン家の長男にして“騎士団の暴風”――ラインハルト・ハルトマンその人である。
「ラインハルトさん、こんにちは」
セドリックは穏やかに挨拶したが、ヴァレリアは開いた口が塞がらなかった。
「お……お兄様……」
「お、ヴァレリア! そうかそうか! 頑張れよ!」
「お兄様、もしかして……いつもそんな無礼な入室を?」
ラインハルトは大股で歩み寄り、セドリックの肩を抱いて笑う。
「俺とセドリックの仲だからな!」
セドリックは苦笑で応じた。
――羨ましいですわ!!
ヴァレリアはとっさに、必死で無表情を保つ。
そんな妹の様子に気づいた兄は、素早くそばに寄り、低い声で囁いた。
「おい、“素直になろう”計画はどうした。“羨ましいですわ”って言え」
「言えるわけないではありませんか!」
「お兄様はがっかりだ!」
ラインハルトは再びセドリックへ向き直る。
「な? セドリック!」
「え? えぇ、僕は気にしていませんよ」
セドリックは測定用スーツを準備しながら、軽く笑っている。
「ヴァレリア嬢、あちらでこのスーツに着替えてください。
その後、測定機の前に立っていただければデータが取れます。
……このスーツは、それなりに体のラインが出ますので、僕は退出します。
ラインハルトさん、申し訳ないですが、測定値を上から順にメモしてもらえますか?」
「淡々として……セドリック様、素敵ですわ」
「それをセドリックに言え!」
「無理ですわ!」
「お兄様はがっかりだ!」
兄妹がボソボソとやり取りしている間に、セドリックは曖昧に笑ってスーツと用紙を置き、部屋を出ていった。
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「お兄様の字、汚いですわ」
「うるせぇな」
測定を終え、普段着に戻ったヴァレリアは席に座り、セドリックの帰りを待っていた。
「なぁヴァレリア、一ヶ月って意外と短いぞ」
「……分かってますわ」
「ちゃんと伝えろよ? な?」
「……はい」
ヴァレリアはメモを机に置き、セドリックの設計図の上にそっと重ねた。
「ちゃんと伝えますわ。
こ……こんなにお慕いしているのですもの。
それを伝えられずに国外へ行かれてしまうなんて、耐えられませんわ」
「うん」
ラインハルトはちらりと扉の方に目をやり、素知らぬ顔で妹を見下ろした。
立ったまま腕を組み、机の前に立つ。
「いつから好きなんだっけ? セドリックのこと」
「初めてお会いしたときからですわ。一目惚れですもの。
偉ぶるところが全くなくて、穏やかで、知的で、紳士的で……。
こんな素敵な方が世の中にいるなんて、驚きましたわ。
だから頑張ったのです。お父様を説き伏せて、家庭教師をつけてもらって、一年でここに入所しましたの。でも……」
「でも?」
「魔導力学は、とても楽しいのです。
でも、学べば学ぶほど、セドリック様が遠くなってしまうのです。
あまりにも研究者として、高みにいらっしゃるから……」
ラインハルトは天井を見上げ、ふっと息をついた。
「そうだな。……頑張らないとな」
「……はい」
ヴァレリアは俯いたまま、設計図の線をそっと指でなぞった。
この数字の一つ一つを、彼女はまだ自分で計算できない。
――彼は、あまりにも遠い。
「じゃ、俺は帰るぞ」
「はい」
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扉を出ると、廊下の影でうずくまっているセドリックがいた。
ラインハルトは隣にしゃがみ込み、笑いを噛み殺す。
「な? 絶対嫌われてないって言っただろ?」
「まさか……僕なんかが……」
魔導兵装の部品を抱えたセドリックは、真っ赤な顔で俯いた。
「一ヶ月間、妹を頼んだぞ」
「……はい」
ラインハルトはセドリックの背中を力いっぱい叩くと、笑いながら歩き去っていった。




