11 戦乙女、ブチギレる
兄に付き添ってヴァレリアが王立騎士団本部の中庭庭園に一歩踏み出すと、会場がどよめいた。
翡翠色のドレスは首元から胸元までレースで覆われ、細い腕を包む長袖の先には繊細な手袋。
ほとんど肌を見せていないのに、彼女自身が金の花のように輝いていた。
ヴァレリアが会場をゆっくり見渡して微笑めば、若い騎士たちから歓声が上がる。
青い薔薇が咲き誇る中庭。
騎士団旗がはためき、音楽隊の演奏が柔らかい風に乗って広がる。
シャンパンの泡が軽やかに弾け、金ボタンが光を反射して瞬いた。
ヴァレリアは顔に笑顔を貼りつけ、ラインハルトの挨拶回りについて歩く。
この翡翠色のドレスは、もちろんセドリックの瞳の色。
同じ色のドレスは何着もあるが、あからさますぎて袖を通したのは今日が初めてだった。
セドリック不在の寂しさを胸に、それでもドレスを褒められるたび、まるで彼自身を褒められたようでヴァレリアは頬を染めた。
「今日の“戦乙女”はいつにも増して麗しいな」
「やっぱりベルゼブブ伯爵がいないからじゃないか?」
そんな声が耳に入る。
ヴァレリアは振り返った。
結い上げた金の髪のおくれ毛が艶やかにうなじを撫で、騎士たちの視線を攫う。
ラインハルトが軽く腕を引き、耳元で囁く。
「気にするな、妹よ」
「……はい、お兄様」
ヴァレリアも、セドリックが“ベルゼブブ”と呼ばれていることは知っていた。
だが、王立魔導工廠では彼を敬う声のほうが多く、実感が薄かった。
――今、初めてそれを、刃のような言葉として突きつけられた。
「ラインハルトさん!」
ゆったりと歩み寄ってきたのは、金髪の騎士アレク・フォン・リーベル。
白い正装をこれほど自然に着こなす男もいまい。
爽やかに白い歯を見せ、兄に軽く頭を下げたあと、ヴァレリアにも丁寧に礼をする。
「ハルトマン嬢、ハンカチをお返しいただきありがとうございました」
「いえ。それは当然のことですわ。こちらこそ先日はありがとうございました」
ヴァレリアが微笑むと、会場の空気が一瞬ざわめいた。
「やっぱりな!」
「彼女にはリーベル卿こそが似合う!」
「ベルゼブブなんて論外だ!」
我慢できず、ついにヴァレリアは振り返る。
「どういうことですの……?」
若い騎士たちが何人も集まり、彼女たちを取り囲んだ。
「貴女にはベルゼブブ伯爵なんかより、アレク・フォン・リーベルの方が相応しい!」
「そうですよ! あんな悪魔より、リーベル卿の方がふさわしい!」
「おい!」
ラインハルトが声を上げるが、騎士たちは興奮したまま止まらない。
「お前ら、失礼なことを言うのはやめろ!」
当のアレクも声を上げ、彼らの間に割って入る。
だが若い騎士たちは引かない。
「リーベル卿もおかしいと思っているのでは!? “戦乙女”をあんな悪魔が攫ってしまうことを!」
「彼女は騎士団の所有物ではない」
アレクは静かに否定するが、その言葉は彼らの耳には届かない。
ラインハルトが息を吸い込んだ。
「俺の妹から離れろ! 許さんぞ!」
怒声が会場を震わせた。
沈黙が訪れる。
その中で、ヴァレリアは静かに息を吐いた。
「……分かりました」
騎士たちの目が輝く。
ヴァレリアは腕をゆっくりと上げ、アレクを指さした。
「アレク・フォン・リーベル卿! わたくしが貴方に――決闘を申し込みます!」
静寂。
「……は?」
アレクが目を瞬かせる。
「一週間……は難しいですわね。二週間も無理か……。
一ヶ月後――第一騎士団訓練場にて、決闘ですわ! よろしくて!?」
「え……?」
アレクは呆然とヴァレリアを見る。
「お父様!」
ヴァレリアが声を上げると、第一騎士団団長であり、ヴァレリアの父、ガレス・ハルトマンが慌てて駆け寄った。
兄と同様、パツパツの制服が陽光を反射する。
「はいはい、お父様はここですよ」
「お父様! よろしいですわね!?」
「よしきた! 頑張れ!」
「はい!」
ラインハルトも腕を組み、不敵に笑う。
「さすが俺の妹だ」
ヴァレリアはアレクに向き合う。
「リーベル卿、巻き込んでしまったことをお詫びしますわ!
私はこう見えても魔導工廠の技師。
魔導兵装で挑みますわ!
よろしくて!?」
美貌の騎士は瞬きをした後、爽やかに笑う。
「俺はこう見えても上級騎士です。
いいでしょう。
それではこちらも本気で行かせてもらいます」
「そうこなくては!」
周りで見ていた騎士達は、誰も状況を理解していない。
だがそのとき――
ヴァレリア・ハルトマンとアレク・フォン・リーベルの決闘が、正式に決定した。
騎士団旗が、強い風を受けて大きくはためいた。




