1 戦乙女、推しを威嚇する
「なよなよしいですわ」
セドリック・ヴァーミリオンが顔を上げる。長い前髪のすき間から、分厚い眼鏡のレンズがのぞいた。
「はは……。そうですよね」
眉が垂れ下がり、彼はまた俯いた。黒髪がさらりと揺れる。
彼の背後の青空を、魔導飛行船がゆるやかに横切っていく。
王立魔導工廠、第二実験棟の中庭。
技術局主任技師である彼は、蒸気の立ちのぼる休憩所のベンチで静かに魔導理論書を読んでいた。
穏やかな時間は、突然の暴言によって終わりを告げたのだった。
白衣の彼は眺めていた本を閉じると、ベンチから立ち上がる。
「お目汚しですよね。僕はラボに戻ります」
「なぜですの? 逃げるおつもり?」
「いや、そういうわけでは……」
逃げ腰のセドリックを青い瞳で睨みつけるのは、彼の婚約者――ヴァレリア・ハルトマン。
長い手足、凹凸の激しい整った体躯、金の艷やかな髪。
騎士団長の娘にして、絶世の美女。
人々は彼女を敬意と畏怖を込めて「戦乙女」と呼ぶ。
「本を読みたいのなら、読めばよろしいではありませんか。人の目ばかり気にして、女々しいこと」
「……すみません」
セドリックは渋々またベンチに腰を下ろし、本を開いた。
この戦乙女、こんななりではあるが魔導工学技師見習いとしてセドリックも所属するラボに出入りしている。
白衣の前を閉めないのは、見せびらかしたいからではない。単純にボタンが閉められないからだ。
そして、セドリックの横顔を睨みつけている彼女の頭の中は、今日も忙しかった。
――うちのゴリマッチョのお兄様とは大違いですわ! なんて美しいの!
本に視線を落とす横顔なんて儚げでたまりませんわ!
先ほどの眉を下げた姿なんて、愛犬にそっくりでしたわ! かわいい! 最高!
私の婚約者様素敵すぎます!
ちらっと!
ちらっとこっちを見てくださらないかしら!?
セドリックは怯えながら、横目でヴァレリアを見る。
――見た!! もうわたくし召天されてもおかしくありませんわ!
そのとき、
――ボウッ、ボウウウウ……ッ。
蒸気笛が三度鳴り、時計塔の圧縮弁が開く。
白い蒸気が空へと噴き上がり、鉄の鐘が響いた。
王立工廠全体に休憩終了の合図が伝わる。
セドリックは本を閉じ、立ち上がった。
「ヴァレリア嬢、休憩時間が終わりました。僕は戻りますよ」
「えぇ、好きになさったら?」
セドリックは眉を下げ、小さく頭を下げると、踵を返して去っていった。
ヴァレリアはその背を見送る。
彼の背が見えなくなると――彼女は両手で顔を覆った。
「尊い! 好き!!」




