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(舌先)三寸法師

作者: 夏斗
掲載日:2025/10/25

昔々のある所、とても仲の良い夫婦が幸せに暮らしていました。


ただ、その夫婦には一つだけ悩みがありました。



それは子供がいないこと。



そこで夫婦は神様にお願いすることにしました。



願うこと幾月。



その甲斐もあり夫婦は子供を授かることと成りました。



子供はすくすくと成長していきました。



すくすくと成長すること自体はとても喜ばしいことでしたが、夫婦には一つ悩みがありました。



それはその子どもが、とても生意気に育ってしまったということです。



近所でも評判の悪ガキとして育った子供を夫婦は叱りますが、1を言えば10の言い訳が返ってくる。 


まるで、その話し口は説法を説く僧侶が如くとまで言われ、あまりに回る舌から(舌先)三寸法師と呼ばれていました。



これはいけないと思った夫婦は、三寸法師が15の歳を迎える頃に、その更生を願い京のお寺に育ててもらうことにしました。


そして、厳しさを与えるためにも無一文、着の身着のままで送り出しました。




さて、送り出された三寸法師は無一文では何も出来ぬし、道中楽しむこともできぬと思い、送り出されてから近くの野原で一刻(いっとき)程、昼寝を決め込むと、泥などで着物を汚し、敢えてボロボロになってから夫婦の下に戻ります。



『――父上。着の身着のまま、何も持たずでは私は京へ着くこともできませぬ…。


母上に一生懸命に縫って頂いたこの着物もこのように汚すのは忍びなく…。


せめて、京へ安全に着けるほどの路銀等があれば…。』



その姿を見て心を痛めた夫婦から、京へ着くには十分な路銀を得て、京へ出発することとなりました。



道中、その余りある資金で賭博等の娯楽を楽しみながらも京へ着いた三寸法師。



三寸法師は思いました。

寺なんかに行ってしまえば、賭博は疎か、昼寝も満足に出来ぬではないかと。



自由を謳歌するにはどうするか。



そうだ、この京で一番大きい屋敷に勤めることさえ出来れば生活は安泰だろうし、仕事も少しくらいサボりながらやっても問題ないだろう、と。



『この街で一番大きな屋敷は誰の邸か?』



町民に聞けば、町民全てが、『それなら宰相様の邸だ。』と言う。



正面堂々に尋ねたとて、門前払いは目に見えている。



もう少し情報はないかと町民に聞けば、自分と同じくらいの歳の娘がいると言う。

更にはお転婆な娘であり度々お忍びで街を歩いており、よく孤児院に寄付しているというではないか。



これは使えると考えた三寸法師。



まずは娘がよく寄るという孤児院に入ります。



歳が15ということもあり、院長からは煙たがられたものの、食料や寄付、子供達のまとめ役等を率先して行っていると次第に受け入れられるようになっていきました。



そして娘との仲も順調に深めていきました。



深めるといっても、勿論恋人のような深まり方をしているわけでもなければ、最初から上手くいった訳でもありません。



最初は、『なんだこの胡散臭いのは…』といった目で娘にも、娘の護衛にも見られていました。


しかし、孤児院からの信を得る三寸法師。

そして、なにより同年代の男の子、と言う存在に初めて触れ合う娘は三寸法師に興味が尽きることなく、グイグイとその距離を縮めていきました。



日に日に孤児院で過ごす時間が長くなり、ここまでくればもう大丈夫だろうと三寸法師は最後の手を打ちます。



ある日の事、娘はいつも通りに三寸法師のいる孤児院に向い、孤児院の子供らや、三寸法師と他愛のない事をして過ごしました。



しかしどこか子供達の元気が無いことに気付きます。



娘は三寸法師に問いました。



『なぜ子供達は元気がないのだ。』



三寸法師は、『そんなことは…』と、言い淀みます。



娘が更に問いただすと、三寸法師は、貴女様が悪いわけでは無いのですと前置きをして、語ります。



『最近、貴女様に頻繁に来て頂きます。その事自体は喜ばしいのですが、それにより、他の孤児院から、やっかまれているのです』と。



高貴な方がよく来ている、支援もさぞ受けているだろう、貯めてないでこちらにも分けろ。



一度分配してしまえば、どこから噂を聞きつけたのか続々と他の孤児院も追従し、院長、自分、ひいては子供達の食料すら減らさなくてはならなかったと。



『私は…なんてことを…!どうしたら良い…!』



滂沱の涙を流しながら娘は三寸法師に問います。



すると三寸法師はこう答えました。



『私を貴女の家で雇って下さい。』と。



『もう貴女が以前のように、この孤児院に来ることは難しいでしょう。ですが、私が貴女の家からお給金をもらい、それをここに寄付すれば、きっと元通りになります。

院長からも許可は頂いています。

ですからどうか、どうか――。』




三寸法師は必死に頼み込みました。

なぜならここが彼にとって最重要だからです。



『――わかった。私から父に掛け合ってみよう。』



三寸法師は心の中でガッツポーズを決め込みました。



さて、そんな紆余曲折を経て、宰相邸に勤めることとなった三寸法師。

これでもう安泰だと思った矢先、任じられたのは娘の侍従。



知っていたことではありましたが、娘はとにかくお転婆でした。



つまり、三寸法師に休む隙などありません。



突拍子のない行動や、それこそお忍びで街に繰り出す際にはその護衛等、やる事は多岐に渡ります。



楽をするために、あんなに苦労して宰相邸に勤めたというのに、この仕打ち。



ほとほと嫌気が差していた三寸法師は、たまたま、その日だけ、娘のお忍び視察の際に気を抜き、目を離していました。

 


するとその瞬間、後頭部を襲う衝撃。



三寸法師が薄れゆく意識の中、最後に見た光景はこちらに助けてと手を伸ばす娘の姿でした。



それから半刻、目が覚めた場所は宰相邸。



起きた三寸法師は引き留める医者を振り払い、すぐに立ち上がり、宰相様の下に向います。



『――賊の居場所は。』


『山奥の洞窟だ。』


『要求は。』


『金だ。』



『――全て私の責任です。必ず取り戻します。



 命を懸けて。』



『その意気や、良し。



 ――行け。』




三寸法師は必要な物を集めると、馬に跨り、すぐに出立しました。



洞窟に向かっている途中、三寸法師の胸には様々な思いが去来します。



娘と話した他愛のない会話。

娘に振り回された日々。

そして娘の笑顔。



三寸法師はその時、確かに、何かが胸に燃え上がったことを感じたのでした。



そうこうしている間に洞窟の前までたどり着いた三寸法師。



見張りの兵士に声を掛けます。



『宰相の遣いだ。』



『真っ直ぐ進め。』



声をかけられた見張りは顎で洞窟の中を示すと一言だけ発し、また沈黙しました。



薄暗い洞窟の中を進む三寸法師。



ある程度進むと、少し大きな広場に出ました。



そこには山と積まれた財貨の上に寝そべる筋骨隆々の大男。

不潔感漂う無精髭にざんばら髪。


その姿はまるで古来より伝わる大鬼のようでした。



『おんめぇ、だれだぁ?』



『宰相の遣いだ。』



『宰相…?だれだぁ、それ。』   



『娘を連れ去っただろうッ!』



『あぁ、あのべっぴんさんのとこのかぁ!』



三寸法師は逸る気持ちを抑え問います。



『交換条件は金でいいんだな。』



『金!オラは金が大好きだぁ…。キラキラ光ってるものを見ると嬉しくなるんだぁ…。でもおんめぇは金なんて持ってるように見えねぇだ。』



大男は立ち上がります。



『嘘ついてんだったら許さねぇどッ!オラの大槌でおめぇなんかぺしゃんこだぞッ!』



大男はその身の丈程もある木槌を取り出し、地面に叩きつけます。



その衝撃は少し離れた場所にいる三寸法師の足元を揺らし、財貨の山を崩すほどでした。



三寸法師はその威力に目を見張りますが、それでも臆することなく言葉を紡ぎます。



『まぁ待て、そもそもお前は何故このような行為を行うのだ。』



『オラはキラキラしたものが好きだぁ。だから、こうして集めてるんだぁ。』



『その過程で様々な犠牲が出てると思うが、それについてはどう思っている?』



『そんなの弱いからいけないんだぁ。オラのおっとおとおっかあも、弱いから奪われただぁ。』



聞けばこの大男も最初から山賊じみた事をしていたわけではありませんでした。



村で平和に過ごしていた時に賊に襲われ、友人、家族、村。



全てを奪われたということでした。



『――だから、オラも奪うことにしただぁ。』



村が襲われた際に、身体が大きく力もあった為、捕らわれ、雑用としてこき使われていましたが、ある時、油断していた頭領を殺し、自分が頭領の座を奪ったということでした。



『強いから奪う、弱いから奪われる、それだけのことだぁ。』



三寸法師は大男の言葉を真摯に聞いていました。



そして今までの自分を振り返ります。




『馬鹿だから騙される。』


『騙されるやつが悪い。』



方向性こそ違えど、自分も同じような事を思っていたことを。



けれど、そうではないと、気付かせてくれた人がいました。



『馬鹿だから騙される?それは違うぞ!騙されたということは、その人を信頼したということだ。人から受けた信を裏切る方が馬鹿な奴だとは思わないか?


――失った信頼はもう、取り戻せないんだぞ。』




『騙される方が悪い?そんな事あるはずがない!そんなのは自分が悪いと自覚しているからこそ、出てくる言葉だろう!


そう思わないと良心が耐えられないのなら、そんな事はすべきではない。



そう思ってしまうなら、そいつは騙すことが向いていないよ。』



娘には散々振り回されましたが、それ以上のものを三寸法師は受け取っていたのです。



娘の言葉はいつだって、真っ直ぐで、ひたむきで、正しい言葉でした。



三寸法師は思います。



自分はいつだって、辛いこと、苦しことからは逃げて、逃げて、逃げて続けてきた人生でした。



だからこそ、



今だけは、口先三寸で逃げ道を探すのではなく、本心をぶつけようと思ったのです。



――娘のように。



『強いから奪う?弱いから奪われる?違うだろうがッッ!!』



『おめぇに何がわかるんだぁッ!全部…全部奪われたオラの――ッッ!!』



『強いなら護れッ!弱いなら強くなれッ!楽な方に逃げるなッッ!!』

  


『そんなの綺麗事だぁ!!つえぇ奴は弱いやつを見向きもしねぇ!』



『そうだよッ!綺麗事だッ!そんなの分かってる!


だがよ、奪って、奪われて、奪って、奪われてを永遠に繰り返してよ…!


その先に何があるんだよ!


いつかお前もまた、奪われるだけじゃあねえのか…!』



『オラだってしたくてしてるわけじゃねぇ!でも…それなら…どうしろっていうんだぁ…!悪いと思うことをする度、オラの身体が、心が…!いてぇんだよぉ…』



大男の瞳からボロボロと大きな涙が零れます。



三寸法師は優しく声をかけます。



『――今からだよ。今からでいい。変わるんだ。お前のしたことは消えない。



それでも、今、お前が変わることに意味があるんだ。』



大男は三寸法師に問います。



『オラ、変われるかなぁ。』



三寸法師は答えます。



『変われるよ。



――俺だって変われたんだから。』



『――オラ、やってみる。これからは悪いヤツから人を護るようにするだ。


だから、味方にも当てちまいそうなこんな大槌もういらねぇ。』



大男はそう言うと、持っていた大槌の柄の部分をぼきりと折りました。



――後に、子孫代々、宰相家の護衛として仕え、繁栄することになる大男の家系。

その家の家宝として、出る(いづる)敵を打ち倒す槌『打ち出の小槌』として、その槌は大切に扱われたと言います。



そうして大男を説き伏せ、娘を救出した三寸法師。



娘は暗い牢屋の中に捕まえられていました。



それまでは気丈に振る舞っていたであろう娘も、三寸法師の顔を見た時には安心したのか、涙を流し、『怖かった。』と呟き、三寸法師に抱きついたのでした。



その後、娘とともに宰相の屋敷に戻った三寸法師でしたが、何が何やらわからぬまま綺麗な服を着させられ、宰相様と謁見することになりました。



『娘を助け出してくれた事に、まず最大限の感謝を。』


宰相はそう言うと深々と頭を下げます。


そして次に褒美の話に移ります。



『娘を救い出した英雄になんの褒美も取らさぬというわけにもいかん。お主にはまずは屋敷を与えよう。』


屋敷を与えるというのは、つまり今までは娘の護衛、もとい下男として働いていましたが、正式に武士として取り立ててくれるということにほかなりません。



『更にお主には号を与えようと思う。娘とも話したのだが、お主は、娘を暗い牢屋から助け出し、私が娘を失うという暗闇から救ってくれた。


そして巷では、そなたの弁はまるで僧のようだと言われていることから、正しき道を照らし闇を払う、『光芒(こうぼう)大師』と名付けたいがどうか?』



三寸法師はいやいやと首を横に振ります。



『光芒…と言う読み方は、後の世に何だか怒られそうな気がしてきますし、私が明るく照らせる範囲など精々一寸程にしかならぬでしょう。



ですので私の事はこうお呼び下さい。』



三寸法師は少し口角を上げ、ニヤリ笑います。





『一寸法師、と。』





――かくして、三寸法師、改め一寸法師はこの後は平和に暮らしたそうな。


褒美で何故私をねだらなかったのだ!と、娘に怒鳴られ、言い訳をしながら娘を娶るため奔走するのは、また別のお話。

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