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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絞め木

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、天然更新という言葉を知っているかな?

 樹木を伐採したあと、人の手で木を植えなおすことなく、自然の力に任せて森を再生させようとする試みのことだ。あくまで植栽のたぐいをしないということで、土のコンディションを整えたりはするけどね。

 ヨーロッパなどでは知られたやり方だが、そのまま日本でも行えるかというと、難しいところだ。ササなどが有名で、森の下生えとして存在し続けている彼らは、大きな木たちが倒されると、ここぞとばかりに版図を広げてくる。

 地下に根をはり、周囲の水を吸い上げて乾燥地にしてしまうわ、幅を広くとってほかの植物の光合成を邪魔してしまうわで、なかなか人が意図したような天然の更新をさせてくれない。

 こと日本において、植物の強さ、抜け目のなさを示す一例かもしれないな。

 そして成功したり有益なものは取り入れられ続け、失敗したり気味の悪いものはまた何かしら陽の目を見るまでひっそりと姿を隠し続けることになる……その隠れているものに、出会えるか否か、それが幸せなのかもまた、出たとこ勝負な面はあるけどね。

 ひとつ、私の地元に伝わる植物にまつわる話、聞いてみないかい?


 私の地元は山々に囲まれた盆地にあるのだが、そこでたまに「絞め木」と呼ばれる樹木を見かけるときがある。

 自らの幹に、根か蔦かをぐるぐると巻き付け、あたかも自分で自分の首を絞めているかのような格好から、そう呼ばれるようになったらしい。

 ある意味、根巻きとでも呼べそうなものだが、人のほどこすそれは根を保護するために縄を巻く行為のこと。自分の根が自分に下剋上する状態などは、とても同一視できるものじゃあない。

 すごいものだと、幹の上の部分だけが根に縛られたまま宙に浮いた状態のものもある。下部にあったと思しき幹の部分は、立っていることも倒れていることもあるが、たまに影も形もなく、つかみ上げられた様相を呈することもある。

 まさに、鬼の首を取ったようというか、根なり蔦なりが自らの手柄を誇っているように思えるような姿だったよ。

 これが昼間で視界良好、精神安定状態なら「めずらしいもん、見たなあ」程度で済むだろうが、天気が悪くて視界もきかず、不安に駆られているようならばお化けか何かに見えかねない、気味悪いシルエットだろうさ。

 しかし、こいつはあくまで「完了形」を見たときの感想。もし、「現在進行形」で目にする機会があったら、どうなるだろうか。


 話をしてくれた伯父によると、伯父は実際に木が絞められていくところを見たという。

 伯父は小学校の中学年くらいになると、当時の家の母屋から離れた蔵の中で寝ることが多くなったという。

 というのも、私の父である弟の夜泣きがひどく、ほぼ毎晩のように来るものだからそれが届かない場所へ避難したかったのだとか。

 幸いなことに、ここはトイレにも近い。ふともよおしたときなども、迷惑をかける可能性もほとんどないと来ている。ちょっと外に出る時間こそ必要ではあるが。

 その日も少し身体が震え、用を足している夜中のことだったんだ。


 いったんは小康状態に入るも、後詰の気配にその場を発つ踏ん切りがつかず、待機している最中。

 ふと伯父は、耳へ飛び込む別の音を聞く。

 ぱきり、ぱきりと響くその音は、枝が折れるそれに似ている。立地上、このあたりを歩くと、紛れた枝を踏みつけてしまうことはままあった。

 誰かがこの夜中に出歩いているのか? とも思い、なおのこと息をひそめる伯父。

 夜にことを起こそうとするやつなど、ろくなものではない。弟の夜泣きと同等だ。これが泥棒のたぐいだったら、なおのこと面倒。

 秘密を知られたら、口を封じにかかる。たぶん、自分が相手の立場だったらそうする。

 早く気配が去らないものか……と、枝の折れる音に集中する伯父だったが、しばらく聞いていて「違う」と判断できた。


 足音や息遣いがない。

 この暗闇の中、あらゆる情報がシャットアウトされがちな状態だと、新しく入る情報は過敏に受け取れるもの。この夜のトイレの中でならば、それらを感じ取れた経験が伯父には幾度かあったという。

 ただ今回は違う。近づくも、遠ざかるもなく、同じ方向から断続的に響いてくるばかり。一回一回ごとに音が大きくなってくるんだ。


 人のものじゃない、となると怖じるか、興味が湧くか。

 伯父は後者な人間だった。泥棒のような差し迫ったリアルなら危機感が勝るも、異常はその実態がつかみづらいぶん、怖さが薄らいでしまうのかもしれん、と伯父は話していたっけ。

 どうやら、お腹も落ち着いたらしく、伯父は履物をつっかけたまま音のなる方へ歩いていく。背後の母屋からはかすかに泣き声が聞こえてくるが、いつもの弟のものだろう。

 それよりも、前から聞こえてくる「いつものじゃない」ほうがずっと大事だ。


 音の出どころは、そう遠くなかった。

 絞め木だ。このトイレの裏手にある林の中、数歩と入らないうちに待ち受ける木。大人数人分はあろうかという太い幹に、これまた大人の腕数本分という太さのツタが絡んでいるのだ。

 幹なかばまで、らせんを描きながら絞めているのは、昼間から見ることができる。それがいま、枝を折るような音を交えながら、ツタが身を伸ばしているのだ。

 息を呑んで見守る伯父の前で、見えるところいっぱいまで巻いていくツタ。その途中、犬にも似た悲鳴に、飛び上がりそうになった伯父だが、その声もまた自分の住まいのほうから聞こえてくるものじゃなかった。

 幹のほうから、いや幹そのものから聞こえたような気がしたんだ。聞き間違いじゃなければ。

 そうこうしているうちに、枝を折るような音は、本格的に万力でしめあげる音へと変わる。

 伯父はそこにやはり、獣めいたうめきが混じっているのを聞いていて……。


 取れた。

 あれほど力を込めている様子だったのに、最後はまるでお菓子の棒を折るかのように、あっさりと上下が分け放たれた。

 同時に、先ほどよりもいっそう大きい獣の悲鳴が響き渡った。声とともに、分かたれた幹の上部から、どっと黒い水のようなものが下部の幹へこぼれ、しとどに濡らす。

 夜の闇と同じくらいに黒々と染まったかと思うと、もうそこに幹の姿はなくなっていたらしい。あるのはツタに絡みつかれて浮いているばかりに絞め木が残っているばかりだったと。

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