亀と花
20mをゆうに超える木々が日の光を隠すしかし不気味なほどに明るく光る森の中に魔女とメイドが颯爽と走っていた。
「市街地まで結構かかりますね。」
白いメイドは後ろを気にしながら隣を走る黒い魔女に問いかける。
「そうね…まぁそれが狙いだし…ね。」
「それはそうですが、ここ嫌いなんですよね。それと─────」
ミネラは先程言葉を掛け合った教え子のことを思い浮かべながら───
「これは、私の勘なんですけど...オルオルとヌイちゃん...どっか焦りが見えたんですよね。このまま作戦通り動くべきか...怪しくて。」
先程感じた違和感を告げる。
「え...?全然気づかなかった…。そう...アレになんかされてるのかな...?」
相も変わらず鋭いミネラの観察眼に驚く。
本当に...弟子からの評価と実情が真反対よね...。
「あとで私も良く見とくね...。」
その後もしばらく言葉を交わしながら走っていたとき突然リィリィが足を止め、目の前に
「『蜂凛』...」
ミネラも同じように足を止め、正面に現れた人影を注視する。
寝起きのようなボサボサで、しかしどこか法則性のあるレモン色の髪が目立ち、少女と呼ぶにはあまりにも幼いソレが満面の笑みを浮かべながらこちらを眺めていた。
「リィ〜ちゃんとミィちゃん!!一緒に遊ぼ!?」
幼く、可愛らしい声が2人に向けて発せられる。
「いいけど...そんな事して良いの?」
リィリィは普段と一切様子の変わらないその幼女を見て困惑する。
「うん!!ちゃんと仕事はするから!!────ね?」
集中しても見逃してしまいそうな程小さな風を切る音が鳴る。
───!?
「やられたね...」
リィリィが呟くのと同時に重いものが落ちる音が落ちる音がなる 。
リィリィは憎たらしげに後ろの木から現れた少女に声をかける。
「斬られるまで....気づかなかった...よ。『斬爿』」
リィリィの腕が肩から綺麗に斬り落とされていた。
「こんなもんおちゃのこのさいなのです!!」
『斬爿』と呼ばれたエメラルドの様に透明性のある鮮やかな緑色をした髪が特徴的なサイドテールの少女が自慢げに告げる。少女の両手には2対の刀が、周囲には7本もの諸刃の剣が漂っていた。2種類の黒い剣の刀身には、機械的とも魔術的とも捉えられる点と線で出来た模様が彫られていた。
剣に....血が着いてない...?とすれば...。
リィリィは相手の得物から何かを感じ取る───
「ミネラ、私は...『蜂凛』と遊んでくるから...『斬爿』をお願いね?」
頷き、了解の意志を伝える。
「それ聞いてみすみす分断されるわけないのです!?」
少女が剣を握ってる手から人差し指だけを立て、滑らかに無駄の一切ない動きで周りに浮いている剣に指示を与える。
リィリィが『斬爿』の放った剣を魔術で弾こうとするが────
「リィリィ様、私がやります。」
リィリィは頷きながら発動しかけの魔術を中止し後ろへ少し下がる。彼女の動きと呼応して一筋の赤い光が飛来する剣を纏めて弾く。
「一輪」
声が発せられた方を向くとミネラが紅色の刀身が虚ろに揺らめく刀を握っていた。
あれは...孤月刀『葩卵』!?
いつの間にか振り下ろされていた刀を目にし、次の行動を考えようとしたとき────
〈ういずくよ、どうする?『秘術』を使うか?〉
頭の中に低く重い声が響く。
(生け捕りか時間稼ぎの2択なので使わないのです。)
それに...
2本を除いた剣をミネラとリィリィに向けて放つ。
使う暇なんてくれるわけないのです!!
「二輪」
自身に向かって来ていた剣をひと薙ぎで弾き────
「三輪」
続けざまにリィリィへ向けて放たれていた剣を地面に叩き落とす。
綺麗に対処されたなの───
目の前に剣先が忽然と現れる。
「です!!」
「四輪」
振り向きざまにミネラが放った刺突を、手に持った刀の先端で受け止める。
体制を整え、剣を構え直す。
「───危ないのです...」
『斬爿』が呟いたのを合図にミネラが再び動き出す。
「五輪、六輪、七輪、八輪」
独自のステップと剣筋によって放たれる多角的な四方からの攻撃を的確に受けきるが────
あることに気づく────
「やられたのです。」
受け切るのに集中力を費やしている間に、周囲からリィリィと『蜂凛』の気配が消えていたことに気づく。
「九輪」
自身の失態を考える暇も無く9回目の剣撃が繰り出される。
これもまた先程と同様、確実に刀で受けきろうとするが、『斬爿』の頬を風のようなものがかすった。風が当たった部分からは血がたれ始める。不可解なのは受け止めた刀の刃とは20cmもの距離があるということだ。
9回目でここまでなのですか...少し大きさを見誤ったのです...ならば───
『斬爿』は刀を構え直し、柄についてある小さなスイッチを押し、刀身に彫られていた模様が緑色の光を放ち洞窟や谷底を彷彿とさせるような音が鳴り始める。
それを確認したミネラは振り下ろした刀を最小限の動きで持ち替え、素早く振り上げる。
「十輪」
「檜佐木流 飛翔・風音斬り」
風を纏い放たれる2本の刀がそれを正面から弾き飛ばす。
「花弁ごと風で弾き返すなんて...すごいね!!」
子供の様にミネラが笑う。
「じゃあ次も頑張って耐えてね?」
残酷なまでに無邪気な声が放たれる。
「もちろんなのです!!」
(とは言っても流石に結界を使わないと無理だと思うのです...。)
すぐさま腰に下げているポーチに手を突っ込み1枚の紙を握る取る。
「行くよ?」
まるで子供がボール遊びをする際に、相手に投げていいかを確認する、そんな軽い掛け声が放たれる。
遠く古い別の世界にいた少年はよく言った。相手を斬るそれは、鞘から抜き、刀を振り、相手を斬る、そして鞘に刀を納めるその一連所作を終えてこそだと。鞘に納めて初めて相手は斬られた事に気づき倒れるのだと。
それを聞いたある少女は鞘に刀を納めることで斬る動作を終えるのであれば、鞘に刀を納めることで本来斬ることが出来ない物を斬った事にできるのではないかと考えた。
結論から言えばそれは実現出来てしまった───仮説よりも遥かに凶悪な力となって。
「五十五輪残花 凛開」
刀を納めることで1度斬られた場所はより強く、より鋭く斬るという事象が全ての剣筋をなぞる。それは、飛翔する斬撃となり幾つもの花が咲き誇るように飛び散る。
「漣式結界術・五稜玄武」
『斬爿』を中心に空色に光る綺麗なガラスの様な膜が周囲を覆っていく。その膜に触れた斬撃は傘に当たった雨粒の様に弾けて消える。
『斬爿』こと漣 憂泉玖は、普段から扱っている武器や称号から剣術に長けている、魔術はあくまで補助として扱う程度、などと思われる事も多々ある。しかし、実際は簡易かつ強力無比な結界を生み出した張本人であり現代きっての『魔女』である。
「本当にそれ便利ですね。」
無数の斬撃を受けてなお薄く透明な膜は傷1つ付かずに発動者を守っていた。
「2種類までしか対応できないのですけどね...」
そう告げると同時に膜が静かに消えていく。
防ぎきれたなんて甘い考えを持つ暇なく憂泉玖は獲物を構え直す。
先刻の連撃が本気だったのならば、もう1枚は結界を張る必要があった。それは本人が1番理解しているが故にどんな些細な動きをも見逃さない様に全神経を注いでミネラの動きを注視する。
ミネラが刀を構える。
金属とガラスが擦れた様な音がなる。その音自体は対人戦闘時によく聞こえる馴染みのある音実際に先程あった一連の戦闘の中でもなっていた────故に気づけなかった──ミネラのベルトに飴色の液体が入った瓶が揺れていることに。
───練成瓶なのです!?
『魔法使い』は練成瓶に入った燃焼効率の高い液体(主に石油や燃化液)から魔力を練って魔法を使わなければいけない。逆に言えば魔法を扱わない人間は練成瓶を携帯する必要がないとも言える。
ミネラが魔法を扱った記録は無いはずなのです...。 違う、ブラフ!?魔法を扱うかも知れないと思わせることが目的だとするのならです───あれを付けてる事にも説明が着くのです...?
そのほんの一瞬の思考による反応の遅れが狙いだとしたら───
そんな思考が巡ってることなど露知らずミネラが鞘から刀を抜き始める。そして刀身が鞘から2割程抜かれたとき───
柄から手を離し、相手に向けて指を指す。
ただそれだけ、しかしそれはとても流麗で目が奪われる所作であり、漣がミネラの行動を注視していた視線がミネラの指先に吸われる────奇術で言う視線誘導と呼ばれる技術。そうして誘導された視線はミネラが何かを唱えようとする動きを見逃してしまう。故に結末が決まる。
「豪雪吹きたり 強烈なりて 辺り全域を 押し潰せ」
辺り全体が白く染まる。
9月に入ったというのに外は暑くて溶けそうです...どうもすろ~です。
まず非常に投稿に間隔が空いてしまったことお詫びします...すみませんでした...。私のモチベーション、夏休みの間に行うべき作業が立て込み約3ヶ月という長い期間を空けてしまいました。
このままでは後書き全てが謝罪になってしまいそうなので...少し本編に触れようかと思います。今回新しく出てきた2人の『魔女』はどちらもこの世界において強大で個性的な存在です。生い立ちから得た発想力を元にした努力家、感覚と楽しさを重要視する天才。この2人は後にも出てくるので覚えて頂けると幸いです。
そしてここでミネラが魔術を扱ったそれがとても重要でもあります。
それでは最後に、このお話を読んで頂きありがとうございます。私自身物語を書き慣れていなので、コメント等でなにかしらアドバイスや感想を書いて頂けると幸いです。次回は流石にもっと早く投稿できるように心がけます。それでは次のお話でお会いしましょう。