Ⅱ 2023年 7月14日 奪われた靴。
7月半ばに突入し、蝉の声がどこからともなく響き渡り、夏の熱気がじんわりと肌にまとわりつく。アスファルトの道が遠くでゆらめき、熱気が空気を歪ませている。
これから外である四限の体育の授業を受けに、教室を出て、靴を取りに玄関に向かう途中の芽生と花凛。
「定期テストも終わり、あとは夏休みを待つだけだね」
芽生が背伸びをしながら欠伸交じりに呟く。
「受験生に夏休みはないよ」
花凛が芽生に冷静に突っ込む。
「私は推薦を貰おうかなと考えている。その方が楽かなって」
芽生が零す。
「でも、共通テストは全員受けることになっているから、勉強しなきゃいけないよ」
花凛がまたもや芽生に突っ込みを入れる。
「そうだよね」
「花凛、どうした?」
芽生は、花凛の表情が一瞬にして青ざめたことに気づく。
「靴がない……」
「えっ」
俺は、大樹、尚登と共に体育の授業で外に出るために、靴を履きに玄関に来た。
慌てた様子で芽生が一人立ち尽くしている。花凛はどうしたのだろう。
大樹と尚登には先に行ってもらい、芽生に声をかける。
「芽生、どうかした?」
「花凛の靴がなくなったみたい」
「それって、盗まれたってこと?」
これから、外で体育の授業なのに、靴がないと授業を受けれない。
「ローファーで体育は無理だし……」
「誰がこんなことを」
「どうしたの?」
同じクラスの佐嘉美波が現れる。
「あっ、美波ちゃん。実は花凛の靴がなくなったみたいで」
「えっ! 花凛ちゃんの靴のサイズって分かる?」
探し回っていた花凛が戻ってくる。花凛の顔は不安を帯びていた。
「花凛、靴のサイズ教えて」
「23.5」
「私も一緒だから、今日の授業は私の靴使って」
目のケガで眼帯をしていて体育を見学することになった佐嘉美波が、花凛に運動靴を貸してくれた。運よくサイズがぴったりだった。良かった……いや、良くはないと首を振る。盗まれているのだから。
「ありがとう。美波ちゃん」
貸してもらった運動靴を履きながら、花凛は言う。笑って見せているが、顔が引きつってている。
「どういたしまして。私、見学だから、先生に許可貰って花凛ちゃんの靴、代わりに探しておくよ」
「申し訳ないよ」
「全然いいよ! じゃあ、今度、一緒にお菓子作ろ!」
「分かった。約束!」
「花凛、もうすぐ授業始まる!」
芽生が花凛の手を取り、走る。
「うん」
俺たちはグランドに足を走らせる。チャイムが鳴り終える前に、どうにか授業に間に合うことができた。花凛は、先生に、靴を盗まれたと報告していた。
花凛が伝えた靴の情報を元に体育を見学する佐嘉と女子担当の体育の先生二人のうち、外部から来ている矢崎先生が探すのを手伝ってくれていた。
「水島さんの靴ってこれですか?」
授業が終わると、花凛は先生に呼ばれついて行った先には、新聞紙の上にカッターナイフで切り裂かれた状態の運動靴が濡れたまま置いてあった。タグの所にイニシャルのKarin.Mがマジックペンで書かれている。俺は、心配で授業が終わった後すぐ花凛の元に駆けつけた。
「先生が見つけてくれたんだけど、池の中にあったみたい」
佐嘉が話す。顔が引きつっている花凛。四限終わりで昼休みに突入するため、話す時間があった。
「花凛、大丈夫?」
芽生と俺は声をかける。
「うん、大丈夫……」
目が泳ぎ、声が少しばかり震えていた。心配していた女子のもう一人の体育の森下先生が遅れてやってきて、発見された花凛の運動靴を見て、目を剥く。
「これは、ひどい……三年三組の担任は、野上先生か。水島さん、誰か犯人に心当たりある?」
頭を抱えながら考え込む。
「ないです」
「そうですか。水島さん、どうしてほしいですか」
真剣な眼差しで花凛に問う。声が少し低くなる。そして、緊張感が走る。
「公にしてほしくないです」
震える声で花凛は呟く。
「私もそれが名案だと思います。野上先生はあまり役に立たない」
俺も、心の中でそれに激しく同意していた。この体育の先生は、なぜか野上先生のことをあまりよく思っていないのだと言葉から察したし、俺も一周目で剥き出しにした野上の本性、あれは一部でしかないと思うのだけど、この件を伝えたからといって、あまり親身になってくれる気が一ミリもしなかった。
「もし、他に異変や何かされたとか、あったりしたら教えてください。私が相談に乗ります。体育教室にいますので」
「君たちは、水島さんのお友達ですか」
「はい」
「絶対味方でいてあげてください。それだけでも、心強いですから」
先生がやってきて、俺たちが聞こえるような声量で囁く。
「もちろんです」
俺たちは言うと、安心したかのように頷く。
「美波ちゃん、靴ありがとう! 洗って返すね」
無理に明るく振舞っている花凛を見て心臓にバラの棘が突き刺さったかのようになる。
「洗わなくていいよ。でも、犯人早く見つかるといいね。私も許さないから。何かあったら言ってね」
靴を探すのを手伝ってくれた佐嘉も花凛のことを心配している様子だった。
「ありがとう」
二人のやり取りを見ながら、深刻な面持ちで芽生と俺は歩く。
ーー誰が、こんなひどいことを花凛にするのかだろう。花凛の靴をズタボロにして、池に放り込んだやつが、あの日、花凛のことを…いや、まだ決めつけてはダメ。まずは、花凛を苛めている犯人を見つけなければ…




