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Ⅱ 2023年6月14日 文化祭の準備。

 京栄高校の多くの生徒と教師は、今週末の17、18日と二日連続である文化祭の準備に追われていた。

 俺のクラスである3年3組は、喫茶店をやることになった。料理好きの生徒やお菓子作りが好きな生徒が意外にもいたから、そういうことになった。パティシエを目指す佐嘉美波、実家が飲食店で料理人志望の丸井諒太の二人が中心になって、メニュー開発をしている。  

 喫茶店で出すメニューは、玉子サンド、ワッフル、チョコレートパフェ、ナポリタン、ハヤシライス、メロンクリームソーダ、コーヒー、レモンハチミツソーダ、紅茶になった。 

 調理は中庭でキッチンワゴンを二台借りてすることになった。三年生の教室は、一階にあるため、教室から、外に出ることができる。その分、料理の提供が素早くできる。喫茶店のデザインは美術部の水島と小坂が中心となって、取り組んでいた。一周目の文化祭も、確か同じ喫茶店だったけど、この二人ではないクラスの誰かが中心となって準備をしていたから何だかイマイチだった記憶がある。でも、今回はこの二人が中心となって外装の準備をすることに決まったから楽しみである。


「ちょっと買い出しにいってくる」

 大樹と尚登と話しながら作業をしていると水島が立ち上がり、一緒に作業している小坂に話しかけているのが目に入る。

「一人で大丈夫、花凛?」

「平気、すぐ戻ってくる!」

「気を付けてね」

 水島が教室を後にすると、小坂が俺の元にやって来る。

「やっぱり、花凛を一人にするの心配だから行ってきて、柴崎くん」

「分かった」

 一緒にいた男友達に適当に言い訳してその場を抜け出し、水島を追いかける。

 小坂が言うとおり、水島を一人にさせるのは心配だった。まだそう遠くには行っていないはずだから、急いだらまだ間に合うはずと思い、教室を抜け出す。


 水島を視界にとらえる。まだ校門をギリギリ出ていない。

 靴をちゃんと履ききれていないままだが、いいや。玄関から、校門まで、五十メートルぐらい。急いだら、すぐ追いつく。

 すると、何かがぶつかった音が響き渡る。水島が校門を出た瞬間、男が自転車でぶつかってきて、こけるのが視界に入る。早く水島の元へ行かないといけないのに、体が金縛りにあったかのように動かない。厳つい見た目をしている。タトゥーが。右手にスマホを持って、ガムをペチャクチャと嚙みながら、左手で片手運転をしていたとみられる男は、自身の不注意のせいで、こけさせてしまったのに、水島のことを強く睨みつける。


「いてぇな、前、ちゃんと見ろ」

 その男はガムと共に卑劣な言葉を吐き捨てる。痛い思いをしたのは、水島の方なのに。この男は、恐らく怪我していない。その男は舌打ちをした後、その場を風のように立ち去っていった。


 俺はその男に対し、はらわたが煮えくり返りそうになる。金縛りが解け、水島の元へ急ぐ。声が届く距離になり、「水島」と叫ぼうとした瞬間、水島に背の高い一人の男が近づく。

「大丈夫ですか?」

 その男はしゃがみこんで、水島の目の前に手を差し出す。

「はい、大丈夫です」

 水島はその手に掴み、立ちあがる。京栄の先生なのかと思いつつも、顔を確認するが、この顔に心当たりがなかった。確かに、この学校はマンモス校だが、先生の数はそこまで多くないし、授業で教えてもらうことはなくとも、先生の顔と苗字だけは記憶している。

「水島、大丈夫か?」

「柴崎くん、ありがとう。大丈夫」

「良かったら、家まで送りましょうか?」

 水島に手を差し伸べた男が言う。急すぎやしないか。

「あの、いいえ結構です」

 水島が口を開く前に、俺が答える。

 知らないと思っていたこの男、どこかで見覚えがある。

 頭の中の辞書が勝手に勢いよく捲られるような音がする。この男が誰なのかを教えてくれるようだ。急に捲る速さが遅くなった。

 そして、あるページで止まった。その瞬間、背筋がゾクッとする。

 猫が暗い所や恐怖で瞳孔が大きく開くかのように、俺もまさにその状態に陥っている。

 この男は……牧瀬修だ。

 あの日、卒業式があった日、水島家で会った男だ。なぜ、ここに……。

「そうですか。それでは失礼します」

 その男は会釈をして、校内に入り、職員用の玄関から校舎に入っていた。

 これは推測なのだが、水島は一周目と同じく校門前で自転車にぶつかられて怪我をし、牧瀬に助けてもらい、家に送ってもらったのではないのだろうか。一周目の水島の話から、六月に母親が再婚しようとしている相手と学校で知り合ったと言っていた話を思い出した。それと、同時に水島は母親の再婚に反対をしていたことも。

「ごめんね。柴崎くん」

「本当、あの自転車のやつ許せない、水島をこんな目に合わせて。保健室行こ」

 水島の足に視線をやると、膝小僧を強く擦りむいていた。

 そして、水島の手首を無意識に掴んでいた。

「うん、ありがとう!」

 保健室に着いて、ドアを開けようと思った時、知らぬうちに俺は水島の手を掴んでいることに気づいた。顔が少しずつ赤くなる。林檎の実が赤く染まる過程を途轍もないスピードで早送りしているかのようだ。

「あぁ、ごめん」

 すぐに手を振りほどく。恥ずかしさのあまり、水島の顔を直視することができなかった。あいにく保健室の先生は会議で席を外していた。とりあえず外の水道の蛇口で汚れを落とし、保健室の中に入る。先生が不在でも怪我の手当てができるようにと置いていた救急箱から消毒液と大きめのガーゼタイプの絆創膏を出す。

 水島を椅子に座らせる。俺は、床にしゃがみ込む。救急箱から取り出したガーゼで止血し、傷口に消毒液を当てる。水島の足がビクッと反応する。

「ごめん、大丈夫?」

 水島と目が合う。下から見上げて話すのが初めてで、心臓の鼓動が早くなる。また恥ずかしくなり、顔を伏せる。

「うん、大丈夫、ありがとう」

 絆創膏を貼り、よし、手当が終わった。水島が立ち上がろうとする。

「ちょっと待って」

 絆創膏貼り終わったはずなのに、何かが足りない気がしていた。水島はそんな俺を不思議そうに見つめる。

「痛いの痛いの飛んでいけ」

 あ、これだ、と思いついて、行動したもののやらなかった方がいいのかもと後悔する。昔、水島が怪我をした俺に向けてくれた言葉を、気づいたら俺も水島に返していた。

「あぁ、本当にごめん」

 こんな子供じみたことして、きっと水島は冷めきった目線を俺に向けていることだろう。怖くて顔をあげれない。謝る以外に取り繕う言葉が見つからなかった。

「全然大丈夫、痛みひいたかも。ありがとう!」

 恐る恐る見上げると、水島が顔を綻ばせていた。はぁ…良かった。

「歩けそう?」

「うん、大丈夫! でも、買い出し行かなきゃ」

「俺も一緒に行ってもいい? 水島のこと心配だから」

「いいよ!」

 傷口の処置が終わり、保健室を後にすると一緒に近くの画材店に向かった。そして、その帰りにコンビニで、差し入れを買って帰った。


 教室に戻ると、クラスの出し物である喫茶店の準備をしていたのは、十人もいなかった。委員会の仕事や部活で抜ける人もいれば、準備が面倒くさいからと言って適当な理由をつけて帰る人もいる。

 俺も一周目は、文化祭に興味がなかったから、部活の方に行き、手伝おうとしなかった。でも、今回は違う。心から楽しみたい。何となくで過ごしていた一周目だけど、もう「何となく」で過ごして後悔したくなかった、大切な人も思い出も失いたくなかったから。


「花凛、柴崎くん、お帰り!」

 顔に緑色の絵具をつけた小坂が俺たちに気づいて、近くまで来た。

「ただいま、芽生、遅くなってごめん」

 水島が申し訳なさそうに小坂に謝っている。

「大丈夫だよ。うん? 花凛、足、どうした?」

 小坂の視線は、白い絆創膏が貼られた水島の足へと移っていた。

「ちょっと、こけちゃった。校門前で」

 水島は戸惑いを少し浮かべて、咄嗟に笑顔を浮かべる。

「そうか、気をつけなよ」

 本当はこかされたのに、そのことを水島は黙ったままでいた。友達の小坂に心配かけたくなかったのかもしれない。でも、水島が嘘をついて、笑って誤魔化していたのを見て、心が針で刺されたかのように痛くなる。

「差し入れも買ってきたよ」

 水島が飲み物とお菓子が入った袋を渡す。

「ありがとう!」

 教壇とその横の机に設けられた差し入れのスペースに飲み物とお菓子を置く。ここ最近はクラスメイトが差し入れとして、簡単に食べることのできるものを置いている。一周目より、何だかクラスの雰囲気がいい気がする。二周目は、一周目いなかった小坂がいて、水島も楽しそうだからかな。


 ーーでも、水島のことが心配だ。一人で抱え込んで、自分でどうにかしようとする。どうやったら頼ってもらえるのだろう。


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― 新着の感想 ―
ここでまさかの水島家で会った男に出くわすなんて。やっぱり事故ではなく他殺の可能性が今この瞬間自分の中で確信に変わった感じがします。ただやっぱり水島さんの過去に何があったのかすごく気になります。ただ今は…
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